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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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DVDを借りるのも今は難しいと思うが、「ベストフレンド・ウェディング」を見ることができた人は幸いである。まあ、ユー・チューブでレストランでの「I say a little prayer」の合唱場面を見るだけでもいい。ちなみに、原題は「My best friend wedding」でMyが入る。
ちなみに、この映画ではルパート・エヴェレットは助演だが、下のようにコメントする人もいる。魅力的な俳優だったが、あまり出演作に恵まれなかった。

Rupert Everett should have won the Oscar for Best Supporting Actor for his role as George in My Best friend's Wedding.. the Say a Little Prayer restaurant scene was so iconic .. to that it was what the film is best remembered for ..
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いや、「おじさんの時代が来ている」とはまったく思わないが、「過去のアニメの教養」が最新アニメに生かされることが今後は多くなるのではないか。
私も「全修」が好きなことは何度か書いたが、「悪役令嬢転生おじさん」のほうは、まったく敬遠していて、その他のアニメの低レベルさにうんざりして、つい気の迷いで見て、その内容の良さに驚いたものである。記事中に書いてあるように、「悪の要素が無い」というのが実に心安らかに見られるポイントだろう。おそらくたいていの人は主人公(悪役令嬢の中身)のダサいおじさんキャラに最初から敬遠して見ていないと思うが、案外な拾い物なので、お勧めする。


(以下引用)


TVアニメ『悪役令嬢転生おじさん』ティザービジュアル (C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS
TVアニメ『悪役令嬢転生おじさん』ティザービジュアル (C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS
おじさんが主人公の時代、来てるかも
「異世界ファンタジーはどれも同じようなものばかり」「俺TUEEEな『なろう系』のノリがきつい」といった声が、おもに中年以上の世代からまれに聞こえてきます。

【画像】うーん、不憫… こちらは『悪役令嬢転生おじさん』と放送時間がモロかぶりしてしまった冬アニメです(4枚)

 しかし、すでに『ログ・ホライズン』で「小説家になろう」発のアニメが生まれてから10年以上経っており、今ではバラエティに富んだアニメが作られ、そのなかには目を見張るほど面白いものもあります。

 特に2025年冬は、「いい歳した大人」だからこそ存分に楽しめる「異世界転生」アニメがそろっていますよ!

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●『悪役令嬢転生おじさん』
「悪役令嬢もの」はアニメでは近年の流行りですが、乙女ゲーム世界の悪役令嬢に転生するのがオタク公務員のおじさん(52歳)というのが本作のユニークなポイントです。彼がゲーム内の人びとに向ける眼差しは確かにその世代の娘持ちのおじさんらしく、大人っぽくて温かで共感する人も多いはず。また根っからの悪人が登場しない「優しい世界」のため、安心して観られるのも特徴です。

 エンディングテーマとして、20年以上前から愛され続ける『マツケンサンバII』を起用(歌うのは主演声優の井上和彦さんとM・A・Oさん)するなど話題作りも匠です。本サイトの「2025年冬アニメ、視聴継続を決めた作品は?」という読者アンケートでも2位となっており、今期の「台風の目」となりそうな存在感を放つ一作です。

●『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』
 本作で異世界に転生するのは、絆と仲間を大切にする熱血漢「浅垣灯悟」です。悪の組織と戦う戦士たち「絆創戦隊キズナファイブ」のレッドである彼は、ボスとの決戦で相打ちとなった際に転生し、その先の世界で冒険者として人びとを救うために戦うことになります。

 異世界であろうが彼は本来の(?)力を発揮できるようで、各種アイテムを駆使するだけでなく、変身する際に背後が爆発する、巨大ロボットを召喚するなど「戦隊もの」らしい活躍を見せてくれます。おじさん世代には懐かしさも覚えるその無茶苦茶さに、ヒロインの魔道士「イドラ」と一緒にツッコミながら視聴してしまうこと必至でしょう。

●『全修。』
『全修。』はMAPPAによるオリジナルアニメで、新進気鋭の天才アニメ監督「広瀬ナツ子」が好きだったアニメ映画『滅びゆく物語』の世界に転生し、描くことで奇跡を起こしピンチを切り抜けていくという作品です。

