ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
最新記事
(04/16)
(04/16)
(04/16)
(04/15)
(04/14)
(04/14)
(04/14)
(04/13)
(04/13)
(04/13)
最新TB
プロフィール
HN:
o-zone
性別:
非公開
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
(09/04)
P R
カウンター
その十一 山脈越え
ハンスたちはマルスとマチルダの家に一週間滞在(たいざい)して、それからアスカルファンとグリセリードの境い目の大山脈(だいさんみゃく)を越えることにしました。
「ハンス、お前にこれをあげよう」
ロレンゾはハンスに一本の杖(つえ)をわたしました。金の握り(にぎり)のついた木の杖ですが、中に鉄の芯(しん)がはいっているのか、木よりは重みがあります。
「魔法の杖じゃ。わしにはもう用がないからな。それに、これはお守りじゃ」
そう言ってわたしたのは、指輪です。くすんだ銀色の、あまりきれいではない指輪です。
「魔法の杖といっても、おおげさに考えることはない。これで魔物をなぐると、けっこうきくのじゃ。それに、歩くときも杖があるとべんりじゃよ」
手を振ってマルス、マチルダ、ロレンゾに別れをつげ、いよいよ山登りです。馬は山登りが苦手なので、ピエールとヤクシーはマルスの家で馬を置いてきています。だから、荷物はグスタフに乗せ、ハンスたちは歩きです。
「ヴァルミラちゃん、かわいかったわね」
とヤクシーが言いました。ヴァルミラはマチルダの、女の子の赤ちゃんです。
「元祖ヴァルミラは今ごろどうしているかなあ」
「アスカルファンはたいくつだ、とか言ってアルカードへ行ったけど、アルカードでグリセリードの残党(ざんとう)の大将(たいしょう)になっちゃったなんておどろいたわね」
「そのせいで、アルカードが平和になってアンドレとトリスターナはよろこんでいるだろうよ。今では連中(れんちゅう)はアルカードの軍隊(ぐんたい)だからな」
二人はハンスにはわからない話をしています。これを読んでいるみなさんにもわからない話ですが、がまんしてください。時間というものはずっと続いているものですから、この話の前にも時間は流れていたのです。もちろん、この話が終わったあとも、時間は流れるのです。たとえば、シンデレラが王子さまと結婚して、それで話は終わりですが、もちろんシンデレラと王子はその後も生き続けて、あまりぱっとしない残りの人生があったわけです。お話は人生の一番いいところだけを切り取って見せるものなのです。だって、年とってぶくぶく太ったシンデレラやしわだらけのシンデレラなんて見たくないでしょう?
ともかく、赤ちゃんのヴァルミラのほかにもう一人ヴァルミラというへんな名前の女の人がいて、その人は軍隊の大将になるくらい強い人だということはハンスもわかりました。
きっと、プロレスラーみたいな、ごつくて怖い女の人なのでしょうね。
さて、だんだんと山は険(けわ)しくなってきました。でも、ピエールもヤクシーもハンスも身軽(みがる)ですから、坂道も苦になりません。
後ろをふりかえって下を見下ろすと、アスカルファンはずっと遠くまで広がって、平野も丘も一部は雲の下にかくれてます。
まだ夏の終わりくらいだのに、高く登って行くと、ずいぶん寒くなってきました。
その十二 作者のお説教や言いわけなど
山脈を越えるまでに、本当はずいぶん時間もかかり、いろんな出来事もあった(ハンスやグスタフが崖から落ちかかったり、ジルバが雌猿を見つけてのぼせてプロポーズしてふられたり、パロが行方不明になったり)のですが、少し話を飛ばします。起こったことのすべてを書いていては、たった一日の出来事を書くだけでも世界一長い小説になりますからね。それをやろうとした文学者もいますけど。
さて、ハンスたちはやっとのことで大山脈を越えてグリセリードに到着(とうちゃく)しました。グリセリードといってもひじょうに広くて、今のアジア大陸全体だと考えてください。つまり、中国もインドもソビエト連邦もすべてふくむ広大な国です。もっとも、そのほとんどは砂漠や草原、北のほうやずっと南のほうは大森林ばかりで、人間が住むところはわずかなものです。
グリセリードを治めているのはシルヴィアナという女王ですが、本当はロドリーゴという宰相(さいしょう、総理大臣みたいなものです)が政治のすべてを行い、女王はかざりみたいなものでした。こういうことはよくあることで、みなさんが大きくなったら、世の中はうわべと中味のちがいがずいぶん大きいことにおどろくでしょう。うたがいを持たないすなおな気持ちはたしかに美しいものですが、はっきり言ってこの世は、だます人間とだまされる人間、そしてだましもだまされもしない人間の三種類がいます。みなさんは前の二つではなく、最後の種類の人間になってください。つまり、かくれたものを見抜ける人間になることです。汚いものだけではありません。愛情や、他人の本当の人間性も、見えない人には見えません。サン・テグジュペリという人が言うように、見えないものこそが大事なのです。ついでに言っておくと、ものが見えない、わからないというのは、自分のせいであって、だから相手が悪いとか無価値(むかち)だと考えないことです。見えるまで、わかるまでには時間がかかることが多いのです。あわてて答えをだすのはテストの時だけです。人生の答えはゆっくりだすこと。
さて、グリセリードにはいってもしばらくは人里は見えません。山を下りてずいぶん歩くと、やがて小さな村が見えましたので、三人と四匹(ジルバ、ピント、グスタフと、やっともどってきたパロです)はその村にはいりました。
断っておきますが、この話はあくまでお話ですから、たとえアジアがモデルでも、本当のアジアの風俗(ふうぞく、人々のようすやくらしかたです)とはだいぶちがいます。アジアの人間がシルヴィアナとかロドリーゴなんて名前じゃあ本当はおかしいのですが、これは自分の気に入った名前をつけただけのことです。
