ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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その三十一 シュナン山
「ヴァルミラさんはロンコンというお坊さんをしりませんか?」
南に向かいながら、ハンスはヴァルミラにきいてみました。
「ロンコン? 聞き覚えはあるな。たしか、この近くの山にいるんじゃなかったかな」
「その山の名前は?」
ハンスは胸をおどらせて聞きました。
「ええと、シュナン山だったと思う。ここから左に二日ほどの距離(きょり)だ」
「ぼく、少しそっちに立ち寄ります。みなさんには後でおいつきます」
「気をつけろよ」
ピエールが声をかけるのにうなずいて、ハンスはオウムのパロだけをお供にシュナン山に向かいました。グスタフに乗るよりも、犬のピントよりも、ハンスの魔法の早足のほうが速いからです。
「パロ、お前、シュナン山はわかるか?」
「わかるとも。おれは世界中の山を知ってるよ」
「よし、お前、空から場所を教えてくれ」
やがて、パロは一つの山をめがけて飛んでいきました。ハンスもその後を追って山に入ります。
その山は、近くを美しい谷川が流れる高い山でした。山のほとんどはそそりたつ奇岩で、岩の上には松の木が生えています。そして、高いところは白雲にかくれています。
お寺が見えてきました。お寺といっても、小さな家ですが、ふつうの家とは少しふんいきがちがいます。屋根は赤いかわらぶきで、屋根の四隅(よすみ)は軽くはねあがっています。家の壁(かべ)は白い土壁ですが、柱や窓は金や緑にぬられ、けっこうはでです。
「ごめんください」
ハンスは入り口から中に声をかけました。入り口には戸はありません。雨や風のときにはどうするのでしょう。
「お師匠はいないよ」
中にいた八歳くらいの男の子が言いました。
「どこに行ったの?」
「さあね。山のどこかさ」
「いつ帰ってくるのかな」
「夜になるかもしれんし、今すぐ帰ってくるかもしれんさ」
ハンスはとほうにくれました。仲間たちが心配するでしょうから、あんまりここで時間をつぶしたくありません。
その時、窓からふと外を見たハンスは、向こうの空から何かが来るのを見ました。
入り口から外に出たハンスが見たのは、ここに近づいてくる小さな白い雲でした。
その三十二 不思議な詩
白い雲は見る見るうちに近づいてきましたが、その上には人が乗っています。杖をついて白い服を着た、はげあたまで白ヒゲのおじいさんです。腰はすっかり曲がっていますから、そうとうな年齢のようです。
「お前さん、わしに何用じゃな」
おじいさんは雲から地上に下りると、ハンスに言いました。
「あなたはロンコンさんですね?」
「コンロンかロンコンか、名前などわすれたよ。うちのセイルンはわしを老師とよんどる」
「では、老師、あなたは天国の鍵をごぞんじですか」
「ほほう、天国の鍵をさがしとるのか。むだなことじゃ。天国など行かなくとも、この世で満足すればよい。満足できぬのは無知のためじゃ」
「でも、ぼくは天国の鍵をさがしたいのです」
「そうしたければそうすればよい。いいものをやろう」
ロンコンは家に入って、中から一つの巻物を手にして出てきました。
「ここに天国の鍵をさがすてがかりがある。もっとも、これまで何人もの人間に、同じ巻物は与えたが、誰一人として天国の鍵のありかを見つけ出した者はいない」
ハンスは巻物を見てみましたが、みょうな文字で書かれていて、読めません。
「わしが読んでやろう」
ロンコンは巻物を広げて読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口のなか、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢のなか、常世に燃える枝のごとく、アジアの教会の象徴のごとく、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、翼竜は飲み干さねばならない。
その時、鱗ははじけとび、心臓は二つに裂かれよう。
放たれた流出に聖なる形は現れ、
太陽と月の助けのもと、魔法の鍵は汝のものとならん」
読み終わって、ロンコンは、どうだ、というようにハンスを見ました。
「きれいな詩ですね。でも、どういう意味です?」
ハンスは言いました。
「アジアとは、別の世界でのこのグリセリードの呼び名じゃ。ヘスペリアが、おそらく天国の鍵のある場所じゃな。それとも天国そのものかもしれん。つまり、竜は天国の使いじゃ。魔法の鍵は天国の鍵のことじゃ。それ以外はわしにもわからん」
ハンスはオウムのパロに、今のロンコンの言った詩を覚えておくようにたのみました。携帯テープレコーダーのかわりですね。
「ヴァルミラさんはロンコンというお坊さんをしりませんか?」
南に向かいながら、ハンスはヴァルミラにきいてみました。
「ロンコン? 聞き覚えはあるな。たしか、この近くの山にいるんじゃなかったかな」
「その山の名前は?」
ハンスは胸をおどらせて聞きました。
「ええと、シュナン山だったと思う。ここから左に二日ほどの距離(きょり)だ」
「ぼく、少しそっちに立ち寄ります。みなさんには後でおいつきます」
「気をつけろよ」
ピエールが声をかけるのにうなずいて、ハンスはオウムのパロだけをお供にシュナン山に向かいました。グスタフに乗るよりも、犬のピントよりも、ハンスの魔法の早足のほうが速いからです。
「パロ、お前、シュナン山はわかるか?」
「わかるとも。おれは世界中の山を知ってるよ」
「よし、お前、空から場所を教えてくれ」
やがて、パロは一つの山をめがけて飛んでいきました。ハンスもその後を追って山に入ります。
その山は、近くを美しい谷川が流れる高い山でした。山のほとんどはそそりたつ奇岩で、岩の上には松の木が生えています。そして、高いところは白雲にかくれています。
お寺が見えてきました。お寺といっても、小さな家ですが、ふつうの家とは少しふんいきがちがいます。屋根は赤いかわらぶきで、屋根の四隅(よすみ)は軽くはねあがっています。家の壁(かべ)は白い土壁ですが、柱や窓は金や緑にぬられ、けっこうはでです。
「ごめんください」
ハンスは入り口から中に声をかけました。入り口には戸はありません。雨や風のときにはどうするのでしょう。
「お師匠はいないよ」
中にいた八歳くらいの男の子が言いました。
「どこに行ったの?」
「さあね。山のどこかさ」
「いつ帰ってくるのかな」
「夜になるかもしれんし、今すぐ帰ってくるかもしれんさ」
ハンスはとほうにくれました。仲間たちが心配するでしょうから、あんまりここで時間をつぶしたくありません。
その時、窓からふと外を見たハンスは、向こうの空から何かが来るのを見ました。
入り口から外に出たハンスが見たのは、ここに近づいてくる小さな白い雲でした。
その三十二 不思議な詩
白い雲は見る見るうちに近づいてきましたが、その上には人が乗っています。杖をついて白い服を着た、はげあたまで白ヒゲのおじいさんです。腰はすっかり曲がっていますから、そうとうな年齢のようです。
「お前さん、わしに何用じゃな」
おじいさんは雲から地上に下りると、ハンスに言いました。
「あなたはロンコンさんですね?」
「コンロンかロンコンか、名前などわすれたよ。うちのセイルンはわしを老師とよんどる」
「では、老師、あなたは天国の鍵をごぞんじですか」
「ほほう、天国の鍵をさがしとるのか。むだなことじゃ。天国など行かなくとも、この世で満足すればよい。満足できぬのは無知のためじゃ」
「でも、ぼくは天国の鍵をさがしたいのです」
「そうしたければそうすればよい。いいものをやろう」
ロンコンは家に入って、中から一つの巻物を手にして出てきました。
「ここに天国の鍵をさがすてがかりがある。もっとも、これまで何人もの人間に、同じ巻物は与えたが、誰一人として天国の鍵のありかを見つけ出した者はいない」
