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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
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「ラ・ラ・ランド」は、最近では珍しく、ミュージカルでアカデミー賞を取った作品なので興味があったが、私の娘がこの作品に非常に批判的だったので、(批判の理由は詳しく聞いていないが)見るのをためらっているうちに、椎名高志氏の下のツィートに出逢ったわけである。
クリエイターは一般に他人の創作物を否定しないものであり、椎名氏も他人の創作物を否定する発言は基本的にしない人だから、下の発言は、よほどこの作品を視聴するのが辛かったのだろう。自分自身に問題がある、というように話をソフトにしているが、レトロミュージカルへのオマージュと見せかけながら、「自分の趣味を偉そうに押し付ける」態度が作品から匂ってくるのではないだろうか。
いや、見てもいない作品を否定するのはいけないことだし、自分で見て確かめればいいだろ、という話ではあるのだが、嫌な作品をうっかり見てしまった時の不快感はかなり耐え難いものなのである。幸い、私はそういうものを避ける嗅覚が優れていて、自分が見た映画や読んだ小説の中で、これは汚物だと思うような作品はほとんど無い。評判作の連続ドラマなどは、ためしに一作だけ観たりすることもあるが、一度見れば、その作品が自分に合うかどうかは分かる。
完全な判断ミスが、NHK朝ドラの「純と愛」で、「女王の教室」や「家政婦のミタ」の脚本家なら面白い作品になるだろう、と思って最初の半年ほどは視聴したが、回を追うごとに話がキチガイ化していき、途中で視聴をあきらめたのである。これは、NHK朝ドラの作り方が、意図的な「自転車操業」であるためだろう。つまり、視聴者の評判を見て途中で「テコ入れ」をする、つまり話の進め方を変えるというキチガイ的方針である。近年の朝ドラの大半が「あまちゃん」を除いて失敗作、というより奇形児的作品になっているのはそのためである。






『ララランド』見始めて、でもなんかかなりつらくて、何度も中断してる。レトロなミュージカル映画風味ってのは大好物なのだけど、私の中の良くない部分が、シャレオツな主人公たちを拒絶するのである。




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黒澤明「隠し砦の三悪人」のお姫様、上原美佐だが、この人、おそらく映画はこれ1本かと思うが、演技は小学校の学芸会レベルなのだが、ビジュアルは最高なんだよな。下の写真は映画の中には出てこないが、映画の中で使ってほしかった、フォトジェニックさだ。
なお、クレしんの「戦国何とか」という映画のお姫様は、まさにこの上原美佐のイメージで描かれている。いつも乗馬鞭を持ち歩いているところなど、監督、どこまでこの映画が好きなんだよ、という感じのオマージュぶりだ。










「ネットゲリラ」の野次馬氏による「カメラを止めるな」の解説だが、実際に氏がこの映画を見たかどうかは知らない。
自主制作映画だから質が低いとは思わない。映画の質とは予算の額ではなく、いかに頭を使って誠実に作ったか、という、「努力」で決まるものだ。
しかし、大学生(みたいな連中)の作った「映像コント」だろうな、というのは、だいたい想像は付く。まあ、映画館で見る必要性のある作品だとは思えない。大学生自主制作映画の親戚でいえば、「ブレアウィッチプロジェクト」など、自宅でDVDで見たが、あれを見た2時間あまりは私の人生でもっとも無駄な時間だった。
なお、「カメラを止めるな」は、三谷幸喜の「ラジヲの時間」の換骨奪胎だろう。基本アイデアはそっくりそのままで、ラジオの世界を映像作品の世界に代えただけの話である。要するに、生放送であることから来るドタバタ騒ぎと異常な展開である(らしい)。
「ラジヲの時間」は大傑作なので、観たことが無ければ、DVDを借りて見るといい。俳優の演技が素晴らしい。特にプロデューサー役の布施明と、大御所声優役の女性(アンパンマンの声の声優で役者としても舞台や映画にたくさん出ているようだが、名前を失念。)の演技は素晴らしい。脚本も、演出も三谷幸喜作品の中で一番いいと思う。


