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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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いやまあ、キャラクターが成長してもいいのだが、これではペコちゃんとは言えないのではないか。舌をペロリと出せばペコちゃんというわけでもないだろう。それにこの舌ペロも分かりづらい。口紅の塗りそこないみたいだ。舌ペロはやめて、口のカーブをもう少し小さくし、良く見れば昔のペコちゃんの成長した姿ではないか、と観察の鋭い人だけが気づく、という方が洒落ていたと思う。絵自体は、上手な人が描いたと思う。


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ペコちゃんが知らぬ間に華麗な成長を遂げていた件。

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これは超問題発言でしょう。私が筒香以外の横浜の選手なら、もうこの発言で、中畑を絶対に監督として認めない。自分の成績はうまく残しつつ、チームは負けるように努力するだろう。それによって中畑に筒香以外はカスだと言われた(も同然の)復讐をする。
監督の責務はチームを一つでも上位に上げることであり、中畑のこの発言は監督としての責任放棄に等しい。私がオーナーなら、この発言で、即座に中畑解任である。


(以下引用)



2015年08月04日

spo1504010055-p2



1:風吹けば名無し@\(^o^)/2015/08/03(月) 23:55:12.97 
ソースは語録 
 
 
(4番筒香も当たりが止まっていることに)

 「筒香は悪くはない。前に飛ばないだけ。1本出ればいってくれる。アイツがダメならしようがない。最下位でもいい。かわいそうかもしれないけど、それくらいの覚悟を背負わせる選手だから」


http://sp.mbga.jp/_news_item?sublayout=tag&id=3290738
「本と奇妙な煙」というブログ所載の高畑勲の発言。
私自身はドラマ芸術(すなわち「物語」を核とする芸術)は、視聴者や読者の願望充足がその最大の美点であると考えているので、下の意見には反対だが、「願望充足」ドラマの危険性は確かに存在していると思う。
だが、通常の場合は、世間の大半の人々は現実は現実、フィクションはフィクションと「心の中の棲み分け」をして生きているのであり、それでいいのではないか。
もちろん、それは「消耗品としての芸術」を大量生産するという事態につながり、現実にそうなっているのだが、もともと「本物」は昔から芸術のほんの一部でしかなかったのだ。すなわち、古典となって残る芸術は、いつの時代でもちゃんと出て来るのであり、心配はいらないのである。




(以下引用)



 日本のアニメは、安価に作るために作画枚数を減らすところから出発した。それでも面白く見せるには演出の工夫が必要だった。しかもその基盤には洗練の度をきわめたマンガのコマ割りという先輩があった。そしてたちまち熟練の度を加え、アニメーション作画も巧みになって、ついに「現実には起こりえないことを、いま現実に起こっていることとして実感させる」観客巻き込み型映画の一ジャンルを見事に形成するまでになったのである。


(略)


 映像の中のヒーローがいかにも英雄然としていれば、観客は自分との距離をはっきり保つことができる。ところが現在の巧みな作劇術では、一見観客と同程度の凡人に、非凡な力を発揮させ、大活躍して問題を見事に解決したり何かを達成させる。主人公を身近に感じ、自分と重ね合わせ、作品世界に没入させるためである。(略)[主人公は状況も把握せぬまま果敢に行動し]


いつの間にか身につけた超能力によって、なぜか成功する。成功するために必要なのは、的確な状況判断や戦略ではなく、「愛」や「勇気」なのだから。


 子供や若者が現実社会に足を踏み出すのに勇気が要るのは今も昔も同じである。現実の状況の複雑怪奇さの前でたちまち怖じ気づいて立ちすくんでしまったり、踏み出したとたんに跳ね返されたり、しばしば劣等感にさいなまれたりする。特に状況が掴めていないと一歩も足が前に出なくて当然である。真の勇気は状況を把握することからしか生まれないのだから。さらに、実人生では、一つの技能を身につけるだけでも大変な努力が必要だ。何かを達成するためには刻苦勉励しかない。


 ところが、そのようなプロセスの具体的な描写が、これらの作品群にはほとんどまったく見られない。


(略)


 こういう映像を見ていくら「勇気をもらっ」たつもりになっても、現実を生きていくためのイメージトレーニングにはならないことは当然である。それどころか、[成功している素晴らしい自分という]きわめて有害なイメージを身につける危険性がある。


(略)


