ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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P R
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海外の批評だが、「天空の城ラピュタ」の批評としてほぼ完璧だろう。
(以下引用)
● 「宮崎の強みが全て出た作品で、恐らく彼の最高傑作」 男性 ベルギー ブリュッセル
評価:★★★★★★★★★★
この映画のサウンドトラックを聴いていると、映画のシーンがありありと目に浮かび、熱いものがこみ上げてくる。ドライアイ気味の僕にはありがたい。「ラピュタ」はこれまでに2回観たけれど、むしろ、まだ2回「しか」観ていないことを恥じるべきだと感じる。
宮崎の作品は全て鑑賞したが、どれもが傑作だった(ナウシカは除く。素晴らしい原作漫画に比べれば、今いちの出来だと感じた。)ただ、時として彼の長所は短所にもなり得るようだ。高畑監督の傑作「火垂るの墓」に比べれば、「千と千尋」はあまりにポジティブで素朴過ぎるように思えるし、「もののけ姫」は倫理観が強く出過ぎているように感じる。でも、「ラピュタ」にそんな短所は見当たらない。「ラピュタ」のストーリーには、宮崎のストーリーテラーとしての能力がフルに発揮されている。もちろん彼の倫理観も出てはいるけれど、それが超自然的な世界観やユーモアの中にうまく編み込まれていて、どんな年齢の人も完璧に楽しめるようになっている。
メインキャラクターの描かれ方は非の打ち所がない。恐れや疑問を抱きつつ、困難に打ち勝っていく彼らの個性が見事に表現されている。ストーリーが展開するペースも完璧だ。と言うより、これはもはやブラックホールのようなものだ。自分の存在全体が物語に引き込まれてしまうような抗いがたい力すら感じた。
物語は、まずほのかにミステリアスな香りが漂うアクションとして幕が開ける。少女が空から落ちて行ったところでオープニングクレジットのスタートだ。ここで大いなるミステリーの一端が垣間見える。もちろん、ここで全容が明かされることはなく、物語の再開だ。ここから無数のアクションシーン、穏やかで美しいシーンの数々を経て、忘れがたいクライマックスへ突き進む。
憂鬱な旅路の果てで、パッと広がった清々しい朝日が昇る地平線を目にしたようなクライマックスだ。これまでは苦しい日々だったし、まだ前途は多難かもしれない。でも、今、この景色に出会えたことは素直に喜ぼうじゃないかという、希望と憂いを両方含んだ実に美しいエンディングだった。僕は頭の中にまぶしい光が差し込んだような気がした。もしエンディングクレジットが流れている段階まで観ても、まだ目が乾いていて気持ちになんの変化もなかったとしたら、すぐ信頼できるセラピストに診てもらったほうがいい。
アニメーションの出来に関しては、最近の宮崎作品のほうが圧倒的に優れているのは確かだ。しかし、だからといって、「ラピュタ」が傑作であることに何の疑いも抱くことはない。あなたも、もしこの「ラピュタ」が1986年に作られた作品であることをほんの一瞬でも思い出してもらえたら、宮崎駿が200年に一度訪れる彗星のように稀な天才であるという結論にたどり着く以外にないはずだ。同じようなことを言う人は他にもいるだろう。ただ、僕にとっては、そのシンプルな事実をもっとも強く実感できたのが、この「ラピュタ」を観たときだった。
この作品を観ないまま亡くなる人のことが気の毒でならない。それはとても大きな欠落を抱えたまま棺に入るということなんだから。
(以下引用)
● 「宮崎の強みが全て出た作品で、恐らく彼の最高傑作」 男性 ベルギー ブリュッセル
評価:★★★★★★★★★★
この映画のサウンドトラックを聴いていると、映画のシーンがありありと目に浮かび、熱いものがこみ上げてくる。ドライアイ気味の僕にはありがたい。「ラピュタ」はこれまでに2回観たけれど、むしろ、まだ2回「しか」観ていないことを恥じるべきだと感じる。
宮崎の作品は全て鑑賞したが、どれもが傑作だった(ナウシカは除く。素晴らしい原作漫画に比べれば、今いちの出来だと感じた。)ただ、時として彼の長所は短所にもなり得るようだ。高畑監督の傑作「火垂るの墓」に比べれば、「千と千尋」はあまりにポジティブで素朴過ぎるように思えるし、「もののけ姫」は倫理観が強く出過ぎているように感じる。でも、「ラピュタ」にそんな短所は見当たらない。「ラピュタ」のストーリーには、宮崎のストーリーテラーとしての能力がフルに発揮されている。もちろん彼の倫理観も出てはいるけれど、それが超自然的な世界観やユーモアの中にうまく編み込まれていて、どんな年齢の人も完璧に楽しめるようになっている。
メインキャラクターの描かれ方は非の打ち所がない。恐れや疑問を抱きつつ、困難に打ち勝っていく彼らの個性が見事に表現されている。ストーリーが展開するペースも完璧だ。と言うより、これはもはやブラックホールのようなものだ。自分の存在全体が物語に引き込まれてしまうような抗いがたい力すら感じた。
物語は、まずほのかにミステリアスな香りが漂うアクションとして幕が開ける。少女が空から落ちて行ったところでオープニングクレジットのスタートだ。ここで大いなるミステリーの一端が垣間見える。もちろん、ここで全容が明かされることはなく、物語の再開だ。ここから無数のアクションシーン、穏やかで美しいシーンの数々を経て、忘れがたいクライマックスへ突き進む。
憂鬱な旅路の果てで、パッと広がった清々しい朝日が昇る地平線を目にしたようなクライマックスだ。これまでは苦しい日々だったし、まだ前途は多難かもしれない。でも、今、この景色に出会えたことは素直に喜ぼうじゃないかという、希望と憂いを両方含んだ実に美しいエンディングだった。僕は頭の中にまぶしい光が差し込んだような気がした。もしエンディングクレジットが流れている段階まで観ても、まだ目が乾いていて気持ちになんの変化もなかったとしたら、すぐ信頼できるセラピストに診てもらったほうがいい。
アニメーションの出来に関しては、最近の宮崎作品のほうが圧倒的に優れているのは確かだ。しかし、だからといって、「ラピュタ」が傑作であることに何の疑いも抱くことはない。あなたも、もしこの「ラピュタ」が1986年に作られた作品であることをほんの一瞬でも思い出してもらえたら、宮崎駿が200年に一度訪れる彗星のように稀な天才であるという結論にたどり着く以外にないはずだ。同じようなことを言う人は他にもいるだろう。ただ、僕にとっては、そのシンプルな事実をもっとも強く実感できたのが、この「ラピュタ」を観たときだった。
この作品を観ないまま亡くなる人のことが気の毒でならない。それはとても大きな欠落を抱えたまま棺に入るということなんだから。
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