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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
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広尾晃のブログ記事の一節である。
私は別に広尾晃ファンでも何でもないが、野球関連記事がネットには少ない(私が知らないだけだろうが、あれこれ見た限りでは、その多くは読む気も起こらないレベルだ。)ので、一定品質は保証されている広尾晃のブログはわりとよく見ている。
その記事への感想は、「6割くらいはまともな事を言っているし、10回に2回くらいは興味深い記事がある。しかし、同じくらいの割合で的外れな意見を書いている」というもので、特に「野球離れ」についての記事は的外れな内容が多いと感じる。
下の文章でも、「指導者が『野球は教育の一環である』と指導できないことが野球離れの大きな原因になっている」という意見にはかなり首を傾げる。
もともと「甲子園に行くために野球をする」というのが野球強豪校に進む球児たちの狙いであり、それは野球全盛時から今までまったく変わっていないだろう。そもそも「野球は教育の一環である」と広尾氏は本気で思っているのか。馬鹿げた思想である。そんな「教育」を求めて、毎日何時間も練習し、土日や夏休み春休み冬休みも潰して練習をする球児がいたらお目にかかりたい。彼らは「甲子園」に行くため、「甲子園に出て自分の商品価値を上げ、プロ野球やそれに準ずるところに就職するため」にあれほどの努力をしているのである。「教育」が欲しくて野球をやる奴がいたらキチガイだ。

なお、「野球離れ」の原因は「少子化で子供が集まること(チームを作って草野球をすること)が不可能になったこと」と「野球以外のスポーツのほうがするのが簡単であること」の2点しかない。面白いスポーツという点では、昔から今まで野球が一番面白いに決まっている。


(以下引用)



高校野球でも全く同じことが起きている。試合に勝つこと、甲子園に出場することは、野球のスキルアップ、チームワークの醸成などの「手段」だったはずだ。しかし実際には「勝利」と「甲子園」はすべてを犠牲にして手にすべきものになっている。
このために「勝利のために、体を壊してまで投げる」ことや、「他のすべてを犠牲にして異様な長時間練習する」ことが、正当であるかのように言われる。

野球が「教育の一環」であり、長い人生を生き抜くための知恵、技術、健康を身につけさせるためのものであるなら、「猛練習の挙句の怪我で野球を断念する」「甲子園で燃え尽きる」ことなど、正当化できるはずもない。

そのことをちゃんと説明できない指導者がなんと多いことか。これも「野球離れ」の大きな原因になっている。

高校野球における「甲子園」は「疑似学歴化している」と言っても良いと思う。


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