ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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他者批判の記事だけ書いていることへの反省を少ししたばかりだが、先ほど見たアニメの批判というか批評をしてみる。いや、批判するような内容のアニメではなく、ある意味「労作」なのだが、少しも面白くないし感動もしないわけだ。特に、その話やアニメの作り方が、いかにも「受けを狙っている」「あざとい」感じを受けてしまって、それだけでも私のようなへそ曲がりは反発してしまうのである。
話の内容は、ジャズの立身出世譚というか、「のちに大物になる若者の青春の苦闘とそれにまつわる仲間との友情」などで、音楽が主題の話となると、そういうものにしかならないという前提があるので、そこを批判しても仕方が無いし、また演出がすべてどこかで見たような「演奏に重ねて観客の感動した顔、演奏に重ねて、光、陰、さまざまな色彩や抽象的図象の乱舞」で、「これは凄い演奏なのだ」というアピールをするわけだが、その曲自体がたぶん「日本製のジャズ曲」で、海外有名ジャズ曲やその感じをうまく模倣している印象で、偉い「労作」だとは思うが、聞いている私には少しもいい曲には思えないのである。まあ、実際、海外の有名曲のアレンジだろうし、演奏自体もまったく破綻はないのだが、少しも面白くないのである。これは「響けユーフォニアム」でも同じで、演奏される曲自体が名曲でないと、その演奏に感動することは不可能だ、というのが「音楽映画」「音楽アニメ」の鉄則なのである。
ちなみに、キャラの顔が実に不細工で魅力に欠けるのも、見ていてイライラする原因で、いくらでも「理想」が描けるアニメで、なぜ不細工な顔(おそらく、原作の漫画家は弘兼何とかのアシスタントだったのではないか。時々、かわぐちかいじ風の顔のキャラも脇役で出るから、師匠はそのどちらかだろう。)を延々と見せられなければならないのか。
ついでに言えば、私はテナーサックスという楽器そのものが嫌いで、演歌臭え、と思ってしまう。
要するに、日本人にはジャズは無理、ということだ。ジャズの精神は黒人の血なのである。まあ、せいぜいがビル・エバンス的な「都会的ジャズ」なら日本人にも可能かもしれないが、それはジャズではなく「イージーリスニング」だろう。それが悪いというわけでもない。マル・ウォルドロンやセロニアス・モンクなど、実に都会的である。だが、黒人だと、都会的でも、そこに黒人の血が感じられるのである。
話の内容は、ジャズの立身出世譚というか、「のちに大物になる若者の青春の苦闘とそれにまつわる仲間との友情」などで、音楽が主題の話となると、そういうものにしかならないという前提があるので、そこを批判しても仕方が無いし、また演出がすべてどこかで見たような「演奏に重ねて観客の感動した顔、演奏に重ねて、光、陰、さまざまな色彩や抽象的図象の乱舞」で、「これは凄い演奏なのだ」というアピールをするわけだが、その曲自体がたぶん「日本製のジャズ曲」で、海外有名ジャズ曲やその感じをうまく模倣している印象で、偉い「労作」だとは思うが、聞いている私には少しもいい曲には思えないのである。まあ、実際、海外の有名曲のアレンジだろうし、演奏自体もまったく破綻はないのだが、少しも面白くないのである。これは「響けユーフォニアム」でも同じで、演奏される曲自体が名曲でないと、その演奏に感動することは不可能だ、というのが「音楽映画」「音楽アニメ」の鉄則なのである。
ちなみに、キャラの顔が実に不細工で魅力に欠けるのも、見ていてイライラする原因で、いくらでも「理想」が描けるアニメで、なぜ不細工な顔(おそらく、原作の漫画家は弘兼何とかのアシスタントだったのではないか。時々、かわぐちかいじ風の顔のキャラも脇役で出るから、師匠はそのどちらかだろう。)を延々と見せられなければならないのか。
ついでに言えば、私はテナーサックスという楽器そのものが嫌いで、演歌臭え、と思ってしまう。
要するに、日本人にはジャズは無理、ということだ。ジャズの精神は黒人の血なのである。まあ、せいぜいがビル・エバンス的な「都会的ジャズ」なら日本人にも可能かもしれないが、それはジャズではなく「イージーリスニング」だろう。それが悪いというわけでもない。マル・ウォルドロンやセロニアス・モンクなど、実に都会的である。だが、黒人だと、都会的でも、そこに黒人の血が感じられるのである。
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