だから、グリセリードのようすを想像するなら、知識のある人は、中国がスペインかどこかに征服されていたら、と想像してください。つまり、地形的にはアジアですが、文化や風物はアジアとヨーロッパの混合です。そして、どこの世界でも同じですが、支配者がいて、庶民(しょみん、ふつうの人々です)がいるわけです。
ハンスたちはマルスとマチルダの家に一週間滞在(たいざい)して、それからアスカルファンとグリセリードの境い目の大山脈(だいさんみゃく)を越えることにしました。
「ハンス、お前にこれをあげよう」
ロレンゾはハンスに一本の杖(つえ)をわたしました。金の握り(にぎり)のついた木の杖ですが、中に鉄の芯(しん)がはいっているのか、木よりは重みがあります。
「魔法の杖じゃ。わしにはもう用がないからな。それに、これはお守りじゃ」
そう言ってわたしたのは、指輪です。くすんだ銀色の、あまりきれいではない指輪です。
「魔法の杖といっても、おおげさに考えることはない。これで魔物をなぐると、けっこうきくのじゃ。それに、歩くときも杖があるとべんりじゃよ」
手を振ってマルス、マチルダ、ロレンゾに別れをつげ、いよいよ山登りです。馬は山登りが苦手なので、ピエールとヤクシーはマルスの家で馬を置いてきています。だから、荷物はグスタフに乗せ、ハンスたちは歩きです。
「ヴァルミラちゃん、かわいかったわね」
とヤクシーが言いました。ヴァルミラはマチルダの、女の子の赤ちゃんです。
「元祖ヴァルミラは今ごろどうしているかなあ」
「アスカルファンはたいくつだ、とか言ってアルカードへ行ったけど、アルカードでグリセリードの残党(ざんとう)の大将(たいしょう)になっちゃったなんておどろいたわね」
「そのせいで、アルカードが平和になってアンドレとトリスターナはよろこんでいるだろうよ。今では連中(れんちゅう)はアルカードの軍隊(ぐんたい)だからな」
二人はハンスにはわからない話をしています。これを読んでいるみなさんにもわからない話ですが、がまんしてください。時間というものはずっと続いているものですから、この話の前にも時間は流れていたのです。もちろん、この話が終わったあとも、時間は流れるのです。たとえば、シンデレラが王子さまと結婚して、それで話は終わりですが、もちろんシンデレラと王子はその後も生き続けて、あまりぱっとしない残りの人生があったわけです。お話は人生の一番いいところだけを切り取って見せるものなのです。だって、年とってぶくぶく太ったシンデレラやしわだらけのシンデレラなんて見たくないでしょう?
ともかく、赤ちゃんのヴァルミラのほかにもう一人ヴァルミラというへんな名前の女の人がいて、その人は軍隊の大将になるくらい強い人だということはハンスもわかりました。
きっと、プロレスラーみたいな、ごつくて怖い女の人なのでしょうね。
さて、だんだんと山は険(けわ)しくなってきました。でも、ピエールもヤクシーもハンスも身軽(みがる)ですから、坂道も苦になりません。
後ろをふりかえって下を見下ろすと、アスカルファンはずっと遠くまで広がって、平野も丘も一部は雲の下にかくれてます。
まだ夏の終わりくらいだのに、高く登って行くと、ずいぶん寒くなってきました。
その十二 作者のお説教や言いわけなど
山脈を越えるまでに、本当はずいぶん時間もかかり、いろんな出来事もあった(ハンスやグスタフが崖から落ちかかったり、ジルバが雌猿を見つけてのぼせてプロポーズしてふられたり、パロが行方不明になったり)のですが、少し話を飛ばします。起こったことのすべてを書いていては、たった一日の出来事を書くだけでも世界一長い小説になりますからね。それをやろうとした文学者もいますけど。
さて、ハンスたちはやっとのことで大山脈を越えてグリセリードに到着(とうちゃく)しました。グリセリードといってもひじょうに広くて、今のアジア大陸全体だと考えてください。つまり、中国もインドもソビエト連邦もすべてふくむ広大な国です。もっとも、そのほとんどは砂漠や草原、北のほうやずっと南のほうは大森林ばかりで、人間が住むところはわずかなものです。
グリセリードを治めているのはシルヴィアナという女王ですが、本当はロドリーゴという宰相(さいしょう、総理大臣みたいなものです)が政治のすべてを行い、女王はかざりみたいなものでした。こういうことはよくあることで、みなさんが大きくなったら、世の中はうわべと中味のちがいがずいぶん大きいことにおどろくでしょう。うたがいを持たないすなおな気持ちはたしかに美しいものですが、はっきり言ってこの世は、だます人間とだまされる人間、そしてだましもだまされもしない人間の三種類がいます。みなさんは前の二つではなく、最後の種類の人間になってください。つまり、かくれたものを見抜ける人間になることです。汚いものだけではありません。愛情や、他人の本当の人間性も、見えない人には見えません。サン・テグジュペリという人が言うように、見えないものこそが大事なのです。ついでに言っておくと、ものが見えない、わからないというのは、自分のせいであって、だから相手が悪いとか無価値(むかち)だと考えないことです。見えるまで、わかるまでには時間がかかることが多いのです。あわてて答えをだすのはテストの時だけです。人生の答えはゆっくりだすこと。
さて、グリセリードにはいってもしばらくは人里は見えません。山を下りてずいぶん歩くと、やがて小さな村が見えましたので、三人と四匹(ジルバ、ピント、グスタフと、やっともどってきたパロです)はその村にはいりました。
断っておきますが、この話はあくまでお話ですから、たとえアジアがモデルでも、本当のアジアの風俗(ふうぞく、人々のようすやくらしかたです)とはだいぶちがいます。アジアの人間がシルヴィアナとかロドリーゴなんて名前じゃあ本当はおかしいのですが、これは自分の気に入った名前をつけただけのことです。
だから、グリセリードのようすを想像するなら、知識のある人は、中国がスペインかどこかに征服されていたら、と想像してください。つまり、地形的にはアジアですが、文化や風物はアジアとヨーロッパの混合です。そして、どこの世界でも同じですが、支配者がいて、庶民(しょみん、ふつうの人々です)がいるわけです。
PR
その九 魔法使いロレンゾ
