ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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第二十一章 篭城戦
マルスたちを探して町のあちこちを探していた他の仲間も皆オズモンドの側に来ており、マルスたちと一緒に連行されることになった。
「皆一緒なら安心ですわ」
とトリスターナは暢気なことを言っているが、参事会堂の一室に放り込まれた五人は、それから半日、何の食事も与えられず、さすがに意気消沈してしまった。
参事会堂の建物は、この国の他の建物同様、木造だから、その気になれば壁を壊して脱走することも出来そうだったが、そうすると彼らを庇ったイザークという老人の体面を潰すことになる。
イザークが彼らの前に現れたのは、天井近い小窓から見える夕日が沈みかかる頃だった。
「すっかり遅くなって済まなかった。篭城の手配で忙しくてな。ここに回ってくる暇がなかったのだ。まあ、これでも食べるがよい」
五人は目の前に出された食物に飛びついた。
「ところで、ヨハンセンの言ったことは本当か」
イサークの言葉に、マルスは捕らえられた時のいきさつを話した。
「ふむ、ヨハンセンらしいやり方だ。だが、ヨハンセンの言葉が嘘だという証拠も無い以上、お前たちをわしが勝手に釈放するのは難しい」
「簡単な証拠があります」
マルスが言った。
「ふむ? と言うと?」
「明日、私に弓を返してください。そうすれば城の壁の上から外の野盗たちを何人でも射てみせましょう」
「ほう、弓に自信があるみたいだな。よかろう。明日連れに参ろう」
「私たちは病人や怪我人の看護をさせてください」
トリスターナが言った。
「そうしてくれれば助かる。お主らの働き次第では、きっとヨハンセンも自分の誤りに気づくだろう」
翌日、マルス、オズモンド、ジョンの三人は城壁の上に連れて行かれた。
鋸の歯のようになった壁の上部の間から覗くと、町の周囲を囲む野盗の騎馬隊が見える。
その数は、歩兵を含め、およそ二百人くらいだろうか。町の裏は切り立った崖であり、その下は川になっているので、敵は前と右と左の三方にいる。
敵は今、正面の堀にどんどん土を入れて、堀を埋めにかかっている。その後ろにある大きな機械は破城槌である。堀が埋められたら、次はその破城槌の出番である。破城槌で門が破られたら、もはや為す術はない。盗賊たちの前に町民はすべて殺戮されるだろう。その前に女たちがどのように凌辱されるかも想像できる。
マルスは敵を皆殺しにする決意を固めた。このような場合、敵への同情や憐れみは無用である。敵への同情や憐れみは自分たちの死につながるのだ。いや、マチルダやトリスターナの身には死よりもひどいことが行われるだろう。
マルスは弓に矢を番えて、きりきりと引き絞った。
狙いをつけて放たれた矢は、およそ二百歩ほどもある堀の向こうに居並ぶ盗賊の一人の胸板を射抜いて、矢尻はその背中まで突き抜けた。
わっと驚いて、盗賊たちは動きを乱し、城内に向けて手に手に矢を射掛けたが、そのほとんどは石壁までも届かず、堀の中に落ちた。
マルスは続けざまに矢を射た。自分で持っていた二十本の矢はすぐに尽き、周囲の弓兵の持っていた矢を借りて、二時間ほどの間でおよそ五十人ほどの敵を射殺し、あるいは傷を負わせた。もしも自分で作った矢であれば、ほとんど百発百中だっただろうが、質の悪い矢では、この距離ではどうしても命中率は六、七割程度に落ちる。それでも、敵の矢がほとんどこちらに届かないことを考えれば、マルスの存在によって敵がこの城を攻略するのが非常に難しくなったのははっきりしていた。
こちら側の被害は、敵の投石器による怪我人が数名と、矢による被害が一人だけである。
敵がマルスの矢を恐れて、ずっと後ろに退避し、矢が届かなくなったので、マルスは一休みすることにした。
「素晴らしい腕前だ!」
傭兵隊長のギーガーが握手を求めてきた。彼は城壁の上に立って、マルスが散々に敵を射殺す様をずっと見ていたのである。
「お主がいる限り、この戦いは勝ったようなものだ」
マルスはギーガーの手をほどいて、仲間たちの所に戻った。
オズモンドの隣に立っていたイザークが、傍らのヨハンセンに言った。
「どうだ、これでこの方があの盗賊たちの仲間でないことははっきりしたであろう」
ヨハンセンは気難しい顔をして言った。
「確かに、あの盗賊の仲間ではなさそうだ。だが、他の盗賊の仲間かも知れぬて」
そして、ぷいと立ち去った。
「まったく頑固で疑り深い男じゃ。だが、お主らの嫌疑はこれで晴れたぞ。それどころか、お主らには最高の待遇をしよう。まことに、マルスとやらのあのような弓の腕はこの国始まって以来じゃ。まさしく神技じゃな。お主らの御蔭で、もしかしたらこの戦いは勝てるかもしれん。大事なお客様じゃ」
その夜はイザークの言葉通り、マルスの今日の武功を称える祝宴が行われた。
篭城戦が始まって暗く閉ざされていた人々の顔は、今はマルスのために明るかった。
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第二十章 広場での論争
男はマルスの抗弁にはまったく耳を貸さず、側の兵士にマルスとマチルダの処刑を命じた。
「広場の処刑場でこいつらを切り殺せ」
男がそう命じると、兵士の一人が
「女もですか? そいつは勿体無い。町の女郎屋に売れば、高く売れますぜ。こんな美人は上級市民の奥方にもいない。なんなら、わしにくださいよ」
と、よだれを流しそうな口ぶりで言った。マチルダはそれを聞いて、ぞっとした。
「いかん。罪人は生かしてはおけん」
マルスとマチルダは後ろ手に縛られて、兵士に護衛され、町の広場に連れて行かれた。
マルスは、その気になれば、手を縛られていても一人で逃げる自信はあったが、マチルダだけを残すわけにはいかない。それに、広場に行けば仲間たちの目にも留まるだろう。いいチャンスを待とうと考え、マルスは連行されるままになっていた。
広場では人々が朝日の中でそれぞれの朝の営みをやっている。
