ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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第十三章 破滅の前の夜
その夜、真は眠れなかった。イフリータの面影が目の前にちらつき、振り払うことができない。
彼は寝床から起きて、バルコニーに行った。
明るい月夜である。青く見える空に大きな白い月がかかっている。この世界が破滅の前にあることが信じられない平和な夜空だ。
「真? 何してるんだ」
後ろから声を掛けられて、真は振り返った。シェーラ・シェーラであった。
「ああ、シェーラ・シェーラさん。眠れなくて」
「お前もか。へへ、俺もだ」
二人は並んでロシュタルの町と、その上を照らす月を眺めた。
シェーラ・シェーラは、二人でロマンチックに夜景を眺める甘い気持ちと同時に、今、言わなければ言う機会は無い、というあせりに駆られていた。
「お、俺よう、実は……」
シェーラ・シェーラは、小さな声で言って口ごもった。
「えっ? 何ですか」
「いや、何でもねえ。お前、今でも地球に帰りたいか?」
そう聞かれて、真は考えた。そういえば、地球に帰りたいという事を、ここのところ考えたことは無かった。家に帰れば、なつかしい家族に会える。しかし、それはここで出会った人々と別れることでもある。
「僕は、このエル・ハザードが好きですわ。ここの人々はみんな善良で優しい。素朴な人ばかりや」
「そ、そうか。じゃあ、地球に帰らないんだな。安心したぜ」
真はシェーラ・シェーラを見て、微笑んだ。
シェーラ・シェーラは赤くなった。
(この笑顔に弱いんだよなあ。ええい、行けえ!)
「真!」
「うん?」
真は横を見て驚いた。シェーラ・シェーラが目を閉じて軽く顔を上向けているではないか。つまり、キスを求めているのである。
(あっ、シェーラ・シェーラさん、僕が好きやったんか)
真は困った立場になった。シェーラ・シェーラのさっぱりとした性格は大好きだし、女の子としても可愛い子だ。しかし、異性として意識したことは無いのである。
「シェーラさん、僕……」
シェーラは、目をあけて、真の困ったような顔を見た。
「おめえ、やっぱり、あのナナミって奴が好きなんだな!」
「私がどうかした?」
背後からの声に、二人は振り向いた。そこに立っていたのは、もちろんナナミである。
「二人でラブシーンなんかしちゃって。世界の終わりが目の前だってのに、いい気なものよねえ。真ちゃん、あんた、この世界でずいぶんモテモテじゃん」
「い、いや、これは」
真はうろたえた。
「おい、お前、男だろう。俺とあいつとどっちが好きかはっきりさせろよ!」
シェーラ・シェーラは真の胸倉を捕まえて問い詰めた。
その時、宮殿を揺るがす轟音が聞こえた。
宮殿の東の塔が崩れ落ちていく。
「な、何事や!」
バルコニーから身を乗り出してその様を見た真は、月の光に照らされて空中に浮かぶ物を見た。
イフリータであった。
冷たい顔で、今自分が破壊した塔が崩れる様を眺めている。
「イフリータ!」
真の声に、彼女は振り向いた。そして、真の方に向かってすっと飛んできた。
「お前は何者だ。なぜ、私を親しげに呼ぶ」
「僕や、水原真や! 本当に覚えておらんのか?」
イフリータはバルコニーに降り立った。
「そんな者は知らん。私は、この宮殿と町の一部を破壊しに来た。降伏を受け入れねば、どんな目に遭うのか教えるためにな」
「そんな事しちゃ、あかん。何で君がそんなひどいことしなきゃああかんのや!」
「それが私に命ぜられたことだからだ」
二人の会話を聞いていたシェーラ・シェーラが、我慢できなくなって、彼女の前に駆け寄った。
「この野郎、ロシュタリアを破壊するだと? そんなことさせてたまるか! これでも食らえ!」
シェーラ・シェーラの打ち出した炎の球を、イフリータは平然とかわした。
「私の邪魔をするな。命令に入ってはいないが、私の邪魔をする者は殺す」
イフリータの杖が、シェーラ・シェーラの胸に向けられた。
「あかん! やめろ、イフリータ」
真は、何も考えず、イフリータの杖の前に飛び込み、その杖の先端を手で押さえた。
「あっ!」
驚いたのは、シェーラ・シェーラとナナミだけではなかった。イフリータの顔にも、驚愕としか思えない表情が表れた。
真が杖の先端を押さえた瞬間に、真の記憶がイフリータの記憶回路に流れ込んだのである。真が初めてイフリータを見た、あの夜の思い出。真によりかかって涙を流しているイフリータ自身の姿。
「お、お前は何者だ! 私はお前と会ったことは無いはずだ」
「僕は、君と出会って、このエル・ハザードに来たんや。イフリータ、本当に覚えていないんか?」
イフリータの心に、真にしがみついていた時の自分の気持ちについての感覚がはっきりと残っていた。それは、愛としか言えない感情である。しかし、機械である自分に感情があるはずがない。
「お前は私に何をした? なぜそんな事ができる。お前は一体何者なのだ!」
イフリータは、その武器である杖を真に向けて叫んだ。その時、バルコニーの異変に気づいて、衛兵たちがどやどやと二階に現れた。
イフリータは、それを見て、すっと空中に浮かんだ。
物問いたげな瞳を真に向け、しばし空中にたゆたった後、彼女は流れるような飛翔で闇の中に消えていった。
第十四章 混乱の会議
翌日、ロシュタリア王宮にエル・ハザード各国の代表者が集まって、エル・ハザード公会議が開かれた。真はまたしてもパトラ王女の格好でこの会議に出席することを余儀なくされたが、ルーン王女の傍で座っているだけの仕事も、結構つらいものがある。
(イフリータ……)
エル・ハザードの危機について諸国王たちが侃侃諤諤の議論を交わしている間、真の目の前には、イフリータの面影が浮かんでいた。
(「真、真、やっと会えたね……」)
あの切なげな、愛情に満ちた悲しい笑顔。あれはいったい何だったのだ。そして、自分たちの敵である彼女に、自分はなぜこんなにも心を揺さぶられるのだ。
はっと気がつくと、ある国の代表が、ルーン王女に神の目の作動を強く迫っていた。
「ルーン王女、今こそ神の目を用いる時です。さもなくば、エル・ハザードはすべてバグロムによって支配されることになりますぞ。あの鬼神イフリータの力は、たった一人でこの世界全体を滅ぼすことができるものです。この会議に出席しなかったアリスタリアは、すでに自らバグロムへの屈従を申し出たのです。それも当然。目の前でアリスタリア第二の町、ファルドが一瞬のうちに消滅させられたのですからな。あのイフリータに対抗できるのは、神の目しかありません。ルーン王女、どうか、神の目の使用を御決意ください!」
「神の目は……」
ルーン王女が言った。
「最後の手段です。古代文明が滅びたのは、イフリータではなく、本当は、神の目を作動させたからです。イフリータによって我々は滅びるかもしれない。しかし、滅びるのはいくつかの国でしかありません。国が滅びた後にはまた別の国が生まれ、栄えるでしょう。神の目は文明そのものを滅ぼすかもしれないのです」
「我々にとっては、自分の国が滅びるかどうかだけが問題なのだ! あなたが神の目を動かすことにどうしても反対するならば、我々はあなたをエル・ハザード全体の盟主とすることはできない。ロシュタリアがエル・ハザード諸国の盟主であるのは、ロシュタリア王家には神の目を動かす不思議な力が伝えられているという、その一点によるものだからな」
「そうだ!」
「そうだ!」
他の国王たちも、一斉に叫んだ。
ルーン王女は、蒼白な顔で、気絶せんばかりである。
「王女、神の目を動かすことにしましょう」
真は王女にささやいた。