 この奇跡を起こす際に見られる、過去の有名アニメに対するオマージュが本作の大きな見どころでしょう。それが第1話では『風の谷のナウシカ』の巨神兵、第2話では「板野サーカス」(しかも板野一郎さん本人がそのシーンの制作に深く関わる!)など往年からのアニメファンならグッとくるものばかりでした。

第4話は『うたの☆プリンスさまっ♪』のオマージュと扱う年代は幅広く、意外と「アニメファン力」を試される作品となりそうです。

(はるのおと)
私の別ブログから転載。まあ、どちらかのブログが突然弾圧された場合の保険である。あるいは、既に転載したかもしれない。

(以下自己引用)

笑いのメカニズム


思想、思想の断片、考えるヒント 2024年05月20日
笑いのメカニズム



1 笑いは優越性に基づく。この優越性は「主観的」なもので良い。下僕は主人より社会的には下位だが、主人の失敗を見て笑う時、彼は心理的に主人に優越しているのである。



2 笑いは心理的攻撃である。笑うことによって、彼は自分の優越性を確認する。これはまたナルシズム(自己愛)の満足である。自己の優越を確認することで、彼の自己愛が満足させられるのである。



3 したがって、笑いは自然が人間に与えた「生きる武器・防具」の一つである。ナルシズムそのものが人間を外界や境遇の攻撃から彼を守るように、笑いも彼を守る。



4 笑いの共有は、「犠牲者」を要する。その犠牲者が権威ある者、上位者であるほどその笑いの効果は大きいが、また笑うことの危険性もある。こうして「オブラートにくるんだ笑い」が生まれる。比喩や寓話による笑いなどはその原初的なものであり、風刺はその発展的なものである。



5「攻撃としての笑い」は、知られざる相手の弱点を表にさらけ出すことで作られる。相手の肉体的欠点を笑うのはその初歩的なものである。それが事実であるだけに、この攻撃は避けようが無く、これは初歩的だがもっとも残酷な笑いでもある。それに続いて、相手の性癖、仕草、言葉癖なども、少しの誇張によって笑いの攻撃対象となる。



6 笑いの気持ち良さは、笑う自分が笑われる相手より上にいることからも来るが、それ以前に、笑い自体が生理的に気持ちいいのである。それは3で述べた、自然のプレゼントだろう。満足した赤ん坊が笑うように、最初、笑いは気持ち良さの無意識の表現であったが、それが「笑うから気持ちよい」という自動的連結になっていったのである。



7 レナード・ファインバーグの『ユーモアの秘密』に、「単純な虐待は子供にも未開人にも面白い」という言葉があるが、この事実の持つ意味が、上記の1~5に述べたことなのである。「ユーモア」の定義にもよるが、「笑い」そのものは相手を引き下げる行為以外の何物でもないのである。したがって、笑われる当人にはその事が相当の苦痛であることも当然である。



8 ビート・たけし曰く、「俺は笑わせるのは好きだが、笑われるのは嫌いだ」~この言葉も、上記の事実からは当然である。しかし、演技によって自分自身を笑いの対象とすることは、けっして本人が笑われているのではなく、「架空の自分」が笑われているのであるから、この「笑われる苦痛」からは免れることになる。



9 セックスや糞尿の話などのいわゆる「下ネタ」は、どのような気取った人間でも免れられない「人間の動物性」を明るみに出すがために、もっとも確実に笑いを生む。しかしこれは特定の人間への攻撃ではなく、「人間」そのものが攻撃対象となるために、こうしたジョークに笑う当人たちもその攻撃から免れてはいない。したがって、こうした下卑たジョークに苦い顔をする人々が多いのも当然である。



10 下ネタと同様に確実に笑いを生むのが「ずっこけ」、つまり思いがけない転倒である。これは「人間の物体性」を顕在化することから生じる笑いである。同様に「死体を物として粗雑に扱うことから生じる笑い」(映画『毒薬と老嬢』、落語の『らくだ』『黄金餅』など)も「人間の尊厳」を踏みにじる面白さなのである。人間の尊厳についての偽善的弁舌に飽き飽きしている我々は、そうした偽善への攻撃を楽しんでいるわけだ。



