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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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「シロクマの屑籠」記事で、私はさほど賛同しない内容だが「願望器」(願望の器)という発想は少し面白い。ただ、私は、フィクションを「願望器」概念だけで語るのは間違いだろうと思うので、「少し」面白いだけだ。
ちなみに「フリーレン」は、私の好みに合わないだけだろうが、見るのが少し苦痛である。一番の難点は、ユーモア感覚の未熟さ、低レベルさで、見ていて辛い。すべてが「どこかで見たようなギャグ」なのである。この作品にユーモアは重要ではない、とするなら、何が重要なのだろうか。「人生論」か? 絵作りがきれい、という意見にも私はあまり与さない。「パステル調イコール美」という、素朴な感覚にすぎない。
ちなみに、今回のブログタイトルに書いた「フリーレーン」は意図的な読み間違いである。このアニメは性欲という欲望の「願望器」でだけはないだろう。キャラの性的魅力はゼロである。ネットにはその種の画像がたくさんあるようだが、連中は何でも性的ネタにする「脳の中まで精液で一杯」な連中なのである。

(以下引用)

感情移入の願望器としてのフリーレン、ぼっちちゃん、魔法少女
オタク趣味 執着
 



 
『孤独のグルメ』のゴローちゃんのこともありますので、大食いであることは若さと絶対に結びついているわけじゃないでしょうけど、でも十代の人間もそうしてフリーレンに「入っていける」としたら結構なことだと思います。
 
これに先立つ数週間前、ツイッターで伊藤剛さんがおっしゃっていた内容をひいて「フリーレンは高齢オタクをひっかけるフックがすごい」的なことを書きましたが、今度はRootportさんが十代の人間とおっしゃっていました。これらに関してneoMIO㌠さんは、
 


と、書いておられました。
 
これらを立て続けに眺めた私は、フリーレンってキャラクターはよくできているんだな、そして『葬送のフリーレン』って作品じたいもメチャクチャすごいんだな、と思ったりしました。フリーレンというキャラクターは、「高齢独身者層の願望を如実に表している事にされたり老いや死をリアルに想像出来ない層を変換した事にされたり色々背負わされて大変」というより、高齢視聴者にも十代の視聴者にも訴求力があるキャラクターだってことだとしたら……それって「大変」っていうより「すげえよくできたキャラクターじゃん!」って感心するところなんじゃないでしょうか。
 
それって、フリーレンというキャラクターが願望器としてとても優れているってことだと思いませんか。 
 
 
優れたキャラクター、優れた作品は、幅広い視聴者の願望器じゃなかったっけ?
 
古来、大ヒットしたアニメはたいてい、いろいろな視聴者の願望器としての役割を引き受けてきました。子どもも、ティーンも、未婚成人も既婚成人もなにかしら感情移入できたり、思い入れたくなる場面や逸話があったり。それを感情移入の橋頭保と呼べばいいのか、視聴者を釣り上げる釣り針と呼べばいいのか、視聴者の願望をディスプレイの前で具現化する願望器と呼べばいいのか、どういう呼びかたが適切なのかは於いときましょう。とにかく、ごく狭い範囲の視聴者の願望を引き受けるだけでは、作品が届く範囲も狭くなってしまうでしょう。
 
この視点で眺め直すと、『葬送のフリーレン』、少なくともアニメ版をみる限り、色々な視聴者の願望器としてばっちり機能していそうですよね。フェルンにお世話されながら研究を続けつつ旅する老いたフリーレンも、人間成人に比べて幼くみえるフリーレンも、それぞれ、視聴者が思い入れたり感情移入したりする側面のひとつひとつなんでしょう。それに加えて、ハイターがいて、アイゼンがいて、シュタルクがいて、ヒンメルがいて。ヒンメルそのものが感情移入の橋頭保になる人はあまりいないかもしれませんが、でもヒンメルにまつわる逸話はどれもいいですよね。そうやって『葬送のフリーレン』という作品じたい、色々な視聴者が感情移入したり思い入れを抱いたりする釣り針というかフックというかの巨大集合体みたいになっていて、色々な視聴者のエモーションを引きつける力を持っているようにみえます。
 
引きつける視聴者層はちょっと違うかもしれませんが、『ぼっち・ざ・ろっく!』だってそうだったじゃないですか。
 

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結束バンドの四人はそれぞれ魅力的で個性豊か、でもみんな違った性質と逸話を持っていて。陽キャも陰キャも、エキセントリックな人もそうでない人も、バンドやってる人もやってない人も思い入れが持てるようにつくられていました。最近、アマゾンプライムに戻ってきたので再視聴してますが、やっぱり素晴らしいですね。私は10代でもバンドやってるわけでもありませんが、それでも『ぼっち・ざ・ろっく!』とそのキャラクターたちには夢中になります。
 
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『魔法少女まどか☆マギカ』の時もそうでした。『まどか☆マギカ』がオンエアーされていた頃は、いろんな人がいろんな思い入れたっぷりに作品やキャラクターについて語っていました。『まどか☆マギカ』をとおして資本主義とか現代社会を朗々と論じている学者っぽい人も見かけた気がします。それだって願望器としての『まどか☆マギカ』の器の大きさ、キャパシティーの大きさの現れではなかったでしょうか。五人の魔法少女たちの人気は言うまでもなく。アラサーになったマミさんの同人誌とかもありましたよね? 個性豊かな魔法少女たちは、そのまま願望器のバリエーションの豊かさ、引き受けられる感情移入や思い入れのバリエーションの豊かさでした。そういった思い入れのバリエーションをもっと工業的に増産すると、『アイマス』や『艦これ』みたいな大量キャラクター作品になってくるのかもしれませんが、そういうのはアニメよりソシャゲで栄えている手法でしょうか。
 
誰が・どこまで・どんなキャラクターやエピソードに感情移入や思い入れできるのか・できないのかは、個々人の体験や立場や想像力に左右され、誰もが・何にでも感情移入できるわけではありません。また、感情移入すること、思い入れること、みずからの願望をキャラクターやエピソードのうちに見出すことだけが作品を楽しむ経路ではないことも断っておきましょう。でも、そうは言っても個人においては感情移入や思い入れがあったほうが作品世界に没頭できる可能性は高くなるし、作品においてはより多くの視聴者に感情移入や思い入れさせること・より多くの視聴者の願望器として機能できることが重要でしょう。作品の優劣はさまざまなものに左右されるでしょうけど、こと、人気という点では、より多くの視聴者の願望器たりえる作品であること、それに好都合なキャラクターやエピソードを取り揃えていることが大切なのだと思います。
 
この観点からみても、フリーレン自身、ひいては『葬送のフリーレン』は往年の傑作たちと肩を並べる作品じゃないか、と私は思います。フリーレンが長命種であること、歳月という要素がついてまわっていることのおかげで、願望器としてなんだか独特な感じじゃないでしょうか。少なくとも私はこれにすっかり魅入られていて、毎週正座して視聴しています。
 
[関連]:願望器としての美少年/美少女――キャラを消費するということ - シロクマの屑籠(2012)
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