ハンスは巻物を見てみましたが、みょうな文字で書かれていて、読めません。
「わしが読んでやろう」
ロンコンは巻物を広げて読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口のなか、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢のなか、常世に燃える枝のごとく、アジアの教会の象徴のごとく、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、翼竜は飲み干さねばならない。
その時、鱗ははじけとび、心臓は二つに裂かれよう。
放たれた流出に聖なる形は現れ、
太陽と月の助けのもと、魔法の鍵は汝のものとならん」
読み終わって、ロンコンは、どうだ、というようにハンスを見ました。
「きれいな詩ですね。でも、どういう意味です?」
ハンスは言いました。
「アジアとは、別の世界でのこのグリセリードの呼び名じゃ。ヘスペリアが、おそらく天国の鍵のある場所じゃな。それとも天国そのものかもしれん。つまり、竜は天国の使いじゃ。魔法の鍵は天国の鍵のことじゃ。それ以外はわしにもわからん」
ハンスはオウムのパロに、今のロンコンの言った詩を覚えておくようにたのみました。携帯テープレコーダーのかわりですね。
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その二十九 空中浮遊
四人は顔を見合わせました。
「ピエール、あんた飛びこみなさいよ」
「おれは、泳ぎはだめなんだ。ヴァルミラは?」
「私もだめだ。ヤクシーは?」
「私もやったことないわ」
三人はハンスの顔を見ました。もちろん、ハンスだって泳げません。この時代、泳ぎをする人なんて、めったにいません。でも、飛び込んだアリーナだって、泳げるわけではなさそうです。見ていると、おぼれながら川に流されているみたいです。
「しかたねえ、おれが……」
ピエールが思い切って飛びこもうとした時、ハンスは崖の上に身をおどらせていました。
空中で、ハンスは自分が空中に浮けることを一心に念じました。
「だいじょうぶ、ぼくは飛べる、飛べる、飛べるんだ!」
自分の心を二つに分け、自分の体のほうはただの物として、命令する自分がその体に向かって「浮かべ!」と命令すると、ハンスの体は空中で止まりました。
今、ハンスの心は体の外にあって、浮かんでいる自分を見ています。その心がハンスの体を念力で宙に浮かせているのです。
もう一つの心はハンスの体の中にあって、川の上を流れていくアリーナを助けようと、今、手を伸ばしました。二つの心は互いにはなれながら結びつき、そこにはなんのうたがいもありません。もしも少しでも今の自分の状態(じょうたい)を疑問(ぎもん)に思ったりしたら、ハンスの体は下に落ちたでしょう。
ハンスはアリーナの手をつかんで水から引き上げ、そのまま崖の上まで浮かび上がりました。
他の三人はおどろきあきれて、そのようすを見ています。
すっかりおぼれて気絶しているアリーナのおなかを押して水をはかせると、アリーナは気を取りもどしました。
「むちゃをするなあ。泳げもしないくせに水に飛びこむなんて」
ピエールが言いました。
「それにしても、ハンス、すごいことができるのね。見直したわ」
ヤクシーにほめられて、ハンスはてれました。
「そのへんでアリーナを休ませよう」
ヴァルミラの言葉で、一行はぐったりとなっているアリーナを木陰にはこんで、そこによこたえました。
水にぬれたアリーナの服を着替えさせる間、男たちはおいはらわれます。
いつの間にか、夕暮れがせまり、カラスが夕焼け空を飛んでいます。そしてコウモリも。
その三十 アリーナの災難
木陰で眠っていたハンスは、ふと目をさましました。
すると、となりにいたはずのアリーナの姿が見えません。昼間おぼれて体が弱っているだろうと、毛布をかけただけで寝かしておいたのですが、他の四人が眠ったすきにまた逃げ出したようです。
ハンスはピエールをゆり起こして、アリーナが逃げたことをつげました。
そして、すぐに空中に飛び上がってさがそうと思いましたが、できません。精神がよほど集中しないと、空中浮遊はできないようです。
ハンスは犬のピントと猿のジルバ、オウムのパロに、アリーナをさがすようにたのみました。ジルバは驢馬のグスタフに乗って、走っていきました。ピントはアリーナの寝ていたあとの匂いをかいだあと、方向の見当をつけて走っていきます。ハンスも早足でその後を追いました。パロは上空からアリーナのすがたをさがします。
一方、逃げ出したアリーナは、一時間ほど逃げたあと、疲(つか)れて、ある森の中で眠り込んでしまいました。川でおぼれた上に、夕飯も食べず、何キロも走ったのですから疲れるのも当然です。
アリーナは、ぐっすり眠り込みました。ところが、とつぜん左手の指先にはげしい痛みを感じて目をさまし、見てみると、なんと小さな黒いヘビが彼女の指先にかみついているではありませんか。
アリーナは悲鳴をあげて、そのヘビを指から振り落とそうとしましたが、ヘビははなれません……。
ピントの後を追ってきたハンスは、アリーナの悲鳴を耳にしました。
急いで駆(か)けつけた時、アリーナはふらっと地面に倒れました。
ハンスはアリーナの左手の薬指にかみついている毒ヘビに気がついて、その口をこじあけてはなしました。持っているナイフでヘビの首を切り落として片付けたあと、アリーナの指先の噛(か)み口に口を当て、毒を吸い出します。
念のために指の根元を革紐でしばり、ぐったりとなっているアリーナを、そこにジルバとともにやってきたグスタフの背中にのせ、ハンスは仲間のところにもどりました。
オウムのパロは、月明かりの中を飛んでいる二羽のコウモリが、魔法使いの手下であることを感じ取り、そいつらと戦っています。
やっとコウモリをやっつけて、パロもハンスたちのところにもどってきます。
荷物の中の薬草を砕(くだ)いてアリーナの指先にその汁(しる)をぬり、包帯をします。これで応急処置(おうきゅうしょち)は大丈夫のはずですが……。
翌日の朝になっても、アリーナは気がつきません。熱もあるようです。でも、このままここにいるわけにもいかないので、ハンスたちは出発することにしました。
少なくとも、これでアリーナが逃げ出す心配はなくなったので、旅ははかどります。
四人は顔を見合わせました。
「ピエール、あんた飛びこみなさいよ」
「おれは、泳ぎはだめなんだ。ヴァルミラは?」
「私もだめだ。ヤクシーは?」
「私もやったことないわ」
三人はハンスの顔を見ました。もちろん、ハンスだって泳げません。この時代、泳ぎをする人なんて、めったにいません。でも、飛び込んだアリーナだって、泳げるわけではなさそうです。見ていると、おぼれながら川に流されているみたいです。
「しかたねえ、おれが……」
ピエールが思い切って飛びこもうとした時、ハンスは崖の上に身をおどらせていました。
空中で、ハンスは自分が空中に浮けることを一心に念じました。
「だいじょうぶ、ぼくは飛べる、飛べる、飛べるんだ!」
自分の心を二つに分け、自分の体のほうはただの物として、命令する自分がその体に向かって「浮かべ!」と命令すると、ハンスの体は空中で止まりました。
今、ハンスの心は体の外にあって、浮かんでいる自分を見ています。その心がハンスの体を念力で宙に浮かせているのです。
もう一つの心はハンスの体の中にあって、川の上を流れていくアリーナを助けようと、今、手を伸ばしました。二つの心は互いにはなれながら結びつき、そこにはなんのうたがいもありません。もしも少しでも今の自分の状態(じょうたい)を疑問(ぎもん)に思ったりしたら、ハンスの体は下に落ちたでしょう。
ハンスはアリーナの手をつかんで水から引き上げ、そのまま崖の上まで浮かび上がりました。
他の三人はおどろきあきれて、そのようすを見ています。