[現実に対処する訓練が不足し、肥大した自己イメージと現実の貧弱な自己とのギャップにさいなまれ、甘美な映像世界に逃避し、「ひきこもる」。そういう世界から卒業しないまま現実世界を生きるなら表現者・評論家になるしかない]


(略)


 たとえば、個人ですべてをCG制作したことで評価された『ほしのこえ』という中編アニメがある。(略)特徴のある絵ではないしアニメートもほとんどなされていないけれども、映像の出来は決して悪くない。


 私はこれをまったく評価できず、ワンアイディアによる「(子供ではなく)青年だまし」で、「くだらない」としか思わないが、巧みな表現によって社会性のない現代青年の心をくすぐり、琴線に触れることができたようで、売れ行きもよく、いくつか受賞もした。要するに、作者はみずから作り手になることによって見事に「そういう世界から卒業・脱出しないまま、それでも現実を生きる」ことに成功した一人であり、「卒業」や「自分の非成長の確認」をしたくない若者に支持され、その現象全体を情報メディア産業(とは何のことか分からないが)推進派の脳天気なおじさんたちが追認したのだと思われる。


[脚注:「急いで言いそえなければなければならないが、これはこの段階での評価であり、作家の道を歩み出した作者が、その社会生活のおかげで、以後、もっと社会性のある作品を作りはじめる可能性は充分にある。」]


 世界に誇る文化、輸出産業などともてはやされる日本アニメ。いまや肯定的にしか語られず、ほとんど誰も心配しないけれど、それが、もし世界中に、目に見えぬ怖ろしい影響をまき散らしつつあるのだとしたら。

まったくどうでもいい話だが、男の長髪の苦労が分かって、少し面白い。
しかし、そういう面倒くささには私のような短髪主義者はまったく耐える気もしない。五分刈ほど簡単で衛生的なものはない。見た目などどうでもいいのである。女ならいざ知らず、せっかく男に生まれながら、短髪の利点を捨てるよりは、女にもてる利点を捨てるほうがマシではないだろうか。



(以下引用)




(みうらじゅん)結んでいるんですよ。普段は。

(太田英明)あ、みうらじゅんさんも普段は。

(みうらじゅん)たしかに結んでいるんですけど。やっぱり老化が進んできたもんで。汗がね、尋常じゃなくなるんですよ。もう。そうなると。やっぱり50半ばのロン毛って、すっごい汗かくんですよ。で、もう結んだところの部分のポニーテールの部分が、筆みたいになっているんですよ。濡れて。

(光浦靖子)(笑)

(みうらじゅん)すっごい濡れて、筆みたいになっているんで。で、外した時にベッチャベチャなんですよ。それだったらまだ、おろした方が乾くんですよね。意外とこれ、知られてない。

(大竹まこと)いや、光浦、そう言うけどね。結んでいるロン毛、イケメン多いっていう感じのことを言うけど。結んでいるロン毛はね、やっぱね、俺に言わせりゃチャラいよ。

(光浦靖子)チャラい。そう。チャラいんすよ。

(大竹まこと)チャラい。だからやっぱりね、こうやってボーッとなっている方がね、なんかね、尊敬できる。

(みうらじゅん)そうですか?

(光浦靖子)そう。おろしている方が、ポリシーはあると思う。結びロン毛でTシャツの人って、だいたいタトゥー入ってるんだよね。二の腕に。タトゥー率の高さ。

(太田英明)その、結びロン毛の人は若干こう、ナルシスト入ってたりとかしないですか?そういうこと、ないですか?

(みうらじゅん)そうですよ。今日みたいな台風近づいている時とか、やっぱり写真撮る時とか、僕、顔ないですから。もう。グチャグチャになっていて。

(大竹・光浦・太田)(笑)

(みうらじゅん)やっぱりそこの部分ですよね。一筋通しているっていうのは。僕、ほとんど風ふいている外の撮影は顔がもう、ありません。グチャグチャになっていますんで。

(光浦靖子)『いいんです。これでいいんです』っていう(笑)。

(大竹まこと)そうすると、なんかあれだよね。でも、髪の毛の長い人の気持ちっていうのはやっぱり普通の人の心持ちと、やっぱりそういう時は違ってくるのかね?だって、顔に髪の毛がバサバサかかること、俺たちないから。

(みうらじゅん)そうでしょ?