店を開ける者、露店の準備をする者、荷車で野菜や品物を運ぶ者。人間だけでなく、犬や鶏や豚の声が騒がしいが、活気に溢れたその物音や動物の匂いさえ、処刑を目の前にした二人には愛しく感じられる。
「マルス! マチルダ! その姿はどうしたんだ」
連行される二人を見つけてオズモンドが二人に駆け寄って叫んだ。
「近寄るな。この二人は火付けの、いや深夜徘徊の罪で処刑される。手を掛けるとお前も同罪になるぞ」
兵士が言った。
「深夜徘徊の罪だと? この町ではそれくらいで処刑されるのか。どういう罰を受けるのだ?」
「死刑だ。斬首されることになっている」
オズモンドはあまりの事に声を失った。
その時、オズモンドの後ろから声が掛かった。
「深夜徘徊で死罪になるという法はないぞ」
オズモンドが振り向くと、一人の老人が立っていた。年は六十過ぎくらいだろうか、禿頭で白髭の、非常に威厳のある、知的な顔の老人である。
「これはイザーク様、しかし、これはヨハンセン様がお決めになった事で……」
「ヨハンセンか……。参事と言えども、掟に反した振る舞いは許されぬはずだ」
「はっ、しかし、私としては参事殿のご命令に背くわけにはまいりません」
「ならば、ヨハンセンを呼んで参れ。私が話してみよう」
やがて兵士の後ろから大股に、先ほどマルスたちに死刑の命令を下した男がやってきた。
「イザーク、筆頭参事といえども、他の参事の下した決定を勝手に変えることは出来んはずだぞ!」
ヨハンセンと呼ばれた男は大声で怒鳴った。
「ヨハンセン、お主の独断専行のやり方には他の参事も皆迷惑しておる。確かに参事には町の諸事件を判断し、決定する権利があるが、それは他の参事との合議の上で行うのが不文律ではないか。仮にも人を死罪にするほどの判決をお主だけの判断で行って良いと思うのか」
イザークは静かに言った。
「町の危急を救うためだ」
「それはどういう事だ」
「この者たちは余所者だ。余所者が深夜に町を徘徊していたというだけでも十分に怪しいではないか」
「ふむ、町の決まりを知らなかっただけではないか」
「我が町の法には、知らなかったから許されるという条項はない」
「深夜徘徊で死罪にするという条項もないぞ」
「参事は危急に際して人を死罪に出来る権利がある」
「だから、それは合議の上となっておるではないか! それに、何が危急だというのだ」
マルスとマチルダはこの論争がどうなるかと息を呑んで見守っていたが、決着は思わぬ所から現れた。
城の門に立っていた兵士が、赤い旗を掲げ、大声で怒鳴った。
「敵の来襲だ! 野盗どもがやってきたぞ!」
それまでマルスたちの事件を眺めていた広場の人々は、この声でたちまち右往左往し始めた。
町の大門と中門は閉められ、大門の前の堀にかかった跳ね橋は上げられた。
「それみろ、こいつらはきっとあの野盗どもの仲間に決まっておる」
ヨハンセンが勝ち誇ったように言った。
「それは分からん。たまたま出来事が重なっただけかもしれん。だが、とにかくしばらく取り調べてみることにしよう。この者たちを参事会堂に連れて行って監禁しておけ」
イザークの言葉に、オズモンドは思わず
「我々もその二人の仲間だ。その二人を監禁するなら、我々も一緒に監禁しろ」
と言った。
マルスは内心、まずいなと思ったが、オズモンドの気持ちは嬉しかった。本当は、全員が監禁されるよりも、外で自由に活動できる者がいた方がいいはずなのだが。
イザークという老人は、ほう、と言うようにオズモンドを見た。
「囚われの仲間の身を案じて、自ら仲間だと名乗り出るとは、立派な義侠心だ。どうだ、これだけでもこの人たちが立派な人達である事が分かるではないか。ヨハンセン」
「無考えなだけだ」
ヨハンセンは言い捨てて大股に歩み去った。
第十九章 誤解
最初の出会い以来、マルスはマチルダをことさらに冷静に眺めようとしていた。只の高慢な貴族の娘であり、自分とはまったく縁のない相手だと思い込もうとしていたのである。しかし、旅に出て以来、ふと気づくとマチルダのきれいな横顔を思わず眺めていることがよくあった。マチルダの方もトリスターナのことでマルスをわざと意地悪い言葉でからかったりしたが、その言葉にはもはやほとんど毒はなかった。今ではマルスをすっかり信頼し、頼りきっているくらいだ。そうなると、明るく美しく頭のいいマチルダのような少女が、同じ年頃のマルスを引き付けないはずはなかったのである。そして、実のところ、マチルダの方も決してマルスに無関心どころではなく、マルスほど純朴な少年でなかったら、マチルダは自分に気があると確信できる態度もしばしば見られたのであった。
やがてマルスは荷台から体を起こし、他の者を起こさないようにそっと馬車から降りた。
夜明けまであと三、四時間くらいだろうか。眠れないまま荷台に身を横たえているのも耐えがたいので、町を歩いてみようと思ったのだ。
後ろから小さな声がマルスを呼び止めた。
「マルス? どこへ行くの」
マチルダだった。
「うん……眠れないんで、ちょっと散歩してくる」
「私も行くわ」
マチルダも馬車から滑り降りた。
二人は黙って肩を並べて歩いた。
城内は敷地の一辺がおよそ七、八百メートルくらいだろうか。その中には大通りがあって、その両側に住居が立ち並んでいる。かなり大きな池もあり、その周囲は果樹なども植えられている。
「さっきは有難う」
マチルダが小さく、恥ずかしそうに言った。
「うん。何もなくて良かった。驚いただろう?」
「ええ、あんな奴もいるのね。あんな人、初めて見た」
「そうだな。気をつけなきゃあな」
「マルス……」
「うん?」
「これまで意地悪ばっかり言って御免ね。ううん、助けられたから言うんじゃないの。一度謝ろうと思っていたんだ」
「……何も謝ることはないさ」
「この旅に一緒に付いて来たのもマルスには迷惑だったでしょう?」
「迷惑なんてことはない。来てくれて良かったと思ってるよ」
「本当?」
「ああ、君たちのお陰で、随分慰められている。一人で旅していたらと思うとぞっとする」
「良かった。迷惑がられているんじゃないかと気になってたんだ」
二人はまた黙り込んで歩いた。
前方から人が来るらしい様子があった。
「夜警かな」
マルスの胸に不安が過ぎった。こんな夜中に外を出歩いていると、何かまずいことになるんじゃないだろうか。