11 リチャード・シェリダン曰く、「ウィットが面白くあるためには悪意に満ちていなければならぬ」 (上記『ユーモアの秘密』より)



12 笑いには、我々の潜在的不満の解消という積極的効果もある。我々は事実上自分に優越する人々を笑う(あるいは主観的に見下すことで)ことで、毎日の惨めな生活への不満を一時的に忘れるのである。そして、あるいはこれは社会全体を破滅から救っているかもしれない。



13 ウィル・ロジャース曰く、「何事であれ面白い。ただしそれが他人に起こることであれば」(『ユーモアの秘密』より)



15 ユーモア(笑い)の原則=1.意外さ 2.価値低下(見下し)



14 ユーモアの方法その1「誇張と歪曲」



15 ユーモアの方法その2「意外な連想・結びつけ」



16 ユーモアの方法その3「論理的逆襲」つまり、相手の論理を利用して逆に相手への攻撃とすること。抜群の機転が必要。



17 ユーモアの方法その4 「ナンセンス・意味への反逆」


その三十三 魔法のヒョウタン

ハンスはロンコンに礼を言ってシュナン山を下りました。
しばらく行くと、後ろから声が聞こえます。
ふりかえると、セイルンが雲に乗って飛んできたのでした。
「これもお前にやると老師が言っていた」
セイルンはハンスの手に何かをにぎらせて、また飛び去りました。
見ると、それほど大きくないヒョウタンですが、一体何に使うものなのでしょう。
ハンスはそれをひもで腰に結びつけて、山を下り、仲間のところへ向かいました。
オウムのパロが上空から仲間をさがします。ハンスの遠目も、視界(しかい)がさえぎられていては使えませんから、パロがいると便利です。
やがてパロはピエールたちを空の上から見つけ出して、ハンスは彼らのもとにもどることができました。
 ピエールらに、うまくロンコンに会うことができたことを伝えると、彼らも喜んでくれました。
「天国の鍵か。そいつがあれば、すべての争いごともなくなり、地上の天国があらわれるというのなら、ハンスの旅は世界中の人のためになるな」
 ピエールは、ハンスの旅の目的を聞いて、感心して言いました。
「でも、そのためには世界中をさがさないといけないんでしょう? 大変な仕事だわ」
ヤクシーは言います。
「私は天国など信じないな。天国があったとしても、私などはそこには行けない。私は何百人もの人間を戦で殺してきた人間だ」
ヴァルミラはつぶやくように言いました。
 ハンスは、近くの川で、セイルンから渡されたヒョウタンに水を入れてみました。すると、入れても入れてもいっぱいにならないのです。入ってないのかな、と思ってさかさにすると水は出てきます。べつに底に穴があいていて、水がもれているわけでもありません。
「こいつはすげえや。これさえあれば、旅のあいだ、水の心配はせずにすむ」
ピエールは大喜びしました。なんといっても、旅をするとき一番こまるのは、水のないことですから。しかも、どんなに水を入れても、ヒョウタンの重さはかわらないのです。こんな便利なものはありません。
アリーナは意識(いしき)はとりもどしましたが、体が弱っていて、起き上がる力はないようです。
「アリーナ、ぼくが話したとおりだろう? 君をかんだ毒ヘビは、ロドリーゴの手下なんだ。君のお母さんの女王も、君を殺すようにと命じたんだよ」
 ハンスの言葉に、アリーナ、いや、シルベラ姫の目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、彼女は荷車の上の干草にうつぶせになって泣きじゃくりました。