(以下引用)




そもそもこの映画は、映画製作・俳優養成の専門学校「ENBUゼミナール」のシネマプロジェクト第7弾として作られたそうで、出来が良かったので、改めてメジャー路線に切り替えたらしい。そうした経緯を見れば、なんで有名芸能人が突然、こぞって絶賛しはじめたのか、理解できる。映画としては、「面白い事は面白いけど、なんか、長いコントみたい」という意見が納得できそうだw
この波平は見ただけで波平である。絶品。頭もカツラには見えない。
配役が実に豪華で、仲代達矢のノリスケなど、黒澤映画以降の仲代を知る人なら、誰が想像できるだろうか。もっとも、仲代は案外喜劇もできる役者で、「殺人狂時代」では喜劇的演技もしている。仲代のその役(演技)が大好きだったゆうきまさみが「パトレイバー」の後藤隊長をそのイメージで描いている。
なお、藤原「鎌足」は「釜足」の間違いだと竹熊氏が後で訂正している。






  1. 漫画を実写映画にした違和感がほとんどない。。江利チエミのサザエはちょっと太めで、絶世の美人ではないが、庶民的で親しみやすいキャラクター。あの髪型も似合っており、サザエをやるために生まれてきた女優。ワカメの松島トモ子、まさか数十年後ライオンに噛まれるとは知るよしも無かっただろう。



  2. いま1956年の「サザエさん」を見終わったが、予想以上の快作。サザエさんに江利チエミ、波平が藤原鎌足、マスオが小泉博、ワカメが松島トモ子、ノリスケが仲代達矢。他に柳家金語楼とアチャコも出ている。全部はまり役。ミュージカルシーンで江利チエミの歌も楽しめます。



「累」が土屋太鳳と芳根京子で映画化されると聞いた時、どちらが累でどちらが美少女女優役なのか、まったく予想できず興味を持っていたのだが、ブスで演技力があるという設定の累の役は土屋太鳳のほうかな、とは思っていた。だが、逆だったようだwww まあ、芳根京子は見たことが無いから土屋太鳳以上のブスなのかな、というと、下の写真だとよく似た顔であり、よく見ると一方の顔に薄い傷がある(それとヘアメイクをわざとやや雑にした)くらいであり、それで「絶望的に醜い少女」役にしたつもりだとしたらかなり安易だな、と思う。
そもそも、この監督も女優も漫画「累」(北島マヤにおける「ガラスの仮面」を超自然的アイテムで本当の顔にする話だ。)の発想の元である怪談話の「真景累が淵」を知らないのではないか。知っていたら、こんな安易なメイクにはしていないだろう。
まあ、観客賞を取るくらいだから映画としての出来はいいのかもしれない。









ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭で「観客賞」を受賞した『累‐かさね‐』(C)2018映画「累」製作委員会 (C)松浦だるま/講談社 © Hollywood Channel 提供 ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭で「観客賞」を受賞した『累‐かさね‐』(C)2018映画「累」製作委員会 (C)松浦だるま/講談社

 土屋太鳳と芳根京子がダブル主演する映画『累‐かさね‐』が、スイスで開催された第18回ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭で観客賞を受賞。受賞について土屋は「光栄な賞に胸がいっぱいです!」、芳根は「一人でも多くの皆さんに『累 -かさね-』が届きますように!」とコメントを寄せた。

 本作は、累計発行部数230万部を突破した松浦だるまの同名コミックを実写映画化。伝説の女優を母に持ち、天才的な演技力を持ちながらも醜い容姿にコンプレックスを抱く淵累(芳根)と、美貌に恵まれるも花開けずにいる舞台女優・丹沢ニナ(土屋)が、“キスした相手と「顔」を入れ替えられる口紅”を使い、互いの顔を入れ替えることに…。

 ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭は、ヨーロッパを代表する伝統的な映画祭。第18回となる今回は現地時間7月6日~14日まで開催され、『累 -かさね-』は、インターナショナルコンペティション部門の作品として11日(現地時間)にワールドプレミアとして世界初上映された。

 この度、ダブル主演を務めた二人からコメントが到着。土屋は「演じてる時、累もニナも劇中劇の少女達も、自分を受けとめ解き放ってくれる世界を探してるように感じてました」と撮影を振り返り、「彼女達はきっと、熱い拍手に救われたと思います。心からの感謝をこめて…!」と語り、感無量の様子。

 一方の芳根は「海外の映画祭で観客賞という素敵な賞をいただけたということで、累が今、やっとスタートラインに立てたのかな、と喜びと感謝でいっぱいです」とメッセージを寄せた。

 受賞の瞬間を現地で体験した佐藤祐市監督は「観客賞を頂いたと言う事は、異国の観客にも二人の熱量の高い演技の迫力が届いた証ですね」と話し、二人の主演女優をねぎらった。

 映画『累‐かさね‐』は9月7日より全国公開。







「ドニー・ダーコ」は面白い映画だが、見る人を選ぶ映画かもしれない。合わない人にはまったく合わないし、実に分かりやすい映画だのに、これを「映画史上でも最も難解な映画」と言う人もいる。まあ、私も一度しか見ていないので解釈が正しいかどうか分からないが、「自分が死ぬと同時に世界は存在しなくなる」という、当たり前の話である。存在しなくなるのは「私にとっての世界」ではあるが、私にとっての「世界」とはもともと「私にとっての世界」なのだから、自分が存在しなくなれば世界は存在しなくなる、というのは真実だ。
なお、青春映画としても水準以上の出来だと思うし、風変わりなテイストがあって、見ていて飽きないところがいい。







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はるか昔に薦められたのを思い出して Amazon Prime。バタフライエフェクト観たあとだったので「同じやー」と突っ込みながら楽しく鑑賞、町山さんで復習> の難解映画⑦ ジェイク・ジレンホール主演『ドニー・ダーコ』(2001年) 映画史上でも最も難解な映画の一つ。


この写真は、ポール・ニューマンの写真の中でも特にいい。男が憧れる男、ってのはこういう男だろう。
なお、それはホモッ気とはまったく別の話である。カッコ悪い役をやっても、そのカッコ悪いところがカッコいいという俳優は滅多にいない。
「暴力脱獄」というタイトルが良くない、という説は時々聞くが、そうだろうか。知的な脱獄もあれば暴力的な脱獄もあり、この映画の場合は「権力の暴力からの脱獄」なのである。
もちろん、「冷たい手のルーク」でもいいが、それだと内容がさっぱり見えないだろう。
できれば、男の子なら十代か二十代のうちに見ておきたい映画である。






昔、町山さんのラジオで知った「暴力脱獄」を観て以降「ショーシャンクの空に」を生涯ベスト映画に持ってくる人に対して必ずこっそりと紹介する様にしているが毎回必ずポカーンとされ「なにそのタイトル笑」と失笑されるのはなぜ。




私も銃器に詳しいわけではないが、9mmパラベラム弾はべつにルガーに限らず、9mm口径の銃全体で使われる銃弾ではないのか。もっとも、パラベラム弾というのが、ルガー社が出しているのだとしたら、町山氏の言うのも正しいわけだ。ルガー社というのは現在も活動しているのだろうか。パラベラム弾というのは、NATO所属の軍隊では一般的に使用されていたと思う。
で、パラベラムの語源が、映画秘宝記事の言う通りである可能性もあるのではないか。銃弾の名を「戦争に備えよ」というラテン語から取るというのはぴったりである。







