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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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    「我が愛のエル・ハザード」



   第一章 夜の学校

 1999年9月9日金曜日、午後九時、S県立東雲高校では翌日の文化祭を前に四人の人間が夜の校舎に残っていた。化学部の出し物の仕上げに居残りしていた二年生の水原真、宿直の教師藤沢真理、その藤沢に夜食の弁当を売りつけようとしてわざわざ学校にやってきた二年生の陣内ナナミ、ナナミの兄である陣内克彦の四人である。陣内は、この高校の生徒会長であったが、幼い頃から真を自分の永遠のライバルと見做し、真がいなくならない限り、自分の栄光は無い、という妄想に駆られて、真を闇討ちするというとんでもない目的で、この夜中に学校に訪れたのであった。
「やあ、陣内君、どうしたん。何か僕に用でもあるんかいな」
 真は無邪気な笑顔を陣内に向けた。真の方は陣内に対して幼馴染としての親愛感しか持っていない。まして、その妹のナナミとは仲の良い友人である。
「水原あ。お、お前さえいなければ、俺は、俺はなあ……」
 陣内は後ろに隠し持ったバットを振り上げた。
「陣内君、何するんや!」
 小学校の時に関東のこの県に越してきて、今なお大阪弁の治らない真は、大阪弁の悲鳴をあげて、後ろを向いて逃げ出した。
 バットを振り回しながら追う陣内の攻撃を避けながら、真は部室の戸口から逃げ出し、階段を駆け下りて、校舎の裏側に廻った。
 教室の敷居につまずいて転んだ陣内は、真がどこに行ったのか見失い、校舎の表側に廻った。
 校舎の東の端に宿直室があり、そこから明りが漏れている。
(ふん、きっと助けを求めてあそこに逃げ込んだに違いない。だらしの無い奴だ。男なら正々堂々と勝負せんか)
 相手を闇討ちしようとした自分の卑怯さは棚に上げて、陣内はそう一人ごちた。こうした自分勝手さと、根拠の無い自信と妄想がこの男の特徴である。
「あら、お兄ちゃん、何でこんな所にいるのよ」
 宿直室の中には、陣内の妹のナナミがいた。可愛い顔をしているが、金儲けが何より好きな、ガッチリ屋の女の子だ。
「お前こそ、こんな所で何をしている」
 陣内は、ナナミの前にいた教師の藤沢をジロリと見た。こちらは、山歩きと酒と教育以外には興味の無い、野暮な独身教師である。
「い、いや、陣内君、これはナナミ君が私に夜食を持ってきて、というか、弁当を売りつけに来ただけで、べつに怪しいことはしていないんだ」
「ナナミがどうしようとかまいませんよ。しかし、先生、ここに誰か来ませんでしたか。さっき、怪しい奴の姿を見かけたんですがね」
 藤沢は陣内が手にしているバットを見た。
「泥棒か?」
「多分、そうでしょう。まあ、私を恐れてもう逃げてしまったかもしれませんがね」
 後で水原から訴えられた時に、泥棒と思って殴りかかったのだという言い訳をしようという考えなのである。そういう点では頭の回る男であった。
 三人は、校内の見回りをしてみようと外に出た。

 その頃、水原真の身の上には不思議な事が起こっていた。
 校舎の裏手に回った彼は、校舎の裏側に五メートルほど離れて聳える崖の土が突然に崩れ、そこから闇の中に眩いほどの光が溢れ出すのを見た。
 眩しさに目を細めて見ると、その光の中から人の姿のような物が現れ、その姿は彼に向かって歩いてきた。
 驚いている彼の前で、光の中の人影は若い女性の姿となった。しかし、何と奇妙な姿だろう。体にぴったりした濃紺のウエットスーツのような服の上に、艶やかに光る材質の、戦国武将の羽織をモダンにしたような長い上着を着ている。天女のようにも、中国の武者のようにも見える姿だ。肩までかかる紫色の髪は長くウエーブし、その髪を覆うような薄い布の髪飾りが特徴的だ。
「真、真、やっと会えたね」
 その若い女性は、(しかし、何という美しさだろう。真はこれまで、これほどの美人を見たことが無かった。そもそも、日本人とも西洋人ともつかない顔で、強いて言えば、憂いを帯びた天使のような美しさである。)真を見て、目に一杯の涙を溜め、愛情に溢れた切なげな笑顔を浮かべて彼に手を差し伸べた。その低いかすかな声は、深く真の心に染み透っていった。
 真はわけがわからず、呆然として立ちすくんだ。
「一万年……。一万年、この時を待っていた」
 その女性は、真に近づき、彼の胸に顔を埋めた。そして、かすかな声で囁いた。
「夢を……
夢を見たよ。
……
数え切れない夜の間で、
ただお前の夢だけを……
見ていたよ……」
 真は永遠の彼方から聞こえてくるようなその囁きを聞き、心なしか甘い匂いのする髪をただ見下ろしていた。
「時間が無い」
 その女性は突然真の胸から顔を離し、一歩後ずさった。
「一万年の間に私の体は消耗し尽くした。私には、ただお前をエル・ハザードに送り届ける力しか残されていない。後は、お前に任せたよ」
 女性は胸に手を組み、何か祈り始めた。
「ちょ、ちょっと。何の事やら、僕にはさっぱり……」
 女性は涙を一杯に溜めた目で真をじっと見て、悲しげな微笑を浮かべた。
「あの、懐かしい世界に行ったら、私によろしく言っておくれ」
 突然、その女性の体から目も眩むような光が溢れ出て、その光はあたり一面に広がった。真はその光に包まれて気を失った。