その不安は的中した。
「おい、お前たちは何者だ。こんな夜中になぜ出歩いている」
カンテラを手にして近づいてきた数人の男は、兵士ではなく普通の市民のようだが、夜警であることは確からしい。
「怪しい奴らだ。この町では見かけぬ顔だが、もしかして他の町の者か。火付けでも企んでいたのではないか」
マルスは、両手を上げて、火付けの道具など持っていないことを示したが、夜警たちは納得しなかった。
「とにかく番所まで来い。そこで取り調べよう」
マルスとマチルダが連れて行かれたのは、町の中心にある大きな建物だった。
マルスが説明するのに一切耳を貸さず、夜警の男は
「尋問は参事会の方が行う決まりだ。言いたいことは明日参事様の前で言うがいい」
の一点張りだった。
翌日、日が高く上った頃、マルスとマチルダの閉じ込められた牢屋に、兵士二人を連れた一人の男が入ってきた。
年の頃は五十前後だろうか。白い髭に眉毛は黒々とした精力的な顔つきの男である。
「昨夜火付けを企んだというのはお前達か」
男は、冷酷な目でマルスとマチルダを見て言った。
「火付けなど企んでいません。誤解です」
「ではなぜ、真夜中に町をうろついていた」
「月がきれいなので散歩していただけです」
「散歩だと? この町にはそのような物好きはいない」
「我々とは風習が違うのでしょう。アスカルファンでは夜に出歩くのはごく普通のことです」
「アスカルファンの者か。では、アスカルファンの者が何でこんな所に来た。その方がよほど怪しいぞ。この町を攻めるための下見か」
「馬鹿な」
マルスは言ったが、この男を説得するのは難しそうだと感じざるを得なかった。
最初の出会い以来、マルスはマチルダをことさらに冷静に眺めようとしていた。只の高慢な貴族の娘であり、自分とはまったく縁のない相手だと思い込もうとしていたのである。しかし、旅に出て以来、ふと気づくとマチルダのきれいな横顔を思わず眺めていることがよくあった。マチルダの方もトリスターナのことでマルスをわざと意地悪い言葉でからかったりしたが、その言葉にはもはやほとんど毒はなかった。今ではマルスをすっかり信頼し、頼りきっているくらいだ。そうなると、明るく美しく頭のいいマチルダのような少女が、同じ年頃のマルスを引き付けないはずはなかったのである。そして、実のところ、マチルダの方も決してマルスに無関心どころではなく、マルスほど純朴な少年でなかったら、マチルダは自分に気があると確信できる態度もしばしば見られたのであった。
やがてマルスは荷台から体を起こし、他の者を起こさないようにそっと馬車から降りた。
夜明けまであと三、四時間くらいだろうか。眠れないまま荷台に身を横たえているのも耐えがたいので、町を歩いてみようと思ったのだ。
後ろから小さな声がマルスを呼び止めた。
「マルス? どこへ行くの」
マチルダだった。
「うん……眠れないんで、ちょっと散歩してくる」
「私も行くわ」
マチルダも馬車から滑り降りた。
二人は黙って肩を並べて歩いた。
城内は敷地の一辺がおよそ七、八百メートルくらいだろうか。その中には大通りがあって、その両側に住居が立ち並んでいる。かなり大きな池もあり、その周囲は果樹なども植えられている。
「さっきは有難う」
マチルダが小さく、恥ずかしそうに言った。
「うん。何もなくて良かった。驚いただろう?」
「ええ、あんな奴もいるのね。あんな人、初めて見た」
「そうだな。気をつけなきゃあな」
「マルス……」
「うん?」
「これまで意地悪ばっかり言って御免ね。ううん、助けられたから言うんじゃないの。一度謝ろうと思っていたんだ」
「……何も謝ることはないさ」
「この旅に一緒に付いて来たのもマルスには迷惑だったでしょう?」
「迷惑なんてことはない。来てくれて良かったと思ってるよ」
「本当?」
「ああ、君たちのお陰で、随分慰められている。一人で旅していたらと思うとぞっとする」
「良かった。迷惑がられているんじゃないかと気になってたんだ」
二人はまた黙り込んで歩いた。
前方から人が来るらしい様子があった。
「夜警かな」
マルスの胸に不安が過ぎった。こんな夜中に外を出歩いていると、何かまずいことになるんじゃないだろうか。
その不安は的中した。
「おい、お前たちは何者だ。こんな夜中になぜ出歩いている」
カンテラを手にして近づいてきた数人の男は、兵士ではなく普通の市民のようだが、夜警であることは確からしい。
「怪しい奴らだ。この町では見かけぬ顔だが、もしかして他の町の者か。火付けでも企んでいたのではないか」
マルスは、両手を上げて、火付けの道具など持っていないことを示したが、夜警たちは納得しなかった。
「とにかく番所まで来い。そこで取り調べよう」
マルスとマチルダが連れて行かれたのは、町の中心にある大きな建物だった。
マルスが説明するのに一切耳を貸さず、夜警の男は
「尋問は参事会の方が行う決まりだ。言いたいことは明日参事様の前で言うがいい」
の一点張りだった。
翌日、日が高く上った頃、マルスとマチルダの閉じ込められた牢屋に、兵士二人を連れた一人の男が入ってきた。
年の頃は五十前後だろうか。白い髭に眉毛は黒々とした精力的な顔つきの男である。
「昨夜火付けを企んだというのはお前達か」
男は、冷酷な目でマルスとマチルダを見て言った。
「火付けなど企んでいません。誤解です」
「ではなぜ、真夜中に町をうろついていた」
「月がきれいなので散歩していただけです」
「散歩だと? この町にはそのような物好きはいない」
「我々とは風習が違うのでしょう。アスカルファンでは夜に出歩くのはごく普通のことです」
「アスカルファンの者か。では、アスカルファンの者が何でこんな所に来た。その方がよほど怪しいぞ。この町を攻めるための下見か」
「馬鹿な」
マルスは言ったが、この男を説得するのは難しそうだと感じざるを得なかった。
第十八章 マチルダの災難
一行はとりあえず宿屋を探し、そこで昼食を取った。
「アルカードのビールはうまいが、ワインはたいしたことありませんな」
ジョンが口一杯にパンと肉を詰め込んで言った。
「この鰊と鱈はうまい。さすがに北の海に近いだけある」
オズモンドが答える。