(光浦靖子)これっぽっち伸ばしただけで、相当暑いですね。暑いしねー、乾かすの面倒くさい。びっくりしちゃった。

(みうらじゅん)僕、その70年代にやっぱり童貞こじらせていた時に、やっぱり僕ら70年代はセンター分けのロン毛の女の人。南沙織さんとか。栗田ひろみさんとか。ああいう人はみんなセンター分けのロン毛だったんですよ。

(大竹まこと)はい、はい。

(みうらじゅん)で、俺、そういう人と付き合いたくて。すっごいこじらせていたので、まったくモテなかったもんで。だったら、自分がなればいいんじゃないか?っていう、やっぱり発想がちょっとあったんですよね。

(光浦靖子)なんつー発想(笑)。

(みうらじゅん)行き着いたっていうか。自分だったら、いつもその人といられるわけですから。もうその頃からずっと、センター分けなんですよ。

(大竹まこと)赤塚不二夫さんとかあのへんが、なんかオナニーする時、自分の爪にマニキュア塗って。それで、手、股の足の裏から入れて。いかにも女の手のように。心境ってそれに似たような?

(みうらじゅん)それですよね。それですよね。いつもロン毛の女の子といるっていうことで。あんまり寂しくないですよね。だから。

スマホの致命的弱点がこれかな、と思う。逆に言えば、「情報の消費」に関しては、究極形かもしれない。さらに言えば、「消費依存症」の人間を膨大に作り出すツールになるのではないか。






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  1. (スマホはなにかを)「生み出す」ことが難しいんですよ。あれは所詮「消費」に特化したツールでしょう。」
  1. 自分で作業してみて思うけど、スマホじゃモノづくりはなかなか厳しいね。移動時間に調べ物したりとかPCでモノづくりするときの補完的な役割としては素晴らしいと思うけど。

「女性自身電子版」から転載。
記事全体の内容はたいして面白くないが、最後の部分に興味を引かれた。
食肉用の家畜は飼料によって肉質が変わる、という話は聞いたことがあるが、羊肉のあの臭みが、穀物を飼料とすることで消える、というのは驚きだ。では、普通の羊の肉のあの臭みは、何を食べているのが原因なのか。草だろうか。草と穀物の相違はでんぷん質の有無、あるいはその量的相違にあるかと思うが、でんぷん質(炭水化物)の食物としての優位性という一つの例にはならないか。いや、自分自身の肉の味がいいかどうかは、その動物には意味の無い話だが、少なくとも、牧畜業界も、従来の習慣から、この動物にはこの飼料、という固定観念を捨てて、いろいろ試行錯誤してみるべきだろう。



(以下引用)


天皇家の食卓Q&A「絶対にお出しできないタブー料理は?」

2015年07月06日 06:00



「美智子さまは毎日何を召し上がっているのかしら……」。いまだ“謎のベール”に包まれている、天皇皇后両陛下の日々のお食事のメニュー。さまざまな疑問を、皇室ジャーナリストや、宮中晩餐会や天皇陛下の日常の食事を作る、宮内庁管理部大膳課の元職員たちに聞いてみた!


 


【たびたび登場する“定番メニュー”は?】


「昭和天皇のご朝食は8時30分からでした。ほぼ毎日、オートミールかコーンフレークを交互に、温野菜などサラダをお出ししました」(元大膳課の工藤極さん)


「秋篠宮家では、毎週火曜日がカレーと決まっていました。じゃがいもやにんじんなど、一般的な食材がほとんどです」(元大膳課の宮田拓矢さん)


 


【絶対にお出しできない“タブー料理”は?】


「昔からの慣習として、ふぐの調理はしていないはず。調理済みのふぐ刺しは、毎年各宮家に下関から献上されているので、宮家の皇族方は召し上がっていらっしゃるでしょう。また地方への行幸啓の前には生ものは控えられているそうです」(皇室ジャーナリストの松崎敏弥さん)


 


【一日の摂取カロリーなどの決まり事は?】


「私が奉職していたときは、1千800キロカロリーほどで、“腹八分目”の分量です。塩分も8グラムくらいだったと思います。だしを十分にとるから、それほど塩は必要ありません」(元大膳課の矢部金次郎さん)


 


【プロの料理人もうなる伝統のレシピは何?】


「コンソメスープでしょう。チキンのだしと、牛のスネ肉からとっただしを合わせ、赤身の肉やタイム、ローズマリー、セロリ、ローリエなどを加えます。最初は白濁していますが、卵白がアクを集めてくれるので、最後はきれいな黄金色に」(工藤さん)