第二章 エル・ハザード

 真が目を覚ました時、そこは学校の裏手ではなく、どこかの森の中だった。
 倒れて気を失っていた彼は、目を開けて上半身を起こすと、周りの様子を眺めた。
「いったい、ここはどこなんや。変な所やな。まるでジャングルや」
 茂みの中を歩き出した彼は、すぐに何かに躓いて倒れそうになった。
「痛え! 」
 真が躓いた物体は、そう声を上げた。
「あ、すんまへん。人がいるなんて気がつきまへんで」
 むっくりと身を起こした人物を見て、真は驚きと安心の入り混じった声を出した。
「なあんだ。藤沢先生やないか。何で先生がこんな所におるんでっか」
 藤沢はきょろきょろと辺りを見回した。
「真、ここはどこだ。俺はさっきまで校舎の見回りをしていたはずだが。それに、陣内やナナミはどこへ行った」
「えっ、陣内も一緒やったんですか」
 真は昨夜(だろうと思うが)陣内に襲われたことを藤沢に話した。
「まさか、いくら陣内がおかしな奴でも、そこまではせんだろう」
 藤沢は笑って、信じない様子である。
「まあ、ええわ。それより、ナナミちゃんも一緒やったんなら、どこへ行ったんやろな」
 真は歩き出した。その後から藤沢もついてくる。
 しかし、周りの様子は、どう見ても日本の森の中には見えない。どことなく、東南アジアの森の中といった雰囲気であり、時折見える動物も、見慣れない奇妙な生き物ばかりだ。
「どうも学校の裏山には見えんなあ」
 藤沢も頼りない声を出した。
 その時、がさがさと茂みを分けて、二人の前に現れた生き物がいた。二人はそれを見て呆然となった。
 体長三メートルほどのその生き物は、どう見ても昆虫である。強いて言えば、巨大な蟻だろうか。しかし、体長三メートルの蟻がいるものだろうか。しかも、一匹だけではない。
 その巨大蟻たちは、ギギギと不気味な声を上げながら二人に迫ってきた。後ろ足で立ち、前足は威嚇するように振り上げている。その体の大きさからすれば、前足の一撃は相当な威力だろう。下手をしたら、死んでしまうかもしれない。
 逃げ出そうとした二人の前に、他の蟻が素早く回りこんだ。スピードも相当なものだ。
「あかん、先生、どないしましょう」
「どないも糞も、戦うしかないだろう」
 藤沢は、ヤケクソの勇気を奮って、巨大蟻に向かって行った。その足の速さに真は驚いた。山男で力は強い方だが、いつものそのそして鈍そうな男だったのである。カール・ルイスみたいな速さで蟻の懐に飛び込んだ藤沢は、パンチを振るった。
 なんと、巨大蟻は、五メートルほども吹っ飛んでぶっ倒れた。
「なんや、見かけ倒しやな」
 真は近くにいた蟻に自分も向かっていこうとした。しかし、その蟻が振り回した前足で、木の幹が簡単にへし折られたのを見て、彼は悲鳴を上げて退却した。
「こら、あかん。見かけ倒しでも何でもあらへん。でも、何で藤沢先生、あんなに強いんや?」
 蟻に追われながら、真は藤沢が次々に巨大蟻たちを倒していくのを見た。だらしないジャージー姿の藤沢が、特撮ヒーロー物の主人公みたいに敵を倒す有り様は、奇妙な眺めであったが、暢気に眺めている余裕はない。幸い、真は元陸上部員でもあり、足には自信があった。
 突然、蟻たちの様子が変わった。一斉に、ある方向を見て、それからさっと退却したのである。藤沢に殴り倒された奴らも、何とか起きて茂みの中に姿を消した。
「おおい、大丈夫か」
 遠くから人声が聞こえた。いや、聞こえたような気がした。というのは、その声は耳で聞いたというよりは、真の心の中にふと思い浮かんだだけのように思えたのである。
 彼らが戦っていたのは、茂みの間のちょっとした空き地であったが、その一方から現れたのは、奇妙な服装の男たちだった。アラビアンナイトにでも出てきそうなパンタルーンにチョッキ姿で、手には弓矢や刀を持っている。すべて本物の武器のように見える。
 真と藤沢は互いに顔を見合わせた。
「こんな森の中を無用心に歩いていては、バグロムに襲われても当たり前というもの。気をつけなさい」
 先頭の男が二人に言ったが、その男は真の顔を見て、はっと驚いた顔をした。
「パトラ王女様!」
 彼らは互いに顔を見合わせてざわざわとした。
「王女様がいた!」
「しかし、あの格好は何だ」
「いや、あれは王女様ではない。良く似ておるが」
「王女様だろう、まさか、あれほど似ている人間が二人といるはずがない」
 真はこらえきれず、口を開いた。
「王女様、王女様って、いったい何です。僕は男ですよ」
 男たちは驚いた顔をした。
「お前、どこの人間だ。それはどこの言葉だ」
 真は、男が喋る時に口を開いてないことに気がついて、驚いた。まさか、彼らはテレパシーで話しているのだろうか?
「僕らは東雲高校の生徒と先生です。ここはいったいどこです? ディズニーランドかどっかですか。それにしてもさっきの蟻は良くできていましたな」
「?」
「?」
「?」
「?」
 男たちが真の言葉に途方に暮れているのが真には分かった。
「おい、真、こいつはアトラクションでもなんでもなさそうだぜ。だって、俺のこの力を見ろよ」
 藤沢が、傍らの大木に手刀を打ち下ろした。大木は見事にへし折られて、大きな音を立てながら倒れた。
「こいつには何のトリックも無いことは、俺の手応えで分かる。しかし、俺は何でこんな力を持っているんだ? そいつが分からねえ」
 男たちも藤沢の怪力に驚いていたが、やがてそのリーダーらしい男が二人に丁重に言った。
「どうやら、あなた方は不思議な世界から来られたようだ。わがロシュタルの宮殿に客としてお迎えしよう」
 真と藤沢は顔を見合わせたが、この申し出を承知することにした。ほかには、今の奇妙な事態を解決する妙案もなかったからである。


