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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
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広尾晃のブログの読者コメントから抜粋。コピーが重なって見えにくいが、Johnny氏の意見に同感である。スポーツは「ルールを守る」ことは教えるが、礼儀作法を教えるものではない。
広尾氏の本記事内容は、スポーツ選手に礼儀や常識が身についていないことから、その指導者を批判したものだが、私はスポーツ選手というのはもともと「子供のままで大人になった連中」だと思っているし、だからこそ凄いパフォーマンスを出せるのだと思っている。大の大人が球蹴りや球遊びをやること自体、子供っぽい話である。別に彼らは社会人の模範とすべき存在ではない。それどころか、大きな子供なのだから、スポーツが無ければ社会の落後者か厄介者になった可能性が高い。
昔の野球選手など、ヤクザそのものという選手がたくさんいた。だからわざわざ正力松太郎(だったか?)は「巨人軍は紳士であれ」と言ったのだ。裏を返せば、当時のプロ野球人に紳士はほとんどいなかったということだ。
昔と今は違う、と言う人もいるだろうが、中味は同じである。昔と違うのは、(マスコミの協力もあって)表面を誤魔化すのが上手くなったことだけだろう。そもそも、中学高校(あるいは大学まで)ロクに勉強せず、授業中は寝てばかりいた連中がまともなはずはない。これは野球部だけではなく、ほとんどの運動選手がそうだろう。それも、優秀な選手ほどそういう扱いになる。要するに脳筋として生きることを周囲からも黙認され、むしろ積極的にそう育てられるのである。
ただ、そういう存在を私は別に否定的に見ているのではない。むしろ、可愛らしい連中だ、面白い、愛すべき連中だ、と思っている。だが、だからと言って、可愛い犬や猫を人間扱いして一緒にテーブルに座らせて食事をさせるような馬鹿な真似をするべきではない、ということだ。

    • 1. こたにっち
    • 2018年06月19日 11:08
    • 「自分が中学生レベルの「礼儀作法」を学びなおさなければならない指導者がたくさんいそうな気がする」

      これに尽きると思います。
      教えようと思っても教えられない(そもそも教えたいとは思ってないでしょうが)。

      また、何かを聞かれて答えられないのは恥ずかしいので、自らの威厳を保つため、質問しない・できない子供を作ってしまうのかと。
    • 2. Johnny
    • 2018年06月19日 11:30
    • そもそも野球って、武道とかのように礼儀作法を重んじるような堅苦しい競技ではないと思うんですけどね。
      古くはタウンボールに端を発した、もっとレクリエーション要素の強い気軽な競技っていう認識ですが。
      試合開始の宣言だって"Play ball"(ボールで遊ぼう)って言うくらい、野球文化の根底に流れているものはもっと気楽な精神だと思います。それは草野球でも、高校や大学などのアマチュアでも、MLBやNPBのようなプロのトップリーグでも変わらないと思いますよ。

      礼儀作法の教育云々は、野球という競技自体の役割ではないし、野球という競技やその文化とはあまり関係がなくて、その選手たちが属している教育機関とか、彼らの肉親や家族を含めたコミュニティの問題ではないかと。
      もちろん、フェアプレイ精神とか相手に対するRespectとか、野球という競技に取り組むことで会得できる教育的な効果・意義はもちろんあるとは思いますが。
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