 


【春と秋の「園遊会」での人気メニューは?】


「行列ができるほど人気なのはジンギスカンです。御料牧場の羊は、穀物のエサを食べているため、臭みがなくてやわらかい。初めて食べた方はみなさん、驚かれます」(矢部さん)


「カマヤン」のツィッターで知った記事。




@anima_solaris 2014-08-01 23:01:20
言語学の特別な知識がない人は知る機会もあまりないだろうから間違うのも仕方ないかもしれないけど、「ほとんどの言語の基本語順はSVOで日本語のようなSOV語順の言語は特殊」という俗説は明らかな間違いで、実際には統計的に見れば今も昔もSOV語順の言語のほうが多いことがわかる。
  • @anima_solaris 2014-08-01 23:31:19
    問題は言語教育の場において「世界には数千を超える多様な言語が存在している」「世界の言語に最も多く見られる基本語順はSOVである」「言語学的に優れた言語というものは存在しない」といった基本的な知識さえも教わる機会が存在しないということだろう。
  • @anima_solaris 2014-08-01 23:53:47
    私見を述べるならば、これはおそらく言語教育の理念が「国語教育とは正しく美しい日本語を身につけること」や「国際理解とは英語が使えるようになること」といった基準に偏り、価値判断を極力避けた中立的な知識としての言語教育が充実していないことによるものだと思われる。
  • @anima_solaris 2014-08-01 23:58:44
    もっとも、日本には熱意と能力を兼ね備えた優秀な教育者がいるというのは私の伝え聞くところでもあり、このような欠陥は個々の教育者の責任というよりもむしろ教育の構造や風潮の問題によるところが大きいかもしれない。
  • @anima_solaris 2014-08-02 00:09:03
    特に言語教育の分野において言語学者の知識が十分に活かされていないのは極めて大きな問題のひとつだといえるだろう。
  • @anima_solaris 2014-08-02 00:14:54
    すべての言語を習得するのは不可能だが、世界の諸言語に備わる普遍性や多様性や類型的な知識を巨視的な観点から知ることはできる。無論、言語学はあくまで知識の体系であり、言語の尊重や多様性への理解を唱えるために築かれたものではないが、それを教育のために活かすことは可能だろう。
  • @anima_solaris 2014-08-02 00:18:34
    個人の価値基準として言語の好き嫌いや優劣のイメージが存在するのは仕方ない。しかし個人の価値観が絶対的な基準になりえないということは十分に理解しておくべきだろう。
  • @anima_solaris 2014-08-02 00:33:12
    世界1377言語の文構成要素の基本語順 SOV:565(41.0%) SVO:488(35.4%) VSO:95(7.0%) VOS:25(2.0%) OVS:11(0.8%) OSV:4(0.3%) 不定:189(13.8%) wals.info/chapter/81
高橋みなみとやらが岡村に文句を言った時、岡村の体の状態を知らなかったのか、知っていながら言ったのか。後者ならば、凄い神経だなあ、と思う。鬼か。
それ以前に、こうした人間酷使をするテレビ製作陣の人間性は荒廃しきっている。


(以下引用)

ナイナイ岡村 「27時間テレビ」でぶっ倒れて一時全く動かず


提供:リアルライブ

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 25日~26日に放送されたフジテレビ特番「FNS27時間テレビ めちゃ×2ピンチってるッ!本気になれなきゃテレビじゃないじゃ~ん!!」で、ナインティナインの岡村隆史が、ステージ上でぶっ倒れ、一時全く動かなくなるという事態が発生した。

 番組後半では、岡村の見せ場が放送された。まず、歌舞伎「成田屋直伝飛び六法」を披露した後、EXILEとダンスコラボ。「Choo Choo TRAIN」「Rising Sun」「DANCER'S ANTHEM」「EXILE PRIDE」を披露し、実に13分間ノンストップで踊りきった。

 EXILEの次は、モーニング娘。OGとコラボ。「ザ★ピース!」「LOVEマシーン」「恋愛レボリューション21」の激しいダンスを踊った。その後は、氣志團、劇団四季、ダンサーのケントモリとコラボし、すでにフラフラ状態だった岡村。