第三章 ロシュタリア宮殿

 森を出ると、そこにはなだらかな起伏の丘と草原が広がり、丘の下には麦畑のような畑が広範囲にあって、その間を街道が通っていた。そして、そのはるか彼方には大きな町らしい集落が見えたが、遠目にもその町が異国の町であることははっきりと見て取れた。
 近づいていくに連れて、その町の中心にある宮殿の建物の姿ははっきりとしてきたが、それはまるでアルハンブラ宮殿か、昔のペルシャの宮殿のような建物であった。幾つかの塔を持ち、塔の屋根は丸く、赤、青、金色のスレートか金属で覆われているようである。
 真と藤沢の二人は、宮殿に着くとすぐに国王へのお目通りを許された。
 二人が驚いたことに、国王はまだうら若い女性である。
「ルーン王女様でございます」
 二人を連れてきた男が小声で二人に言った。
 ルーンと呼ばれた王女は、真を見て驚いた顔になった。
「きれいな人ですねえ」
 真は王女に頭を下げながら、隣の藤沢に言った。
「うん、そうだな」
 藤沢は簡単に答える。この男は、自分は女性には縁が無いと決め込んでおり、そのためあまり女性には関心が無いのである。
「あなた方は、異国から参ったのですか? それとも、ヤジールの申すように、異世界から来たのですか?」
 ルーン王女の言葉は、他の男たち同様、真と藤沢の心に直接話し掛けられた。
「はい、実は私たち自身も、自分たちがなぜここにいるのか分からないのです。ここは、何と言う国ですか?」
「ここはロシュタリア、この世界全体は、エル・ハザードです」
 真と藤沢は顔を見合わせた。どうやら、自分たちが来たのは、単なる外国ではないらしい。すると、いったい自分たちは元の世界に帰れるのだろうか。
 藤沢が事情を説明しても、王女は理解できないような顔であったが、二人が怪しい者ではないことは信じたようである。
「ところで、そちらの少年は、名前は何とおっしゃるのですか?」
「僕ですか? 水原真、いいます」
「ミズハラ・マコトですか。では、マコト殿、あなたはパトラ王女と何か関係があるのですか?」
(また、パトラ王女のことか。一体、何なんやろ)
 真は心の中で思ったが、それだけで、すぐにルーン王女は首をかしげて言った。
「そうですか。パトラの事は何も知らないのですね。実は、あなたにお願いがあります」
 二人は謁見の間から王女の個室(それぞれ二十畳くらいの、三間続きの豪華な部屋だ)に連れていかれ、内密に話を聞かされた。その場にいたのは、ルーン王女以外には王女の護衛らしい長い赤毛が特徴的な女騎士と、理知的な美人だが冷たい顔をした女性と、王女の侍女らしい小柄な可愛い娘の三人だけである。
「紹介しておきましょう。この三人は、あなた方のお役にきっと立ってくれるでしょう。こちらは、王室警備隊長兼国王親衛隊長のシェーラ・シェーラ」
 赤毛の女性が軽く頷いた。年齢は二十歳前後だろうか、それより、もう少し若いかもしれない。体の線がはっきりした、ボディコン・スーツ風の騎士服もすべて派手な赤で、しかも、その騎士服の下は、見事な脚線美を露出した大胆なミニスカートである。顔色は健康的な小麦色で、可愛いが、利かん気の少年のように頑固で喧嘩早そうな顔つきだ。
「こちらはロシュタリア幕僚長のアフラ・マーン。優れた法術士でもありますわ」
 理知的な顔の女性が、真と藤沢に冷たい目を向けたまま、軽く頭を下げた。年齢はシェーラ・シェーラと同じくらいで、鉢巻風のヘアバンドに、全身を隠した青いエアロビクスタイツ風のスタイルだが、こちらもプロポーション抜群である。
(法術士? 何だ、そりゃあ)
 真と藤沢は同じことを考えた。