「しかし、パトラがいないと、動かせません」
「そう言わないとこの場はおさまらないでしょう。とりあえず、この場を誤魔化しておいて、パトラさんを探し出すことに全力を上げましょう。最後の最後まであきらめなければ、なんとかなります」
気休めだったが、真の言葉は王女を動かした。
ルーン王女は頷いた。そして、会議の面々に向かって言った。
「分かりました。神の目を動かすことを承知します。バグロムへの返答の期限は明日の正午。その時間に、神の目を始動させることにします」
「ちょっと待った!」
突然、声が掛かった。
その声は、ルーン王女の右手に座っていた王女の婚約者、ガレフのものであった。
「言いたくないことだが、パトラ王女は今、失踪しているという噂がある。つまり、神の目を動かすことはできないということだ」
「ガレフ殿、何を言うのです!」
会議の面々は動揺した。
「パトラ王女が失踪しているだと? 現に目の前にいるではないか」
一人が声を上げた。
「あれは王女の影武者だ」
「ガレフ、あなたは、なぜそんなことを言うのです!」
「王女、神の目を動かせるのはあなたではない。今や、私が神の目の主人なのだ」
「えっ、どういうことです」
「パトラ王女を誘拐したのは私だ。パトラ王女の脳波を調べて、神の目を動かす原理を調べるためにね。まだ完全というわけにはいかないが、ある程度は動かせる自信がある」
「なぜ、何のためにそんな事をしたのです」
「もちろん、私がこのエル・ハザード全体の支配者となるためだ。こうなれば、ここにおいでの皆さんも、私に従うしかないだろう。それともバグロムに降伏するかな?」
立ち上がってあたりを睥睨するガレフに、諸国王たちは顔を見合わせた。
「仕方あるまい……。神の目を動かせる者が、エル・ハザードの支配者だ」
「いけません! 不完全なまま、神の目を動かしたら、どんな災いが起こるか分かりません!」
ルーン王女の叫びは、しかし国王たちを動かせなかった。
「畜生、ガレフの奴、こんな事をたくらんでやがったなんて」
会議室の隅で会議の行方を眺めていたシェーラ・シェーラは歯軋りをして小さく叫んだ。
「あきまへんな。ロシュタリア王家もこれで終わりどす」
その傍にいたアフラ・マーンも呟く。
「御可哀相に、ルーン王女様、婚約者にこんなに酷い裏切りをされるなんて」
会議の行方を知るためにロシュタルに来ていたミーズ・ミシュタルも涙ぐんで言った。
「ねえねえ、王女の婚約者って、あの青い顔の人?」
異世界からの客として、特別に会議に出席を許されていたナナミがアレーレの袖を引っ張って言った。
その言葉に、他の人々は、ぎょっとしたように一斉に振り返った。
「青い顔だって? あのガレフがか?」
「そうよ、自分がエル・ハザードの新しい支配者だとか言って威張ってた人」
「畜生! 幻影族だ!」
シェーラ・シェーラが飛び出した。
「みんな、騙されるな! そいつは幻影族だぞ!」
「何、幻影族だと!」
会議の場は大混乱に陥った。
「くっ、なぜ私の正体が見破られた!」
ガレフは本性を現した。まるで幽鬼のように青ざめた顔である。その傍にさっと現れた美少年も、同じように青ざめた顔をしている。
「てめえ!」
シェーラ・シェーラが炎をガレフめがけて打ち出した。しかし、その瞬間にガレフの姿は消えていた。
「畜生! どこへ消えた」
うろたえて、シェーラ・シェーラはあたりを見た。
その瞬間、彼女の肩口に鋭い痛みが走った。
「あっ!」
彼女の服の肩が切り裂かれ、赤い血が流れている。
「あかん、見えない相手に勝ち目はおまへん」
くやしそうに言うアフラ・マーンをナナミがきょとんとした目で見た。
「あんたたち、あいつが見えないの? ほら、ガレフは今、ルーン王女のそばに、もう一人のちっちゃいのはシェーラさんの後ろにいるじゃない!」
二人の法術士は、さっと駆け出した。
「シェーラ、後ろや!」
アフラのその言葉と同時に、シェーラ・シェーラは腰の剣を抜いて、自分の背後の何かに向かって横なぎに払った。ズン、という手ごたえがあり、何かが倒れた。
ミーズの方は、ルーン王女の周りに高圧水流で水のバリアを作り出す。
ルーン王女を攫って逃げようとしていたガレフは、回転するその水流に阻まれて、手が出せない。
「くそっ!」
ガレフは身を翻して広間から逃げた。
「ガレフを逃がしてはあきまへんえ! ナナミちゃん、真はんと一緒にガレフの後を追いなはれ。私らもすぐ行くさかい」
「オッケィ! 真ちゃん、行こ」
真は、ナナミの後に続いて走りだした。おそらく、ガレフの行くところにパトラ王女が監禁されているのだろう。パトラ王女に会えば、神の目の秘密も、自分たちがこの世界に来た理由も分かるかもしれない。
「おーい、お前たち、どこへ行くんだ?」
廊下でぶつかった藤沢に、真は叫んだ。
「パトラ王女が見つかりそうなんです。先生も来てください」
藤沢は二人の後を追い、さらにその後からシェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ミーズ・ミシュタルも追ってきた。
ガレフが逃げ込んだのは、王宮の背後にある、王家の祭壇のある建物であった。そこは禁断の場所であり、シェーラ・シェーラたちの捜索も及ばなかった所だ。
第十五章 パトラ王女の救出
「ガレフの奴、こんな所に入り込んでいたのか!」
シェーラ・シェーラが叫んだ。肩口の傷は、ミーズ・ミシュタルの治癒の法術で応急処置が取られ、ふさがりつつある。
「パトラ王女様が中にいるなら、人質に取られて手が出せなくなる。早く行かないと!」
真の言葉に他の者たちは頷いた。
ガレフが逃げ込んだのは、王家の墓所であった。暗い中に永遠の燐光が光り、無数の墓を静かに照らし出している。
「お前たち、それ以上近づいたら、パトラ王女の命は無いぞ」
墓所の奥に進み、ある部屋に入ると、そこにガレフはいた。ガレフだけではない。三人の幻影族の人間がいて、その者たちは、部屋の中央の奇妙な機械を操作していた。その機械の中心の椅子には、長い黒髪以外は真と瓜二つの美少女が、気を失ったまま縛り付けられている。
「パトラ様!」
ロシュタリアの者たちは悲痛な声を上げた。
「もはや、こうなっては、我々の野望は潰えた。おい、神の目を始動させろ!」
ガレフは部下らしい幻影族の三人に命じた。
「ガレフ様?」
「し、しかし、そうすると神の目は暴走しますが?」
「かまわん!」
しかし、ガレフの部下は、スイッチを入れるのをためらっていた。
「おい、ガレフ、あんた何を考えてるんや! この世界を破滅させる気か」
真の言葉にガレフは凄みのある微笑を浮かべた。
「その通りだ。我々幻影族は子孫を増やす手段を持たない。一代に一度の分裂で、自分と同じ個体を残せるだけだ。事故や病気で死ねば、その分だけは減っていくしかない。つまり、我々は最初から破滅を運命づけられた種族なのだ。私は、神の目を動かすことで始原の時間に戻り、我々の運命を変えるつもりだった。それが駄目になった今、全エル・ハザードを道連れに破滅するのも悪くない」
ガレフは部下に向かって頷いたが、部下はまだためらっている。
「ええい、俺がやる。どけい!」
その瞬間が、シェーラ・シェーラの狙っていた瞬間だった。彼女は、ベルトにつけていた短剣を抜き、ガレフめがけてそれを投げた。
短剣は、見事にガレフの胸に突き刺さった。
「ぐあっ!」
ガレフは声を上げて倒れた。
「お前たち、まだやる気か?」
シェーラ・シェーラが言うと、ガレフの部下たちは首を横に振って機械の前を離れた。
真と藤沢は、機械中央の椅子に縛りつけられたパトラ王女を助けだした。
墓所から外に出ると、明るい世界が広がっている。しかし、パトラ王女は麻薬で眠らされているらしく、目を開かなかった。
