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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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その三十五 ギオン寺

 ギオン寺は、広い敷地(しきち)の中にいくつかのたてものがあるお寺です。どちらかというと、お寺というよりは学校みたいです。あちこちのたてものは生徒の寄宿舎みたいです。オレンジ色の長い服をだらりと肩からかけるように着たお坊さんたちがあちこちにいます。話をしたり、木の下で考えこんでいたりしていますが、とても静かで平和なふんいきです。
「あのう、ブッダルタという人に会いたいんですけど」
 ハンスが一人のお坊さんに言うと、そのお坊さんはおどろいた顔をしました。
「なに、ブッダルタ様にお会いしたいだと? お前のような子供がブッダルタ様になんの用だ」
なれないグリセリード語ですが、相手がなにを言っているのかはけんとうがつきます。でも、自分の用件をグリセリード語でなんと言えばいいのでしょう。
「ぼくはブッダルタと話したいのです」
「ブッダルタ様はおいそがしいのだ。お前のような子供とは会わん。話が聞きたかったら、午後の説法(せっぽう)を待て」
 アリーナに通訳してもらって、相手の言っていることはわかりました。しかたなく、ハンスは午後の説法があるまで、そのへんで待つことにしました。
 お寺の中心部には、草の生(は)えた大きな広場があります。あちこちには木が生えていて、いい木陰もあります。たくさんの人がそこに集まってなにかを待っているようすなので、きっとここでブッダルタの説教が行なわれるのだな、とハンスは思い、アリーナといっしょに草の上に腰をおろしました。
 日ざしがあたたかく、草のいい匂いに包(つつ)まれているうちに、ハンスは少し眠気がさしてきました。
 気がつくと、しんと静まり返った広場に、ただ一人多くの人々にむかって語りかける男の声がします。
 ハンスは、今いっしゅん眠り込んだあいだに、なにか大切な夢を見ていたような気がしましたが、それがどんな夢だったのかもう忘れてしまいました。大空に吹き上がる噴水に太陽の光があたり、虹ができて、それからどうなったのでしょう?……思い出せません。
 ハンスは夢を思い出すことはあきらめて、広場の前で人々に語りかける男を見ました。まだ三十歳くらいの、品のいい中肉中背の男です。頭はきれいにそって、身なりは他のお坊さんとかわりません。これがブッダルタなのでしょう。
 男はグリセリード語ではなく、この土地の言葉で語っているようです。人々は一心にそれを聞いていますが、ハンスにはわかりません。しかたなく、ハンスは直接(ちょくせつ)男の心を読み取ろうとしました。すると、男はおどろいたように話をやめ、ハンスの方に顔を向けました。しまった、とハンスは思いました。


その三十六 ブッダルタ

 ブッダルタはハンスを見てほほえみましたが、何も言わず、また話を続け出しました。ハンスは怒られずにすんだので、ほっとしました。
 人々もブッダルタの弟子たちも、ブッダルタがいっしゅん説法をやめたことを不思議に思いましたが、それがハンスのせいであることには気づきません。
 説法が終わると、ブッダルタはハンスのところに歩み寄りました。ハンスはどきどきしました。みかけはやさしげな人なのに、なんともいえない威厳(いげん、おごそかな感じ)があって、ハンスはきんちょうしてしまうのです。
(さっき私の心を読もうとしたね)
 ブッダルタは心でハンスに語りかけました。
(はい、すみません。ぼくはここの言葉がわからないのです)
(そうか、少し、君の阿頼耶識を読ませてもらうよ)
阿頼耶識(アラヤしき)とは、人間の心の奥底の記憶です。本人も気づかないすべての出来事の記憶ばかりでなく、その先祖からの永遠の記憶が阿頼耶識の中にはあるのです。人間が思い出せるものは、その中の本当にごく一部で、大海の上をただよう一滴の油くらいのものです。……これはお話ですから、本気にしないでくださいよ。まあ、そういう説もあるのです。面白い説でしょう?
(そうか、君は天国の鍵をさがしているのだね。残念ながら、私には手助けできないよ。私の教えは、天国も地獄も人の心の中にあるというものだからね。多くの人はそれに気づかず、自分で地獄を作り出している。それを私は救おうとしているのだ。もしも私にとっての天国の鍵があるとしたら、それは言葉だね) 
(言葉、ですか?)
(そうだ、ただし、言葉は地獄への鍵でもある。人は言葉によって自分自身を作っていくものなのだ。ある言葉を信じれば、それがその人の生き方を決めていく。まさしく、天国や地獄への鍵だろう?)
(はあ。なんとなくわかりますけど)
 でも、ハンスは、やはりこの世をそのままで天国に変えるほうがいいと思いました。だって、こうしている間にも、多くの人々が飢えや寒さで死に、暴力や悪事がおこなわれているのですから。
 ブッダルタはハンスの心を読み取って、笑いました。
(君の考えはとうとい。君は菩薩行を行なっているのだ。私と方向はちがうが、同じことをしているのだよ。では、もう行きたまえ。私の記念にこれをあげよう)
 ブッダルタは腕にまいていた水晶の腕輪をハンスにくれました。
(ありがとうございます。さよなら)
 ハンスはブッダルタの優しい顔に別れがたいものを感じながら、ギオン寺を去りました。

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