「法術士をご存知ない? あなた方の世界には法術は無いのか?」
 その女性は、少し気を悪くしたように言った。
「いやあ、我々の文明は、どちらかというと物質的な科学の発達した社会でありまして、そうしたまやかし、いや、そのう魔法のようなものは、すべて迷信として途絶えてしまっているのですよ」
 藤沢の言葉に、アフラ・マーンはそっぽを向いた。
「まやかしかどうか、今に分かる」
 相手の機嫌をすっかり損ねた事で、藤沢は困って頭を掻いている。
「私は、アレーレと申します。パトラ王女様付きの侍女でございますが、私のいない間に、王女様が大変な目にお遭いになって、もう、私の責任だと悲しんでおります」
 十四五歳くらいに見える小柄な侍女は、舌足らずな声で、ぺらぺらと喋った。この世界の言葉のようだが、意味はそのまま真たちの心に伝わった。声とテレパシーが同時に行なわれたのだろう。
「これ、アレーレ、そうペチャクチャ申すでない。……真殿、藤沢殿、話は今アレーレが申した通りです。実は、妹のパトラが行方知れずになっています。しかも、三日後にはパトラの成人の儀が王宮で行なわれることになっており、諸国の国王たちがすでにこの地に向かっています。今さら、式を延期にするわけにもいかず、困っていたところです。で、お願いと申すのは、今から三日間、真殿にパトラの影武者を勤めて頂きたいということでございます」
「王女、こんな得体の知れない奴らにそんな大事な役を任せていいのですか? こいつらが失敗したら、ロシュタリア王家にとって、取り返しのつかない大変なことになりますぜ」
 シェーラ・シェーラが乱暴な口調で言った。これがこの娘のいつもの話し方らしく、王女もそれを咎める様子は無い。
「それ以外に手は無いのです。成人の儀は王家の男女の十八歳の誕生日と定まっております。パトラの誕生日は知れ渡っており、成人の儀式に式に出られなかった者は、神の祝福を受けられないと信じられていますから、この儀式を欠席することは、パトラの将来にとっても良くないでしょう」
「しかし、この事が後で世間に知れたら、同じじゃないですか?」
「パトラ王女さえ無事に戻れば、この儀式についての疑惑なぞ、問題にはならない」
 アフラ・マーンが冷たい口調で言った。
「お前が、早くパトラ王女を探し出せば済むことだ」
「何を、この野郎! 俺が何もやってないとでも言うのか」
「二人とも、やめなさい! アフラ殿、シェーラ・シェーラは一生懸命に働いています。しかし、王女の失踪は世間には隠されていること。捜査にも限界があるのです」
 ルーン王女が間に入って、二人は喧嘩をやめたが、お互いにそっぽを向き合っている。どうやら、この二人は相当に仲が悪いらしい。
 王女にとんでもない申し出をされた真は、あきれて呆然としていた。この自分に女の役をやれだと? そりゃあ、自分は子供の頃から女の子のように可愛いと人からは言われてきたが、中味は十分に男だ。女の役なぞできるか。
 しかし、ルーン王女の訴えるような目を見ると、真はそれを断ることはできなかった。この気の弱さ、あるいは優しさが、彼の欠点なのか長所なのか、どちらかは分からない。
「分かりました。そんなに僕がパトラ王女に似ているんなら、影武者役を引き受けましょう。でも三日間だけでっせ。それでよろしいんなら、やります」
「有難うございます。あなた方のお世話は、このアレーレに何でもお申し付けください」
 真と藤沢は王女の前から退出して、与えられた居室(パトラ王女の部屋らしい)に案内された。そこで二人はやっと一休みすることができたのであった。