すっかりおぼれて気絶しているアリーナのおなかを押して水をはかせると、アリーナは気を取りもどしました。
「むちゃをするなあ。泳げもしないくせに水に飛びこむなんて」
ピエールが言いました。
「それにしても、ハンス、すごいことができるのね。見直したわ」
ヤクシーにほめられて、ハンスはてれました。
「そのへんでアリーナを休ませよう」
ヴァルミラの言葉で、一行はぐったりとなっているアリーナを木陰にはこんで、そこによこたえました。
水にぬれたアリーナの服を着替えさせる間、男たちはおいはらわれます。
いつの間にか、夕暮れがせまり、カラスが夕焼け空を飛んでいます。そしてコウモリも。
その三十 アリーナの災難
木陰で眠っていたハンスは、ふと目をさましました。
すると、となりにいたはずのアリーナの姿が見えません。昼間おぼれて体が弱っているだろうと、毛布をかけただけで寝かしておいたのですが、他の四人が眠ったすきにまた逃げ出したようです。
ハンスはピエールをゆり起こして、アリーナが逃げたことをつげました。
そして、すぐに空中に飛び上がってさがそうと思いましたが、できません。精神がよほど集中しないと、空中浮遊はできないようです。
ハンスは犬のピントと猿のジルバ、オウムのパロに、アリーナをさがすようにたのみました。ジルバは驢馬のグスタフに乗って、走っていきました。ピントはアリーナの寝ていたあとの匂いをかいだあと、方向の見当をつけて走っていきます。ハンスも早足でその後を追いました。パロは上空からアリーナのすがたをさがします。
一方、逃げ出したアリーナは、一時間ほど逃げたあと、疲(つか)れて、ある森の中で眠り込んでしまいました。川でおぼれた上に、夕飯も食べず、何キロも走ったのですから疲れるのも当然です。
アリーナは、ぐっすり眠り込みました。ところが、とつぜん左手の指先にはげしい痛みを感じて目をさまし、見てみると、なんと小さな黒いヘビが彼女の指先にかみついているではありませんか。
アリーナは悲鳴をあげて、そのヘビを指から振り落とそうとしましたが、ヘビははなれません……。
ピントの後を追ってきたハンスは、アリーナの悲鳴を耳にしました。
急いで駆(か)けつけた時、アリーナはふらっと地面に倒れました。
ハンスはアリーナの左手の薬指にかみついている毒ヘビに気がついて、その口をこじあけてはなしました。持っているナイフでヘビの首を切り落として片付けたあと、アリーナの指先の噛(か)み口に口を当て、毒を吸い出します。
念のために指の根元を革紐でしばり、ぐったりとなっているアリーナを、そこにジルバとともにやってきたグスタフの背中にのせ、ハンスは仲間のところにもどりました。
オウムのパロは、月明かりの中を飛んでいる二羽のコウモリが、魔法使いの手下であることを感じ取り、そいつらと戦っています。
やっとコウモリをやっつけて、パロもハンスたちのところにもどってきます。
荷物の中の薬草を砕(くだ)いてアリーナの指先にその汁(しる)をぬり、包帯をします。これで応急処置(おうきゅうしょち)は大丈夫のはずですが……。
翌日の朝になっても、アリーナは気がつきません。熱もあるようです。でも、このままここにいるわけにもいかないので、ハンスたちは出発することにしました。
少なくとも、これでアリーナが逃げ出す心配はなくなったので、旅ははかどります。
その二十七 ロドリーゴ
ハンスは、女王の言ったシルベラという名が、アリーナの本当の名前だと直感しました。でも、自分の子供を殺せと命ずる母親がいるでしょうか。女王にそう命ぜられた男もおどろいて女王を見上げました。
「シルベラ様を殺せとおっしゃるのですか?」
男は、七十歳くらいの老人です。身なりは騎士のようです。
「お前の不手際(ふてぎわ、まずいやりかたのこと)のせいでめんどうなことになったのだ。こうなれば、かわいそうだが、あの子を殺すしかなかろう。あの子の存在は世間に知られてはならぬのだ」
「しかし、女王さまにはいまだにほかにお子様はおられぬ身、たった一人のお世継ぎを殺すなどということは……」
「世継ぎ(よつぎ、あとつぎのこと)などいらぬわ。私が死ねば、後はどうなろうとかまわぬ。だれであろうと、この権力(けんりょく、他人や世の中を支配する力のこと)の座(ざ、地位や場所)がほしければ、力で奪(うば)い取ればいいのじゃ」
「ヴァンダロス様がその言葉をお聞きになったら、なげかれますぞ」
「そのヴァンダロスの他の子供たちをみな殺すことで、私はこの地位を手に入れたのだ。そうしなければ、私が殺されていただろうよ」
「しかし、なぜシルベラ様を我が子とお認めにならないのですか」
「もちろん、あの子はカスタネルダの子ではないからだ。夫が死んで六年もたっていたのではな」
「いったい、父親はどなたなのです。ロドリーゴ殿ですか」
「それなら、私はよろこんであの子を娘とみとめていただろうよ。もうよい、お前はさっさとあの子を見つけて殺せば、それでいいのだ」
老臣はふかぶかとおじぎをして立ち去りました。
それと入れかわるように、一人の男が入って来ます。
年齢は六十くらいのようですが、髪も、胸までたらした長いあごひげも黒々としており、頭には金の輪を冠のようにはめています。
「お悩(なや)みのようだな、シルヴィアナ」
女王に向かって、同等の者に対するような口をきくこの男は何者でしょう。
「ロドリーゴか。なんでもない」
「シルヴィアナ、わしに隠し事(かくしごと)は通用(つうよう)せんぞ」
男の言葉に、シルヴィアナはあきらめたように言いました。
「シルベラがエドモンドのところからにげだしたのだ」
女王の言葉に、男は顔色をかえました。
「なんだと?」
その二十八 アリーナの脱走
「だから、あの子をさっさと殺しておけと言ったのだ。あの子が成長すれば、お前の地位をおびやかす存在になると言ったであろう」
「あの子はまだ十歳だ」
「他の人間が、あの子をかつぎあげて、お前に刃向かうことも考えられる。危ない芽は早いうちに摘(つ)んでおくことが、権力を保つ道なのじゃ」
「もう、エドモンドにあの子を殺すように命じた」
「エドモンドはあの子の父親のようなものだろう。殺せるものか。よし、わしの配下に命じてシルベラをさがさせよう」
ロドリーゴは女王の部屋を出て、廊下を歩いていきます。ハンスはこっそりとその後を追いました。
自分の部屋に入ったロドリーゴは、窓に向かってなにか呪文をとなえました。
すると、間もなく窓から部屋の中に数羽のコウモリが飛んで入ってきました。
「お前たち、この国のあちこちを探して、十歳くらいの女の子を見つけたら、近くにいる毒ヘビに伝えて、かませるのだ。毒ヘビがいなければ、なんでもよい、人を殺せる動物を見つけて指図(さしず)して殺させよ」
ハンスはここまで聞いて、こっそりとその場からにげだしました。
おおいそぎで、仲間のところまでもどります。いそがないと、アリーナの命があぶないのです。
ハンスの話を聞いたアリーナは、信じませんでした。実の母親が自分を殺せと命じたなんて。
「アリーナ、いや、シルベラ、これは本当なんだ。君の命はねらわれているんだ。早くここからにげよう」
ハンスの言葉に、大人たちもうなずきます。
「では、南グリセリードからパーリに向かうことにしよう。うまくいけば、エスカミーリオと出会えるかもしれない」
ヴァルミラの言葉に、ピエールとヤクシーも賛成しました。
別れをおしむエミリアを抱きしめて、ヴァルミラは馬にまたがります。ピエールとヤクシーは、エミリアのところの荷車を馬に引かせて、ヤクシーとアリーナが荷台に乗り、ピエールが馬の手綱(たづな)をとります。もちろん、ヤクシーは、アリーナがにげないように見張るのです。
しかし、エミリアの家を出て半日ほど行ったところで、一休みしようと馬車を下りたとき、アリーナはぱっとにげだしました。そして、道のそばの崖(がけ)から百メートルほども下を流れている川に飛び込んだのです。
ハンスたちは、崖にかけよりました。ずっと下の水面に水しぶきが上がるのが見えます。
その二十五 滅亡のきざし?