「パトラ王女様! アレーレ、心配しましたわ!」
パトラ王女が目を覚ますと、その前にはアレーレの心配そうな顔があった。
「おう、アレーレではないか。私は助かったのじゃな」
「はい、この方たちのご活躍で」
パトラ王女はベッドの周りの人々を見たが、ルーン王女、侍従長、親衛隊長、幕僚長、大神官以外に、見慣れない顔が三つある。真、藤沢、ナナミの三人である。
「この者たちは?」
「真様は、パトラ様がいらっしゃらない間、代役を務めていらっしゃったのですよ」
「何と、この私に良く似ておるのう。美しい娘じゃ」
「あのう、僕、男なんやけど」
「な、何い。私の代役に男だと? けしからん、誰がそんな事を許したあ」
麻薬で眠らされている間は、楚々とした美少女だったが、目が醒めたところは案外、何だかなあ、の性格である。
「パトラや、目が醒めたばかりで申し訳ないけど、今、エル・ハザードは危機的状況にあります。神の目を動かさねばならないのです。手伝ってくれますね」
「神の目をですか? それは大変だ」
ルーン王女は、パトラに状況を説明した。
「仕方ありませんな。バグロムたちにこの世界を支配されるよりは、危険でも神の目を動かすしかないでしょう」
「神の目を動かすと、どうなるんです?」
真はルーン王女に聞いてみた。
「人間の精神エネルギーを強大な物質エネルギーに変えて、目指すものを破壊するのです。おそらく、イフリータでもこれにはかなわないでしょう」
「イフリータを破壊するんですか?」
「当然です。そうしなければ、こちらが破滅します」
「でも、イフリータは自分の意志で動いているわけやないんですよ。可哀相や」
「真ちゃん、あんたやたらとイフリータの肩を持つわねえ。やっぱり、本気であの美人の戦争人形に惚れているんじゃないの?」
我慢できなくなって、側からナナミが突っ込む。
「い、いや、僕はただ……」
言いながら、真は、ナナミの言う通りかもしれない、と思っていた。しかし、人間でもないものに恋するなんて、そんなことがあるものだろうか。
第十六章 イフリータの涙
「アフラ・マーンさん、お願いがあるんやけど」
日が地平に落ちようとする頃、真はアフラ・マーンを見つけて声を掛けた。
「何どすか、真はん」
「実は、バグロムの軍隊の中に忍び込みたいんやけど、協力してくれへんやろか」
「バグロムの中に? そんな無茶な」
「明日、神の目を動かしたら、大変なことになる、いう気がしてならないんですわ。その前に、何とかして陣内を説得して、この戦いをやめさせようと思っとるんです」
「それは、無理やないかなあ。あのお人は、ちょっと『あっち』へ行っている方でっしゃろ?」
「それはそうやけど、このまま何もしないでいるよりは……」
「まあ、ええ。どうせ、明日の戦は、私らくらいの力では何の役にも立たない戦になりそうや。最後のお勤めに、悪あがきするのもよろしいやろ」
「おおきに、アフラさん」
アフラ・マーンが真を連れて空に飛び上がろうとした、その時、
「おめえら、ちょっと待った!」と声が掛かった。
「シェーラ・シェーラさん……」
二人を呼び止めたのは、シェーラ・シェーラであり、その側にはナナミもいる。
「あんた達、二人でどこに行こうっての!」
ナナミが目を三角にして言った。
「いや、陣内にこの戦いをやめさせようと」
「嘘おっしゃい! どうせ、あのイフリータとかいう顔のきれいなロボットに会うつもりなくせに!」
「ぐっ……」
図星であった。
「いい、今度こそ、命は無いわよ。あんな危険なロボットの相手をするのはやめなさい。どうせ、明日神の目を動かして相手を消し飛ばしてしまえば、バグロムなんてお終いよ」
「どうしても行くってんなら、俺たちも一緒だぜ」
「そうよ、真ちゃん。私たち、あんたが心配で、ずっと見張っていたんですからね。一人で勝手な行動して死んだりしたら、恨んでやるから。死ぬ時はみんな一緒よ」
「すまん……。じゃあ、みんな、来てくれるか?」
「もちろんだぜ!」
真はアフラ・マーンの顔を見た。
「仕方ありまへんな。こうなったら、一蓮托生や」
真は、宮殿の方を見て、藤沢先生に別れを告げた。
「先生、さよなら。この戦争で生き延びることができたら、ミーズさんとお幸せにな」
ナナミはアフラ・マーンの背中に乗り、真はシェーラ・シェーラが操る馬に一緒に乗ることにした。馬といっても地球の馬とは少し違って、額に角が生えたユニコーンだが、速さは地球の馬よりも速い。
「しっかりつかまってろよ!」
自分一人では馬に乗れない真は、後ろからシェーラ・シェーラにしがみつくだけである。
夕日の中を真と一体になって馬を走らせたこの思い出が、結局シェーラ・シェーラの最高の思い出となった。
道中、二人にはほとんど言葉を交わす余裕はなかったが、自分の背中に真の体を感じているだけで、彼女は至福の感じを抱いていたのである。
空の色が菫色に変わり、やがて星が見えてきた。真がこれまで見たことのない、満天の星である。そして、しばらくすると、月も昇ってきた。
「きれいやなあ」
「ああ? あの空か。うん、きれいだな」
「なんでこんなにきれいな世界なのに、戦なんかあるんやろ」
「みんながみんなお前みたいな優しい奴なら、戦なんか起こらねえさ」
「……」
やがて、彼方にバグロム軍の野営地が見えてきた。
シェーラ・シェーラが馬を止めると同時に、アフラ・マーンも地上に降下した。
「ここからは、気をつけないとな」
シェーラ・シェーラが言った。すると、アフラ・マーンが静かに言った。
「無駄ですわ。もう見つけられましたで」
月光の中を、滑るように飛翔してこちらに向かってきたのは、イフリータであった。
「イフリータ!」
真は叫んだ。
「水原真か。何をしに来た」
「明日の戦は、したらあかん。ロシュタリアは神の目を動かすつもりや。あんたがどんなに強くても、神の目にはかなわん、いう話や」
「神の目か。それがもし本当なら、その通りだ。しかし、神の目は人間には制御できない。王家の者といえどもな」
「嘘や。王家の者なら制御できるいう話やで」
「私は目覚めてから、自分が作られた文明が数千年も前に滅んだことを知った。その原因は、神の目だ。人間には、自分の思いのままにならない深層心理がある。神の目を作った人々でさえ、それはコントロールできなかったのだ。だから、神の目は暴走し、その文明は滅んだ。おそらく、このエル・ハザードもそうなるだろう」
「嘘だ、ロシュタリアに神の目を使わせないためにそう言っているんだ!」
シェーラ・シェーラが叫んだ。
イフリータは冷たい目でそちらを見た。
「私は、この戦でどちらが勝とうと興味はない。ただ、主に命ぜられた仕事をするだけだ」
「イフリータ! 」
「私はそのように作られた存在なのだ。さあ、もう行け。さもなくば、お前たちを殺すしかない」
真はイフリータに向かって一歩歩いた。
「止まれ! 今度は本当に殺すぞ」
「君には僕は殺せない。なぜなら、僕は元の世界で君に会ってここに来たからだ。その時、君は僕を愛していた。そして今、僕も君を愛している。君には僕を殺せない」
他の三人の女たちは、真のこの言葉にそれぞれショックを受けたが、しかし、それはかねてから予期していた言葉でもあった。
「私には心は無い。心の無い者が、どうして人を愛せる」
「いや、君には心がある。涙を流すことだってあるんや。僕は君の涙を見た。あんなきれいな涙を見たのは初めてやった」
「嘘だ! 側によるな!」
イフリータは、真を殺すために、構えた杖を作動させようとした。そういう風にプログラムされていたからである。自分に危害を加える存在は、殺せ、と。
真の手がイフリータの杖に触れた。
そして、再び、二つの心はシンクロした。