第四章 影武者

「いやあ、豪華な部屋やなあ」
 真は周りを見ながら声を上げた。一流ホテルのスイートルームもかくや、という豪華な部屋である。部屋の大きさは先程のルーン王女の部屋と同じ、二十畳くらいで、壁には様々な壁画が描かれている。その一つの前で真は足を止めた。
 美しい、若い娘の絵である。しかし、その顔は真そっくりなのだ。
「それがパトラ王女様でございますわ。本当に真様そっくり」
 アレーレにそう言われても、真には嬉しくはない。女に似ているなどというのは、男にとって褒め言葉にはならないだろう。
「しかし、どうしたものかなあ。何とかして、元の世界に帰らにゃあならんが、その手が見つからん」
 藤沢はベッドに腰を下ろして途方に暮れたように言った。
「そもそも、ここは地球なのか、それとも他の星なのか、それさえも分からん」
「多分、地球やないですか。だって、周りの人間はみんな普通の人間やもん」
「しかし、地球には、ここに来る途中で俺たちが見た、あんなでっかい蟻はいないぞ」
「蟻って、バグロムの事ですか? へえ、よく無事でしたねえ。普通の人間じゃあ、バグロムに襲われたら、無事じゃあすみませんよお」
 アレーレが興味津々といった顔で口を出した。かなり遠慮の無い性格のようだ。
「その事やがな。藤沢先生、ここに来て、異常な力の持ち主になっているらしいんや。ねえ」
 真は藤沢に同意を求めたが、藤沢の方は何か考えているらしく上の空である。
「ああ? ああ、そうだな。ところで、アレーレさん、ここには、そのう、アルコールはないのかな。あったら、少し飲んでみたいんだが」
「アルコール? ああ、お酒ですね。ありますよ。ロシュタルのお酒はおいしいんで有名なんですよ。今、持ってきますからね。その間にお風呂でも入ったらどうですか。もし、お背中を流す侍女が必要なら、おっしゃってくださいね。あ、それから、私の事はアレーレと呼んでください。アレーレさん、なんて言わないで」
 アレーレは頭を下げて部屋を出て行った。気は良さそうだが、お喋りな娘である。
「先生、お酒、あんまり飲まんほうがええんとちゃいますか?」
「まあ、そう言うな。少しアルコールでも入れんと、こんなおかしな話は考えられん」
 間もなくアレーレが盆に酒瓶と銀のゴブレットを載せて戻ってきた。
「真様もお飲みになりますか?」
「いやあ、僕は未成年やから」
「そうですかあ? じゃあ、藤沢様、どうぞ」
「おっ、すまん、すまん。後は手酌でやるからかまわんでください」
 藤沢はゴブレットの酒の匂いを嗅いだ後、それを一息で飲み干して「くはあっ、うめえ」と声を上げた。
「酒なんて、何がおいしいんやろ」
「まあ、お前も大人になればこの味が分かるさ」
 藤沢は立て続けに酒を飲み、顔が赤くなった。
「ところで、さっきの話ですけど、藤沢様は、本当に武器も無しでバグロムたちをやっつけたんですか?」
「ああ、すごかったでえ。こう、ばったばったと、な」
「へえ、見たいですねえ、その力」
「先生、アレーレがそう言ってますけど、先生の力、ちょっと見せてくれませんか?」
「ああ? いいぜえ。よし、見てろよお。こんな置物くらい、ちょちょいのちょい、と。あれ?」
 部屋の真ん中にあった女神像らしい二メートルほどの高さの石像を持ち上げようとした藤沢は、予期に反して持ち上がらない石像にあわてて、やっきになったが、石像はただ傾いただけである。
「あっ、危ない、先生、倒れる!」
 次の瞬間、藤沢は石像の下敷きになって気を失っていた。
「おっかしいなあ。これくらいのもん、持ち上げきれないなんて」
「藤沢様の力って、本当なんですかあ?」
 アレーレは疑わしそうに真を見た。
「本当、のはずなんやけどなあ」
真は困って、誤魔化し笑いをするだけである。

真は、藤沢をベッドに寝かした後、アレーレに王宮やこの国の話を聞いた。この世界には、ロシュタリア以外にも幾つかの国があるが、その中でロシュタリアは最大の国らしい。と言っても、人口はせいぜいが百万からニ百万の間のようだが。文明は、高度に発達した精神的文明らしく、人々はテレパシーで意思を通じあっている。中で精神的に優れた人間は、精神エネルギーを物質的な力に変換させる、いわゆる法術が使えるらしい。
「それのできるのは、神官たちと貴族や王族の一部だけですけどね」
とアレーレは言っている。
「へえ、見てみたいもんやなあ。魔法使いなんて、話だけかと思っていたけど」
「魔法って言うと、何かいかがわしく聞こえますよ。これは人間の精神能力の発達したものなんです。真様の世界の科学と同じです。我々のご先祖様は、もっと素晴らしい能力を持っていたらしいんですけど、その能力が仇になって、世界が滅び、その文明の記憶はほとんど残っていないんです。でも、王室の言い伝えや、神殿の記録の中に、少しは残っているようですけどね」
「古代の言い伝えだと?」
ベッドに寝ていた藤沢がむっくりと体を起こした。
「先生、起きていたんですか」
「おい、真、もしかしたら、そいつの中に、時空を越える秘密があるかもしれんぞ。そいつを見つけたら、元の世界に帰れるかもしれん」
 アレーレは肩をすくめた。
「あんまり、期待しないほうがいいと思いますよ。それより、真様は、パトラ様の影武者でドジを踏まないように、これから特訓です。いいですか、覚悟してくださいよ」

 翌日一杯、真はアレーレから特訓を受けた。パトラ王女の服を着て、パトラ王女のように振舞う訓練である。スカートをはいた真は、下半身に何とも頼りない感じを味わっていた。
「真さまあ、そんなに大股で歩いちゃあ困ります。もっと楚々として、シナを作るんですよ。もっとも、パトラ様って、あんまりおしとやかじゃあなかったけど」
「ところで、トイレはどないしよう。この格好じゃあ男の方には入れないはずやし」
「儀式が終わるまで我慢してください」
「儀式はどのくらい続くんや?」
「まあ、半日くらいですかね。もしかしたら、一日かかるかも」
「そんな殺生な」
「言葉のほうは、あまり喋らなくてもいいはずです。儀式の後、宴会がありますが、疲れたとか言って部屋に引っ込んだらいいと思いますわ」
 アレーレの言葉通り、儀式は半日続き、その後宴会が開かれた。
 儀式の間、真は必死で女の子らしく振舞っていたが、その甲斐あって、諸国の招待客たちは彼をパトラ王女と信じて疑わない様子であった。しかし、その中でただ一人、彼に疑惑の目を向けている男がいた。
 その男は、ルーン王女の婚約者、ガレフである。美しいブロンドの長髪に、彫りの深い美しい顔の青年だが、自分を見るその目に真は何か不快なものを感じていた。
「パトラ王女がここにいる? そんなはずはない」
 呟いたガレフの後ろに立っていた冷たい顔の美少年が、背後からガレフに囁いた。
「あの者は、偽物です。正体を暴きましょうか? 」
「いや、いい。パトラ王女の脳波を調べるのにはまだ時間が必要だ。かえって、パトラが健在だと思わせておいたほうが都合がいい」
 パトラ王女としての真の演技は、他の客たちに対しては通用したようである。 