「私の父デロスは、エスカミーリオの陰謀(いんぼう)で殺されたのだ」
ヴァルミラは、吐き捨てるように言いました。
「まさか、そんな! 味方がデロス様を殺すなんて」
「私がグリセリードにもどったことを知ったら、エスカミーリオは私をも殺そうとするはずだ。いや、その前に私のほうがあいつを殺すつもりだがな」
ヴァルミラは、にやっとものすごい微笑(びしょう)をうかべました。
「なんということを。ヴァルミラ様、そんなことはおやめください。どこか田舎にかくれていれば、大丈夫です。いいえ、なんなら、ここにずっといてかまいません。あなたお一人くらい、私が食べさせます」
乳母のエミリアは大きな胸にヴァルミラを抱きしめて、泣きながら言います。
「ありがとう、エミリア、でも、ここにいると、お前にもめいわくがかかる。人のうわさになる前に私たちはでていくよ」
食事のしたくのためにエミリアがでていくと、ピエールがヴァルミラに言いました。
「この子をどうしようか。本当に女王の子なら、俺たちの話を聞かれた以上、放すわけにはいかんし」
「あんたたちが何をする気かしらないけど、とにかくこの国にそむくつもりだってことはわかるわ。みんなつかまって死刑になるにきまってるわよ」
アリーナが、つっかかるように言います。
「アリーナ、お前の母親は、ロドリーゴの言うがままになって、良くない政治をやっているのだ。そのために人々は苦しみ、前の戦では何万人もの人が無意味に死んでいった。私の恋人のマルシアスもだ」
アリーナは、ヴァルミラの言葉に黙(だま)りこみました。
「グリセリードはあまりに大きくなりすぎた。グリセリードのほとんどは、グリセリードに征服(せいふく)された小国だ。パーリのようにな。ヴァンダロス大王の時代には、征服された国はみなグリセリードの一部として等しくあつかっていたが、今はちがう。征服された国々の人々は奴隷のようにあつかわれ、グリセリードをうらんでいる。そのうらみがいつか爆発(ばくはつ)して、この国をほろぼすだろう。私がアルカードからはるばる旅をしている間にも、すでに周辺の国々で農民や征服された国々の人々の反乱が起こっていた。もちろん、それらは、強大なグリセリードの軍隊の前にほろびさったが、私は確信した。グリセリードの命運(めいうん、運命のこと)はすでにつきていると」
ヴァルミラは、むしろ静かな、悲しみをたたえた口調(くちょう)で言いました。
「みんなロドリーゴが悪いのよ。お母様は悪くないわ」
アリーナはつぶやくように言いましたが、その言葉には力がありません。
他の三人も、アリーナとヴァルミラが気の毒で、なんと言っていいかわかりません。
その二十六 女王シルヴィアナ
「ぼくが宮廷(きゅうてい)に行って、しらべてきましょう」
ハンスは思わず言ってしまいました。
ヴァルミラはきょとんとしてハンスを見ました。
「この子は?」
「ハンスという少年魔法使いさ」
ピエールが言います。
「もっとも、どのていどの魔法がつかえるのか、おれたちもよくわからねえがな」
「ロレンゾから教わったことがだいぶできるようになりましたよ。早足、遠耳、遠目、それに体を見えなくすることもできます」
ハンスの言葉に、他の人々は顔を見合わせます。
「そいつは便利(べんり)だ。じゃあ、ここにいたまま、宮廷のようすは見えねえか」
「それはむりです。となりの部屋くらいなら、透視(とうし)できますが」
「よし、じゃあ宮廷にしのびこんで、アリーナのことをしらべてみてくれ」
ハンスはさっそくでかけました。
早足の術を使って、人の十倍の速度で走り、セリアドについたのは夕方でした。
セリアドはさすがに大きな町で、町の中央には寺院が並び、そのまわりをかこむように民家が無数(むすう)にあります。王宮は、町からはなれた丘の斜面に、南を向いて立っていますが、その大きさ広さはアスカルファンの王宮の三倍はあるでしょう。
王宮の入り口には番兵が何人も立ってますが、体を透明にして、その前を通ります。
王宮の中にはいろんな人がいます。役人や女官、騎士たちがそこここにたたずんで話をしたり歩いたりしています。そのだれもハンスには気がつきません。しかし、中庭を通るとき、そこにいた犬が、姿の見えないハンスの匂いに気づいてううっとうなり声をあげましたので、ハンスは少しひゃっとしました。
日がしずんだので、王宮のあちこちに火がともされました。壁には松明(たいまつ)をかける器具があり、その松明にも火がともされます。その明かりに浮かび上がったさまざまな部屋の飾りに、さすがに、きれいなものだ、とハンスは思いました。
王妃の部屋をさがして入ると、王妃らしい人が一人の男と話してます。男は、なにかの報告(ほうこく)をしているらしく、王妃のまえにひざまずいています。
王妃、いや、女王は中年の美しい女の人です。少し太りぎみですが、色が真っ白で、威厳(いげん)があります。ハンスは、この女の人がアリーナに似ているかどうか、よく見てみました。
やはり、似たところがあります。アリーナの無邪気(むじゃき)さはぜんぜんありませんが、顔だちは似ています。
その時、女王が激しい口調で言いました。
「もしも、シルベラを見つけたら、すぐにその場で殺しなさい!」
「私の父デロスは、エスカミーリオの陰謀(いんぼう)で殺されたのだ」
ヴァルミラは、吐き捨てるように言いました。
「まさか、そんな! 味方がデロス様を殺すなんて」
「私がグリセリードにもどったことを知ったら、エスカミーリオは私をも殺そうとするはずだ。いや、その前に私のほうがあいつを殺すつもりだがな」
ヴァルミラは、にやっとものすごい微笑(びしょう)をうかべました。
「なんということを。ヴァルミラ様、そんなことはおやめください。どこか田舎にかくれていれば、大丈夫です。いいえ、なんなら、ここにずっといてかまいません。あなたお一人くらい、私が食べさせます」
乳母のエミリアは大きな胸にヴァルミラを抱きしめて、泣きながら言います。
「ありがとう、エミリア、でも、ここにいると、お前にもめいわくがかかる。人のうわさになる前に私たちはでていくよ」
食事のしたくのためにエミリアがでていくと、ピエールがヴァルミラに言いました。
「この子をどうしようか。本当に女王の子なら、俺たちの話を聞かれた以上、放すわけにはいかんし」
「あんたたちが何をする気かしらないけど、とにかくこの国にそむくつもりだってことはわかるわ。みんなつかまって死刑になるにきまってるわよ」
アリーナが、つっかかるように言います。
「アリーナ、お前の母親は、ロドリーゴの言うがままになって、良くない政治をやっているのだ。そのために人々は苦しみ、前の戦では何万人もの人が無意味に死んでいった。私の恋人のマルシアスもだ」
アリーナは、ヴァルミラの言葉に黙(だま)りこみました。
「グリセリードはあまりに大きくなりすぎた。グリセリードのほとんどは、グリセリードに征服(せいふく)された小国だ。パーリのようにな。ヴァンダロス大王の時代には、征服された国はみなグリセリードの一部として等しくあつかっていたが、今はちがう。征服された国々の人々は奴隷のようにあつかわれ、グリセリードをうらんでいる。そのうらみがいつか爆発(ばくはつ)して、この国をほろぼすだろう。私がアルカードからはるばる旅をしている間にも、すでに周辺の国々で農民や征服された国々の人々の反乱が起こっていた。もちろん、それらは、強大なグリセリードの軍隊の前にほろびさったが、私は確信した。グリセリードの命運(めいうん、運命のこと)はすでにつきていると」
ヴァルミラは、むしろ静かな、悲しみをたたえた口調(くちょう)で言いました。
「みんなロドリーゴが悪いのよ。お母様は悪くないわ」
アリーナはつぶやくように言いましたが、その言葉には力がありません。
他の三人も、アリーナとヴァルミラが気の毒で、なんと言っていいかわかりません。
その二十六 女王シルヴィアナ
「ぼくが宮廷(きゅうてい)に行って、しらべてきましょう」
ハンスは思わず言ってしまいました。
ヴァルミラはきょとんとしてハンスを見ました。
「この子は?」
「ハンスという少年魔法使いさ」
ピエールが言います。
「もっとも、どのていどの魔法がつかえるのか、おれたちもよくわからねえがな」
「ロレンゾから教わったことがだいぶできるようになりましたよ。早足、遠耳、遠目、それに体を見えなくすることもできます」
ハンスの言葉に、他の人々は顔を見合わせます。
「そいつは便利(べんり)だ。じゃあ、ここにいたまま、宮廷のようすは見えねえか」
「それはむりです。となりの部屋くらいなら、透視(とうし)できますが」
「よし、じゃあ宮廷にしのびこんで、アリーナのことをしらべてみてくれ」
ハンスはさっそくでかけました。
早足の術を使って、人の十倍の速度で走り、セリアドについたのは夕方でした。