その三十四 南グリセリード

 数日後、ハンスたちは南グリセリードに入りました。
 ここは川の多いところで、川の上には小さな漁船がいくつか浮かんで、思い思いに魚をとっています。そして、川のそばには岩の多い山々が立ちならび、山の緑と川の碧(みどり)が美しく調和(ちょうわ)しています。
 季節は秋の終わりですが、昼間は、南国のこのあたりはまだまだあたたかく、風の中にわずかに秋を感じるていどです。
 ここで、ハンスとアリーナは、ピエールたちといったん別れることにしました。ピエールとヤクシーは、ヴァルミラが父の仇を討つ手助けをするということで、子供たちはそれにまきこみたくないからです。アリーナはハンスといっしょなら大丈夫(だいじょうぶ)だろう、というわけです。
 ピエールはハンスの持っていた地図を広げて、一月後にグリセリードの南西の砂漠の手前にあるアズマハルという町でおちあおうと言いました。
「もしも、約束の日までにおれたちがあらわれなかったら、お前たちは自分たちの好きなようにすればよい。旅を続けるのもいいし、アスカルファンに帰るのもいい」
 ピエールたちとわかれるのはさびしいのですが、父の敵討ちはヴァルミラの命をかけた願いですから、やめさせることはできません。
 ピエールたちに別れをつげると、ハンスはアリーナと二人きりになりました。アリーナも体はすっかり元気になって、自分で歩けるようになってますが、彼女はグスタフに乗せ、ハンスは歩きます。
 なんだか、二人きりになると調子がくるい、ハンスはだまりこみがちになります。
「ねえ、これからどこへ行くの?」
 アリーナが聞きました。
「うん……。南アルカードのどこかのブダオ教のお寺にブッダルタという偉いお坊さんがいるらしいんだ。その人に会おうと思ってる」
「じゃあ、そのへんの人に聞いてみなさいよ」
 アリーナの言葉にしたがって、川のそばにいた漁師に聞くと、ブッダルタという坊さんはギオン寺というお寺にいるそうです。そこは、ここから三日ほど南に歩いたところらしいです。
 南に進むにつれて、川よりも森が多くなってきました。
 森の中にはいろいろな動物がいますが、あまり人を見てもにげません。
「ブダオ教は生き物を殺さないんだ。だから、このへんの生き物は人間をこわがらないのさ」
 アリーナの言葉はまだ、男言葉と女言葉がまざってます。
 やがて、前方に大きな寺院が見えてきました。







北村薫の「玻璃の天」という小説(たぶん、昭和初期あたりの東京が舞台)を読んでいたら、文中に「上等あんぱん8個10銭」という文が出てきたので、クイズをひとつ。
さて、このアンパンは1個いくらでしょうか。












(答え)

10÷8=1.25 なので、「1銭25厘」である(と思う)。
まあ、たいていの現代人は銭とか厘という貨幣単位を知らないはずなので、「10を8で割れるか!」と腹をたてるのではないか。
一応、調べておく。

円を 基本単位 きほんたんい と定め, 補助単位 ほじょたんい として円の100分の1を1 銭 せん ,1000分の1を1 厘 りん と 称 しょう した。

残念ながら私の間違いで、厘は銭の(100分の1ではなく)10分の1らしい。つまり、戦前の貨幣単位では「8個で10銭」のあんぱんを1個だけ買うことはできない。
まあ、「生兵法は怪我のもと」である。
しかし、「そのアンパン、1個だけ売って」という客(特に子供)はいなかったのだろうか。

元コメント(ツィートか)もそれに対するコメント(青字にしておく)も、どちらもかなり問題のある発言だと思うが、現在の日本のアモラル(無道徳)な一面の指摘になっているかと思うので転載する。
まあ、他人にあれこれ言うより、個々人が考えるべき問題だ。
私としては、元コメントのパートナーを非常に立派な人間だと思う。そして、投稿者を下種っぽいと思う。それをやわらげて言えば、男らしい男と女らしい女の「モラル」に関する生物的相違だろうか。女性は、「まず生存(現実)が第一」であり、男は「理念先行」なのである。理念は無謀さにもつながる。けっして後者(男らしさ)だけを肯定するわけではない。そして女性にも理想主義的行動をとった英傑はたくさんいる。

(以下引用)


anond:20250201051214言及先エントリを閉じる
■正義感と息苦しさ
パートナーは見た目もタイプで優しくて思いやりがあって、一緒にいるといつでも楽しい。3年一緒にいて、喧嘩したことはない。