他の客たちは、見慣れない服装のこの一行を珍しげに眺めている。その中から、ひどく派手な赤白模様の服を着た若い男が彼らに近寄ってきて話し掛けた。
「あんたがた、この国の人じゃないね。どこから来なすった」
「アスカルファンだ」
オズモンドが言った。
「そいつは珍しい。アスカルファンの人間がこの国に来たのは十何年ぶりだ。俺が子供のころ、一人来たが、それ以来だな」
「あんた、その人を見たのか」
マルスは勢い込んで言った。
「ああ、まだ若い男だったが、女を捜してわざわざアルカードまでやってきたと評判だった」
父のジルベールだ、とマルスは思った。やはり、ここに来ていたのだ。
「その人はどうなった」
「忘れたな。来た時のことは覚えているが、なんせ俺も子供だったから、その後のことはよく覚えていない。多分、別の町に行ったんじゃないかな」
マルスは少しがっかりしたが、それでもジルベールの足跡が少しでも分かったのは大きな収穫である。
マルスはその若い男を食卓に招いて、食事をおごった。
男は旅芸人のアキレスと言って、アルカードはくまなく歩き回ったが、アスカルファンはまだ行ったことがなく、アスカルファンの話を聞きたがったので、マルスたちはアスカルファンの話をしてやった。
だが、アキレスの関心は実はトリスターナとマチルダにあることが、その視線から感じられ、マルスはだんだん不快になってきた。
一行にまとわりつこうとするアキレスをなんとか追っ払って、マルスたちは寝室に下がった。しかし、マルスたちが眠り込んですぐ、事件は起こった。
深夜、隣室からの悲鳴に目を覚まし、跳ね起きたマルスはマチルダのいる隣室へ向かったが、ドアは錠がかかっている。
「僕だ、マルスだ。ドアを開けるんだ」
中から応答はない。しかし、争う物音がする。
マルスは足でドアを蹴破った。
中では床に倒れてもがいているマチルダの上に屈みこむ黒い影があった。
マルスは怒りに我を忘れて、その影に体当たりした。
男はアキレスだった。
マルスは尻餅をついたアキレスに飛び掛って殴りつけた。アキレスは下からマルスの喉を掴んだが、マルスがあと一発殴ると気を失った。
マチルダは立ち上がって二人の格闘を見ていたが、マルスが勝ったのをみて、ほっと安堵の息をついた。
「大丈夫か」
マルスはマチルダに声を掛けた。
「ええ。寝ている時に、窓から入ってきたの。目を覚まして大声をあげたんだけど、マルスが来てくれなかったらどうなっていたか」
オズモンド、ジョン、トリスターナもマチルダの部屋に入ってきて、事情を見て取った。
「こいつ、どうしてやろうか」
オズモンドは顔を真っ赤にして叫んだ。
ちょうどそこに宿の主人も来たので、マルスとマチルダは事情を説明した。
「うちで迷惑は困りますな」
主人はまるでマルスたちが迷惑を掛けたかのような言い方をした。
「とにかく、こいつを放り出してくれ」
「放り出せと言われても、うちのお客さんだからな」
「なら、我々が出て行こう」
オズモンドは腹を立てて言った。
マルスたちは宿屋を出たが、まだ深夜である。
良く晴れた夜空には月が中天にかかっており、明るいが、ひどく寒い。
五人は馬車を引き出して、乗り込んだが、夜が明けないと町の城門は開かない。
「しょうがない。今日はこの荷台で寝よう」
「せっかく町に入ったのに荷台で寝るとは……」
マルスの言葉に、ジョンが情けなさそうに言った。
「お月様がきれいだから、ちょうどいいですわ。月でも見ながら眠りましょうよ」
トリスターナが一同の気を引き立てるように言った。
やがて一同は荷台の上でなんとか眠りについたが、マルスはなかなか寝付かれなかった。
先ほどの出来事で気が高ぶっていたのである。
マチルダの上に男がのしかかったあの情景を思い返すと、胸がナイフで切り裂かれたような気分になる。一体、この気持ちは何なのだろう。もちろん、マチルダは無事だったのだが、それでも今でも胸に残るこの動悸と不快感が、マルスを苦しめた。
マルスは自分の心の中の声に耳を傾けてみた。
第十七章 アルカード
朝日が出るのを待って、一同は出発した。
「おそらく、この近くには魔物の棲家があると思います。なんだか嫌な気配が漂ってますもの。できるだけ早く、ここを離れましょう」
トリスターナの言葉にマルスはうなずいた。マルスの動物的勘も同じ気配を感じていたからである。一行は急ぎ足で山の中を進んでいった。
山を越え、もう一つ小さな山を越えた後、視界が開けて、一行の目の前に、道が現れた。
マルスたちは歓声を上げて、斜面を駆け下りた。
やっとアルカードに出たのである。道があるということは、この道を行けば必ず人里に出るはずである。
まだ目の前には小さな山々が連なっているが、それらは山というよりは丘という程度であり、さほど難儀をしそうな山ではない。
そして、さらに一日後、道の途中に民家が見え始めた。
マルスたちはすっかり陽気な気分になってきた。
アルカードの国は北国らしく、春なお寒いが、山を下りると森や林が広がり、川や湖があちこちにあって美しかった。
民家の一つでマルスたちは干し肉と引き換えにパンとチーズとワインを貰い、川べりの草の上で久し振りに食事らしい食事をした。
「アルカードの言葉は、ほとんどアスカルファンと同じだな。ところどころわからない言葉はあるが」
オズモンドがやっと文明の地に出た喜びを隠し切れない口調で嬉しそうに言った。
「ところで、アルカードのどこに向かえばいいんでしょう」
ジョンがマルスに聞いた。
マルスはトリスターナの方を見たが、トリスターナは肩をすくめた。
「そもそも、ジルベールがアルカードに来たかどうかもはっきりしないのだから、当てはないよ。とにかく、町を探してみよう」
マルスはそう答えて立ち上がった。
先ほどの民家に入って、しばらく話したマルスは皆のところに戻ってきた。
「アルカードには首都というものはないそうだ。大きな町は五つ、小さな町が二十ほどあって、それぞれ領主が治めているらしい。その中で、もっともここから近い町はスオミラという町で、そこは領主ではなく五人の長老が合議制で治めているということだ。そこがここから一番近い大きな町のようだから、そこに行ってみよう」