ハンスはこれまでこんなごちそうは食べたことがありません。しかも、食後には、砂糖のはいったケーキまででてきました。砂糖どころかハチミツだってふつうの人間にはめったに食べられないころですから、ハンスにとっては夢のようです。
食事の前に、二階からひとりのおじいさんがおりてきていましたが、そのおじいさんはハンスを見て、少しおどろいたような顔をしました。ハンスのほうは、むこうがなんでおどろいたのかわかりません。
「そうか、お前たちはグリセリードに行くのか。わしももう少し若かったらいっしょに行ってみたいところだが、最近めっきり足腰(あしこし)が弱くなってな。もう長旅はむりじゃ」
老人はロレンゾとよばれてましたが、そのロレンゾが言うと、ピエールが聞きました。
「若返りの魔法ってやつはないのかよ」
「あるにはあるが、人間、老いるときには老いるほうがいいのじゃよ。無理に命をひきのばすのは、やらねばならないことがある時だけだ。わしはじゅうぶん生きたから、もうまんぞくじゃ」
「そういえば、ずいぶん老いぼれたようだぜ」
「ピエール!」
とヤクシーが注意します。でも、この話だと、このおじいさんは魔法使いのようです。ハンスは思い切って聞いてみました。
「おじいさんは魔法使いなのですか?」
「そうじゃよ。この国でも一番えらい魔法使いじゃ」
「あれ? ぼくのお師匠のザラストもそう言ってましたよ」
「ザラストか、あれもなかなかやるが、賢者の書が無ければふつうの魔法使いじゃ。その賢者の書はわしがあいつにやったんじゃよ。わしにはもう用がないでの」
ハンスは部屋のすみでリンゴを食べているジルバを見ました。ジルバが言っていた魔法の本とはその賢者の書のことでしょう。
「おじいさん、ぼくに魔法を教えてください」
「お前も魔法使いであることはわかっとったよ。だが、魔法というものは、やりかたを聞いて、すぐにできるものではない。いろいろためして、そのうちにこれだ、というものを自分でつかむしかないのだ。一つができれば、次のものもやりやすくなる。そんなふうに少しずつ力をつけていくのじゃ。体を動かすのとおなじじゃよ。心の使い方を工夫するのじゃ。ある意思をもってなにかをすれば、それがある時、きゅうにできるようになる。すると、それがこれまでできなかったことのほうが不思議に思えるのじゃ」
ロレンゾの言う事は、ハンスにはよくわかりません。ハンスのほしいのは、呪文をとなえたら、なんでもできるような魔法なのです。
その十 魔法の教え
しぶしぶではありましたが、ロレンゾはハンスに魔法をいくつか教えてくれました。その一つは、グラムサイトと言って、ふつうの人間には見えないものを見る力です。たとえば妖精などが見えるし、地底の小人の抜け穴などもわかるそうです。また、隠れた宝物を見つけることもできるそうですが、いつでも思いどおりに見えるとはかぎらないそうです。
「心がちょうど、見たいものと調子があったときに見えるのじゃ」
ロレンゾはそう言いました。皆さんは、ラジオのチャンネルを合わせるようなものだと思えばいいでしょう。
やり方は聞きましたが、ハンスにはなにも見えません。
「そのうち見えるようになるさ。気長にれんしゅうすることだ」
ザラストと同じことを、このロレンゾも言ってます。まったく、ハンスのまわりの魔法使いって、なんて地味なやつばかりなんでしょう。作者のわたしもあきれてしまいます。マンガなら、原子爆弾くらい強力な魔法がどんどんでてくるのにね。
そのほかに、ハンスは空中浮遊の魔法を教わりました。
「もっとも、実はこれはわしも成功したことはない。だが、できたら面白いだろうな、と思っておぼえたんじゃ。れんしゅうすれば、お前はできるかもしれんぞ」
なんだか、たよりない魔法使いです。
「わしはもう魔法にはあまり興味(きょうみ)がないんじゃよ。神さまの作ったこの世界でじゅうぶん満足じゃ。花や木や太陽がこの世にあることくらい素晴らしい魔法はない。人間がどんな想像力をはたらかせても、こんなものは考え出せないのじゃ。それを考えると魔法でカエルを一匹つくりだしたところで意味もないことじゃが、魔法にはそれすらできないんじゃよ」
ロレンゾはそんなことを言います。ザラストもカエルを例にだしましたが、カエルになにか意味でもあるのでしょうか。それとも、二人ともカエルコンプレックスなのでしょうか。(カエルがこの話になにか関係すると思った方は、忘れてください。作者自身が、なんだかカエルってのは魔法的な生き物だな、と思っているだけですから。あの顔も体も魔法使いを思わせます。そうじゃありませんか?)
そのほか、いくつか魔法を教わりましたが、そのどれも、じっさいにできるためにはれんしゅうが必要(ひつよう)だ、ということで、それが本当の魔法かそうでないかは、今のところはわかりません。
ところで、この家の主人マルスは、まだ二十二、三歳の若者でしたが、マチルダのような美人がなんでこんな若者と結婚したのかな、と思うくらい平凡でおとなしい若者です。もっとも、体だけはたくましく、農夫としてはすばらしいはたらきができるだろうな、と思われます。彼は他の人々とあまり話が合わないようで、他の人々の会話が昔話になると、とほうにくれたような顔をします。すると、マチルダが気を使って話題を変えるのです。
その七 カザフ
「なかなか賢い小僧(こぞう)じゃねえか。よし、俺たちもいっしょに行ってやろう。こいつ一人じゃあ危ないからな」
若者が言うと、女の人は心配(しんぱい)げに聞きました。
「でも、マルスのところには?」
「どうせとちゅうでカザフは通るから、だいじょうぶさ。その後の予定はないんだし」
「そうね、パーリの独立のためにも、グリセリードのようすを見ておくのもいいかもしれないわね」
二人は、ハンスにはなんのことかわからない話をしていましたが、男がハンスの方を向いて言いました。
「坊主(ぼうず)、グリセリードにはおれたちがつれていってやろう。どうだ?」
人を小僧だの坊主だのと、失礼(しつれい)な言い方をする男ですが、悪い人間には見えません。大人がいっしょなら、なにより安心です。それに、もう一人の美人は、できるならこのままずっと一生ながめていたいくらいです。
「ありがとうございます。おねがいします。ぼくはハンスと言います」