けど、正義感が息苦しい。

店で大声で店員に文句を言っている場面を見かけると必ず仲裁をしにいくし、信号が赤だとどんな場合でも渡らない(夜中の全く車が通らない所でも)、ゴミ捨ての分別はプラスチックゴミをわざわざ保管してまでやる、おそらくポイ捨てしたであろう人にわざわざ落としましたよとゴミを渡しに行くとか、見ていたテレビで容姿についていじられている芸人を見ると不愉快だとチャンネルを変える、とか。


他にも、確かに人としては正しい寄りだとは思うけどそこまでやる?みたいなことが多々ある。

こうしろ、ああしろと言ってくることはないけど、こうしないとなのかなと思うと息苦しい。


一度だけ、文句を言っている客と店員の仲裁に行った後に危ないからやめてほしいと伝えたことがある。

危ないかもしれないけど、あれを見るのが不快だし、関係のない第三者だから仲裁できるんだよと言っていた。

(正直これは正しいというより気持ち良くなってないか?とも思う、仲裁に行っている間は自分は遠くから眺めているだけ)

ポイ捨てする人にゴミを渡しに行くのを見た時、そんなことしなくていいよと言うと、やりたいからやってると笑ってた。


少し行き過ぎな気もするけど、パートナーの何かが悪いと思うことでもないから自分の中での消化が難しい。

今後耐えられなくなったりするんかな




あなたの考えはいわゆる「弱者を見殺しにして権力にばかり媚びへつらう意地悪で幼稚な国民性」「怠惰でおとなしい愚民」と呼ばれるものだと思う。

日本人はとにかく意地悪で不親切で、幼稚で愚か。




店で大声を言う人間に必ず仲裁をしにいく人が少なく全員が店員を見殺しにするからカスハラ世界一のスゴイ国になったし、


国民のゴミ捨ての分別などの環境保護意識が後進国レベルの低さだからSDGEs達成度は他国にめちゃくちゃ遅れをとっている。



ポイ捨てしたであろう人に落としましたよとゴミを渡しに行く人もいない、見て見ぬ振りで何もしない事を賢いと誇るバカばかりだから他国と比べてもずば抜けて民度が低い




容姿いじりをキャンセルするような高い精神性を国民どもが持たないから、いつまで経っても市場に自浄作用がなく、何十年も永遠に課題が解決されない。

全てはこの人のような「何もしないのが1番いい、賢く安全」と思い込んでる奴が多いから。

自分たちの手で作った人権後進国である
その三十一 シュナン山

「ヴァルミラさんはロンコンというお坊さんをしりませんか?」
南に向かいながら、ハンスはヴァルミラにきいてみました。
「ロンコン? 聞き覚えはあるな。たしか、この近くの山にいるんじゃなかったかな」
「その山の名前は?」
ハンスは胸をおどらせて聞きました。
「ええと、シュナン山だったと思う。ここから左に二日ほどの距離(きょり)だ」
「ぼく、少しそっちに立ち寄ります。みなさんには後でおいつきます」
「気をつけろよ」
ピエールが声をかけるのにうなずいて、ハンスはオウムのパロだけをお供にシュナン山に向かいました。グスタフに乗るよりも、犬のピントよりも、ハンスの魔法の早足のほうが速いからです。
「パロ、お前、シュナン山はわかるか?」
「わかるとも。おれは世界中の山を知ってるよ」
「よし、お前、空から場所を教えてくれ」
 やがて、パロは一つの山をめがけて飛んでいきました。ハンスもその後を追って山に入ります。
 その山は、近くを美しい谷川が流れる高い山でした。山のほとんどはそそりたつ奇岩で、岩の上には松の木が生えています。そして、高いところは白雲にかくれています。
 お寺が見えてきました。お寺といっても、小さな家ですが、ふつうの家とは少しふんいきがちがいます。屋根は赤いかわらぶきで、屋根の四隅(よすみ)は軽くはねあがっています。家の壁(かべ)は白い土壁ですが、柱や窓は金や緑にぬられ、けっこうはでです。
「ごめんください」
ハンスは入り口から中に声をかけました。入り口には戸はありません。雨や風のときにはどうするのでしょう。
「お師匠はいないよ」
中にいた八歳くらいの男の子が言いました。
「どこに行ったの?」
「さあね。山のどこかさ」
「いつ帰ってくるのかな」
「夜になるかもしれんし、今すぐ帰ってくるかもしれんさ」
ハンスはとほうにくれました。仲間たちが心配するでしょうから、あんまりここで時間をつぶしたくありません。
その時、窓からふと外を見たハンスは、向こうの空から何かが来るのを見ました。
入り口から外に出たハンスが見たのは、ここに近づいてくる小さな白い雲でした。


