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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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某ブログからの転載。
私も同感で、あの頃の学生運動は「何のための」運動だったのか。単に「マルキシズム」という「新興宗教」への熱狂と、その教祖的存在だったソ連への信仰だけだったのではないか。そもそも、学生運動をしていた人間の誰一人「資本論」など読んでもいなかったと思うし、社会主義と共産主義の区別もついていなかったような気がする。
そして、社会(一般大衆)を貧困から救う、という意識もほとんどなく、自分たちは普通の労働者より知的な指導層なのだ、という意識があったとしたら、大衆が彼らを支持しなかったのは当然だろう。もちろん、彼らの理想主義は米国の代理人やそのおこぼれに与ろうとする経済人などより立派だったとは思う。しかし、要するに「子供の政治ごっこ」だったと総括していい。
学生運動の馬鹿馬鹿しさへの批判と軽蔑が、日本の政治的革新運動全体への猜疑心となり、日本人の政治参加への不安心を煽り、社会全体をノンポリ化し、日本の民主主義は根付く前に窒息したのである。今でも仮死状態だ。つまり、学生運動は日本の民主主義を五十年遅らせたと言っていい。


(以下引用)


上記文抜粋
・・・・・・・・・・
この当時の学生運動は「左翼」を自称し、セクトによっては共産主義を掲げているわけだが、
当時の文書を読んでも生き残りの話を聞いても、本来の社会主義の目的である、
「貧困の撲滅」「公正な分配」「全ての人が人間として認められ、生きられる社会の実現」
といった要素が全く感じられず、ただ「体制打倒」「反米」を繰り返すだけで、
「本当に左翼だったのか?」という疑問はぬぐえない。
結果、今日の研究者からは「反米愛国運動」とのレッテルを貼られてしまっているわけだが、やむを得ないと思うところもある。
日本において、NK党や社民党を含めて、「左翼」が貧困層から積極的な支持を受けていない根源的理由であろう。
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