「おれの名前はピエール、こいつはヤクシーだ」
「よろしく、ハンス」
ヤクシーとよばれた美女はハンスにほほえみました。やくしーなんて変な名前だな、と思いながら、ハンスは赤くなってうなずきました。
翌日、ハンスたちは宿屋を出て山脈のふもとの村カザフをめざしました。
ピエールとヤクシーは馬に乗ってます。その後ろから驢馬のグスタフにまたがったハンスがついて行き、犬のピントは彼らの前を走ったり、後ろからついてきたりします。
ハンスは、ピエールという男がよくわかりません。身なりは商人とも騎士とも貴族とも農民ともちがいます。貴族の平服を着ていますが、態度(たいど)や言葉づかいは貴族にはとても見えません。ところが、ヤクシーの方は、身なりは質素(しっそ)ですが、きれいなかっこうをさせたら、どこかの王女だと言ってもみんな信じるでしょう。どうもあやしげな二人ですが、悪い人間でだけはなさそうです。
やがてカザフの村が見えてきました。
山のふもとにあるその村は、民家の数はおよそ百くらいの小さな村です。
家と家の間はゆったりと広く、家の垣根の中では、暖(あたた)かな日ざしを受けて、山羊やニワトリやアヒルがえさを食べています。のんびりとした村です。
ピエールたちは、その村の一番高いところまで上っていきます。
すると、目の前に大きな百姓屋(ひゃくしょうや)があらわれました。
家の前で小さな子供を遊ばせていた女の人が、彼らを見て手をふりました。
その八 あたたかな家
ヤクシーはその女の人のところへかけよりました。二人は抱き合って、再会(さいかい)を喜び合っています。
ハンスは近づいてその女の人の顔を見てびっくりしました。なんと美しい人でしょう。ヤクシーを見た時、ハンスはこの人は世界で一番美しい人だろうと思いましたが、この女の人は、それに負けないくらい美しいのです。ヤクシーとはぜんぜんちがって、この女の人は白い肌にブロンドに近い亜麻色(あまいろ)の髪、透き通るような空色の目をしています。教会のステンドグラスの天使をハンスは思い出しました。
年はヤクシーより少し下みたいですが、そばに二人の子供がいますから、もうお母さんなのでしょう。
子供は、一人は三歳くらいの男の子、もう一人はまだ一歳くらいの赤ん坊です。こっちは女の子に見えますが、赤ん坊はくべつがつきません。とてもかわいい赤ちゃんです。
「やあ、マチルダ、おひさしぶり。元気そうだね。マルスは?」
ピエールが女の人に言いました。
「マルスは畑よ。ピエール、ヤクシー、会えてうれしいわ。この子は?」
マチルダと呼ばれた女の人は、二人のそばにいるハンスを不思議そうに見て言いました。
「新しい相棒(あいぼう)だよ。名前はハンス」
ハンスはぺこりと頭を下げました。
「相棒ですって? ピエール、あんたまさか、また泥棒を始めたんじゃないでしょうね」
マチルダは、ハンスにおじぎを返した後で、ピエールを問いつめるように言いました。
なんと、ピエールは泥棒だったのでしょうか? それにしても、なんで泥棒がこんな美人たちと知り合いなんでしょう。
「まさか。おれたちは大金持ちなんだぜ、今さら泥棒なんてするもんか」
ということは、元泥棒だということはたしかなようです。
「子供に悪い事を教えないでよ。うちのオズモンドにもね」
マチルダはピエールに釘(くぎ)をさして、家の中に招き入れました。
広広とした家の中は、きちんと清潔にかたづいています。大きな窓からはいっぱいに光がはいり、室内をあたたかに照らしだしています。本当に居心地のよさそうな家です。
「案外ちゃんと家庭(かてい)の主婦(しゅふ)をやっているようじゃねえか。女中はいないのか?」
ピエールの言葉に、マチルダが少しじまんそうに答えました。
「お掃除もお洗濯もぜんぶ私一人でやってるのよ」
その言葉に、ハンスはかえってびっくりしました。掃除や洗濯を主婦が一人でするのは当たり前です。この人はなにをいばっているのでしょう。美人だけど、ちょっとへんです。
マチルダは三人を歓迎して、たくさんのごちそうをテーブルにならべました。
その五 旅立ち
「ハンス、お前も少しは魔法ができるようになったから、旅に出るがよい。あちこちの国をめぐり歩いて、いろんな魔法使いに会い、魔法の勉強をするのだ。そして、この世界のどこかにある天国の鍵をさがしなさい」
「天国の鍵?」
「生きている人間が、生きたまま天国に行ける鍵だ。これまでいろんな魔法使いや騎士たちが探したが、まだ見つけた者はいない。それを見つければ、この世から悪はなくなり、この世がそのまま天国のような平和な世の中になると言われておる」
「飢えも寒さも、戦争も憎しみも無くなるのですか?」
「そうだ」
「それなら、ぼくはそれを探します」
「まあ、どこにあるかわからぬものだから、気楽(きらく)に気長(きなが)にやりなさい。お前にこれをあげよう」
ザラストはハンスの前のテーブルにいくつかの品物(しなもの)をおきました。
まず、世界地図、それから短剣(たんけん、ナイフのことです)、帽子、マント、長靴、ベルト、上着、ズボン、下着、皮袋(かわぶくろ、これは水筒の代わりです)、薬草や傷薬、少しの食べ物などです。
「それから、ジルバ、パロ、ピントをおともにつれていきなさい。きっとお前の役に立つだろう」
ピントとは犬の名前です。白くてまだ小さな犬ですが、いったい本当に役に立つのでしょうか。
ハンスはさっそくザラストの家をでることにしました。
「気をつけていくのじゃぞ。悪い魔法使いや魔女、泥棒や山賊(さんぞく)がとちゅうには、いっぱいおるからな」
ザラストに手をふって別れをつげ、ハンスは驢馬(ろば)のグスタフにのって進みます。猿のジルバはハンスといっしょにグスタフにのり、オウムのパロはハンスの肩にとまっています。ピントはグスタフの前や後ろを歩いています。時々、かってに走り出して猫や兎をおっかけますが、すぐにもどってくるので、まいごにはなりません。
季節は夏の終わりで、まだ日ざしが強く、街道(かいどう)はほこりっぽい感じです。
夜は野原で野宿(のじゅく)します。火をたいて夜食を食べ、星をみながらねむるのです。マントの下に草をしけば、即席(そくせき)のベッドができますから、土の上でねても体がいたいことはありません。