その三十二 不思議な詩

白い雲は見る見るうちに近づいてきましたが、その上には人が乗っています。杖をついて白い服を着た、はげあたまで白ヒゲのおじいさんです。腰はすっかり曲がっていますから、そうとうな年齢のようです。
「お前さん、わしに何用じゃな」
おじいさんは雲から地上に下りると、ハンスに言いました。
「あなたはロンコンさんですね?」
「コンロンかロンコンか、名前などわすれたよ。うちのセイルンはわしを老師とよんどる」
「では、老師、あなたは天国の鍵をごぞんじですか」
「ほほう、天国の鍵をさがしとるのか。むだなことじゃ。天国など行かなくとも、この世で満足すればよい。満足できぬのは無知のためじゃ」
「でも、ぼくは天国の鍵をさがしたいのです」
「そうしたければそうすればよい。いいものをやろう」
 ロンコンは家に入って、中から一つの巻物を手にして出てきました。
「ここに天国の鍵をさがすてがかりがある。もっとも、これまで何人もの人間に、同じ巻物は与えたが、誰一人として天国の鍵のありかを見つけ出した者はいない」
 ハンスは巻物を見てみましたが、みょうな文字で書かれていて、読めません。
「わしが読んでやろう」
 ロンコンは巻物を広げて読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口のなか、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢のなか、常世に燃える枝のごとく、アジアの教会の象徴のごとく、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、翼竜は飲み干さねばならない。
その時、鱗ははじけとび、心臓は二つに裂かれよう。
放たれた流出に聖なる形は現れ、
太陽と月の助けのもと、魔法の鍵は汝のものとならん」
 読み終わって、ロンコンは、どうだ、というようにハンスを見ました。
「きれいな詩ですね。でも、どういう意味です?」
ハンスは言いました。
「アジアとは、別の世界でのこのグリセリードの呼び名じゃ。ヘスペリアが、おそらく天国の鍵のある場所じゃな。それとも天国そのものかもしれん。つまり、竜は天国の使いじゃ。魔法の鍵は天国の鍵のことじゃ。それ以外はわしにもわからん」
ハンスはオウムのパロに、今のロンコンの言った詩を覚えておくようにたのみました。携帯テープレコーダーのかわりですね。





「君は冥土(冥途?)さま」を2回目まで見てみたが、2回目で失速という感じである。設定が面白いから1回目はまずまずだったが、2回目は気色悪い人情劇にしてしまって、笑えるところがない。人情劇というのはナンセンスな笑いとは相性が悪いのである。殺し屋メイドが普通の少年(高校生か)と同居するというシチュエーションは面白いから、最初はいいが、話は展開しにくい。それでも、主人公の親や同級生たちとのドタバタで話は作れるだろうが、2回目のようなウェットさでは、喜劇の快感はない。いろいろなシーンで脚本や監督の喜劇センスの無さが出ている。
ちなみに、ヒロインの殺し屋メイドは、スパイファミリーのヨルさんの模倣だろう。ナイフ使いで、世間の常識がなく、だまされやすい純情キャラである。主人公が捨て犬を飼うのも、同じ作品のボンドが手本だと思う。アホ面で、将来は大型犬という設定だ。
設定がナンセンスだのに、ナンセンスコメディになりきれていない。脚本は赤尾でこで、名前は聞いたことがある。監督はまったく知らない。
ナンセンスコメディの名手は、私が何度も書いているうえのきみこと柿原優子である。後者の「瀬戸の花嫁」は永遠の名作で、前者は「リトルウィッチアカデミア」の中の抜群に面白い回はだいたい彼女の脚本した回である。ただし、どちらも監督にコメディセンスが無いと力を完全に出すことは難しい。「瀬戸の花嫁」の監督岸誠二は「暗殺教室」でも見事な腕を見せている。
コメントの中の作品で見た記憶らしきものがあるのは「カルテット」だけだが、確かに面白かった。ただ、自分が見たそれが「カルテット」という名前だったかどうかは確かでない。
記事筆者のドラマを見る姿勢が