セリアドはさすがに大きな町で、町の中央には寺院が並び、そのまわりをかこむように民家が無数(むすう)にあります。王宮は、町からはなれた丘の斜面に、南を向いて立っていますが、その大きさ広さはアスカルファンの王宮の三倍はあるでしょう。
王宮の入り口には番兵が何人も立ってますが、体を透明にして、その前を通ります。
王宮の中にはいろんな人がいます。役人や女官、騎士たちがそこここにたたずんで話をしたり歩いたりしています。そのだれもハンスには気がつきません。しかし、中庭を通るとき、そこにいた犬が、姿の見えないハンスの匂いに気づいてううっとうなり声をあげましたので、ハンスは少しひゃっとしました。
日がしずんだので、王宮のあちこちに火がともされました。壁には松明(たいまつ)をかける器具があり、その松明にも火がともされます。その明かりに浮かび上がったさまざまな部屋の飾りに、さすがに、きれいなものだ、とハンスは思いました。
王妃の部屋をさがして入ると、王妃らしい人が一人の男と話してます。男は、なにかの報告(ほうこく)をしているらしく、王妃のまえにひざまずいています。
王妃、いや、女王は中年の美しい女の人です。少し太りぎみですが、色が真っ白で、威厳(いげん)があります。ハンスは、この女の人がアリーナに似ているかどうか、よく見てみました。
やはり、似たところがあります。アリーナの無邪気(むじゃき)さはぜんぜんありませんが、顔だちは似ています。
その時、女王が激しい口調で言いました。
「もしも、シルベラを見つけたら、すぐにその場で殺しなさい!」
その二十三 ヴァルミラ
「ははは、あんなでかい声で話したら、聞くなというほうが無理(むり)だ」
はっきりとこちらを向いたその客を見て、ピエールとヤクシーは同時に声を上げました。
「ヴァルミラ! なんでこんなところに」
「しっ!」
ヴァルミラと呼ばれた相手は、二人に声を低めるように注意しました。後ろを向いていたときは、身なりから、男だとばかり思ってましたが、女の人です。しかも、大変な美人です。きりりと男っぽい顔立ちですが、日本なら、宝塚の男役みたいな感じで、男にも女にもあこがれられそうなタイプです。ハンスはぼうっとなってその女の人に見とれました。
「その名は言うな。私の名は、ロレンゾということになっている」
「ロレンゾだって? よりによっていやな名を選んだな」
「ほかに思いつかなかったのだ。マルスやピエールよりはグリセリード人らしいしな」
どうやら、この人はマルスのことも知っているようです。そう言えば、マルスのところの赤ちゃんの名前がヴァルミラでした。きっとこの人の名をつけたのでしょう。
「エスカミーリオを殺しにアルカードからここまでやってきたのだが、エスカミーリオは南アルカードの代官になったと聞いて、そこに行くとちゅうだ。あんたたちは?」
「パーリの独立のために、まずグリセリードのようすを調べにきたんだ」
「そうか。エスカミーリオへの復讐(ふくしゅう)が終わったら、あんたたちに協力しよう。どうせ、戦いしか能のない女だ」
「あなたが協力してくれたら百人力、いいえ、千人力よ」
ヤクシーが、ヴァルミラの手を強くにぎって言いました。
ハンスにはさっぱりわけがわかりませんが、この三人が危ないことをたくらんでいることだけはわかります。
その時、三人の話をじっと聞いていたアリーナが、じりじり後ずさりしたかと思うと、ぱっとかけだしました。
「あの子は?」
ヴァルミラがピエールに聞くと、ピエールはとまどうように答えます。
「シルヴィアナ女王の子だと自分では言っているが……。よくわからねえんだ」
「まずい!」
ヴァルミラは疾風(はやて、しっぷう)のように走り出し、五十歩ほど先でアリーナをつかまえました。そのすばやさに他の者はあぜんとしています。
アリーナは、ヴァルミラの手からのがれようとじたばたあばれますが、ヴァルミラががっちりつかまえてにがしません。
「この子が本当に女王の子なら、今の話を聞かれたのはまずかった」
ヴァルミラが、二人に追いついたピエールとヤクシーに、後悔するように言いました。
その二十四 アリーナの謎
「そういえば、この子は確かにシルヴィアナ女王にどこか似ている」
ヴァルミラは、アリーナの顔をつくづくながめて言いました。
「おれは父上似だって言われてるぞ」
アリーナが訂正(ていせい)しました。
「亡くなったカスタネルダ殿下(でんか)か? 殿下が亡くなったのは十六年も前だ。お前はどう見ても十歳かそこらだろう。父親は誰だ?」
アリーナはそっぽを向きました。
「宰相のロドリーゴか?」
「まさか、あんな奴!」
ロドリーゴが国民全体からきらわれていることは子供でもわかります。
「とにかく、女王のシルヴィアナがお前の母親だというのはたしかなんだな。これは大変な話になってきたな。女王はそれを隠しているはずだから、このことが世間に知られたら、お前の身じたい、危ないことになるぞ」
「母上は、私に会いたがっているはずだ!」
アリーナは、男の子の言葉づかいをやめて、さけびました。乱暴(らんぼう)な言葉づかいは、もしかしたらおしばいなのかもしれません。
「お前はどこで育てられた」
「母上の敵(てき)になんか話すもんか」
「西グリセリードのどこかよ。そこの騎士たちがこの子をさがしていたわ」
とヤクシーが言いました。
「西グリセリードなら、代官はエドモンドだな。ヴァンダロス大王の忠義な家来だった老臣だ。ロドリーゴに遠ざけられて、ずっと西の辺境に追いやられているが……お前はエドモンドのところで育てられていたのか?」
アリーナは答えません。
「とにかく、往来では人目につく。私の乳母の実家がこのあたりにあるから、そこで話そう」
ヴァルミラの言葉で、五人(とジルバ、ピント、パロ、グスタフ)は街道からわき道にそれて、その乳母の家に向かいました。
ヴァルミラの乳母は、太ったおばさんでしたが、ヴァルミラを見て感激して泣き出しました。
「まあ、ヴァルミラ様、あなた様は、あのアスカルファンとの戦いでお亡くなりになったものだとばかり思ってました。私は毎日のように泣いておりましたよ」
「エミリア、あの戦いはまちがっていた。敵はこの国の中にこそいるのだ」
ヴァルミラの言葉に、乳母はきょとんとしています。
その二十一 またしても脱線
中央グリセリードに入ったあと、ピエールとヤクシーは、グリセリードのようすを知るために、いろいろな人から話を聞こうとしましたが、前に言った事情で、人々はあまり話してくれませんでした。しかし、政治への不満が強まっていることだけはわかります。
「これは、うまくやればグリセリードを内側から倒(たお)すこともできそうね」
ヤクシーが言いました。
ここで説明しておくと、ヤクシーは、グリセリードの属国(ぞっこく、手下の国です。アメリカに対する日本みたいなものです)ボワロンに征服された小国パーリの王女だったのです。その後、奴隷(どれい、意味はわかりますね。日本の多くの家庭の父親みたいなものです)にされたりしていろいろ悲しい目にあったのですが、運命に負けず、強く生きているのです。
大人の話には関係なく、ハンスとアリーナは旅を楽しんでいます。ハンスから見ると、グリセリードはなかなかいいところに思えます。どこがいいかというと、ここには身分差別が少ないのです。アスカルファンは身分社会で、貴族と庶民ははっきり分かれていました。庶民と貴族は、生まれたときから区別され、庶民が貴族になることはほとんどありえないのです。貴族と庶民の間に騎士階級がありますが、それは仕事の上の区分みたいなもので、やはり騎士の中でも貴族と庶民は分かれていたのです。わかりやすい例を言えば、たとえば法律は庶民を取りしまるもので、貴族は法律にしばられません。人を殺しても、それが貴族ならかんたんにゆるされることも多かったのです。もっとも、うわべをうまくごまかしているだけで、法の不平等は今のどの社会だって同じようなものですけどね。
どうもむずかしい話が長くなりました。前にも言ったように、見えないものは存在しないと思っている無邪気(むじゃき、簡単に言えば、赤ちゃんみたいに何も考えないこと)な人が世の中には多いので、悪者たちは世の中を思い通りにうごかしているのです。かくれた悪をきちんと見抜いて、それに文句を言うことが大事なのです。大人しい人間が多ければ、上の人間にはつごうがいいでしょうけどね。でも、文句を言うには勇気が必要ですし、苦労も多いのです。だから、たいていの大人は文句があってもそれを口には出しません。そうして世の中はどんどん悪くなるのです。
いったい、これは何の話なんでしょうね。子供向けの王子や魔法のお話だと思っていたのに、と文句をつけている人にはあやまります。作者は大人と子供を区別していないのです。子供はただ言葉を知らないだけで、物事の真実を判断(はんだん)する力は大人とかわりません。大人はみんな賢いと思っているかもしれませんが、頭の中味は子供以下の大人もたくさんいます。借金をしたらいつか返さねばならないと知っていて、返すあてもない借金をしたり、財布の中身よりもたくさん買い物をしたり、人のものをぬすんだり、子供でもしないようなことを平気でやる大人は多いのです。そういう大人でも世間では子供よりは上に見られて自由がききますから、こまったものです。本当は小学生以下なのにね。