やがて目の前に大きな山脈(さんみゃく)が見えてきました。これを越(こ)えれば東の国グリセリードですが、この山脈を越えるのはたいへんです。
とりあえず、ふもとの宿屋にとまろうと思いますが、お金はありません。
その六 若者と美女
ハンスは、猿のジルバにたのんで宿屋の前で芸(げい)をしてもらいました。芸とは、たとえば逆立ち(さかだち)とか宙返り(ちゅうがえり)です。ジルバが犬のピントや驢馬のグスタフのせなかの上で逆立ちや宙返りをすると、宿屋のお客さんたちは感心してそれをながめ、芸が終わると、みんな少しずつお金をくれました。ぜんぶかぞえると、七リムと六十五エキュ、七千五百円くらいになりました。
なかでも気前のいいお客は一人で五リムもくれたのです。
その人は感心して言いました。
「いやあ、よく仕込まれた犬や猿だなあ。まるで人間のことばがわかるみたいじゃねえか」
言葉づかいは少し下品(げひん)ですが、気の良さそうな若い男です。もっとも、子供のハンスから見れば、大人はみんなオジサンですが。
「坊やたち、どこから来たの?」
その若者のそばにいた恋人らしい女の人が言いました。こちらは、ものすごい美人です。ハンスは思わずその人に見とれてしまいました。生まれてから今まで、こんなに美しい女の人を見たことはありません。でも、この国の人ではなさそうです。色が浅黒く、目鼻立ちが非常にはっきりしています。目は大きくて、瞳が黒いダイヤモンドのようにきらきら輝いています。きっと南国の人なのでしょう。言葉も少したどたどしい感じです。
「トエルペンです」
男の方が女の人に説明(せつめい)しました。
「トエルペンってのは、アスカルファン中部の町だ。アルプ郡の、三番目に大きい町だな」
この男はアスカルファンの地理にくわしいようです。旅なれているのでしょう。
「で、これからどこへ行くの?」
「グリセリードに行くつもりです」
男の人と女の人はおどろいて目を見合わせました。
「おいおい、坊や、グリセリードがどんなところか知ってるのか? アスカルファンとは仲が悪くて、この前も戦争をしたばかりなんだぜ」
そう言えば、そんなことを聞いたような気がしますが、でも、十歳の子供にとって四、五年前のころの話は大昔です。
「入るのはむずかしいのですか?」
「そんなこともないが、アスカルファンの人間だと知られるとまずいだろうな。殺されるかもしれん」
ハンスは少し考えて言いました。
「じゃあ、口がきけない人間のふりをします。どうせ、よその国の言葉はしゃべれないんですから」
男はその言葉に感心したようです。
「ハンス、お前も少しは魔法ができるようになったから、旅に出るがよい。あちこちの国をめぐり歩いて、いろんな魔法使いに会い、魔法の勉強をするのだ。そして、この世界のどこかにある天国の鍵をさがしなさい」
「天国の鍵?」
「生きている人間が、生きたまま天国に行ける鍵だ。これまでいろんな魔法使いや騎士たちが探したが、まだ見つけた者はいない。それを見つければ、この世から悪はなくなり、この世がそのまま天国のような平和な世の中になると言われておる」
「飢えも寒さも、戦争も憎しみも無くなるのですか?」
「そうだ」
「それなら、ぼくはそれを探します」
「まあ、どこにあるかわからぬものだから、気楽(きらく)に気長(きなが)にやりなさい。お前にこれをあげよう」
ザラストはハンスの前のテーブルにいくつかの品物(しなもの)をおきました。
まず、世界地図、それから短剣(たんけん、ナイフのことです)、帽子、マント、長靴、ベルト、上着、ズボン、下着、皮袋(かわぶくろ、これは水筒の代わりです)、薬草や傷薬、少しの食べ物などです。
「それから、ジルバ、パロ、ピントをおともにつれていきなさい。きっとお前の役に立つだろう」
ピントとは犬の名前です。白くてまだ小さな犬ですが、いったい本当に役に立つのでしょうか。
ハンスはさっそくザラストの家をでることにしました。
「気をつけていくのじゃぞ。悪い魔法使いや魔女、泥棒や山賊(さんぞく)がとちゅうには、いっぱいおるからな」
ザラストに手をふって別れをつげ、ハンスは驢馬(ろば)のグスタフにのって進みます。猿のジルバはハンスといっしょにグスタフにのり、オウムのパロはハンスの肩にとまっています。ピントはグスタフの前や後ろを歩いています。時々、かってに走り出して猫や兎をおっかけますが、すぐにもどってくるので、まいごにはなりません。
季節は夏の終わりで、まだ日ざしが強く、街道(かいどう)はほこりっぽい感じです。
夜は野原で野宿(のじゅく)します。火をたいて夜食を食べ、星をみながらねむるのです。マントの下に草をしけば、即席(そくせき)のベッドができますから、土の上でねても体がいたいことはありません。
やがて目の前に大きな山脈(さんみゃく)が見えてきました。これを越(こ)えれば東の国グリセリードですが、この山脈を越えるのはたいへんです。
とりあえず、ふもとの宿屋にとまろうと思いますが、お金はありません。
その六 若者と美女
ハンスは、猿のジルバにたのんで宿屋の前で芸(げい)をしてもらいました。芸とは、たとえば逆立ち(さかだち)とか宙返り(ちゅうがえり)です。ジルバが犬のピントや驢馬のグスタフのせなかの上で逆立ちや宙返りをすると、宿屋のお客さんたちは感心してそれをながめ、芸が終わると、みんな少しずつお金をくれました。ぜんぶかぞえると、七リムと六十五エキュ、七千五百円くらいになりました。
なかでも気前のいいお客は一人で五リムもくれたのです。
その人は感心して言いました。
「いやあ、よく仕込まれた犬や猿だなあ。まるで人間のことばがわかるみたいじゃねえか」
言葉づかいは少し下品(げひん)ですが、気の良さそうな若い男です。もっとも、子供のハンスから見れば、大人はみんなオジサンですが。
「坊やたち、どこから来たの?」
その若者のそばにいた恋人らしい女の人が言いました。こちらは、ものすごい美人です。ハンスは思わずその人に見とれてしまいました。生まれてから今まで、こんなに美しい女の人を見たことはありません。でも、この国の人ではなさそうです。色が浅黒く、目鼻立ちが非常にはっきりしています。目は大きくて、瞳が黒いダイヤモンドのようにきらきら輝いています。きっと南国の人なのでしょう。言葉も少したどたどしい感じです。
