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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
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たまたま人に勧められて読む機会があって「王様ランキング」は三巻くらいまで読んだと思うが、絵は下手だし、話は面白くないしで、なぜこれがあれほど話題になったのか、さっぱり分からなくて、その作者のインタビューを読んでみたが、「ワンピース」がめちゃめちゃ面白い、と思う感性の人であるようで、こういう感性の違いというのは、理屈では解明できないのかな、と思う。
まあ、「ワンピース」の場合は、私はあの絵が生理的にダメなわけで、話の内容自体は面白いのかもしれないが、第一話しか読んでいないので何とも判断できない。
確か、「紙屋研究所」氏も「王様ランキング」を高く評価していた記憶がある。私は紙屋氏の知性や判断力を優れていると考えているので、私には理解できない何かが「王様ランキング」にあるのかもしれない。

(以下引用)



──そう言われると、たしかに絵本っぽさはありますね。でもマンガ自体は「王様同士がランク付けされている」という、少年マンガ的なコンセプトになっている。



「王様ランキング」というタイトルは後付けなんです。絵本をやめて、マンガでやってみようと思ったときに、一番売れているマンガを読んでみようと思ったんですね。つまり「ワンピース」なんですが。マンガ家になるのを1回挫折していて、それからマンガをずっと読んでいなかったんです。それでそのとき初めて「ワンピース」を読んだんですが……。



──どうでした?



もうめちゃくちゃ面白い! 「これは一体なんなんだ!?」と思って。



──読んだのは会社を辞めてからだから、けっこう最近のことですよね?



去年の1月くらいです。



──もともとマンガ家を目指していて、でも長いことマンガから離れていて、そこで初めて「ワンピース」読んだら、染み込み方がすごそうですね。



あれを真似するなんてことは僕には無理なんですが、でも子供が喜ぶのってランキングだし、少年マンガでもいろんな形でランキングが使われてますよね。言ってみれば、そういう安易な考えで「王様ランキング」と付けたんです。あと、主人公に目的を持たせたかったんですね。絵本のキャラクターってあまり目的を持っていないけど、マンガの場合は目的があったほうが燃えるなと。それで「立派な王様を目指す」みたいな目的をつけたんです。それも後付けなんですけど。









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例のスカートのしわがパンツ状に見える問題について、下のツィートは(写真は元ツィート参照)決定的な証拠になるだろう。最初から「エロ目的でああ描きました」で良かっただけの話だ。「エロ目的の表現の何が悪い」でいいのである。下手な援護(馬鹿な味方)は敵より怖い。


@orz404
【プリーツスカート穿いてみた】
無理やり布を挟まない限り、どんなポーズをとってもシワや影は現実では生じない。

写実的表現ではなく、むしろ現実にはありえない表現。
しかしアニメ・漫画の絵が現実に忠実である必要はない。

だからこそ非現実的な表現には一定の「意図」が込められている。
画像
例の、ラブライブの販促絵が「なぜかスカートの上からパンツが見えるwww」という件について、篠房何とかという漫画家が、「エロ目的とは限らない。技術的にそうなることはある」とツィートしたものへの反論で、私も篠房氏の描いた参考絵を見て、無理な弁護だな、と思ったので、転載しておく。
まあ、最初の絵がエロ目的ならそれでいいのであり、「素人には専門家の技術は分からない」と強弁するのも何だかなあ、と思う。私はプリーツスカートは履いたことはないが、姉がいたので実物を見て実体を把握しており、あの事例のように鼠径部がスカートの上からパンツ状に見えることはありえないと、断言していいだろう。
なお、まきり氏は麻生太郎のファンだというからネトウヨである可能性が高く、私と政治的には敵であるかと思う。政治的な敵でも、発言が正しければ発言自体は認めるわけだ。

まきり
(ネカマ)
@makiri_musica
返信先:さん, さん
3枚目までの手抜きか技術不足との主張は(同意は置いておいて)理解したけど最後で生地やプリーツスカートの構造を理解してないんだなということがわかった
あと「もしあのポーズを書いたら」と言うけど足の位置わざわざ変えてるよね、それでもそこに皺は入らないと思うけど
スカート履いてみなよ