マルスたちは農家で馬を二頭と荷馬車を買い、マルス以外は荷馬車で旅をすることにした。それまでの驢馬はその農家に売り払ったのである。ついでに干草も大量に買って荷馬車の荷台に敷き詰めたので、乗っている者は馬車の振動をあまり感じず、ついでに馬の食糧も確保したわけであった。
三日後、マルスたちの前にスオミラの町が見えてきた。
町の周りは水濠が巡らされ、町は石の塀で囲まれていて厳めしいが、番兵は少ない。
門の前でマルスたちは番兵に止められた。
「お前達はどこの者で、この町に何の用で来た」
マルスがその質問に答えた。
「私たちはアスカルファンの者です。ある人を探してずっと旅をしているのです。ここにその人がいなければすぐに出て行きます」
「誰を探している」
「私の父です」
「名は何という」
「ジルベールです」
「そんな者はここにはいない。この町にはアスカルファンから来た者などいないぞ。残念だが、他の町に行くのだな」
「そうですか。しかし、せっかくここまで旅をしてきたのですから、二、三日だけでも滞在させてはくれませんか。皆疲れていることだし」
番兵は荷車の上のマチルダやトリスターナを見た。
「まあ、四、五人ほどなら町に入れても差し支えないことになっているが、三日で出て行くのだぞ」
番兵はそう言ってマルスたちを町の中に入れてくれた。
石壁に囲まれた町の中は、さらに内壁がその内側を囲んでいた。
内壁の入り口での同じような問答の後、そこも通ってやっとマルスたちは町に入った。
第十六章 魔獣の襲来
山を下りるに連れて、だんだんと森は深くなり、空気の湿度も高くなってきたようである。木の種類も針葉樹から広葉樹に変わり、腐葉土の匂いが鼻をつく。
山間を流れる谷川には、鱒や鮎などの川魚が時折ぱしゃっと音を立てて跳ね上がるのが見えた。
雪解けの水は水量が多く、岩を砕くような勢いである。
夕暮れが近づくと、あたりは霧がたちこめ、不気味な気配が漂ってきた。
「ひどい霧だな。鼻をつままれても分からんという奴だ」
オズモンドが呟く。
「そろそろ今夜の寝る場所を探したいが、どうもどこも気に入らない。獣の気配がするし、他にも何かいそうな感じだ」
マルスはオズモンドだけに小声で言った。
「何の気配だ?」
「分からん。とにかくいやな感じだ」
あたりはますます暗くなり、霧はなおも濃くなってくる。
「仕方ない。この辺で止まって、宿営を作ろう」
川から少し上に上がったところに乾いた場所を探し、そこに草を積んでその上に皮を敷き、即席のベッドを作る。
男三人は交代で見張り番をすることにした。ジョン、マルス、オズモンドの順である。
真夜中、マルスは夢うつつに人の悲鳴を聞いた。
気力を振り絞って目を覚まし、意識を取り戻したマルスが最初に見たのは、焚き火の前に立ちすくむジョンの姿であった。
ジョンの視線の先を見たマルスは、ぞっとした。
そこにいたのは、大きさが人間の二倍ほどもある巨大な猿であった。
闇に光るその目は邪悪な意思を感じさせた。
これまでマルスが見た動物は、熊であれ虎であれ、凶暴な力は持っていたが、邪悪な意思を感じたことはなかった。
これは動物とは違う何かだ、とマルスは思った。もちろん人間でもない。強いて言うなら悪魔が動物の姿をとって現れたものだろう。
よく見ると、巨大な影は一つだけではなかった。少なくとも三つはいる。もしかしたらもっといるかもしれない。
マルスは側のオズモンドを起こした。
「敵だ。目を覚ませ」
オズモンドは寝ぼけ眼で起き直り、巨大な猿人たちを見て、声にならない悲鳴を上げた。
マルスはトリスターナ、マチルダを次々に起こした。女達も目を覚まし、悲鳴を上げる。
大猿の一頭が、唸り声を上げ、ジョンに襲いかかった。
マルスは弓に矢を番え、その猿の心臓を目掛けて矢を放った。
矢は見事に突き刺さった。だが、何ということだろう。大猿は一瞬苦痛の声を上げたものの、向きを変えてこちらに突進してくるではないか。
マルスはとりあえず、後ろの二頭目掛けて次々に矢を射た後、側に置いてあった槍を手にして大猿に向かって突撃した。
オズモンドは剣を抜いて横から同じ大猿に切りつける。
マルスの槍は大猿の胸に深々と突き刺さった。だが、大猿は槍を胸に刺したまま、マルスを片手でなぎ払った。それを避けられず、マルスの体は傍らの木の茂みに叩きつけられた。
オズモンドは猿の左腕に切りつけたが、刃先が合わず、松の木の皮のように固い毛皮の上ですべり、跳ね返された。
向こうではジョンがもう一頭の大猿につかまり、頭上高く差し上げられ、今にも地面に叩き付けられようとしていた。
突然、鋭い女の声が響き渡った。トリスターナの声である。
何かの呪文らしいその声を聞くと、不思議なことに、猿たちは悲鳴を上げ、闇の中に消えていった。
男たちは呆然としていた。
今ここで起こった出来事が信じられない思いである。
あのような大猿を見たのも初めてなら、それがトリスターナによって撃退されたのも信じ難い。
「トリスターナさん、今のは?」
オズモンドがやっと口を開いた。
「悪魔払いの呪文です。きっとあれは悪魔の使いだったのでしょう」
トリスターナも青ざめているが、思ったより平静である。さすがに元修道尼だけあって、妖魔には詳しいのだろう。
「トリスターナさんにこんな芸があったとは知らなかった」
オズモンドが感心したように言った。
「私も知りませんでしたわ。こんなことしたのは初めてです。修道院に、悪魔払いに詳しい老尼がいて、仲良しの私に呪文を幾つか教えてくれたんですの」
そう言うトリスターナを、一同は救世主を見る目で眺めるのであった。
第十五章 老人の身の上
マルスは、ベッドの後ろの小さな窓から来る明かりで老人を観察した。
ずいぶん年を取っている。白い髪も髭も伸び放題に伸びて、顔は痩せこけているが、眼光は鋭い。しかし、やはり見覚えはない。
マルスは、はっと気づいた。
「もしかしたら、あなたは僕の父に会った事があるのでは?」
老人は記憶をたぐる目になった。
「そうかもしれん。わしがここに住むようになってから会った人間は僅かしかいない。最後に会った男が……そうだ、お主によく似ておった」
「それはいつ頃でしょうか」