「トエルペンです」
男の方が女の人に説明(せつめい)しました。
「トエルペンってのは、アスカルファン中部の町だ。アルプ郡の、三番目に大きい町だな」
この男はアスカルファンの地理にくわしいようです。旅なれているのでしょう。
「で、これからどこへ行くの?」
「グリセリードに行くつもりです」
男の人と女の人はおどろいて目を見合わせました。
「おいおい、坊や、グリセリードがどんなところか知ってるのか? アスカルファンとは仲が悪くて、この前も戦争をしたばかりなんだぜ」
そう言えば、そんなことを聞いたような気がしますが、でも、十歳の子供にとって四、五年前のころの話は大昔です。
「入るのはむずかしいのですか?」
「そんなこともないが、アスカルファンの人間だと知られるとまずいだろうな。殺されるかもしれん」
ハンスは少し考えて言いました。
「じゃあ、口がきけない人間のふりをします。どうせ、よその国の言葉はしゃべれないんですから」
男はその言葉に感心したようです。
その三 魔法の教え
ザラストに怒られたジルバは、ぶるぶるふるえました。よほどザラストがこわいのでしょう。
「このいたずらものめ。ハンスにはまだ本物の魔法はつかえぬ。力のない者が魔法を使うとあぶないのだ」
ジルバはこそこそとかくれました。
「ジルバは人間の言葉が話せるのですか」
「見てのとおりじゃ。動物の中には人間に近い心を持つものがおる。猿や犬がそうじゃ。鳥はずっと単純(たんじゅん)だが、うちのオウムのパロは百歳になる鳥だからお前よりずっとかしこい。ヘビやトカゲの心は人間とはまったくちがう。だが、なれた魔法使いなら彼らを命令にしたがわせるのはかんたんだ。だから、ヘビ、トカゲ、カエル、コウモリを見たら、それが魔法使いの手下でないか、気をつけることだ。悪い魔法使いもたくさんいるからな。ある魔法を使えば、動物と心で話すこともできるし、彼らに人間の言葉を話させることもできるが、他の人間がおどろくから、あまりやらないほうがいい。ジルバはお前になれているから、わしのいましめを忘れてうっかり話してしまったのだ」
「ぼくは早く魔法をおぼえたい。早く魔法を覚える魔法はないのですか。かしこくなる魔法とか」
ハンスの言葉にザラストはおどろいて言いました。
「お前はじゅうぶんにかしこい。そんなことを思いつくだけでもたいしたものだ。魔法とは、心の願いを本物にすることだから、願いを持って、それを信じることがたいせつなのじゃ。かしこくなりたければ、毎日そう願いなさい。しかし、お前の中に、かしこさのたしかなすがたがなければ、それはお前のものにはならないぞ」
「かしこさにすがたがあるのですか?」
「ある。それは、お前がかしこさという一言で言っているものを、よりこまかくくわしく考えることだ。たとえば、おぼえること、思い出すこと、見分けること、正しく考えること、かしこさにもいろいろある。大きくふくざつなものは実体化(じったいか)しにくく、小さくこまかなものは実体化、つまり本物にしやすい。たとえば、ハンス、カエルを想像(そうぞう)してみろ」
「そうぞう?」
「心の中で考えてみろ」
「考えました」
「そのカエルはどんな色だ」
「青です」
「大きさは。模様は。前脚に指は何本ある」
「ええと……わかりません」
その四 見知らぬ国々
「そうだろう。お前たちが考えているということは、そのようにぼんやりとしたものなのだ。そのカエルの体の中まですべて細かく、しかも同時に想像し、そこにあらわれろ、と命令すれば、それはそこに現れる。だが、そんなことは誰にもできぬ。神さま以外にはな」
「ザラストにもできないのですか」
「そうだ」
なあんだ、魔法使いといっても石ころをパンやお金に変えられないんだ。ハンスはがっかりしました。それなら、騎士(きし)にでもなって手柄(てがら)をたてて、お姫様とけっこんしたほうがずっといいや。
「そのほうがいいかもしれんぞ、ハンス」
またザラストに心を読まれてしまいました。
「だが、石ころをパンやお金に変えることはわしにもできる。見ておけ」
ザラストは机の上の紙をおさえていた小さな重石(おもし)を手にのせて呪文(じゅもん)をとなえました。すると、それはぱっとパンに変わりました。
ハンスはびっくりしました。
「食べてみろ」
手にとると、焼きたてのふかふかしたいい匂いのパンです。一口かじると、こんなおいしいパンはこれまで食べたことはありません。
……気がつくと、ハンスは石ころを手に持ったまま立っていました。
「こういうのは、ただの目くらましだ。魔法のほとんどはそういうものだが、それでもふつうの人間にとっては危険(きけん)なものだ」
これなら、やはり魔法を習いたいと思って、ハンスはそれからはまじめに魔法のれんしゅうをしました。そのせいで、軽いものを念力で動かしたり、そよ風をふかせたり、動物と心で話すことはできるようになってきました。
夏のあついときなど、そよ風をふかせる魔法を知っていると、とてもべんりです。でも、トンボやバッタに命令して動かす魔法は、あまり役に立ちません。せいぜい町の意地(いじ)の悪いおかみさんたちの背中に飛びこませて悲鳴をあげさせるくらいです。動物と心で話すことはできますが、命令するのはかんたんではありません。
「おい、ジルバ、こっちへ来い!」
「いやだね。あんたがこっちへ来な」
こんなぐあいです。
オウムのパロからはいろいろなことを教わりました。なにしろ百年も生きている鳥ですから、あちこちいろんな場所を見ており、いろんなことを知ってます。北の国アルカードの森や湖、雪におおわれた山や氷の川、南の国ボワロンの砂漠や太陽、海をこえた西の島国レントのおだやかで美しい風景(ふうけい)など、ハンスは見てみたくなりました。
ザラストに怒られたジルバは、ぶるぶるふるえました。よほどザラストがこわいのでしょう。
「このいたずらものめ。ハンスにはまだ本物の魔法はつかえぬ。力のない者が魔法を使うとあぶないのだ」
ジルバはこそこそとかくれました。
「ジルバは人間の言葉が話せるのですか」