第五章 昆虫の王

 その頃、真たち同様にロシュタリアの北側の大森林の中に投げ出された陣内は、気が付くと、バグロムたち、つまり真たちがエル・ハザードで最初に遭遇した昆虫人間たちに周りを取り囲まれていた。
「な、何だ、お前たちは。私が東雲高校生徒会長と知っていて危害を加えるつもりか!」
 意味不明の言葉を言いながら、陣内は逃げ場を探した。
 しかし、昆虫人間たちは互いに顔を見合わせながら、戸惑っている様子である。
(セイトカイチョウ? ナンダ、ソレハ)
(ドウモ、エライ者ノコトノヨウダ)
(デハ、ダイジニアツカウ必要ガアル)
(でぃーば様ノトコロニ連レテイコウ)
 なぜか、陣内の言葉が彼らには通じているらしいのである。
「何だ、お前たち、案外いい奴ではないか。そうか、そうか、私の偉さがお前たちにも分かったか」
 陣内は、ご満悦である。自分の存在を高く評価してくれるなら、相手が人間だろうが、虫だろうがかまわないらしい。
 バグロムたちが陣内を連れていったのは、森の奥の谷間にある巨大な建造物であった。蜂の巣か蟻の巣をより高層化し、立体的にしたような要塞で、外壁は土を固くしたもので作られている。
 そこで陣内が引き合わされたのは、バグロムたちの女王であった。これが何と、見かけはほとんど人間の女と変わらない。頭から触角が出ていることを除けば、まあ、いい女と言ってもいいくらいである。これが卵を産んで、すべての兵隊蟻たちの母親になるのだと考えると、あまりぞっとしないが、陣内にはそういう偏見は無い。彼の唯一の美点は、人間も昆虫も同じレベルで見ることができるということであろう。
「お前がこの昆虫たちの女王か。なかなか美人ではないか」
 そう言われて、バグロムの女王ディーバはポッと顔を赤らめた。生まれて初めてお世辞を言われたのだから、虫とは言え、嬉しいことは嬉しいのだろう。
「まあ、何と好いたらしいお方」
「そうだろう、そうだろう。私の名は陣内克彦、この世の支配者となることを運命づけられている男だ」
「何と、この世の支配だと? それこそ我々バグロムの望むこと。我々は、人間どもを駆逐して、エル・ハザード全体を我々の支配下に置くことが、かねてからの望みなのだ」
「それでは、お前たちは願ってもない男を手に入れたことになる。私の頭脳をもってすれば、相手がどんな奴だろうが打ちのめすのは容易なこと」
「そ、そうか。では、陣内殿、我々のために働いてくれると?」
「そうだ。まあ、それなりの待遇はして貰わんと困るがな」
「いいだろう。毎日、アブラムシ十匹ずつ与えようか? 」
「アブラムシだと? そんなもの食えるか。まあ、食事は自分で適当に見繕うからいい。まず、この世界の様子を話してくれ」
 陣内の見たところでは、この昆虫人間どもの知能指数、精神年齢は、人間なら小学低学年程度であった。
(こいつら、体力だけはありそうだし、女王の命令には絶対服従ときている。まさに理想的兵隊というもの。支配者たるべき私のために準備されたも同然の連中。この世界こそ、まさしく私のためにある! キャッハハハハハ)
 心の中で高笑いしながら、陣内はかねてからの夢である世界征服に一歩を踏み出した喜びに打ち震えるのであった。

 第六章 ナナミの運命  

 一方、同じようにエル・ハザードに転がり込んだ陣内ナナミの方は、兄ほど幸運ではなかった。
 エル・ハザード西部の大砂漠に出現した彼女は、真たち同様に、やがてここがまったくの異世界であることに気が付いたが、とは言っても元の世界に帰る方法は分からない。旅のキャラバン隊に拾われた後、彼女はキャラバン隊の雑用係、炊事係としてこき使われながら、元の世界に戻る機会を待つことにした。うら若い娘が男の集団の中にいたら、普通ならすぐにでも貞操の危機に見舞われそうなものであるが、どういうわけか男たちはナナミにまったく興味を示さなかった。べつに女に興味が無い連中というわけでもなさそうなのだから、その点が不思議と言えば不思議である。(まあ、この話全体が、日本人の女性は外国人にとって魅力的だが、男性はそうではないという事実の逆パターンである。)
「とにかく、働いてお金を稼ぐのよ、ナナミ。金は世界のパスポート、金さえあればどこに行ったって何とかなるわ」
 そう決心して、彼女はひたすら働きまくり、小金を溜めまくるのであった。