手塚治虫の初期あるいは中期の作品、特に、完全に子供向けの作品は案外見逃している(読み逃している)ので、市民図書館から「ノーマン」と「マグマ大使」を借りてきて読んでみたところだったので、北崎拓氏のこの「ノーマン」評は、タイミングが合ったようだ。読んでいなければ、発言内容が実感できなかっただろう。
なお、「ルーピ」はカンガルーを祖先とする人類型生物で、尻尾があり、腹には袋もあるらしい。
で、実際、数名の「超人」が敵と戦う話で、「超能力者」の「戦隊もの」という点では確かに「サイボーグ009」に似ている。私は009も断片的にしか読んでいないので、優劣比較はできないが、「月がなぜ荒廃したか」という大きなテーマを持っているところは、「火の鳥」的な壮大さもある。
ただし、「銃身が湾曲していれば、弾道も曲がる」という、ありえない設定もあり、科学的な正確さを重んじた手塚治虫にしては珍しいところだ。量産時代で、「まあ、子供向けのフィクションならこの程度は許容範囲か」と思っていたのかもしれない。
なお、「マグマ大使」は、手塚漫画としてはかなりレベルが低く感じる。主人公側の人物に欠点が多く、敵役のゴアに「美を理解する」「子供好き」などの美点を与えているので、どちらが勝つべきかが曖昧になり、物語の爽快感が無くなっていると思う。途中から「ガロン」を出してきたのも、かなり「やっつけ仕事」に見える。




北崎 拓@月に溺れるかぐや姫、ますらお 連載中!

@takukitazaki
·
18時間


『手塚版サイボーグ009』と評される事は聞いたことがあったけどなー。
思えば色々それらしい共通描写はあるのだけど「当時にありがちなSF描写」と勝手に解釈してたなー。
ルーピ可愛いよルーピ…
新都社という、ウェブ漫画を扱うサイト(だと思う)の、掲載漫画ランキングを見て、そのタイトルの良し悪しを(内容を見ないまま)判断してみようと思ったが、いちばんいいな、と思ったのは

「じょしこうせいが あらわれた!」

というタイトルであった。これは、言うまでもなく、昔のテレビゲーム(ドラクエ以外にこの表現が使われたかどうかは知らない。)でのモンスターの登場場面の説明セリフだ。つまり、「じょしこうせい」がモンスター扱いであるwww だが、嬉しい遭遇でもあるわけで、そのモヤモヤ感とワクワク感が素晴らしい。ただし、先に書いたように、作品自体は未見である。
なお、その新都社の人気ランキング一位の「侠」は、三か月ほど更新が止まっている。私が見ている、わたモテ以外では唯一のウェブ漫画で、紙の雑誌に掲載されている漫画のほとんどより面白いのではないかと思っている。
なお、「わたモテ」評論で定評のある「場末の。」氏の更新もずっと途絶えていて、心配である。彼の評論は、漫画評論の最高峰だと私は思っている。



(追記)念のために「じょしこうせいが あらわれた!」を見てみたら、本当にモンスターで、かつ女子高生であったww
一話だけ転載してみる。どうせ、そのうち削除されるだろうが、絵は可愛いし、話も嫌味が無く、けっこう好きである。もっとも、私の主観だ。まあ、「くっころ」の話題が出てくること自体がエロだとするなら、一応は成人向けか。なお、新都社ランキング的にはかなり下であるので、ここで載せるのも作品の宣伝になると寛大に見てほしい。


















この「編集者の自惚れ漫画」を数人の漫画家がリツィートしているのだが、その神経が分からない。
この漫画を読むと、まるで、「名作、あるいは傑作漫画は編集者の頭脳から生まれ、漫画家はその道具でしかない」と言われているような気になる。
もちろん、漫画家に素晴らしいヒントを与える編集者も多いだろうが、それを作品化するのはあくまで漫画家であり、漫画家の頭脳と腕からしか漫画は生まれないのである。ヒントなど、編集者だけでなく過去の名作漫画や映画や実生活などどこからでも得られるはずで、編集者はその「手助け」をすればいいだけだ。「傑作は運命を捻じ曲げて生まれる」という言い方も気持ち悪い。まるで、「漫画家=(理不尽な)運命」で、編集者がその運命を捻じ曲げないと傑作は生まれない、と言っているようだ。