「見てのとおりじゃ。動物の中には人間に近い心を持つものがおる。猿や犬がそうじゃ。鳥はずっと単純(たんじゅん)だが、うちのオウムのパロは百歳になる鳥だからお前よりずっとかしこい。ヘビやトカゲの心は人間とはまったくちがう。だが、なれた魔法使いなら彼らを命令にしたがわせるのはかんたんだ。だから、ヘビ、トカゲ、カエル、コウモリを見たら、それが魔法使いの手下でないか、気をつけることだ。悪い魔法使いもたくさんいるからな。ある魔法を使えば、動物と心で話すこともできるし、彼らに人間の言葉を話させることもできるが、他の人間がおどろくから、あまりやらないほうがいい。ジルバはお前になれているから、わしのいましめを忘れてうっかり話してしまったのだ」
「ぼくは早く魔法をおぼえたい。早く魔法を覚える魔法はないのですか。かしこくなる魔法とか」
ハンスの言葉にザラストはおどろいて言いました。
「お前はじゅうぶんにかしこい。そんなことを思いつくだけでもたいしたものだ。魔法とは、心の願いを本物にすることだから、願いを持って、それを信じることがたいせつなのじゃ。かしこくなりたければ、毎日そう願いなさい。しかし、お前の中に、かしこさのたしかなすがたがなければ、それはお前のものにはならないぞ」
「かしこさにすがたがあるのですか?」
「ある。それは、お前がかしこさという一言で言っているものを、よりこまかくくわしく考えることだ。たとえば、おぼえること、思い出すこと、見分けること、正しく考えること、かしこさにもいろいろある。大きくふくざつなものは実体化(じったいか)しにくく、小さくこまかなものは実体化、つまり本物にしやすい。たとえば、ハンス、カエルを想像(そうぞう)してみろ」
「そうぞう?」
「心の中で考えてみろ」
「考えました」
「そのカエルはどんな色だ」
「青です」
「大きさは。模様は。前脚に指は何本ある」
「ええと……わかりません」
その四 見知らぬ国々
「そうだろう。お前たちが考えているということは、そのようにぼんやりとしたものなのだ。そのカエルの体の中まですべて細かく、しかも同時に想像し、そこにあらわれろ、と命令すれば、それはそこに現れる。だが、そんなことは誰にもできぬ。神さま以外にはな」
「ザラストにもできないのですか」
「そうだ」
なあんだ、魔法使いといっても石ころをパンやお金に変えられないんだ。ハンスはがっかりしました。それなら、騎士(きし)にでもなって手柄(てがら)をたてて、お姫様とけっこんしたほうがずっといいや。
「そのほうがいいかもしれんぞ、ハンス」
またザラストに心を読まれてしまいました。
「だが、石ころをパンやお金に変えることはわしにもできる。見ておけ」
ザラストは机の上の紙をおさえていた小さな重石(おもし)を手にのせて呪文(じゅもん)をとなえました。すると、それはぱっとパンに変わりました。
ハンスはびっくりしました。
「食べてみろ」
手にとると、焼きたてのふかふかしたいい匂いのパンです。一口かじると、こんなおいしいパンはこれまで食べたことはありません。
……気がつくと、ハンスは石ころを手に持ったまま立っていました。
「こういうのは、ただの目くらましだ。魔法のほとんどはそういうものだが、それでもふつうの人間にとっては危険(きけん)なものだ」
これなら、やはり魔法を習いたいと思って、ハンスはそれからはまじめに魔法のれんしゅうをしました。そのせいで、軽いものを念力で動かしたり、そよ風をふかせたり、動物と心で話すことはできるようになってきました。
夏のあついときなど、そよ風をふかせる魔法を知っていると、とてもべんりです。でも、トンボやバッタに命令して動かす魔法は、あまり役に立ちません。せいぜい町の意地(いじ)の悪いおかみさんたちの背中に飛びこませて悲鳴をあげさせるくらいです。動物と心で話すことはできますが、命令するのはかんたんではありません。
「おい、ジルバ、こっちへ来い!」
「いやだね。あんたがこっちへ来な」
こんなぐあいです。
オウムのパロからはいろいろなことを教わりました。なにしろ百年も生きている鳥ですから、あちこちいろんな場所を見ており、いろんなことを知ってます。北の国アルカードの森や湖、雪におおわれた山や氷の川、南の国ボワロンの砂漠や太陽、海をこえた西の島国レントのおだやかで美しい風景(ふうけい)など、ハンスは見てみたくなりました。
その一 魔法使いハンス
ハンスは魔法の練習(れんしゅう)をしていましたが、うまくつかえません。お師匠(ししょう)、つまり先生のザラストは何も教えてくれないのです。
落ちてくる木の葉に念力をかけて右に行け、と命令すると左に行くし、左に行け、と命令すると右に行きます。下に行け、というと下に行きますが、これはあたりまえ。
ハンスは十歳です。
生まれた国はアスカルファンという長い名前の国です。地理にくわしい人は、今のヨーロッパぜんたいだと思ってください。そこの真ん中のトエルペンという町に生まれたのですが、両親の顔は知りません。生まれてすぐに教会の前にすてられ、それを見つけたお坊さんに十歳までそだてられました。
十歳になると、鍛冶屋(かじや)さん、いろんな鉄の道具を作る人ですが、その鍛冶屋さんのところではたらかされることになりましたが、ハンスははたらくのが嫌いなので、そこを逃げ出しました。
逃げ出してもお金がないので、何も買うことはできません。
道端(みちばた)でおなかをすかせてすわりこんでいると、通りかかった一人の老人がハンスに声をかけました。
「ハンスよ、どうしたのだ」
ハンスは、この老人がなぜ自分の名前を知っているのだろう、とふしぎに思いましたが、答えました。
「おなかがすいて動けません」
「先のことも考えず、鍛冶屋を飛び出したりするからじゃよ。お前は、その無考えのためにこれからも苦労するぞ」
どうやら老人は自分にお説教か忠告をしているようですが、今のハンスにはちっともありがたくありません。それより、お金でも食べ物でもめぐんでほしいところです。
「金がほしいか。ならあげよう。ほら」
老人は、ハンスの考えていることがわかるようです。老人の手から受け取ったお金は一リム、日本のお金なら千円くらいです。
ハンスは大喜びしました。これまでハンスは五十エキュ、つまり五百円くらいしか手にしたことはないのです。一リムもあれば、三日くらいは生きのびられそうです。でも、その先は?