パラベラムは9mmルガー弾の別名だよ。




本郷みつるは、たぶんクレヨンしんちゃんの大物監督のひとりだと思うが、そういう人が劇場で黒沢映画を見て勉強している、というのが偉い。

もっとも、私も昔、劇場で現役映画監督ではないかと思われる人が黒沢映画を見ているのを目撃したが、その監督(わりと新人で当時注目されていた監督だったと思うが、本人かどうか定かでないので名前は書かない。)の映画鑑賞態度は、前の座席に足を載せ、ポップコーンか何かをむしゃむしゃ食いながら観るというひどいものだったので、それ以来、その監督には好意を持っていない。幸い、あまり本数を撮らないで比較的若く亡くなったので、その監督の名前はすぐに消えてしまった。人間、どこで自分を知っている人間に見られているか分からないので、傍若無人な態度は取らないほうがいい。


なお、本郷みつるが言う「普通に、面白い」は、言わんとするところは分かる気がするが、あまりいい表現ではない。
たとえば、「バックトゥザフューチャー」を「普通に、面白い」作品だ、と言ったら、その信者たちは発狂するだろう。それと同様だ。究極の娯楽映画は、もはや「普通ではない」のである。それを「到達点」と言っているのだろうが、たとえば「普通に可愛い」はいくら可愛くてもやはり普通なのだ。それが普通ということなのである。黒澤やキューブリックはたとえ失敗作でも「普通」ではない。山田洋二などは成功しても普通である。



さんがリツイート

午前十時の映画祭で『椿三十郎』を鑑賞しました。4K上映が本当に綺麗で、あらためてこの作品が素晴らしい事を確認しました。私の目指す『普通に、面白い』のある意味、到達点だと思います。黒澤入門映画としても最適なので未見の方は是非(^^)学生はなんと500円!


「ワンダーウーマン」が一部(特撮愛好家か)で時々話題になっていたので見てみたが、ギリシア神話風のプロローグ場面の中に、第一次世界大戦の時代が侵入してきたのはいいにしても、相変わらず、ナチスドイツは悪の手先、連合国側は絶対正義みたいな描き方で、うんざりして視聴をやめた。まあ、英米の映画ではそれ以外の描き方はできないのだろうが、ギリシア神話とまで結びつけるなよ、と思ったのである。世界はこうして洗脳されるわけだ。
それはともかく、ワンダーウーマンがアマゾン族のお姫様だというのは、最初からある設定なのだろうか。私は異星から来た女性かと思っていた。まあ、気が向いたら後で調べればいいことである。
ひとつ収穫は、「ダンまち」の「例の紐」がちゃんとギリシア神話由来のものらしいと知ったことである。ただし、ブラジャーの代わりではなく、「その紐で罪人を縛ると真実を述べるようになる」機能があるようだ。(私は「ダンまち」も第一回か第二回めくらいで視聴放棄しているが、一時期ネットで「例の紐」が話題になっていたので興味を持っただけだ。)



ワンダーウーマンのキャラクターは第二次世界大戦の最中に作られた。物語中では始め、枢軸国軍や、個性豊かなさまざまなスーパーヴィランとの戦いが描かれていたが、時間とともにギリシャ神話のキャラクターや神、怪物が大きく強調されるようになった。多くの物語でワンダーウーマンが自ら拘束から抜け出す様子が描かれ、1940年代のコミックでよく見られていた囚われの姫君のテーマを覆した[10]。デビューから数十年の間にワンダーウーマンは、古典的悪役のアレス、チーター、ドクター・ポイズン、キルケー、ドクター・サイコ、ギガンタや、近年の悪役のヴェロニカ・ケールやファースト・ボーンなどの敵役と相見えた。ワンダーウーマンはさらにスーパーヒーローのチーム、ジャスティス・ソサエティ(1941年〜)やジャスティス・リーグ(1960年〜)を中心的に扱うコミックブックに定期的に登場している[11]



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