その二十二 危ない会話
あんまり関係のない話が続いたもので、ハンスたちがどこへ行ってしまったのかわからなくなりそうです。
ハンスたちは、いま、中央グリセリードの西側にいます。のんびり旅をしているうちに、グリセリードの首都セリアドもあと数日で見えてきそうなところまで来ました。
見ていると、街道は軍馬や兵隊の行き来が多いようです。もちろん、各地から首都セリアドに産物を運ぶ商人たちの荷馬車も多く行き来してにぎやかです。
街道のそばには、そうした旅人をめあての茶店がたくさんならんでいます。
「腹がへったな。なにか食べていこう」
ピエールの言葉に、アリーナが真っ先に賛成します。
茶店で手軽に食べられるのは肉饅頭です。餅などもあります。アスカルファンではあまり見られない食べ物ですが、けっこういけます。
「そろそろセリアドだな。セリアドを一目見たら、おれたちはパーリに向かうつもりなんだが、お前たちはどうしたいんだ?」
「ぼくは、南グリセリードに行ってみたい。そこのどこかに、ブッダルタという賢者がいるそうだから、その人をさがしたいんだ」
ピエールとヤクシーは顔を見合わせました。
「そいつに付き合ってやりたいんだが、おれたちはあんまりここで長い時間はつかえないんだ」
ピエールがこまったように言いました。きっと、パーリの独立とやらが頭にあるのでしょう。
「おれは女王に会えば、それで旅は終わりだ」
アリーナが言いました。あくまで、自分はこの国の女王の娘だと言い張るつもりのようです。
「女王に会うったって、かんたんじゃねえぞ。下手をすりゃあ、門番にとがめられて、打ち首だ」
ピエールがおどします。
「女王の娘をだれが打ち首にするもんか」
とアリーナ。
ハンスは、さきほどから自分たちの後ろの席に、こちらに背を向けてすわっていた先客が、こちらの会話に聞き耳をたてているのに気づいていました。その客は、急にこちらに体を半分向けて、低い声でおどすように言いました。
「だれが女王の娘だと? 世間をさわがすような嘘をつくと、役所に引っ張られるぞ」
ピエールとヤクシーは、話を聞かれたと知って青ざめました。ピエールがどなります。
「だれだ、あんたは。おれたちの話をこっそり聞きやがって!」
中央グリセリードに入ったあと、ピエールとヤクシーは、グリセリードのようすを知るために、いろいろな人から話を聞こうとしましたが、前に言った事情で、人々はあまり話してくれませんでした。しかし、政治への不満が強まっていることだけはわかります。
「これは、うまくやればグリセリードを内側から倒(たお)すこともできそうね」
ヤクシーが言いました。
ここで説明しておくと、ヤクシーは、グリセリードの属国(ぞっこく、手下の国です。アメリカに対する日本みたいなものです)ボワロンに征服された小国パーリの王女だったのです。その後、奴隷(どれい、意味はわかりますね。日本の多くの家庭の父親みたいなものです)にされたりしていろいろ悲しい目にあったのですが、運命に負けず、強く生きているのです。
大人の話には関係なく、ハンスとアリーナは旅を楽しんでいます。ハンスから見ると、グリセリードはなかなかいいところに思えます。どこがいいかというと、ここには身分差別が少ないのです。アスカルファンは身分社会で、貴族と庶民ははっきり分かれていました。庶民と貴族は、生まれたときから区別され、庶民が貴族になることはほとんどありえないのです。貴族と庶民の間に騎士階級がありますが、それは仕事の上の区分みたいなもので、やはり騎士の中でも貴族と庶民は分かれていたのです。わかりやすい例を言えば、たとえば法律は庶民を取りしまるもので、貴族は法律にしばられません。人を殺しても、それが貴族ならかんたんにゆるされることも多かったのです。もっとも、うわべをうまくごまかしているだけで、法の不平等は今のどの社会だって同じようなものですけどね。
どうもむずかしい話が長くなりました。前にも言ったように、見えないものは存在しないと思っている無邪気(むじゃき、簡単に言えば、赤ちゃんみたいに何も考えないこと)な人が世の中には多いので、悪者たちは世の中を思い通りにうごかしているのです。かくれた悪をきちんと見抜いて、それに文句を言うことが大事なのです。大人しい人間が多ければ、上の人間にはつごうがいいでしょうけどね。でも、文句を言うには勇気が必要ですし、苦労も多いのです。だから、たいていの大人は文句があってもそれを口には出しません。そうして世の中はどんどん悪くなるのです。
いったい、これは何の話なんでしょうね。子供向けの王子や魔法のお話だと思っていたのに、と文句をつけている人にはあやまります。作者は大人と子供を区別していないのです。子供はただ言葉を知らないだけで、物事の真実を判断(はんだん)する力は大人とかわりません。大人はみんな賢いと思っているかもしれませんが、頭の中味は子供以下の大人もたくさんいます。借金をしたらいつか返さねばならないと知っていて、返すあてもない借金をしたり、財布の中身よりもたくさん買い物をしたり、人のものをぬすんだり、子供でもしないようなことを平気でやる大人は多いのです。そういう大人でも世間では子供よりは上に見られて自由がききますから、こまったものです。本当は小学生以下なのにね。
その二十二 危ない会話
あんまり関係のない話が続いたもので、ハンスたちがどこへ行ってしまったのかわからなくなりそうです。
ハンスたちは、いま、中央グリセリードの西側にいます。のんびり旅をしているうちに、グリセリードの首都セリアドもあと数日で見えてきそうなところまで来ました。
見ていると、街道は軍馬や兵隊の行き来が多いようです。もちろん、各地から首都セリアドに産物を運ぶ商人たちの荷馬車も多く行き来してにぎやかです。
街道のそばには、そうした旅人をめあての茶店がたくさんならんでいます。
「腹がへったな。なにか食べていこう」
ピエールの言葉に、アリーナが真っ先に賛成します。
茶店で手軽に食べられるのは肉饅頭です。餅などもあります。アスカルファンではあまり見られない食べ物ですが、けっこういけます。
「そろそろセリアドだな。セリアドを一目見たら、おれたちはパーリに向かうつもりなんだが、お前たちはどうしたいんだ?」
「ぼくは、南グリセリードに行ってみたい。そこのどこかに、ブッダルタという賢者がいるそうだから、その人をさがしたいんだ」
ピエールとヤクシーは顔を見合わせました。
「そいつに付き合ってやりたいんだが、おれたちはあんまりここで長い時間はつかえないんだ」
ピエールがこまったように言いました。きっと、パーリの独立とやらが頭にあるのでしょう。
「おれは女王に会えば、それで旅は終わりだ」
アリーナが言いました。あくまで、自分はこの国の女王の娘だと言い張るつもりのようです。
「女王に会うったって、かんたんじゃねえぞ。下手をすりゃあ、門番にとがめられて、打ち首だ」
ピエールがおどします。
「女王の娘をだれが打ち首にするもんか」
とアリーナ。
ハンスは、さきほどから自分たちの後ろの席に、こちらに背を向けてすわっていた先客が、こちらの会話に聞き耳をたてているのに気づいていました。その客は、急にこちらに体を半分向けて、低い声でおどすように言いました。
「だれが女王の娘だと? 世間をさわがすような嘘をつくと、役所に引っ張られるぞ」
ピエールとヤクシーは、話を聞かれたと知って青ざめました。ピエールがどなります。
「だれだ、あんたは。おれたちの話をこっそり聞きやがって!」
その十九 坊さんの正体
「だれだ!」
気配を感じたのか、部屋の中の坊さんが大声をあげました。
その時、窓から何かが飛び込んできて、お坊さんののどにかみつきました。
ピントです。
「うわっ」
坊さんは必死(ひっし)でピントをはらいのけようとしますが、ピントの牙は坊さんののどにくいこんでいます。見ていたピエールは心配になりました。もしもこのお坊さんがただの人間で、坊さんとしては悪いことかもしれませんが、生肉が好きだというだけだったらどうしましょう。
ハンスも同じことを考えていました。そこで、大急ぎでグラムサイトの呪文をとなえ、精神を集中して坊さんのすがたを見ました。すると、窓からさしこんできた月の光にうかびあがったそのすがたは、一匹の大猿だったのです。
ハンスは部屋の中にかけこんで、魔法の杖で大猿の頭を力一杯なぐりました。
大猿は「ギャッ」と一声鳴いて、息絶えました。
その晩は、もっと化け物が出てくるかもしれないので、四人は二人ずつ交互(こうご)にねることにしました。
