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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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創作の参考にするためには優れた作品よりダメな作品を見て、どこがなぜダメなのか研究するのがいい、という話があり、私も、そうだろうな、と思っている。もっとも、本当に才能のある創作家は、他人の作品を参考にするまでもなく、自分が作りたいものが最初からあるのではないか、とも思う。
というのは前置きで、食事のお供に見るアニメが払底しているので、前にも見た「Sクラス娘」を(研究目的も兼ねて)再視聴しているのだが、本当にダメアニメだなあ、と思う。素人が西洋中世風異世界アニメを見て作ったような作品で、その描写のひとひとつが、見ているこっちが恥ずかしくなる。つまり、どこを取ってもどこかで見たようなデティールなのである。特にギャグは、まったく笑えないし、アニメとしても、場面のあちこち不具合だらけ(たとえば、バトルの最中に味方同士が口喧嘩をして、相手はそれをそのまま待っているなど、不合理の極みである。)で、「とりあえず、それらしく作ってみました」という感じしかしない。
唯一の長所は、真の主人公と思われるベルグリフという中年男の視覚的造形も、性格も非常に好ましいことで、彼が出る場面以外はほとんど糞である。彼の何がいいのかというと、彼は冒険初期の段階で失敗して片足を無くした男で、その経験からか非常に謙虚で誠実な性格である、ということで、実は剣の達人なのに、それをまったく誇らない、というところが視聴者に好感を持たせるからだ。
で、ひとつ疑問なのが、このアニメは監督と総監督がいるのだが、どちらも私の知らない名前だ。アニメの出来のひどさから見ると、どちらもほとんど素人なのではないか、と思うが、なぜ監督と総監督がいるのだろうか、というのが疑問なのである。
この、総監督を置くというやり方は失敗のもとだと思う。「スパイ×ファミリー」がその例で、一期で素晴らしいアニメを作った人物を二期では総監督に棚上げして、他の人物が監督を務めたが、これが一期の「見えないフレーバー」がまったく無い作品になったのである。どこがどうと口では説明できない良さが一期にはあったのだが、二期では視聴者にはその欠如(これはOPアニメだけで明白に分かる。一期のOPは、誰も言わないが、テレビアニメ史上最高に見事なものであった。)が敏感に伝わって、視聴率的に惨敗となったわけである。
つまり、毎度言うが「渡河の途中で馬を替えてはいけない」という鉄則を知らない馬鹿がこの世には多いということである。
同じジブリスタッフが作っても、宮崎駿が監督するのと他の者が監督をするのでは天と地の相違があるのは、そういう「見えない(口で説明できない)フレーバー」の違いである。

あまりに漠然とした言い方なので、具体的に言えば、作品の細部の細部までこだわる完璧主義が、そのフレーバーの正体だろう。監督が、自分の頭の中にあるものを完全に作品の上に表現されるまで妥協しない、という徹底性である。


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