第七章 大神官ミーズ・ミシュタル

「王家の言い伝えですか? それが、あなたたちが元の世界に戻る方法と何か関係があるかもしれないとおっしゃるのですね」
 ルーン王女は小首をかしげた。
「確かに、かつてこの地にいた人々は、高度な文明を築き上げ、その能力の中には時空を超える力もあったと聞いています。しかし、その文明は何千年も前に滅び、その遺跡の中の物は、私たちには理解できない機械ばかりです」
「機械ですって? では、かつての文明は、今のあなた方の文明とは違って物質文明の発達したものだったんですね」
 藤沢が聞き返した。真も同じことを考えていた。
「いえ、精神的にも物質的にも極限にまで発達した社会だったようです。その遺跡は三つ知られています。一つは王家の祭壇、もう一つは神の目と呼ばれる空の星、もう一つは、封印された大魔人の墓です」
「大魔人ですって?」
「ええ、そこにはイフリータと呼ばれる恐ろしい魔人が眠っていて、その者が目覚める時が、この世界の滅びる時だと言われています。あの、かつての文明を滅ぼしたのもその魔人だったようです」
 藤沢と真は顔を見合わせた。その魔人とは、できれば、会いたくないものだ。
「神の目ってどんなものですか?」
 真が聞いた。
「このエル・ハザードのはるかな上空にある人工の星です。王家の血を引く者だけがその中に入ることができ、世界を支配する力を振るうことができると言われています。しかし、そのためにはまず神の目を地上に下ろさねばならないのですが、それには契約されし二人の者の心が一つになることが必要なのです。残念ながら、あなた方には、それは許されないでしょう」
「契約されし二人って、誰ですか」
「王家の血を引く二人の人間です。今は、私とパトラがそれに当たります」
「では、パトラ王女を探さない限り、俺たちが元の世界に帰ることもできないってわけだ」
 藤沢はもともと細い目を閉じるようにして考えた。
「よし、それじゃあ、我々二人もパトラ王女の捜索に協力させてください」
「よろしいのですか? 危険な目に遭うかもしれませんよ」
「なあに、私には普通人の数十倍の力がありますから、きっとお役に立てますよ」
「先生、あまり安請け合いしない方が。だって、この前、失敗してるし」
 真が藤沢の服の袖を引っ張って言った。
「あの時はたまたま調子が悪かっただけだ。心配するなって」
「そうやね。パトラ王女を探すのには僕も賛成や。もしも、悪者にさらわれてでもいたら、可哀相やもんな」
「では、まず大神官の神殿に行って、ご託宣を聞いてはいかがでしょうか。もしかしたらあなた方が元の世界に帰る手掛かりも得られるかもしれません」
「へえ。じゃあ行ってみます」
「アレーレに案内させればいいです。途中でバグロムに襲われるかもしれませんから、シェーラ・シェーラを護衛につけましょう」
「なあに、大丈夫ですよ。この前だって、私一人でバグロムたちをやっつけたんですから」
「バグロムを甘く見てはなりません。バグロムのために、このロシュタリアでは毎年、数十名、いや百名以上の人間が死んでいるのです。バグロム討伐のために組織された軍隊も、バグロムの森の中で何度も敗北しています。彼らには人間にない超感覚があり、人間の数倍の力があります。普通の武器では、彼らの固い外殻を貫くことさえできないのです」
「ここには、鉄砲なんか無いのですか?」
「鉄砲? 何ですか、それは」
「鉄砲を知らない? では 火薬は?」
「存じません」
 藤沢は真に顔を向けた。
「どうやら、この世界には火器は無いようだな。だから、あんな原始的な武器で戦っているんだ。まあ、ある意味、平和な世界ではあるな」
「ともかく、その神殿に行ってみましょうよ。じゃあ、王女さま、おおきに」
「お二人の旅の御無事を祈っております」
 真と藤沢は、早速王宮を出発した。同行者は、案内役兼世話係のアレーレと、護衛役のシェーラ・シェーラの二人である。
「まったく面倒くせえなあ。何で俺がこんな連中のお守りをしなきゃあならねえんだよ」
 赤毛の女騎士はぶつぶつ文句を言っている。
「大神官ってどんな人や?」
 真はアレーレに聞いてみた。
「私もお会いしたことはありませんが、ミーズ・ミシュタルとおっしゃって、とてもおきれいな方らしいですよ」
「へえ、そうなんやって、先生」
 真は藤沢に言ったが、朴念仁の藤沢はまったく興味を示さない。
「ああ? そうか。それより、アレーレ、大神殿には酒はあるかな」
「多分あると思いますよ。神様にお神酒はつきものですから」
「そりゃあ、そうだ。そういう点は、どこの世界も同じようなものだな」
 藤沢は急に元気が出たみたいである。
「ちえっ。酔っ払いに、女みたいなガキの相手か」
 シェーラ・シェーラは一層不機嫌になった。
 二日の旅の後、白く輝く大神殿が四人の前に現れた。見た感じは、ギリシアのパルテノン風であるが、周り全体が広大な人工の湖に囲まれているところが特徴的である。
「少しどきどきしますねえ。何しろ、大神官ですからね。滅多には会えない方ですよお」
「なあに、大した奴じゃねえよ」