「話が面白く続きが気になるドラマが、一番作業が進む。」

という、ながら視聴のようなので、あまり信頼はできない気もする。なお、テレビドラマを「ドラマ」と書くのは不愉快だが、語句短縮の便利さには勝てないので、私もそう表記する。

好みの俳優が出ているドラマは、監督や脚本家がその俳優に合わせて作っている可能性が高いので「当たり」の確率も高いようだ。私だと阿部寛とか「女王の教室」の女優(今、名前を思い出した。天海佑希。字は不確かだが)とか。ただし、俳優の多くは出る作品を選ばない、あるいは選べる立場にないので、この視聴ドラマ選択方法は「大物俳優」に限られる。


(以下引用)

2025-01-30


■有名すぎないけどいち推しのドラマ(国内)

教えて

できれば10年以内の作品で



海外ドラマが流行ってるしみんなそっちを見るけど

どうしても作業用に流すには日本のドラマが合ってて、それ以外見れない。

しかし面白いドラマに当たる確率があまりにも低い。

ほとんどつまらん。

話が面白く続きが気になるドラマが、一番作業が進む。

おすすめが本当に知りたい。



以下におすすめも書いとく。



「僕たちがやりました」

→アホみたいなノリで、ちょっと脅かすつもりで隣のヤンキー高校に爆弾を仕掛けたら

予想外の大爆発を起こしてしまい、死傷者多数に。軽いノリから始まって犯罪者として逃げ惑うことになる。



「デート~恋とはどんなものかしら」

→くそみたいなタイトルだが脚本はリーガルハイ・コンフィデンスマンの古沢良太。

東大アスペ才女とニート青年が絶対にこいつとだけは恋愛したくない!って言い張りあうやつ。

カプ萌え+脚本家の視点が面白い良作



「山田孝之のカンヌ映画祭」

→フェイクドキュメンタリー。創作する人には刺さるやつ。

評価のために作品を作ろうとするとどうなるか?を問うてくる。



「ナオミとカナコ」

→親友の旦那がDVをしていると知った主人公は、親友と一緒に旦那を殺す。

殺したことをどう隠し通すか?共犯系。(百合好きな人にもおすすめ)



「カルテット」→舞台っぽい台詞・雰囲気好きならいける

「ゴーストライター」→共犯系(百合)