「さあな。こんな山の中で月日を数えても詮無いことじゃ。十年前か、二十年前か、もしかしたら去年かも知れんて」
老人は目を閉じた。マルスは老人を疲れさせたかと思って、問うのをやめた。
それから三日、マルスたちはこの岩屋に逗留して、老人の看病をした。と言っても、世話をしたのは主にトリスターナであるが。
マルスたちは、風雨のしのげるこの岩屋で久し振りにのんびり過ごし、山登りの疲れを癒した。マルスは弓で鳥や獣を射て、それを炉の煙で燻して燻製を作り、オズモンドとマチルダは山の木の実や草の実を採集する。料理は主にジョンがやった。
三日のうちに老人は元気を回復し、ベッドから起きられるようになった。
「わしもいよいよあの世に行けるかと思っとったら、この世に繋ぎとめられたわい。余計な事、と言いたいが、まあ、感謝しとる」
老人の名はシモンズと言い、もとはグリセリードの宮廷にいた重臣だったという。
「大豪シモンズと言ってな、剣と槍では、デロス将軍を除いては、わしにかなうものはいなかったのじゃよ。しかし、宰相のロドリーゴにうとまれてな、そこを飛び出し、あちこちを放浪して諸国の国王に仕えたが、ある時、ふとこれまでの殺生に嫌気がさしてな、この山に入って世捨て人となったのじゃ。おお、そう言えば……」
老人は、ふと思い出したように、ベッドの下から木箱を引きずり出して、それを開いた。
中に入っていたのは見事な甲冑だった。なるほど、老人の言葉は嘘ではないらしい。
甲冑は金属部分には油が引かれ、錆びついてはいなかったが、革紐や内側のパッド、内服はもはやボロボロである。とはいえ、金属の鎧だけでも、莫大な金になる代物だろう。
「これがわしの紋章じゃ。もしもお主らが欲しければ、この鎧はお主らにやろう。この剣と槍もな。金も少しはあったかな……。どうせあの世には持っていけん。みんなやろう」
オズモンドは老人の剣を鞘から抜き出してみた。これも、油が引かれていて、錆びはついていない。何人もの人間の血を吸ってきた凄みの漂う、青光りする剣である。これもおそらく高価なものだろう。
「こんな高価なものを頂いていいのですか」
「かまわん。その剣はガーディアンといってな、戦場で敵の鎧を真っ二つにして刃こぼれもしなかった名剣じゃ。グリセリードの国王に、領地と引き換えに寄越せと言われたが、わしは断ったのじゃ。だが、今のわしには単なる人殺しの道具、罪深い代物じゃ」
トリスターナは老人に、グルネヴィアの寺院で売っている護符を差し出した。
「これはエレミア寺院の免罪符ですわ。これを持っているとこの世でのすべての罪は許されて神の御許に行けます」
「エレミエル教か。わしは特にどの神を信じているというわけでもないが、お前さんの気持ちは嬉しい。もしかしたら、これで安らかな気持ちであの世に行けるかもしれん」
マルスは槍の作りを調べていたが、顔を上げて言った。
「この槍も素晴らしい。猟師の槍とは全然違う作りだが、確かに戦場で使うにはこの方が良さそうだ。柄も穂先も見事な出来だ」
「そうじゃろう。わしは戦場では剣よりもその槍で何人もの敵を倒したものじゃ。柄は中に鉄芯が入っていて、剣でも切れんぞ。そいつはお前さんにやろう」
およそ一週間の滞在の後、マルスらは老人に別れを告げて出発することにした。その一週間の間に老人から聞いた諸国の話は、古い話ではあるが、まだ見知らぬ国々のことであり、マルスたちにはいろいろと役に立ちそうな話もあった。
マルスは老人のためにたくさんの保存食を作っておいたので、たとえ寝たきりになってもしばらくは生きていけるはずである。
トリスターナとマチルダは二人で岩屋を精一杯清潔にし、調度類の修理などもした。
「これでわしも後一、二年は生き延びそうだ。お主らが来てくれてよかったと思っとるよ。いなくなると寂しくなるの。特にトリスターナさんには世話になった」
岩屋の前で手を振り、別れを告げる老人に手を振って応えながらマルスたちは山を下っていった。
これから山と山の間の谷間伝いに旅を続けるのである。
第十四章 山中の隠者
グルネヴィアを出て半日ほど行ったところで道は尽きた。強い木の香のする針葉樹の森林の中を進んで行くと、山の岩肌が出てきて、このあたりからは斜面の大部分は雪に覆われている。
マルスは一行の先頭に立って一同を導いた。
時には岩壁を攀じ登らねばならない。そういう時は、まずマルスが先に登っていき、適当な足場を見つけて杭を打ち、そこからロープを垂らして他の連中を引き上げる。
緩やかな斜面があったので、その日はそこの岩陰で眠ることにした。体中に目一杯、服を着込んで、顔には木綿の布を巻いて凍傷を防ぐ。互いに体を寄せ合っていれば、毛布一枚でも暖かい。
明け方、マルスはふと目を覚ました。自分の足に絡みつくものがあった。
トリスターナの足であった。マルスは胸をどきどきさせて、側のトリスターナの気配を窺ったが、彼女は安らかな寝息をたてている。単に、寒さで無意識に身を寄せただけらしい。もちろん、ズボン越しにではあるが、トリスターナの柔らかな足の感触で、それからはマルスはもう眠れなかった。なんだか天国にいるような気さえする。
寝たまま、岩陰から見える空を眺めると、一面の星空である。
なんでこんなに幸福な感じがするんだろう、とマルスは考えた。
トリスターナのせいだろうか。それだけでもないような気がする。トリスターナの向こうで寝息を立てているマチルダとオズモンド、マルスの右手で寝相悪く毛布からはみだして寝ているジョン。彼らはマルスの仲間だった。生まれてからほとんど父親と母親だけと暮らしてきたマルスにとっては初めての友人と言っていい。彼らは何の義理も無いマルスの旅にこうして付き合ってくれている。もちろん、それが彼らにとっても面白いから一緒にいるのだが、マルスにとっては得がたい助けであり、それだけでなく、心の支えでもある。彼らがいなければ、マルスの旅はどんなに孤独なものになっていただろうか。
(僕はこの人たちを何があっても守り抜くぞ)
マルスは心の中でそう呟いた。
グルネヴィアを出て三日目、一つ目の山は越えたが、まだ山は続いている。