夜が明けると、ピエールとヤクシーは寺の中をさがしてみました。もちろん、大猿の死体はそのままありましたが、そのほかに、気味わるいことに寺の床下には人間の白骨が十三体みつかったのです。
「こいつは、あの狐と大猿が旅人たちを食ったものだな」
「それに、このお寺のお坊さんたちもね」
ピエールとヤクシーは、子供たちにはその死体を見せないようにかくしました。
この気味の悪い寺からなるべく早くはなれたくて、四人は朝御飯がすむと、さっさとそこを出て行きました。
「ねえ、あんたもしかして魔法使い?」
アリーナがハンスに聞きます。
「うん」と短くハンスは答えました。
「魔法使いってほんとにいたんだ。ねえ、なにかやってみて。空飛べる?」
「できないよ」
「変身は? 鳥になれる?」
「できない」
「なあんだ」
アリーナは、ハンスの魔法が、自分の想像していたものとはだいぶちがうようなので、がっかりしたようです。
その二十 社会科のお勉強
西グリセリードと中央グリセリードの境い目の低い山地を越えると、あたりは広くひらけて、畑が多くなってきました。もちろん、山や野原もたくさんありますが、畑の割合が多くて、民家の数も多いのです。
もうだいぶ秋も深くなってきて、麦の収穫はとっくに終わり、稲の刈り入れが始まってます。このあたりは水田ではなく、陸稲(おかぼ、りくとう)が畑に植えられてます。刈り取られた稲が稲架(はさ、はざ)にかけられて干されているようすはのどかなものです。
シャングーの町で身なりをととのえたハンスたちの一行(いっこう)は、見たところはグリセリード人です。もともと、グリセリードはいくつもの国が征服(せいふく)されて一つになった国なので、肌(はだ)の色や顔だちのちがいはだれもあまり気にしません。特に北部グリセリードは、ずっと西のアルカードの民族(みんぞく)が住みついたところなので、肌は白く、金髪や青い目もめずらしくありません。
今のグリセリードを統一したのは、グリセリード南西部の国でした。ルガイアという王様と、その息子のヴァンダロス大王という王様が、二代にわたってこの広大な大陸を統一したのです。
今はヴァンダロスの娘のシルヴィアナがグリセリードの皇帝、つまり女王になってますが、ざんねんながらシルヴィアナは政治の能力が無く、すべてを宰相のロドリーゴにまかせているのは前にお話したとおりです。ロドリーゴは国のことよりは自分の利益(りえき)を先に考える人間でしたから、シルヴィアナの代になってからはヴァンダロスの時代にくらべて国民の政治に対する不満は強くなっていました。とくに、二度にわたるアスカルファンとの無意味な戦いで、何万もの人間が戦場に送り出され死んだ事をうらむ人間は多かったのです。
ヴァンダロスは全国を統一(とういつ、一つにすること)した後も、関所(せきしょ、交通の要所におかれ、旅人の身元を調べる役所)をおかず、分国と分国との行き来は自由にさせていましたので、全国の文化や産物はあちこちに伝えられ、発展していました。ハンスたちが自由に旅ができたのもそのためです。
年に一回か二回の年貢(ねんぐ)か税金を納める以外は、庶民生活への干渉(かんしょう、あれこれ口出しすること。いちいち説明するのも楽じゃないです。でも、言葉をおぼえるのは大事ですからね。このお話は、学習小説でもあるのです。……なるほど、そうだったのか)をしないのがヴァンダロスの方針(ほうしん、やり方)だったので、国民の生活は気楽なものでしたが、前回の意外な敗戦の後、シルヴィアナとロドリーゴへの批判(ひはん、文句を言うこと)は強くなっており、その批判をおさえるために、政治を批判する者は処罰(しょばつ)するというお触れ(おふれ、知らせや命令)が出ており、国全体にいきいきしたところやのびのびしたところがなくなっていました。国民が自由に発言できない社会や国が、悪い社会や国であることは、いつの時代も変わりません。
その十七 山中の怪物
「こりゃあ、野宿(のじゅく)になりそうだな」
ピエールが言いました。
その時、道のそばの木のしげみから、グルルッという獣(けもの)のうなり声が聞こえました。驢馬のグスタフや馬たちはおどろいて棒立ち(ぼうだち)になります。
ピントはワンワンとほえたてます。
「怪物か?」
ピエールは腰の剣を抜いてみがまえます。ハンスも杖をかまえました。ヤクシーとアリーナもナイフをぬきます。
ザザッとしげみをわけて飛び出してきたのは、まさしく怪物です。体は虎ですが、頭は猿で、大きさは人間の二倍ほどあります。
その怪物は近くにいたヤクシーに飛びかかりましたが、ヤクシーはさっとそれをかわします。きっと武芸(ぶげい)の心得(こころえ)があるのでしょう。よけながら、ナイフで怪物の前脚に切りつけます。
怪物は次に、ピエールにおそいかかります。ピエールの剣が怪物の肩口(かたぐち)を斬りましたが、怪物はまだまいりません。
ハンスは怪物に心でよびかけました。
(お前はなんでぼくたちをおそうのだ!)
怪物の答えがかえってきます。
(もちろん、食うためだ。お前は動物と話ができるようだな。なら、そこの犬と猿だけでゆるしてやるから、そいつらをおいて行け)
(いやだ!)
怪物はこんどはハンスに向かってきました。
ハンスは杖で怪物の頭をなぐりました。すると、どうでしょう。剣やナイフで切られてもあまりこたえなかった怪物が、おそろしい苦痛(くつう)のさけびをあげて倒れたのです。
そして、みるみるうちにその体がちぢんで、姿がかわっていきます。死んだすがたを見ると、その怪物は、せいぜい犬くらいの大きさの老いた狐です。
「おどろいたな。化け物の正体は、古狐か」
「でも、私たちの剣やナイフがきかなかったのはなぜかしら」
「あたりどころがまずかったんだろう。とにかく、ハンスのおてがらだ」
ハンスは得意(とくい)な気分でしたが、出番(でばん)がなかったアリーナはおもしろくなさそうです。
四人は野宿できそうな場所をさがしてしばらく歩きました。すると、やがて闇(やみ)の中にぽつんと一つ、明かりが見えてきたのです。
その十八 妖怪の寺
「おお、明かりだ。人がすんでいるぞ」
ピエールがよろこびの声をあげました。
四人は、馬と驢馬は引いて、闇の中をつまずいたりころんだりしながらすすみます。
やがて、その明かりが目の前に近づきました。どうやら、家の窓のようですが、お寺のようです。
塀(へい)にかこまれた門から入って、寺の玄関にたどりつきましたが、たてものの中はほとんど明かりがありません。
「ごめんください」
大声でピエールが呼ぶと、奥から「どなたじゃな、こんな夜おそく」と声がかえってきました。
出てきたのは、ずいぶん年をとったお坊さんです。頭はつるつるで、長い真っ白なあごひげをはやしています。
「すみません。旅の者ですが、こんばん一晩(ひとばん)ここにとめてもらえませんか」
「そうか。今からよそに行けというわけにもいくまい。夜着などはないが、そのへんでねむるだけならいいじゃろう」
「ありがとうございます」
ピエールは礼を言いました。
お坊さんがひきさがると、アリーナが言いました。
「なんかへんだぜ、あの坊さん」
「どこが?」
ピエールが問い返すと、
「いやになまぐさいにおいがしたんだ。生肉か、血のにおいだ」
「晩飯でも食っていたんだろう」
「あんた、グリセリードの人間じゃないからわからないのかもしれないけど、ここはブダオ教の寺だ。ブダオ教では肉食はきびしくいましめられているんだ」
「この子の言うとおりよ。私もいやなにおいを感じた」
ヤクシーの言葉に、ピエールは考えこみ、「たしかめてみよう」と言いました。
「みんなでいきましょう」
ヤクシーの言葉で、四人はこっそり足をしのばせて、寺の奥に近づいていきました。
奥の部屋から明かりがもれています。
先頭のピエールが部屋をのぞきこむと、中ではなんと、先ほどの坊さんが、口から血をしたたらせながら、生き物の死体をむさぼり食っているではありませんか。
ピエールはぞっとして、後ろの三人をふりむいて小さい声で言いました。
「アリーナの勘(かん)が当たった。あの坊さんも化け物だ」
その十五 シャングー
ハンスの連れている動物たちもアリーナはすっかり気に入ったようです。ときどき馬から下りてピントとかけっこをしたり、ジルバと木登りをしたり、とにかく元気な女の子です。動物たちも自分とあそんでくれるアリーナが大好きになったみたいです。
ところで、ハンスのお師匠のザラストは、世界には七人の大魔法使いがいると言っていました。そのうち五人は名前がわかっているが、あとの二人はわからない。五人のうち一人は自分だが、あとの四人は、アルカードのソクラトン、グリセリードのロンコン、グリセリードの南の森に住むブッダルタ、パーリのルメトトで、そしてレントよりもさらに西の未知の大陸ロータシアに一人いるらしいということです。その中の一人が、もしかしたら天国の鍵のありかをしっているかもしれないとザラストは言いました。自分で言うほどザラストが大魔法使いであるようには見えませんが、とにかくその四人をさがしてみようとハンスは考えていました。