真が見たものは、殺戮と破壊と炎の記憶。その中心にはイフリータの姿があった。無表情に、自分の破壊の跡を眺めるその顔に、しかし真は悲しみを見た。
イフリータが見たものは、平和と幸福の記憶。普通の高校生の、何気ない、平凡な日常の中の喜び、幸せ、小さな挫折や悲しみ。それにもかかわらず、生きていくことの嬉しさ。それらは何一つとしてイフリータが持ったことが無いものだった。
「イフリータ。君の中には、主人に従うことを強制するシステムがあるはずや。僕はそのシステムを壊そう」
「ああ、もしもそれが可能なら、そうしてくれ」
二人が交わしている会話は、他の三人には聞こえなかった。他の三人には、二人がただ見詰め合って黙っているようにしか見えなかったのである。しかし、そこで何か神秘的なことが起こっていることは伝わった。
真はイフリータの心に入り、主人に従うシステムを探した。やがて、彼のイメージの中に、あのイフリータの杖のような物が現れた。
「これや!」
真は、その杖を引き抜いた。
イフリータの心で、何かが溶けていった。
「君の心の自由を奪っていたものは僕が取り除いた。君は、もう自由なんや!」
「自由? この私が?」
イフリータは空を仰いだ。そして、人々は初めてイフリータの涙を見たのであった。
「そうだ。自由だ。私は、自分の好きなように動くことができる」
しかし、その言葉とともに、イフリータの体は地上に崩れ落ちた。
「イフリータ! どうした。どないしたんや」
「大丈夫だ。私の体は、この数千年で、案外がたがきていたらしい。少し休ませてくれ」
イフリータは、真を見て、にっこりと微笑んだ。その微笑は、初めて会った時の微笑であった。
その時、アフラ・マーンが悲鳴を上げた。
「神の目が、神の目が動いている!」
その指差した空の彼方には、一つの青い大きな星があった。そして、その星は、かすかに、気がつかないほどの速度で地上に向かって降下していたのであった。
第十七章 涙のキッス
真たちがイフリータを連れてロシュタル宮殿に戻った時には、神の目はもはや宮殿の上空百メートルくらいのところまで降りていた。
「何でや! 神の目を動かすのは、今日の正午のはずやったろ!」
真は藤沢を捕まえて問い詰めた。
「うーん、しかし、神の目を動かすには、それに乗り込まんといかんらしいから、早目に動かす必要があったらしいんだ」
「王女たちは?」
「王家の祭壇にいる。面会謝絶だ」
真は、イフリータをベッドに寝かせて、シェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ナナミと一緒に王家の祭壇に向かった。
王家の祭壇の前は数十名の護衛兵で守られていた。
「そこを通してください。大事な用があるんや!」
「真殿、王女たちは今、誰にもお会いできない状態なのです。お引取りください」
「もう、神の目を動かす必要なんかないんです。イフリータはこちらの味方になりましたから」
「イフリータが? まさか」
「時間が無い! ここを通してください」
「できません!」
「真の言うことは本当だぜ。ここを通さないと、大変なことになるんだ」
「シェーラ・シェーラ様の言うことでも、王女のご命令にそむくことはできません」
「仕方ねえ、強行突破だ!」
シェーラ・シェーラは、炎の法術を使う構えをした。
「お待ち、それは危なすぎます」
いつの間に来ていたのか、ミーズ・ミシュタルが背後から声を掛けた。
彼女の呪文とともに、激しい水流が、扉を守っていた衛兵たちを吹っ飛ばした。
「事情は、アフラ・マーンから聞きました。ここは私に任せて、中に行きなさい」
「すまねえ」
真、シェーラ・シェーラの二人は、建物の中に入った。
道は途中で、王家の墓所の方面と、王家の祭壇の方面の二つに分かれる。
「しまった! 王家の祭壇の中には入れねえ」
「なんでや!」
「王家の血を引く者以外には扉が開かないようになっているんだ。どういう仕組みかは俺にも分からねえ」
祭壇のある部屋への扉は、頑丈な金属でできていた。
その中央に、青い宝石がはまっている。
真は、イフリータの眠っていた洞窟の扉のことを思い出した。
真はその青い石に手を触れた。石は光を発し、扉が開き始めた。
「ま、真、おめえ、王家の血を引いていたのか?」
「わかりません。でも、これが僕の能力のようです」
最後の部屋の扉が開いた。
その部屋では、ルーン王女とパトラ王女が、それぞれ黒曜石のような台座に手を置いて、祈っていた。
「何者です! 祈りの邪魔をすると許しませんよ」
足音に気づいて、ルーン王女が二人に顔を向けた。
「王女様、もう神の目は動かす必要はないんです。イフリータは僕らの味方になりました。もう、神の目を動かすのはやめてください」
「嘘じゃ、お前はバグロムの手先にでもなったのであろう!」
パトラ王女が叫んだ。
「いえ、真の言うのは嘘ではありません。私が証人です」
シェーラ・シェーラが大声で言った。
「シェーラ・シェーラがそう言うのなら、本当であろう。パトラ、神の目を動かすのはやめましょう」
「お姉さまがそうおっしゃるのなら」
しぶしぶと頷いて、パトラは台座の上の手を持ち上げようとした。
「手が、手が動かない! 台座から離れない!」
ぎょっと驚いて、ルーン王女は自分の手を離そうとしたが、こちらも動かない。
「駄目です! 神の目を止めることはできません」
真とシェーラ・シェーラは操縦席に上って二人の王女の手を台座から引き離そうとしたが、動かない。
「それじゃあ、神の目に乗り込むというのは、どうなるんだ?」
シェーラ・シェーラが真に聞いた。
「きっと、ここで操縦している人間とは別の人間が乗り込むんやな。よし、僕が乗り込もう」
「真様、それは危険です。神の目は、時空を越える力を持っています。操作を間違えば、あなたご自身が、時空の彼方に飛ばされてしまいます」
ルーン王女の言葉に、真は微笑んだ。
「どうせ、僕らは他の世界から来たんや。これでもとの世界に戻れるかもしれませんて」
「真、お前、ここが良かったんじゃないのかよう」
シェーラ・シェーラは情けない顔で顔一杯に涙を流しながら言った。
「ああ、大好きやで。でも、誰かが行かなきゃあならないなら、それはきっと僕なんや。シェーラ・シェーラさん。楽しかったなあ。これでお別れや」
「真う、行かんでくれよう」
真はその頬に軽くキスして、操縦席の階段を駆け下りた。
シェーラ・シェーラは、その後ろで、床に座り込み、恥も外聞も無く、大声を上げて泣いていた。
第十八章 イフリータの最後
外に出た真を待ち受けていたのは、藤沢、ナナミ、ミーズ、アフラ・マーン、アレーレの五人だった。
「真様あ、いったい、私たちどうなっちゃうんですかあ」
アレーレが心配そうに聞いた。
「大丈夫や。きっと何とかなるて」
アレーレに笑いかけた後、真は藤沢たちに言った。
「先生、ナナミちゃん、僕、神の目に乗り込んで止めてきます。あのままにしておくと、世界中を破壊しかねませんから」
「乗り込むって、お前、大丈夫か?」
「大丈夫です。どうやら、僕はここでは、機械の心が分かる不思議な力があるみたいなんや。多分、神の目を止められるのは、僕だけでしょう」
「なら、仕方ないか……」
「真ちゃん、本当に大丈夫よね。あんたを好きな女の子がたくさんいるんだから、死んだら承知しないわよ」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、アフラさん、すまんけど、神の目の中まで、僕を運んでくれませんか」
「分かりました。あんた、みかけは女みたいやけど、大変な男やな」
上空の神の目は、今や、誰の目にもはっきりと分かる異常な気配を見せていた。まるで、空中放電の実験のような火花があちこちから出ているのである。