「あら、シェーラ・シェーラさん、ミーズ様をご存知なんですか?」
「ああ、ちょっとな」
 シェーラ・シェーラは、そっぽを向いた。あまり話したくない過去でもあるようだ。
 四人は、二人の若い巫女に取り次ぎを頼み、大神官の登場を待った。
 やがて、真っ白に輝く美しいローブ姿の大神官ミーズ・ミシュタルが四人の前に姿を現した。
 アレーレが言っていた通り、かなりの美人である。
「美人やなあ」
 真は呟いた。
「そうですね。でも、思っていたよりちょっとふけていますね」
 アレーレが言った。
「そりゃあそうさ。普通なら二十五で大神官をやめてさっさと結婚するところを、相手がいないもんで二期目を勤めているオールドミスだもんな」
 イッヒッヒと忍び笑いをしながらシェーラ・シェーラが真たちにこっそり言った。
「聞こえてますよ。シェーラ・シェーラ。神官養成学校の落ちこぼれが何を言ってますか」
 ミーズは厳しい顔でシェーラ・シェーラを睨んで言った。
「あれ、シェーラさんも神官やったんですか」
「お、おう、昔はな。あんまりつまらねえんで、こっちからやめてやったんだ」
 シェーラ・シェーラは顔を赤くして強がりを言った。
「嘘をおっしゃい。舎監を殴って退学になった子が。まったく、こんな品性のかけらもない乱暴者が王宮の親衛隊長をしているなんて、世も末だわ」
「へん、何を言ってやがる。こっちだって、お前の恥ずかしい話は幾つも知っているぜ。みんなばらしてやろうか」
「ま、まあ、お二人とも落ち着いて」
 藤沢が二人をなだめた。
「あなた方は、何の用でここに参られたのですか?」
 問い掛けるミーズに、真と藤沢はこれまでのいきさつを話した。
「それは不思議な話ですね。お困りでしょうが、残念ながら、私にも時空を超える力はありません」
「パトラ王女の行方はどうだ?」
 シェーラ・シェーラが口をはさんだ。
「それも何度も占いました。しかし、前に言ったように、王女は王宮からそう遠くない所にいるとしか出ないのです」
「王宮近くは何度も探した。それこそ、民家の屋根裏までな。お前の占いが間違っているんじゃねえか?」
「パトラ王女の失踪に関係のある人間についても占いました。すると王室に関係のある人間だ、と出ました」
「そんなの、何人もいらあ。もっと具体的な手掛かりは無いのかよ」
「青い顔の男が関係あります」
「青い顔? 幻影族か?」
「そうかもしれません」
「そいつは厄介だな」
「幻影族って?」
真が聞いた。
「幻影族ってのは、まあ、このエル・ハザードの異端者だな。人数は数百名くらいしかいないんだが、我々人間とは仲が良くない。向こうも見かけはほとんど人間と同じなんだが、心がまったく違う。まあ、冷たいというか、残酷というか、要するにモラルが無い。それに、奴らには奇妙な力があって、人間に幻を見せて操ることができるんだ。我々の力ではどうしてもその幻影を見破ることができない。もしも、パトラ王女がその幻影族につかまっているとすれば、捜索は非常に厄介なものになる」
「では、その幻影で、シェーラさんの捜索が妨害されていたんやないですか?」
「かもな。しかし、だとしたら、それを打ち破る方法が無い」
「だけど、王室関係者で、男となったら、容疑者が絞られるんやないですか」
「だが、相手は身分のある人間だからなあ」
「そんなこと言ってる場合やないでしょう。パトラ王女の命が危ないかもしれないのに」
「そうだ。お前はいいことを言った。気に入ったぜ。よし、俺はすぐに王宮に戻る。お前たちはここでゆっくりしていきな」
 シェーラ・シェーラは一刻も惜しむかのように神殿から走り去った。
「あなた方は、お疲れでしょうから、こちらでお休みください」
 ミーズの言葉に従って、真、藤沢、アレーレの三人は客間風の部屋で休むことにした。ミーズも巫女の一人にお茶の接待を命じた後、三人の傍に座った。
「もう少し、あなた方のお話を詳しくお聞きしたいわ。特に、藤沢さま、向こうの世界ではどんなお仕事をなさっていたんですか?」
 ミーズは色っぽい目で藤沢を見て言った。
「い、いやあ、仕事と言っても、高校の教師でして……」
「まあ、先生ですか。それは大変崇高なお仕事ですね。きっと、教え子たちに人間としての正しい生き方を教えていらしたんでしょうね」
「ま、まあ、そんな先生もいますがね」
 真は、こっそりとアレーレに言った。
「ミーズさん、藤沢先生に興味津々やな」
「まあ、真さんよりは年が近いですからね。結婚相手として狙っているんじゃないんですか?」
 お茶をすすりながらアレーレが言う。
「あんな美人なら、結婚したがる男は仰山いそうなもんやのにな」
「そうでもないですよ。なにせ、相手は大神官ですからね。浮気などしたら、どんな目にあわされるかわかりません。だから、たいていの男は怖がるんですよ」
「難しいもんやな」
 ミーズの攻勢に対して藤沢は防御一辺倒のまま、日は暮れていったのであった。


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