「グリセリードにロンコンという魔法使いはいるか、アリーナに聞いてみて」
とハンスはヤクシーにたのみました。
「ロンコン? 知らないな」
とアリーナはきょうみなさそうに答えます。どうやら、人さがしは簡単にはいきません。
「だいたい、あんた、魔法なんて信じてるの? ばっかみたい」
アリーナの言葉にハンスはむっとして、魔法がある証拠(しょうこ)を見せようと思いましたが、人前で魔法を使うと危ないというザラストのいましめを思い出してがまんしました。でも、腹(はら)いせに、飛んでいた赤トンボをアリーナの顔に止まらせてきゃっと言わせてやりました。
なにしろグリセリードは広いので、村や町の間はだいぶはなれてます。街道がある分にはいいのですが、道のないところもたくさんあります。でも、大きな山はあまりなく、ほとんどは平野です。
西グリセリードの東側は、山に囲まれた盆地(ぼんち)です。それほど大きな山々ではありません。
「あそこは?」
丘の上から眼下に広がる土地と、その向こうの町を見てピエールがヤクシーに聞きました。
「たぶん、シャングーだと思うわ。もともと一つの国だったけど、グリセリードに支配されているの。パーリみたいなものよ」
「ここに入ると危ないかな」
「でも、ここを通らないと、ずいぶん回り道になるわよ」
二人の会話にじれて、アリーナが言います。
「何してんだよ。はやく行こうぜ」
そして、さっさと先にたって道をおりていきました。
その十六 山の怪物のうわさ
シャングーの町は、眠ったように静かです。土壁(つちかべ)のたてものは白く、屋根は赤いかわらぶきです。通りにはあまり人はいず、兵隊たちがときおり通るだけです。町の中心部には、道端に品物をならべて売っている大道商人のすがたや、店の前の入り口を広くあけてお客さんを待っている酒場(さかば)もあります。
ハンスたちは酒場にはいって食事を注文しました。
小麦粉を水でこねてゆでたり焼いたりしたものや、それをスープにいれたものがグリセリードの主な食事のようですが、そのほかに、鶏肉料理や豚肉料理、卵料理などもあります。豚肉料理はアスカルファンよりおいしいとハンスは思いました。
ピエールは、土地のお酒を飲んで、気持ちよくよっぱらっています。長い旅のあとですから、お酒もいっそうおいしいのでしょう。
「ここの食事はうめえや」
あいかわらず下品な言葉づかいでアリーナが言いました。アリーナは、四人の中でも一番の大食いです。あの小さな細い体のいったいどこに入るのかと思うくらい食べます。
ハンスたちはこの静かな町が気に入ったので、ここにしばらく滞在することにしました。
盆地ですが、町の中心には大きな川が流れており、川のそばにはヤナギの木がたくさんはえていて、それが水にうつってとてもきれいです。
この町には神秘的(しんぴてき)な力があるのか、ハンスはここにいるあいだに、ロレンゾの教えた魔法のうちいくつかが本当にできるようになりました。まだ確実(かくじつ)ではありませんが、ロレンゾが教えたのはうそではなかったようです。
そろそろ出発しようかな、と思ったころ、ハンスたちはみょうなうわさを聞きました。この町から東へ向かう街道に、怪物が出て、旅人を食べるという話です。
「そりゃあ、山賊(さんぞく)だな」
ピエールが言うと、ヤクシーがうたがわしそうに
「なら、なんで怪物という話になるのよ。山賊ならめずらしくもないでしょう」
と言いました。
「人々がこまってるなら、おれたちが助けようぜ」
と言ったのはアリーナです。
「まあ、どうせ通り道なんだから行くしかないな」
とピエールも言いました。
そこで四人は荷物をまとめて出発しました。
町を出てすぐに、道は坂道になり、山にさしかかります。
ちょうど日もくれかかって、あたりはものさびしくなってきました。最初(さいしょ)は強気(つよき)だった四人も、だんだんこころぼそくなってきました。
とうとうすっかり日がしずみました。
その十三 アリーナ
最初の村でハンスたちは食べ物と飲み物を手に入れ、農家に泊めてもらって一休みしたあと、旅を続けました。ピエールとヤクシーはグリセリード語ができるので、便利です。ハンスは二人の話すのを聞いていて少しずつおぼえようと思いました。
それから少し大きな村に来ました。その村でピエールは馬を二頭買いました。お金は金の粒をわたしています。アスカルファンをでるときに用意してあったのでしょう。
三人とも乗り物ができたので、早く旅ができます。
山脈の上はもう雪がつもっていたのに、ここではまだまだ暑(あつ)くて、日陰にはいるとほっとするくらいです。
三人が乾いて埃(ほこり)っぽい街道の木陰で休んでいると、馬に乗った騎士たちが数名、向こうからやってきました。
騎士たちは三人の前で馬を止め、馬上からたずねました。
「お前たち、十歳くらいの娘が通るのを見なかったか?」
ピエールがグリセリード語で、見なかったと答えると、騎士は
「そうか、確かにこの方向だと思ったが……」
とつぶやいて、他の騎士たちとともに、西の方に向かって馬を走らせて行きました。
騎士たちがいなくなった後、ピエールたちのいた木の後ろの藪(やぶ、木の茂みです)からがさがさと音がしました。
おどろいてふりむくと、藪から一人の女の子が出てきます。
「やれやれ、見つかるところだった」
男の子のようにズボンをはいて、顔はほこりっぽく汚れてますが、赤毛のとてもかわいい子です。美人といってもいいでしょう。一目でハンスはこの子にのぼせてしまいました。でも、よく見ると、この子はずいぶん気が強そうで、わがままそうです。
「へへっ、間抜けなやつら」
遠くに行った騎士たちのあとを目でおいながら、その女の子は言いました。そして、ピエールたちに向かってにやっと笑って言います。
「ねえ、なにか食べ物ないかな。おなかぺこぺこなんだ」
ハンスがあわてて皮袋から食べ物をだそうとすると、ヤクシーがそれを止めました。
「待って。その前に、あなたは何者か教えてちょうだい。どうしてあの騎士たちに追われていたの?」
すると女の子はヤクシーをにらんで言います。
「なんだっていいじゃないか。ケチンボのおばさん!」
「まあ、口の悪い子。名前は?」
「シル……いや、アリーナだ。名前言ったから、早く食べ物くれ」
どうも、アリーナという名前は嘘(うそ)みたいです。
その十四 新しい仲間
そのアリーナという子は、ハンスの出したパンとハムをがつがつと食べました。
「飲み物!」
食べる手を休めず、ハンスに命令します。ハンスは皮袋の水を出しました。
水をごくごく飲むと、はあっとまんぞくそうなため息をついて、一つげっぷをしました。どうも、あまり上品ではありません。でもかわいいからいいや、とハンスは思いました。
「お前たち、どこへ行くんだ?」
食べ終わると、アリーナはピエールに聞きました。
「べつにあてはないんだが、中央グリセリードにでも行こうかと思ってる」
「いいな。おれもいっしょに連れて行ってくれ」
「かまわんが、先に、なんであいつらに追(お)われていたのか、話してくれ」
アリーナは、目を上にあげてなにか考えてましたが、やがて言いました。
「おれは、こう見えても実はこの国の女王の娘(むすめ)なんだ。ところが、悪いやつのせいでお母さんから離(はな)されて、西グリセリードでずっと育てられていたんだ。それで、女王に会いに行くためにそこをにげだしたんだ」
なんだか、作り話みたいです。こんなほこりに汚れた顔で、乞食(こじき)の子のように下品な態度(たいど)や話し方の王女がいるものでしょうか。
「うそつけ。どうせ盗みでもして追われてたんだろう。まあいい。生きていくためには、そういうこともある。連れて行ってやろう」
元泥棒のピエールは、この乞食娘もしくは泥棒娘に同情(どうじょう)したようです。
アリーナを加えて四人は出発しました。アリーナは同じ年ごろのハンスにさかんに話しかけますが、グリセリード語のできないハンスにはさっぱりわかりません。
「お前たち、この国の人間じゃないのか?」
アリーナに聞かれて、ピエールはこまってしまいました。
「いや、最近グリセリードに入ったアルカードの者なんだ」
「この女はグリセリード人だろう?」
「そうよ」
とヤクシーが答えます。パーリ人のヤクシーはグリセリードにはくわしいので、グリセリード人になりすますのは簡単です。パーリとはグリセリードの隣(となり)の国です。
「グリセリードのどこだ?」
アリーナは聞きたがりますが、ヤクシーはてきとうにごまかします。
馬と驢馬は合わせて三頭しかいないので、アリーナはヤクシーの馬の後ろに乗ります。体重が軽いので、馬もそれほどの負担(ふたん)ではありません。
「馬ってのは楽でいいや」
アリーナはごきげんです。