さんがリツイート

「傑作は運命を捻じ曲げて生まれる」という話。


















「電脳マヴォ」で継続的に長い間連載されている「夜のロボット」だが、私は一度も読んだことがないのである。その理由は、絵柄にある。要するに、画面がゴチャゴチャし過ぎていて、最初から読む気にならないのだ。特に、人物と背景の区別がつきにくいというのが、最大の問題だろう。コマ自体が小さすぎる上に、背景が視認の邪魔をする。大友克洋あたりの背景の描き込みに影響されたのかもしれないが、まあ、描くこと自体が好きなのだろう。つまり、自己満足である。読者の目線や心理を無視しているわけだ。ただし、それ(背景やコマの中味のゴチャゴチャ感)は「ワンピース」の絵にも言えることで、あちらは大ヒット作品になっているわけだから、これは私の主観でしかないかもしれない。
絵自体は達者な(と言うか、描きなれている)人だろうし、構図なども、ツィッターに載った部分だけからでもかなり工夫しているとは思うが、全体に平板で、強調点が目立たない絵だと思う。あっさり言えば、絵自体に魅力が無い。あるいは、私は魅力を感じない。
ついでに言えば、「夜のロボット」という作品タイトルも魅力が無い。なぜ、「夜の」なのか。夜という特定の時刻とロボットに何の関係があるのか。そもそも、「ロボット」という言葉自体にアナクロ感があるのだが、それは「狙って」のものなのか。まあ、そういう「スケベ心」(これは、エロ方面を意味するものではない。)を感じさせるタイトルであると思う。そういう「スケベ心」は読者に察知され、敬遠されるものである。いや、「読者受けを狙って、読者に敬遠される」のはおかしいだろう、と言われるかもしれないし、すべて商業作家は読者受けを狙うものだが、なぜか、許容されるものと拒否されるものがあるのである。
ちなみに、「電脳マヴォ」所載の作品には幅広い人気を得た作品もかなりあるが、「夜のロボット」はそういう作品ではないと思う。まあ、一部の人間には受容されているかもしれない。
この一文は、私自身の心理分析のネタとして「夜のロボット」という作品を取り上げたものだが、漫画創作全体に通じる部分はあると思う。つまり、「読む前から拒絶反応を起こす」作品というのは、内容が良ければ、非常に不幸なことであるわけで、こうした批評も無意味ではないだろう、というわけだ。


さんがリツイート

随分遅くなってしまいましたが、夜のロボットの最新話(その3廿四話目「その日・朝」)を更新しました。
ニコニコ漫画 
マンガボックス
ハックとサイトはのちほど。
電脳マヴォさまは1/14水曜の予定とのことです。














後になって、このアイデアの先取得権をこの人が主張するかもしれないので言っておくと、漫画ではとっくに「それ町」で石黒正数が「脳内みんな」「脳内隊長」としてやっている。あるいは、石黒以前に誰かがやっているかもしれない。ギャグ漫画家はけっこうやっているような気がする。大御所だと手塚治虫などがやっていそうである。自分の身体の中に他人(別の心)がいる、というのなら「リボンの騎士」がそれだろうし、短編などには多重人格を扱ったものもあるはずだ。
物語創作をする人間なら、ほとんどの人が複数人格を持っている。だからこそ善人も悪人も男も女も描ける(想像できる)のである。つまり、日常用の人格は、そのひとつにすぎない。パーソナリティとは、その「日常(現実生活)用の仮面(ペルソナ)」なのである。




さんがリツイート

今の再現ドラマって、ひな壇の芸人さんがワイプで抜かれて「えー怖い」とか言うじゃないですか。あれはあれで一つのスタイルだと思うので、全編それで通すホラー映画があってもいいんじゃないですか。一人の人間の精神世界の内部が多重人格的にあんな感じになってる、とか。








こういう名作漫画の、特に名場面は、初めて読む人が羨ましい。「あしたのジョー」のラストなど、あのラストシーンだけ何度も引用されたりパロディ化されたりしているから、原作漫画を読まなくても分かった気になっている若者が多いのではないか。





電車で携帯電話を見ながら号泣している若い女性がいて、何か身内の不幸でもあったのかなと思った。しかし降りる時にチラッと携帯の画面が見えて、そしたら『めぞん一刻』の墓のシーンだった。高橋留美子の凄みに震えた。














唐沢氏の御母堂の気持ちは理解できる。鼻の先端が上唇より下まで下がっているという奇形さが不気味に感じられたのだろう。漫画だから誇張は許されるのは当然だが、もしそれが現実に存在したらいかに気味悪いだろうか。確か社長の甥か何かで、社長(スーさん?)も鼻が長い顔なのだが、そちらは気持ち悪く感じなかったのだろうか。あるいは、多胡専務の場合は、口とのバランスが、より気持ち悪さを増幅させているのかもしれない。今にも口の中に鼻が入りそうである。



顔のパーツが誇張されたキャラつながりで思い出しましたが、私の亡き母は『釣りバカ日誌』の多胡専務が大嫌いでこの漫画見るたびに「いやだいやだ」とか「気持ち悪いねえ」とか言ってた。そんなに生理的に来るキャラとも思えないんですが何が気に障ったのか。










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