ガベージニュースというサイトに「1年間で223万部減、1世帯あたり部数は0.70部まで減少…新聞の発行部数動向」という興味深い記事が掲載されていた。日本新聞協会が発表した各種データから、日本の新聞業界全体の発行部数動向について調査・分析している。それによると2018年に朝日や読売などの一般紙は1年間で223万部減、対前年比5.29%の減少。そして、スポーツ新聞は1年間で28万6000部減の対前年比8.50%の減少となった。今日はこの話題について考えてみよう。音声データはこちら


誰が手に取る?スポーツ新聞


 一般紙も落ちているがスポーツ新聞の落ち込みもすごい。2017年に336万部だったものが308万部に。スポーツ新聞全体では1997年に650万部あったものが、半分以下になっている。東京エリアのスポーツ新聞は日刊スポーツ、スポニチ、サンスポ、報知、デイリー、東京中日に、夕刊の東スポ。売り上げが半分以下になって、7紙が全部残っているのは、ある意味、感動的である。ネットでの広告売上等で、何とか踏みとどまっているのかもしれない。


 ただ、一般的に考えてスポーツ新聞は「オワコン」だろう。僕はスポーツ新聞では最も部数が多い日刊スポーツに在籍していたが、2005年を過ぎたあたりから「このままでいいのかな」と思うようになった。何が良くないって、社員が自分たちの商品に自信を持てなくなっていた。「どうせ誰も読んでないよ」といった感じの諦めの感情が社内に出てきているのを日々感じていた。


 多くの社員が「みんなネットでただで記事を読む時代、わざわざ新聞を買わないよ」と思っていたし、事件が起きたらすぐに記事になるネットに慣れてしまうと、情報を届けるまでに長い時で24時間以上かかる新聞など誰も見向きもしないだろう、と。


 僕も同じ感想を持っていたが、そうした伝える媒体の問題以上に、伝える内容に問題があるのではという点に危機感を抱いていた。プロ野球なんて今ではほとんど見向きもされないコンテンツであるが、相変わらずプロ野球におんぶに抱っこの紙面作り。


 1面のほとんどが写真1枚、原稿が12字で80行程度のもので終わって情報量が非常に少ない、そんな新聞を誰が買うのかなと思っていた。僕が会社をやめた2014年だったと思うが、プロ野球のキャンプインの2月1日付けの紙面で「日刊スポーツでは30人以上の記者やカメラをキャンプ地に送り、大々的に報じます」みたいな特集を組んでいた。ただでさえ人気のないプロ野球、しかも試合ですらない練習の情報なんて誰がほしいと思うだろうか。「誰も興味を持たない情報を送るために30人からの人を沖縄などに送って、どうするの?」と思っていたが、案の定、売り上げは下がる一方である。


 そんな状況なので、僕は日刊スポーツにいる頃から自分の会社の新聞を含めスポーツ新聞はほとんど読まなかった。プロ野球の誰がホームランを打ったとか、完封したとか、ペナントレースに興味がないから、個人記録に興味があるわけがない。多くの国民も気持ちは同じだろう。芸能の記事は一般紙にはないが、その多くが記事にすると芸能プロダクションからお金をもらえるというタイアップのような記事ばかり。読者を愚弄している。


 そんな紙面を作っているから、売上も右肩下がりなのは頷ける。毎年、新入社員が3人ほど入ってきていたが、誰一人として新聞を定期購読している者はいない。「大学生に1日140円は痛いです」と言って、すべてネットで見ていると言っていた。自社の製品を買ったことがない大学生をよく採用するなと思うが、それが時代なのであろう。そして、若い社員はよく辞めていった。残っているのは40代、50代ばかり。若者の感性など理解できないおじさん、おばさんが日々の紙面をつくっている。僕のような早期退職制度を利用して辞めていく者は年に10人ぐらいいて、足りない分は派遣社員や、60歳で定年になった社員を再雇用してまかなっていると聞く。


 おそらくスポーツ新聞はこの先、単独では生き残れないと思う。一般紙に吸収されて、その特別版みたいな形で細々と生き残るパターンが考えられる。それも時代というもの。僕の出身母体日刊スポーツもいつまで会社が残っていられるかなと考えると、少しばかり寂しい気持ちになる。