 そして、さらに追い討ちをかけたのが、テツandトモの「なんでだろう」。テツトモから「本気なのに座ってるのなんでだろう」と挑発されると、岡村も力を振り絞って、音楽に合わせて芸を披露。ただ、これだけでは終わらない、次に登場したのは江頭2:50。岡村に張り手を食らわせるなど、やりたい放題。最後は4人で「なんでだろう」を歌いながらフジテレビ内を走り回った。

 ステージに着くと、立ってられない岡村は倒れこんだ。このステージではAKB48とコラボする予定だったが、岡村はうつ伏せになりながら、全く動かず。AKB48の高橋みなみと渡辺麻友が岡村を起こそうとするも全く反応できなかった。緊急事態に、別室で岡村の動向を観ていた相方の矢部浩之が急遽助けに向かう事態に発展。実は、このステージに到着するまで、岡村は1時間ぶっ続けで動き回り、さらに35時間以上寝ていない状態だった。

 矢部がステージに到着してAKBメンバーに謝ったが、岡村がコラボできないということで急遽矢部と「ヘビーローテーション」を披露。「めちゃ×2イケてるッ!」のプロデューサーである明松功プロデビューサーが舞台裏から飛び出し、岡村は強制的にセット裏に連れて行かれた。

 「ヘビーローテーション」終了後、「永遠より続くように」でようやくコラボした岡村。高橋みなみから「ちょっと岡村さん、全然踊ってくれてないじゃないですか」とツッコまれると、岡村は首を振りながら小声で「無理」と返答。矢部が代わりに「ごめん」と謝罪したが、高橋は「ごめんじゃないですよ。テレビのピンチをチャンスに変えたいって言ってたんで、私たち来たんですよ」と不満げだった。
智弁和歌山の春野(という名前だったと思う。)が私の今年のナンバーワンなので、智弁和歌山が甲子園で見られるのは嬉しい。斉藤は、「球はえらく遅いが、なぜか打者が打てない」投手だった記憶がある。優勝候補とするには全体的な打力守備力投手力が少し足りないが、勝ち進めば面白い。早稲田実業の清宮は名前が先行しすぎで、マスコミによる売名(商売)臭が漂っていて好感は持てないが、それはもちろん当人の責任ではない。彼が本当に「怪物」かどうかは、今後次第だろう。



智弁和歌山 昨年の悔しさ晴らす、高嶋監督「本当によかった」

第97回全国高校野球選手権和歌山大会決勝  智弁和歌山2―0和歌山商 (7月26日  県営紀三井寺)



智弁和歌山
<智弁和歌山×和歌山商>最後の打者を内野ゴロに打ち取り、歓喜の智弁和歌山・斎藤
Photo By スポニチ

 智弁和歌山は、昨年の決勝で敗れた悔しさを晴らした。4回に高垣のスクイズが決まって先制。8回には山本が適時二塁打を放ち、野口が生還した。エース斎藤の投球が光り、和歌山商を3安打に抑え、完封した。

 高嶋監督は「決勝で負けたのはつらかった。本当によかった」と話し、斎藤の投球を「安心して見ていられた」と評価した。 私が選ぶ甲子園名勝負




「ど根性ガエル」第二話から、京子がヒロシにつく悪態。なかなかのセリフである。
第一話の出来が思ったより良かった(これは平成の「男はつらいよ」シリーズになるか、と期待させた。)ので、第二話も見たが、思ったほど弾けない。「男はつらいよ」より「無責任男」シリーズの植木等的な主人公だが、あれほどスカッとしないのが作り手側の計算違いではないか。ピョン吉のCGは見事だし、演技陣もなかなか上手いのだが、もっと、観る側の共感を呼ぶような話を作らないと、この先は視聴者が離れていきそうである。単に無考えの無責任男では困るのである。いくら、好きな女には「根性」でぶつかると言っても、それがぐうたら人間では迷惑なストーカーでしかないし、視聴者がそれに共感するはずもない。ゴリライモを先々悪役にするつもりか、彼の陰険な面を少し描写しているが、これまで描かれた限りでは、ヒロシよりはまだゴリライモの方がマシ、と感じさせていたようだ。もっとも、演じている俳優の顔は気持ち悪いから、この先悪役としての面を発揮させるような予測はつく。



アンタが生きてるだけで資源の無駄遣いじゃん!
酸素の無駄遣いじゃん!
生きてるだけで環境汚染してんじゃん!






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