「夜行観覧車」→殺人事件サスペンス+家族問題



その二十九 空中浮遊

 四人は顔を見合わせました。
「ピエール、あんた飛びこみなさいよ」
「おれは、泳ぎはだめなんだ。ヴァルミラは?」
「私もだめだ。ヤクシーは?」
「私もやったことないわ」
 三人はハンスの顔を見ました。もちろん、ハンスだって泳げません。この時代、泳ぎをする人なんて、めったにいません。でも、飛び込んだアリーナだって、泳げるわけではなさそうです。見ていると、おぼれながら川に流されているみたいです。
「しかたねえ、おれが……」
ピエールが思い切って飛びこもうとした時、ハンスは崖の上に身をおどらせていました。
 空中で、ハンスは自分が空中に浮けることを一心に念じました。
「だいじょうぶ、ぼくは飛べる、飛べる、飛べるんだ!」
 自分の心を二つに分け、自分の体のほうはただの物として、命令する自分がその体に向かって「浮かべ!」と命令すると、ハンスの体は空中で止まりました。
 今、ハンスの心は体の外にあって、浮かんでいる自分を見ています。その心がハンスの体を念力で宙に浮かせているのです。
 もう一つの心はハンスの体の中にあって、川の上を流れていくアリーナを助けようと、今、手を伸ばしました。二つの心は互いにはなれながら結びつき、そこにはなんのうたがいもありません。もしも少しでも今の自分の状態(じょうたい)を疑問(ぎもん)に思ったりしたら、ハンスの体は下に落ちたでしょう。
 ハンスはアリーナの手をつかんで水から引き上げ、そのまま崖の上まで浮かび上がりました。
 他の三人はおどろきあきれて、そのようすを見ています。
 すっかりおぼれて気絶しているアリーナのおなかを押して水をはかせると、アリーナは気を取りもどしました。
「むちゃをするなあ。泳げもしないくせに水に飛びこむなんて」
ピエールが言いました。
「それにしても、ハンス、すごいことができるのね。見直したわ」
ヤクシーにほめられて、ハンスはてれました。
「そのへんでアリーナを休ませよう」
ヴァルミラの言葉で、一行はぐったりとなっているアリーナを木陰にはこんで、そこによこたえました。
水にぬれたアリーナの服を着替えさせる間、男たちはおいはらわれます。
いつの間にか、夕暮れがせまり、カラスが夕焼け空を飛んでいます。そしてコウモリも。


その三十 アリーナの災難

木陰で眠っていたハンスは、ふと目をさましました。
すると、となりにいたはずのアリーナの姿が見えません。昼間おぼれて体が弱っているだろうと、毛布をかけただけで寝かしておいたのですが、他の四人が眠ったすきにまた逃げ出したようです。
ハンスはピエールをゆり起こして、アリーナが逃げたことをつげました。
そして、すぐに空中に飛び上がってさがそうと思いましたが、できません。精神がよほど集中しないと、空中浮遊はできないようです。
ハンスは犬のピントと猿のジルバ、オウムのパロに、アリーナをさがすようにたのみました。ジルバは驢馬のグスタフに乗って、走っていきました。ピントはアリーナの寝ていたあとの匂いをかいだあと、方向の見当をつけて走っていきます。ハンスも早足でその後を追いました。パロは上空からアリーナのすがたをさがします。
一方、逃げ出したアリーナは、一時間ほど逃げたあと、疲(つか)れて、ある森の中で眠り込んでしまいました。川でおぼれた上に、夕飯も食べず、何キロも走ったのですから疲れるのも当然です。
アリーナは、ぐっすり眠り込みました。ところが、とつぜん左手の指先にはげしい痛みを感じて目をさまし、見てみると、なんと小さな黒いヘビが彼女の指先にかみついているではありませんか。
アリーナは悲鳴をあげて、そのヘビを指から振り落とそうとしましたが、ヘビははなれません……。
ピントの後を追ってきたハンスは、アリーナの悲鳴を耳にしました。
急いで駆(か)けつけた時、アリーナはふらっと地面に倒れました。
ハンスはアリーナの左手の薬指にかみついている毒ヘビに気がついて、その口をこじあけてはなしました。持っているナイフでヘビの首を切り落として片付けたあと、アリーナの指先の噛(か)み口に口を当て、毒を吸い出します。
念のために指の根元を革紐でしばり、ぐったりとなっているアリーナを、そこにジルバとともにやってきたグスタフの背中にのせ、ハンスは仲間のところにもどりました。
オウムのパロは、月明かりの中を飛んでいる二羽のコウモリが、魔法使いの手下であることを感じ取り、そいつらと戦っています。
やっとコウモリをやっつけて、パロもハンスたちのところにもどってきます。
荷物の中の薬草を砕(くだ)いてアリーナの指先にその汁(しる)をぬり、包帯をします。これで応急処置(おうきゅうしょち)は大丈夫のはずですが……。
翌日の朝になっても、アリーナは気がつきません。熱もあるようです。でも、このままここにいるわけにもいかないので、ハンスたちは出発することにしました。
少なくとも、これでアリーナが逃げ出す心配はなくなったので、旅ははかどります。






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