「じゃあ、行きますえ。覚悟はよろしゅうおすな」
真は、頷いた。
その時、空中からひらりと降り立ったのは、イフリータであった。
「真、神の目に入るのは、私の仕事だ。私は、もともと神の目と一体となって作られた存在なのだ。だから、神の目のことは私は良く知っている」
「イフリータ! しかし、神の目に入ったら、君は時空の彼方に飛ばされるかもしれんのやで!」
「おそらくそうなるだろう。だから行くのだよ、真。そうして、私はお前に会うのだ。行かせておくれ。そうしなければ、私はお前に会えないのだから。お前に会うために、一万年の彼方へ私は行こう」
「でも、君の体はもうぼろぼろなんや。一万年も、持つんかいな」
「持つさ。きっと私はお前に会うのだから。大丈夫だよ」
イフリータは、手にしていた杖を真に渡した。
「これを、真。これは私の体の一部だ。これを持っていれば離れていても私と交信できる。私が神の目の中に入るまで、これを持っていておくれ」
「でも、これがなきゃあ、君を動かす人がいなくなる」
「私はもう自由なんだ。お前が私にそれを与えてくれた。さようなら、真」
イフリータはふわりと空中に浮かび上がった。そして、神の目の中に吸い込まれるように消えて行った。
イフリータの心は、しかし、真の手の中の杖を通して、真と交信していた。
(「真、お前に会うまでは、私にはたった一つの思い出さえなかった」
「思い出さえ? なら、僕が君にそれを上げよう」
「えっ?」)
イフリータの心には、真の様々な思い出が流れ込んだ。高校の入学式、夏休み、運動会、授業風景、……。そして、その一つ一つの思い出の中の真の側には、高校生となっている美しい、しかし普通の人間であるイフリータの姿があった。
初めてのデート、並んで眺めた夕焼け、秋の爽やかな風の声を聞く二人、
それらは真が作り上げた幻想であっただろう。しかし、イフリータには、それは現実の思い出と同じだった。
イフリータは涙を流していた。
「真、真、ありがとう……」
そして、イフリータの姿は神の目の中枢に消えた。
やがて、一瞬の閃光があり、神の目は再び上昇していった。エル・ハザードは、イフリータの犠牲によって救われたのであった。ロシュタル近郊に迫っていたバグロム軍は、イフリータを失って、自分たちの森に向かって引き上げた。
太陽に輝きながら青空の中に昇っていく神の目をみつめて、真は呟いた。
「イフリータ。いつか、僕は必ず神の目の秘密を解き明かし、君のところへ行こう」
第十九章 時空の彼方で
一万年の時が流れた。未来に向かって? それとも過去に向かって?
時空の闇の中、沈黙の夜の中をイフリータの体は旅し、そしてその体は耐久の限度を迎えていた。その時、イフリータは目覚めた。
彼女の前に一人の少年が立っていた。
驚いたように彼女を見つめているその顔は、彼女が一万年待ち続けた顔だった。
「真、真、やっと会えたね」
イフリータは少年に向かって歩いた。
「一万年、……一万年、この時を待っていた」
イフリータは少年の胸に顔を埋めて涙を流した。
「夢を……
夢を見たよ。
……
数え切れない夜の間で、
ただお前の夢だけを、
見ていたよ……」
少年は呆然としているだけであった。
「時間が無い。一万年の間に、私の体は消耗し尽くした。
私にはただ、お前をエル・ハザードに送る力が残されているだけだ。
後はお前に任せたよ」
イフリータは、真をエル・ハザードに送るために祈り始めた。
「ちょ、ちょっと。僕には何がなんだか」
少年は戸惑った顔で言った。
涙を流しながら、イフリータは真への最後の言葉を言った。
「あのなつかしい世界に行ったなら、私によろしく言っておくれ」
真の姿が光に包まれ、彼と、そこから数十メートルの範囲にいた人間のすべてがエル・ハザードに送られた。
イフリータはほとんどすべての力を使い尽くし、地面に崩れ落ちた。
やがて、やっとのことで立ち上がり、イフリータは歩き出した。
「ここは、……学校?」
校舎の中に入って、教室の中を眺める。真から貰った思い出の中で知っている風景。
校庭にでると、空には星が広がっていた。エル・ハザードの満天の星とは違って、ぼやけたようにまたたいている。
校庭のバックネットに凭れて、イフリータは目を閉じていた。心が空っぽになったみたいだ。
ふと、何かの気配を感じて、イフリータは目を上げた。
夜が明けようとしていた。薔薇色の朝空に、秋の雲が薄くかかっている。
力なく、イフリータは再び目を閉じた。
その時、もう一度、強い気配を感じて、イフリータは顔を上げた。
今度は本当だった。
グラウンドの向こうに空間のゆがみが生じ、そこに人の姿が現れていた。その姿は……。
真の姿だった。白い服を着てイフリータの杖を持ち、彼女に向かって、あの懐かしい微笑を浮かべている。イフリータを迎えにきたのだ。
イフリータは走り出した。その顔は生まれて初めての喜びに溢れ、尽きることの無い幸福の涙を流していた。
真は手を差し伸べて、イフリータを待っている。
二人の手が結ばれ、二人はしっかりと抱き合った。
「我が愛のエル・ハザード」 THE END
読まなくてもいい、残酷なエピローグ
こうして、人間の心を持った人形は、幸福になった。しかし、心を持つものは、また夢も見る。イフリータが最後に出会った真の姿はイフリータの夢ではなかっただろうか? しかし、それが大きな喜びを与える限り、夢と現実に、どれほどの違いがあるだろうか。もしも、最後の瞬間に美しい夢を見ながら死んでいったとしても、その幸福な思いが平凡な一生のすべての幸福に匹敵するものだったなら……。
付記:この小説は、OVA「神秘の世界エル・ハザード」を元に、TV版からの借用と、人名その他に一部勝手な改変を加えたノベライズである。主要状況設定、ストーリーやキャラクターは、すべて原作のビデオ・アニメに負うており、特にラスト・シーンはほとんど原作に忠実にノベライズしたつもりである。エピローグは、原作の意図への私なりの解釈だが、原作の美しいラストを汚す解釈だ
と思う人も多いだろう。最後の真が現実であれ幻想であれ、原作のエンディングの素晴らしさに変わりはない。小説でそれが再現できたかどうかは疑問だが。
その夜、真は眠れなかった。イフリータの面影が目の前にちらつき、振り払うことができない。
彼は寝床から起きて、バルコニーに行った。
明るい月夜である。青く見える空に大きな白い月がかかっている。この世界が破滅の前にあることが信じられない平和な夜空だ。
「真? 何してるんだ」
後ろから声を掛けられて、真は振り返った。シェーラ・シェーラであった。
「ああ、シェーラ・シェーラさん。眠れなくて」
「お前もか。へへ、俺もだ」
二人は並んでロシュタルの町と、その上を照らす月を眺めた。
シェーラ・シェーラは、二人でロマンチックに夜景を眺める甘い気持ちと同時に、今、言わなければ言う機会は無い、というあせりに駆られていた。
「お、俺よう、実は……」
シェーラ・シェーラは、小さな声で言って口ごもった。
「えっ? 何ですか」
「いや、何でもねえ。お前、今でも地球に帰りたいか?」
そう聞かれて、真は考えた。そういえば、地球に帰りたいという事を、ここのところ考えたことは無かった。家に帰れば、なつかしい家族に会える。しかし、それはここで出会った人々と別れることでもある。
「僕は、このエル・ハザードが好きですわ。ここの人々はみんな善良で優しい。素朴な人ばかりや」
「そ、そうか。じゃあ、地球に帰らないんだな。安心したぜ」
真はシェーラ・シェーラを見て、微笑んだ。
シェーラ・シェーラは赤くなった。
(この笑顔に弱いんだよなあ。ええい、行けえ!)