マルスは矢で鳥や獣を射て、一行の食料にしていた。グルネヴィアを出た時に持ってきたパイや固パン、ビスケットのうち、パイはすでになくなっている。水は雪を溶かして飲めるから大丈夫だが、このままだと食糧はあと五日分くらいである。
「もしもこの山の先も同じように山が続いていると大変だな」
オズモンドが溜め息をついて言った。
「マルスがいれば大丈夫よ。私たちだけだったら大変だけど」
ここ数日で、マルスの山人としての能力を信頼しきっているマチルダが言った。
「まったく、こういう状況では貴族だの何だのといっても役に立たんことがよく分かったよ」
オズモンドは少々弱気になっているらしい。同じ男として、トリスターナの前で、少しはいい所を見せたいのだが、山の中ではマルスの猟師としての抜群の能力を見せ付けられるだけであるから、それも仕方の無いことだ。
「そんな事ありませんわ。オズモンドさんは十分役に立っています。それより、私なんか足手まといになるだけで、申し訳なくて……」
トリスターナがオズモンドを弁護した。
なるべく低地を行こうということで、山間の通路を探しに行っていたマルスが戻ってきた。
「この先に洞窟がある。どうやら人が住んでいる気配があるんだが、どうする? 行ってみるか」
「まさか山賊の根城ではないだろうな」
「いや、それほど大人数がいるとは思えない。行ってみよう」
一行はマルスを先頭に進んだ。
岩肌の露出した岩壁に、その洞窟はあった。入り口は人が四、五人楽に通れる広さがある。
マルスは用心しながら中に入っていった。後にオズモンドらも続き、後ろはジョンが警戒する。
洞窟の中は暗いが、まったくの暗闇ではない。どこかに明り取りの穴があるのだろう。
二十歩ほど進んだところで、奥からしわがれた声がした。
「誰じゃな?」
マルスたちは顔を見合わせた。
「怪しいものではありません。山越えの旅の途中でここを通りかかったものです」
しばらく間があって、やがて声がした。
「入りなさい。お会いしよう」
マルスは奥の部屋に入った。部屋と言っても、別に戸があるわけではないが。
奥の部屋にいたのは、ベッドに寝ている老人だった。
「すまんが、そこの壷の水を取ってくれんか」
老人は立ち止まって見下ろしているマルスに言った。
「わしはもう長い事ない。人間に会うのも久し振りじゃ。だが、来てくれてよかった。ちょうど喉が渇いておったが、その壷のところまで歩くのも大儀でな」
水を飲み終えた老人は、マルスをしげしげと見た。
「はて、お主、どこかでわしと会わなかったかの? 何やら見た覚えがあるが」
マルスの方にはこの老人に見覚えは無かった。
「いいえ、初めてお会いすると思いますが」
第十三章 アルカード
「さて、これからどうする? モンタナ一族が国王への反乱を起こそうとしているなら、国王の重臣であるオズモンドとしては、国王にそれを報告しなければならんだろう」
マルスはオズモンドに言った。
「そうだな。多分、誰かが既に知らせているとは思うが、もしまだなら、僕が知らせねばならん。せっかくここまで来たが、戻っていいかな?」
「いいとも。叔母に会うという目的は達したし、それどころか叔母を連れ戻すこともできたんだから、僕には文句はない」
そう言えば、とマルスはトリスターナに向き直った。
「実は、父のジルベールが、母のマーサに上げたペンダントを母の遺品として貰ったんですが、そのペンダントの事は知ってますか?」
「もしかして、大きなブルーダイヤのペンダント?」
「そうです」
「今、それをあなたが持っているの?」
「いいえ、残念ながら、ピエールという盗賊に盗まれて、ピエールはそいつを売り払ったみたいなんです」
「そう、残念ね。あれはオルランド家の家宝です。王様でもあれほどの宝石は持っていないでしょう。おそらく、二百万リムの値打ちはありますわ」
「二百万リム!」
オズモンドが声を上げた。
「国王の身代金になるくらいの金額だな」
彼はマルスを見て言った。
「そんな代物を君はみすみす泥棒に盗まれたんだぜ」
マルスは呆然とした。二百万リムと言われても、見当がつかない。
「でも、世間ではブルーダイヤの値打ちは知られていません。レントかグリセリードの人間なら、喜んで買うでしょうが、アスカルファンでは金より安くしか売れないでしょう。つまり、五百リムくらいです」
トリスターナの言葉にマルスはほっとした。五百リムくらいなら、いつの日か買い戻せるかもしれない。
「ジルベールの行方について、何か手掛かりはありませんか?」
マルスは話題を変えた。
「そうですね……もしかしたら、アルカードに行ったかもしれません。マーサはアルカードの出身だと言っていましたから。ジプシーの娘で、旅してバルミアに来た時にバルミアが気に入ってそのまま一人でそこに残ったという話でした。だから、マーサがアルカードに帰ったと思って、それを追ってジルベールはアルカードに行った可能性があります」
「そうですか……」
マルスは考え込んだ。そして、オズモンドに向いて言った。
「オズモンド、悪いが、バルミアには君達だけで帰ってくれ。僕はアルカードに行くことにする。父を探してみたいんだ」
オズモンドはマチルダとジョンの顔を見て、ためらった。
「どうする? 僕はマルスとアルカードに行ってみたいんだが……」
「行きましょうよ。どうせ、帰っても、戦に巻き込まれるだけよ。そんなの馬鹿馬鹿しいわ」
マチルダが言った。ジョンも相槌を打つ。
「そうですな。お嬢様のおっしゃるとおりだと思いますよ。戦で手柄を立てて出世しようというのならともかく、オズモンド様が戦に出ても何も利益は無いでしょうな」
「べつに利益などいらんが、僕が戦場にでてもあまり役には立たんだろう。よし、このまま皆でアルカードに行こう」
グルネヴィアの町で、一休みした一行は、マチルダとトリスターナの為に旅支度を整えた。女服では山越えは難しいので、二人とも男装させたのである。
気の強い顔をしたマチルダは男装すると美少年そのものだったが、女らしいトリスターナが男装をすると少々妙な感じである。しかし、これで道が歩きやすくなったのは確かだ。
その夜は、これからの山越えの苦難に備えて、一同は目一杯の御馳走を食べた。
「こんな御馳走は十二年振りですわ!」
トリスターナは感激した。