「ありがとう。でも、おじいさん、なんでぼくの考えていることがわかるの?」
ハンスの言葉に、老人はちょっと間をおいて答えました。
「わしは魔法使いなのじゃよ」
「魔法使い! ならば、ぜひぼくを弟子(でし)にしてください」
弟子とは生徒のことです。
その二 魔法使いの弟子
ハンスが道端にすわりこんでいる間考えていたのは、こんなことです。
「ああ、この目の前の木の葉がお金に変わったら、それでパンが買えるのになあ。いや、石ころがそのままパンやチーズに変わったらもっといいや。もし、自分が魔法使いだったらこんなところでおなかをすかせてなくてすむのに」
そんなところに本物の魔法使いがあらわれたのですから、これは絶好のチャンスというものでしょう。
ハンスの頼みに、その魔法使いだという老人は考えこみましたが、やがて答えました。
「弟子にしてもいいが、魔法をおぼえるのはかんたんではないぞ。お前のようななまけ者はりっぱな魔法使いにはなれないだろう。今でも、お前は楽をするために魔法を使いたいと思っているだろう」
それはその通りですが、でも楽をするためでなければ、魔法に何の意味があるのでしょう。そう考えたハンスの心を読み取って、老人は大声で笑いました。
「それもその通りじゃ。お前はなかなか賢い子だ。よし、弟子にしてやろう。ついて来い」
魔法使いは歩きながら、自分の名はドクトル・ザラスト、この国で一番えらい魔法使いだ、と言いました。でも、本人がそう言っているだけかもしれません。
ザラストの住みかは、ふつうの町中にありました。家の中には犬と猿と猫とオウムがいます。
「お前はこれからここで修行(しゅぎょう)をするのだ。はじめに、あそこの木の落ち葉を動かすれんしゅうをしなさい。それから、この動物に心で話しかけるれんしゅうをしなさい。それができたら一番下の魔法使いになったということだ。できるまで毎日それだけやるのだぞ」
それから毎日、ハンスはその課題(かだい)をれんしゅうしましたが、一月たってもまだできません。でも、ザラストの家にいれば、飢(う)え死にすることはありませんから気楽なものです。
動物に話しかけるのも、心でよりも、つい言葉に出してしまいます。言葉で言わないと反応(はんのう)がないのだから、つい退屈(たいくつ)して口に出すのです。
「あーあ、退屈だなあ。もっとかんたんに魔法がおぼえられないのかなあ」
すると、猿のジルバが人間の声で言いました。
「ザラストの魔法の本を見ればいい」
ハンスはぎょっとおどろきました。猿が人間の言葉を話すなんて。
「ザラストの魔法の本はどこにあるんだい?」
ハンスが聞いた時、家のドアがあいて、ザラストが帰ってきました。ハンスがジルバと話しているのを聞いていたのか、ザラストは大声で怒りました。
「こら、ジルバ、お前はハンスに何をさせようとした」
ハンスは魔法の練習(れんしゅう)をしていましたが、うまくつかえません。お師匠(ししょう)、つまり先生のザラストは何も教えてくれないのです。
落ちてくる木の葉に念力をかけて右に行け、と命令すると左に行くし、左に行け、と命令すると右に行きます。下に行け、というと下に行きますが、これはあたりまえ。
ハンスは十歳です。
生まれた国はアスカルファンという長い名前の国です。地理にくわしい人は、今のヨーロッパぜんたいだと思ってください。そこの真ん中のトエルペンという町に生まれたのですが、両親の顔は知りません。生まれてすぐに教会の前にすてられ、それを見つけたお坊さんに十歳までそだてられました。
十歳になると、鍛冶屋(かじや)さん、いろんな鉄の道具を作る人ですが、その鍛冶屋さんのところではたらかされることになりましたが、ハンスははたらくのが嫌いなので、そこを逃げ出しました。
逃げ出してもお金がないので、何も買うことはできません。
道端(みちばた)でおなかをすかせてすわりこんでいると、通りかかった一人の老人がハンスに声をかけました。
「ハンスよ、どうしたのだ」
ハンスは、この老人がなぜ自分の名前を知っているのだろう、とふしぎに思いましたが、答えました。
「おなかがすいて動けません」
「先のことも考えず、鍛冶屋を飛び出したりするからじゃよ。お前は、その無考えのためにこれからも苦労するぞ」
どうやら老人は自分にお説教か忠告をしているようですが、今のハンスにはちっともありがたくありません。それより、お金でも食べ物でもめぐんでほしいところです。
「金がほしいか。ならあげよう。ほら」
老人は、ハンスの考えていることがわかるようです。老人の手から受け取ったお金は一リム、日本のお金なら千円くらいです。
ハンスは大喜びしました。これまでハンスは五十エキュ、つまり五百円くらいしか手にしたことはないのです。一リムもあれば、三日くらいは生きのびられそうです。でも、その先は?
「ありがとう。でも、おじいさん、なんでぼくの考えていることがわかるの?」
ハンスの言葉に、老人はちょっと間をおいて答えました。
「わしは魔法使いなのじゃよ」
「魔法使い! ならば、ぜひぼくを弟子(でし)にしてください」
弟子とは生徒のことです。
その二 魔法使いの弟子
ハンスが道端にすわりこんでいる間考えていたのは、こんなことです。
「ああ、この目の前の木の葉がお金に変わったら、それでパンが買えるのになあ。いや、石ころがそのままパンやチーズに変わったらもっといいや。もし、自分が魔法使いだったらこんなところでおなかをすかせてなくてすむのに」
そんなところに本物の魔法使いがあらわれたのですから、これは絶好のチャンスというものでしょう。
ハンスの頼みに、その魔法使いだという老人は考えこみましたが、やがて答えました。
「弟子にしてもいいが、魔法をおぼえるのはかんたんではないぞ。お前のようななまけ者はりっぱな魔法使いにはなれないだろう。今でも、お前は楽をするために魔法を使いたいと思っているだろう」
それはその通りですが、でも楽をするためでなければ、魔法に何の意味があるのでしょう。そう考えたハンスの心を読み取って、老人は大声で笑いました。
「それもその通りじゃ。お前はなかなか賢い子だ。よし、弟子にしてやろう。ついて来い」
魔法使いは歩きながら、自分の名はドクトル・ザラスト、この国で一番えらい魔法使いだ、と言いました。でも、本人がそう言っているだけかもしれません。
ザラストの住みかは、ふつうの町中にありました。家の中には犬と猿と猫とオウムがいます。
「お前はこれからここで修行(しゅぎょう)をするのだ。はじめに、あそこの木の落ち葉を動かすれんしゅうをしなさい。それから、この動物に心で話しかけるれんしゅうをしなさい。それができたら一番下の魔法使いになったということだ。できるまで毎日それだけやるのだぞ」
それから毎日、ハンスはその課題(かだい)をれんしゅうしましたが、一月たってもまだできません。でも、ザラストの家にいれば、飢(う)え死にすることはありませんから気楽なものです。
動物に話しかけるのも、心でよりも、つい言葉に出してしまいます。言葉で言わないと反応(はんのう)がないのだから、つい退屈(たいくつ)して口に出すのです。
「あーあ、退屈だなあ。もっとかんたんに魔法がおぼえられないのかなあ」
すると、猿のジルバが人間の声で言いました。
「ザラストの魔法の本を見ればいい」
ハンスはぎょっとおどろきました。猿が人間の言葉を話すなんて。
「ザラストの魔法の本はどこにあるんだい?」
ハンスが聞いた時、家のドアがあいて、ザラストが帰ってきました。ハンスがジルバと話しているのを聞いていたのか、ザラストは大声で怒りました。
「こら、ジルバ、お前はハンスに何をさせようとした」