「真!」
「うん?」
真は横を見て驚いた。シェーラ・シェーラが目を閉じて軽く顔を上向けているではないか。つまり、キスを求めているのである。
(あっ、シェーラ・シェーラさん、僕が好きやったんか)
真は困った立場になった。シェーラ・シェーラのさっぱりとした性格は大好きだし、女の子としても可愛い子だ。しかし、異性として意識したことは無いのである。
「シェーラさん、僕……」
シェーラは、目をあけて、真の困ったような顔を見た。
「おめえ、やっぱり、あのナナミって奴が好きなんだな!」
「私がどうかした?」
背後からの声に、二人は振り向いた。そこに立っていたのは、もちろんナナミである。
「二人でラブシーンなんかしちゃって。世界の終わりが目の前だってのに、いい気なものよねえ。真ちゃん、あんた、この世界でずいぶんモテモテじゃん」
「い、いや、これは」
真はうろたえた。
「おい、お前、男だろう。俺とあいつとどっちが好きかはっきりさせろよ!」
シェーラ・シェーラは真の胸倉を捕まえて問い詰めた。
その時、宮殿を揺るがす轟音が聞こえた。
宮殿の東の塔が崩れ落ちていく。
「な、何事や!」
バルコニーから身を乗り出してその様を見た真は、月の光に照らされて空中に浮かぶ物を見た。
イフリータであった。
冷たい顔で、今自分が破壊した塔が崩れる様を眺めている。
「イフリータ!」
真の声に、彼女は振り向いた。そして、真の方に向かってすっと飛んできた。
「お前は何者だ。なぜ、私を親しげに呼ぶ」
「僕や、水原真や! 本当に覚えておらんのか?」
イフリータはバルコニーに降り立った。
「そんな者は知らん。私は、この宮殿と町の一部を破壊しに来た。降伏を受け入れねば、どんな目に遭うのか教えるためにな」
「そんな事しちゃ、あかん。何で君がそんなひどいことしなきゃああかんのや!」
「それが私に命ぜられたことだからだ」
二人の会話を聞いていたシェーラ・シェーラが、我慢できなくなって、彼女の前に駆け寄った。
「この野郎、ロシュタリアを破壊するだと? そんなことさせてたまるか! これでも食らえ!」
シェーラ・シェーラの打ち出した炎の球を、イフリータは平然とかわした。
「私の邪魔をするな。命令に入ってはいないが、私の邪魔をする者は殺す」
イフリータの杖が、シェーラ・シェーラの胸に向けられた。
「あかん! やめろ、イフリータ」
真は、何も考えず、イフリータの杖の前に飛び込み、その杖の先端を手で押さえた。
「あっ!」
驚いたのは、シェーラ・シェーラとナナミだけではなかった。イフリータの顔にも、驚愕としか思えない表情が表れた。
真が杖の先端を押さえた瞬間に、真の記憶がイフリータの記憶回路に流れ込んだのである。真が初めてイフリータを見た、あの夜の思い出。真によりかかって涙を流しているイフリータ自身の姿。
「お、お前は何者だ! 私はお前と会ったことは無いはずだ」
「僕は、君と出会って、このエル・ハザードに来たんや。イフリータ、本当に覚えていないんか?」
イフリータの心に、真にしがみついていた時の自分の気持ちについての感覚がはっきりと残っていた。それは、愛としか言えない感情である。しかし、機械である自分に感情があるはずがない。
「お前は私に何をした? なぜそんな事ができる。お前は一体何者なのだ!」
イフリータは、その武器である杖を真に向けて叫んだ。その時、バルコニーの異変に気づいて、衛兵たちがどやどやと二階に現れた。
イフリータは、それを見て、すっと空中に浮かんだ。
物問いたげな瞳を真に向け、しばし空中にたゆたった後、彼女は流れるような飛翔で闇の中に消えていった。
第十四章 混乱の会議
翌日、ロシュタリア王宮にエル・ハザード各国の代表者が集まって、エル・ハザード公会議が開かれた。真はまたしてもパトラ王女の格好でこの会議に出席することを余儀なくされたが、ルーン王女の傍で座っているだけの仕事も、結構つらいものがある。
(イフリータ……)
エル・ハザードの危機について諸国王たちが侃侃諤諤の議論を交わしている間、真の目の前には、イフリータの面影が浮かんでいた。
(「真、真、やっと会えたね……」)
あの切なげな、愛情に満ちた悲しい笑顔。あれはいったい何だったのだ。そして、自分たちの敵である彼女に、自分はなぜこんなにも心を揺さぶられるのだ。
はっと気がつくと、ある国の代表が、ルーン王女に神の目の作動を強く迫っていた。
「ルーン王女、今こそ神の目を用いる時です。さもなくば、エル・ハザードはすべてバグロムによって支配されることになりますぞ。あの鬼神イフリータの力は、たった一人でこの世界全体を滅ぼすことができるものです。この会議に出席しなかったアリスタリアは、すでに自らバグロムへの屈従を申し出たのです。それも当然。目の前でアリスタリア第二の町、ファルドが一瞬のうちに消滅させられたのですからな。あのイフリータに対抗できるのは、神の目しかありません。ルーン王女、どうか、神の目の使用を御決意ください!」
「神の目は……」
ルーン王女が言った。
「最後の手段です。古代文明が滅びたのは、イフリータではなく、本当は、神の目を作動させたからです。イフリータによって我々は滅びるかもしれない。しかし、滅びるのはいくつかの国でしかありません。国が滅びた後にはまた別の国が生まれ、栄えるでしょう。神の目は文明そのものを滅ぼすかもしれないのです」
「我々にとっては、自分の国が滅びるかどうかだけが問題なのだ! あなたが神の目を動かすことにどうしても反対するならば、我々はあなたをエル・ハザード全体の盟主とすることはできない。ロシュタリアがエル・ハザード諸国の盟主であるのは、ロシュタリア王家には神の目を動かす不思議な力が伝えられているという、その一点によるものだからな」
「そうだ!」
「そうだ!」
他の国王たちも、一斉に叫んだ。
ルーン王女は、蒼白な顔で、気絶せんばかりである。
「王女、神の目を動かすことにしましょう」
真は王女にささやいた。
「しかし、パトラがいないと、動かせません」
「そう言わないとこの場はおさまらないでしょう。とりあえず、この場を誤魔化しておいて、パトラさんを探し出すことに全力を上げましょう。最後の最後まであきらめなければ、なんとかなります」
気休めだったが、真の言葉は王女を動かした。
ルーン王女は頷いた。そして、会議の面々に向かって言った。
「分かりました。神の目を動かすことを承知します。バグロムへの返答の期限は明日の正午。その時間に、神の目を始動させることにします」
「ちょっと待った!」
突然、声が掛かった。
その声は、ルーン王女の右手に座っていた王女の婚約者、ガレフのものであった。
「言いたくないことだが、パトラ王女は今、失踪しているという噂がある。つまり、神の目を動かすことはできないということだ」