「これだけでも修道院を出た甲斐はあります。これは何の肉かしら。山鳩かしら、雉かしら。このお菓子の中の木の実はアーモンド? 何ておいしいのでしょう」
男達はビールとワインを飲みまくり、ジョンは故郷レントの民謡を歌い、オズモンドは宿屋にあった、ヴァイオリンに似たレベックという楽器を弾いた。
しまいにはトリスターナとマチルダまでワインに手を出し、酔っ払って聖歌を合唱するという罰当たりなことまでしたが、一晩寝るとそんな事はすっかり忘れてしまったのであった。
翌日、ジョンは馬車を宿屋に預け、驢馬を二頭買ってきた。山越えの荷運びには馬よりも驢馬の方が役に立つ。馬車に付いていた四頭の馬も宿屋に預け、馬はマルスのグレイだけである。もちろん、険しい山道ではそれに乗るわけにはいかないが、置いていくには忍びなかったのである。
マルスは携帯できる食料や必要な衣類、布やロープの類を買った。山では布やロープが役に立つ。マチルダとトリスターナにもナイフと杖を持たせる。マルス自身は山刀を持つことにした。
こうして一行は、はるかに聳える雪の残った山頂を目指して出発した。
第十二章 トリスターナ
ガレリアからさらに山の方に向かう坂道を半日登りつづけ、やっと目指すグルネヴィアに着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
グルネヴィアはアスカルファンの国教であるエレミエル正教の寺院が中心となって興った町である。ここには聖なる泉と呼ばれる泉があり、その泉の水を浴び、あるいは飲んだ者には霊験があるとされている。町には、泉や、寺院の発行する免罪符を目当てに各地から参詣に来た人々が溢れていた。
マルスたちはエレミア寺院に参詣した後、そこから一里ほど山奥にあるエレミア修道院に向かった。
修道院はブドウ畑に囲まれた簡素な石造りの建物であった。
院長の老女は最初マルスたちを修道尼に会わせるのを渋ったが、オズモンドが身分を明かすと態度を変え、召使にトリスターナを呼びに行かせた。
食堂で待っていたマルスたちの前に、一人の尼がやってきた。
一見、少女のようにも見える、非常に若々しく美しい女性である。
マルスの側にいたマチルダが女性の美しさに思わず息を呑むのが、マルスには分かった。
「あなた方は?」
「僕はあなたの甥のマルスです。ジルベールの息子です」
「えっ、でも、ジルベールは結婚してなかったはずですよ」
「オルランド家の女中をしていたマーサとジルベールの間に生まれたのです」
「ああ、そう言えば……。覚えています。お父様が怒ってマーサを家から追い出し、ジルベールがその後を追うように家を出たまま行方不明になったのでした。それでは、ジルベールは今、あなた方と一緒なのですか?」
「いいえ、ジルベールは結局マーサを見つけきれなかったのです。父の行方は僕にも分かりません。むしろ、あなたが御存知じゃないかと思って聞きに来たんですが……」
「そうですか。いえ、わたしも分かりません。ここに入ってからもう十二年になりますから、世の中の事にはまったく耳遠くなって……」
途切れた会話を救うように、オズモンドが口を挟んだ。
「ここに入ってから十二年ですか。外に出たいとは思いませんか?」
「無理ですわ。女一人で旅をする事が不可能なのは御存知でしょう。男でも大変なのに」
「では、我々と一緒にここを出ましょう」
オズモンドの言葉に、トリスターナは黙って考え込んだ。
「……少し考えさせてください。ここに入った時は外に出たくていつも泣いていました。しかし、今ではここの暮らしにすっかり慣れてしまって、かえって外の世界の方が恐ろしいのです。家に戻ったところで、アンリは私を迎え入れてはくれないでしょうし、私はどうして生きていったらいいのでしょうか」
「そんな事は大丈夫です。僕の家の食客になっていればいいのです」
オズモンドが言うのをマルスはさえぎった。
「いや、トリスターナ叔母は僕が面倒を見る。僕の叔母なんだからな。そりゃあ、オズモンドの家のように贅沢な暮らしをさせることは出来ないが、食べていくだけなら不自由はさせない」
いや、自分の家がいい、と二人で言い合うのをあきれたように見ていたマチルダが割って入った。
「どっちだっていいじゃない。とにかく、トリスターナさんの面倒を見る人が二人もいるのが分かったんだから、さっさとここを出ましょうよ」
マルスが、修道院長にトリスターナを連れて行くと言うと、院長は血相を変えて「そんな事は許されない、一度ここに入った者がここから出ることは神との契約を破ることだ」と言ったが、委細構わずマルスたちはトリスターナを連れ出した。
「わたし、なんだかドキドキしますわ。外の世界は久し振りですもの。なんだか、狭い部屋から大きな明るい野原にでたような気がします」
馬車に揺られながら、トリスターナは、顔を美しく上気させ、少女のように胸の前で手を組んで言った。
マルスは少々ボーッとした顔つきでそのトリスターナの顔を眺めていた。それはオズモンドの方も同じである。どうやら二人ともこの美しい女性に恋心を持ったようである。
マチルダはそれに気づいて、少々面白くない気分もあったが、しかしトリスターナには悪感情は持てなかった。本物の美しさは、男性女性を問わず、愛情を感じさせるものだからである。しかし、男二人の目がトリスターナに集中しているのを見て、マチルダは彼女に意地悪い質問をしてやろうと考えた。
「トリスターナさんは、さっきの修道院に十二年間いたとおっしゃってましたよね。すると、失礼ですけど、今お幾つなのかしら」
トリスターナは顔を赤らめた。
「二十八ですわ。本当におばあさんです」
「何をおっしゃいます。二十八はまだまだお若いです。僕の知っている人でも二十八で結婚して子供を三人産んだ人もいます」
オズモンドがかばうように言った。
「まあ、お兄さんったら。下品ね。子供を産むなんて言葉、女性の前で使うもんじゃなくってよ」
「何が下品だ。お前だって嫁に行けば毎年一ダースくらい子供を産むに決まってる」
「まあ、犬じゃあるまいし」
突然始まった兄弟喧嘩をトリスターナは目を丸くして見ていたが、やがておかしそうに笑い出した。
「まあ、二人とも仲がよろしいこと。いいわねえ、兄弟喧嘩ができるなんて」