「ガレフ殿、何を言うのです!」
会議の面々は動揺した。
「パトラ王女が失踪しているだと? 現に目の前にいるではないか」
一人が声を上げた。
「あれは王女の影武者だ」
「ガレフ、あなたは、なぜそんなことを言うのです!」
「王女、神の目を動かせるのはあなたではない。今や、私が神の目の主人なのだ」
「えっ、どういうことです」
「パトラ王女を誘拐したのは私だ。パトラ王女の脳波を調べて、神の目を動かす原理を調べるためにね。まだ完全というわけにはいかないが、ある程度は動かせる自信がある」
「なぜ、何のためにそんな事をしたのです」
「もちろん、私がこのエル・ハザード全体の支配者となるためだ。こうなれば、ここにおいでの皆さんも、私に従うしかないだろう。それともバグロムに降伏するかな?」
立ち上がってあたりを睥睨するガレフに、諸国王たちは顔を見合わせた。
「仕方あるまい……。神の目を動かせる者が、エル・ハザードの支配者だ」
「いけません! 不完全なまま、神の目を動かしたら、どんな災いが起こるか分かりません!」
ルーン王女の叫びは、しかし国王たちを動かせなかった。
「畜生、ガレフの奴、こんな事をたくらんでやがったなんて」
会議室の隅で会議の行方を眺めていたシェーラ・シェーラは歯軋りをして小さく叫んだ。
「あきまへんな。ロシュタリア王家もこれで終わりどす」
その傍にいたアフラ・マーンも呟く。
「御可哀相に、ルーン王女様、婚約者にこんなに酷い裏切りをされるなんて」
会議の行方を知るためにロシュタルに来ていたミーズ・ミシュタルも涙ぐんで言った。
「ねえねえ、王女の婚約者って、あの青い顔の人?」
異世界からの客として、特別に会議に出席を許されていたナナミがアレーレの袖を引っ張って言った。
その言葉に、他の人々は、ぎょっとしたように一斉に振り返った。
「青い顔だって? あのガレフがか?」
「そうよ、自分がエル・ハザードの新しい支配者だとか言って威張ってた人」
「畜生! 幻影族だ!」
シェーラ・シェーラが飛び出した。
「みんな、騙されるな! そいつは幻影族だぞ!」
「何、幻影族だと!」
会議の場は大混乱に陥った。
「くっ、なぜ私の正体が見破られた!」
ガレフは本性を現した。まるで幽鬼のように青ざめた顔である。その傍にさっと現れた美少年も、同じように青ざめた顔をしている。
「てめえ!」
シェーラ・シェーラが炎をガレフめがけて打ち出した。しかし、その瞬間にガレフの姿は消えていた。
「畜生! どこへ消えた」
うろたえて、シェーラ・シェーラはあたりを見た。
その瞬間、彼女の肩口に鋭い痛みが走った。
「あっ!」
彼女の服の肩が切り裂かれ、赤い血が流れている。
「あかん、見えない相手に勝ち目はおまへん」
くやしそうに言うアフラ・マーンをナナミがきょとんとした目で見た。
「あんたたち、あいつが見えないの? ほら、ガレフは今、ルーン王女のそばに、もう一人のちっちゃいのはシェーラさんの後ろにいるじゃない!」
二人の法術士は、さっと駆け出した。
「シェーラ、後ろや!」
アフラのその言葉と同時に、シェーラ・シェーラは腰の剣を抜いて、自分の背後の何かに向かって横なぎに払った。ズン、という手ごたえがあり、何かが倒れた。
ミーズの方は、ルーン王女の周りに高圧水流で水のバリアを作り出す。
ルーン王女を攫って逃げようとしていたガレフは、回転するその水流に阻まれて、手が出せない。
「くそっ!」
ガレフは身を翻して広間から逃げた。
「ガレフを逃がしてはあきまへんえ! ナナミちゃん、真はんと一緒にガレフの後を追いなはれ。私らもすぐ行くさかい」
「オッケィ! 真ちゃん、行こ」
真は、ナナミの後に続いて走りだした。おそらく、ガレフの行くところにパトラ王女が監禁されているのだろう。パトラ王女に会えば、神の目の秘密も、自分たちがこの世界に来た理由も分かるかもしれない。
「おーい、お前たち、どこへ行くんだ?」
廊下でぶつかった藤沢に、真は叫んだ。
「パトラ王女が見つかりそうなんです。先生も来てください」
藤沢は二人の後を追い、さらにその後からシェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ミーズ・ミシュタルも追ってきた。
ガレフが逃げ込んだのは、王宮の背後にある、王家の祭壇のある建物であった。そこは禁断の場所であり、シェーラ・シェーラたちの捜索も及ばなかった所だ。
第十五章 パトラ王女の救出
「ガレフの奴、こんな所に入り込んでいたのか!」
シェーラ・シェーラが叫んだ。肩口の傷は、ミーズ・ミシュタルの治癒の法術で応急処置が取られ、ふさがりつつある。
「パトラ王女様が中にいるなら、人質に取られて手が出せなくなる。早く行かないと!」
真の言葉に他の者たちは頷いた。
ガレフが逃げ込んだのは、王家の墓所であった。暗い中に永遠の燐光が光り、無数の墓を静かに照らし出している。
「お前たち、それ以上近づいたら、パトラ王女の命は無いぞ」
墓所の奥に進み、ある部屋に入ると、そこにガレフはいた。ガレフだけではない。三人の幻影族の人間がいて、その者たちは、部屋の中央の奇妙な機械を操作していた。その機械の中心の椅子には、長い黒髪以外は真と瓜二つの美少女が、気を失ったまま縛り付けられている。
「パトラ様!」
ロシュタリアの者たちは悲痛な声を上げた。
「もはや、こうなっては、我々の野望は潰えた。おい、神の目を始動させろ!」
ガレフは部下らしい幻影族の三人に命じた。
「ガレフ様?」
「し、しかし、そうすると神の目は暴走しますが?」
「かまわん!」
しかし、ガレフの部下は、スイッチを入れるのをためらっていた。
「おい、ガレフ、あんた何を考えてるんや! この世界を破滅させる気か」
真の言葉にガレフは凄みのある微笑を浮かべた。
「その通りだ。我々幻影族は子孫を増やす手段を持たない。一代に一度の分裂で、自分と同じ個体を残せるだけだ。事故や病気で死ねば、その分だけは減っていくしかない。つまり、我々は最初から破滅を運命づけられた種族なのだ。私は、神の目を動かすことで始原の時間に戻り、我々の運命を変えるつもりだった。それが駄目になった今、全エル・ハザードを道連れに破滅するのも悪くない」
ガレフは部下に向かって頷いたが、部下はまだためらっている。
「ええい、俺がやる。どけい!」
その瞬間が、シェーラ・シェーラの狙っていた瞬間だった。彼女は、ベルトにつけていた短剣を抜き、ガレフめがけてそれを投げた。
短剣は、見事にガレフの胸に突き刺さった。
「ぐあっ!」
ガレフは声を上げて倒れた。
「お前たち、まだやる気か?」
シェーラ・シェーラが言うと、ガレフの部下たちは首を横に振って機械の前を離れた。
真と藤沢は、機械中央の椅子に縛りつけられたパトラ王女を助けだした。
墓所から外に出ると、明るい世界が広がっている。しかし、パトラ王女は麻薬で眠らされているらしく、目を開かなかった。
「パトラ王女様! アレーレ、心配しましたわ!」
パトラ王女が目を覚ますと、その前にはアレーレの心配そうな顔があった。
「おう、アレーレではないか。私は助かったのじゃな」
「はい、この方たちのご活躍で」
パトラ王女はベッドの周りの人々を見たが、ルーン王女、侍従長、親衛隊長、幕僚長、大神官以外に、見慣れない顔が三つある。真、藤沢、ナナミの三人である。
「この者たちは?」
「真様は、パトラ様がいらっしゃらない間、代役を務めていらっしゃったのですよ」
「何と、この私に良く似ておるのう。美しい娘じゃ」
「あのう、僕、男なんやけど」
「な、何い。私の代役に男だと? けしからん、誰がそんな事を許したあ」
麻薬で眠らされている間は、楚々とした美少女だったが、目が醒めたところは案外、何だかなあ、の性格である。
「パトラや、目が醒めたばかりで申し訳ないけど、今、エル・ハザードは危機的状況にあります。神の目を動かさねばならないのです。手伝ってくれますね」
「神の目をですか? それは大変だ」
ルーン王女は、パトラに状況を説明した。
「仕方ありませんな。バグロムたちにこの世界を支配されるよりは、危険でも神の目を動かすしかないでしょう」
「神の目を動かすと、どうなるんです?」
真はルーン王女に聞いてみた。
「人間の精神エネルギーを強大な物質エネルギーに変えて、目指すものを破壊するのです。おそらく、イフリータでもこれにはかなわないでしょう」
「イフリータを破壊するんですか?」
「当然です。そうしなければ、こちらが破滅します」
「でも、イフリータは自分の意志で動いているわけやないんですよ。可哀相や」
「真ちゃん、あんたやたらとイフリータの肩を持つわねえ。やっぱり、本気であの美人の戦争人形に惚れているんじゃないの?」
我慢できなくなって、側からナナミが突っ込む。
「い、いや、僕はただ……」
言いながら、真は、ナナミの言う通りかもしれない、と思っていた。しかし、人間でもないものに恋するなんて、そんなことがあるものだろうか。
第十六章 イフリータの涙
「アフラ・マーンさん、お願いがあるんやけど」
日が地平に落ちようとする頃、真はアフラ・マーンを見つけて声を掛けた。
「何どすか、真はん」
「実は、バグロムの軍隊の中に忍び込みたいんやけど、協力してくれへんやろか」
「バグロムの中に? そんな無茶な」
「明日、神の目を動かしたら、大変なことになる、いう気がしてならないんですわ。その前に、何とかして陣内を説得して、この戦いをやめさせようと思っとるんです」
「それは、無理やないかなあ。あのお人は、ちょっと『あっち』へ行っている方でっしゃろ?」
「それはそうやけど、このまま何もしないでいるよりは……」
「まあ、ええ。どうせ、明日の戦は、私らくらいの力では何の役にも立たない戦になりそうや。最後のお勤めに、悪あがきするのもよろしいやろ」
「おおきに、アフラさん」
アフラ・マーンが真を連れて空に飛び上がろうとした、その時、
「おめえら、ちょっと待った!」と声が掛かった。
「シェーラ・シェーラさん……」
二人を呼び止めたのは、シェーラ・シェーラであり、その側にはナナミもいる。
「あんた達、二人でどこに行こうっての!」
ナナミが目を三角にして言った。
「いや、陣内にこの戦いをやめさせようと」
「嘘おっしゃい! どうせ、あのイフリータとかいう顔のきれいなロボットに会うつもりなくせに!」
「ぐっ……」
図星であった。
「いい、今度こそ、命は無いわよ。あんな危険なロボットの相手をするのはやめなさい。どうせ、明日神の目を動かして相手を消し飛ばしてしまえば、バグロムなんてお終いよ」
「どうしても行くってんなら、俺たちも一緒だぜ」
「そうよ、真ちゃん。私たち、あんたが心配で、ずっと見張っていたんですからね。一人で勝手な行動して死んだりしたら、恨んでやるから。死ぬ時はみんな一緒よ」
「すまん……。じゃあ、みんな、来てくれるか?」
「もちろんだぜ!」
真はアフラ・マーンの顔を見た。
「仕方ありまへんな。こうなったら、一蓮托生や」
真は、宮殿の方を見て、藤沢先生に別れを告げた。
「先生、さよなら。この戦争で生き延びることができたら、ミーズさんとお幸せにな」
ナナミはアフラ・マーンの背中に乗り、真はシェーラ・シェーラが操る馬に一緒に乗ることにした。馬といっても地球の馬とは少し違って、額に角が生えたユニコーンだが、速さは地球の馬よりも速い。
「しっかりつかまってろよ!」
自分一人では馬に乗れない真は、後ろからシェーラ・シェーラにしがみつくだけである。
夕日の中を真と一体になって馬を走らせたこの思い出が、結局シェーラ・シェーラの最高の思い出となった。
道中、二人にはほとんど言葉を交わす余裕はなかったが、自分の背中に真の体を感じているだけで、彼女は至福の感じを抱いていたのである。
空の色が菫色に変わり、やがて星が見えてきた。真がこれまで見たことのない、満天の星である。そして、しばらくすると、月も昇ってきた。
「きれいやなあ」
「ああ? あの空か。うん、きれいだな」
「なんでこんなにきれいな世界なのに、戦なんかあるんやろ」
「みんながみんなお前みたいな優しい奴なら、戦なんか起こらねえさ」
「……」
やがて、彼方にバグロム軍の野営地が見えてきた。
シェーラ・シェーラが馬を止めると同時に、アフラ・マーンも地上に降下した。
「ここからは、気をつけないとな」
シェーラ・シェーラが言った。すると、アフラ・マーンが静かに言った。
「無駄ですわ。もう見つけられましたで」
月光の中を、滑るように飛翔してこちらに向かってきたのは、イフリータであった。
「イフリータ!」
真は叫んだ。
「水原真か。何をしに来た」
「明日の戦は、したらあかん。ロシュタリアは神の目を動かすつもりや。あんたがどんなに強くても、神の目にはかなわん、いう話や」
「神の目か。それがもし本当なら、その通りだ。しかし、神の目は人間には制御できない。王家の者といえどもな」
「嘘や。王家の者なら制御できるいう話やで」
「私は目覚めてから、自分が作られた文明が数千年も前に滅んだことを知った。その原因は、神の目だ。人間には、自分の思いのままにならない深層心理がある。神の目を作った人々でさえ、それはコントロールできなかったのだ。だから、神の目は暴走し、その文明は滅んだ。おそらく、このエル・ハザードもそうなるだろう」
「嘘だ、ロシュタリアに神の目を使わせないためにそう言っているんだ!」
シェーラ・シェーラが叫んだ。
イフリータは冷たい目でそちらを見た。
「私は、この戦でどちらが勝とうと興味はない。ただ、主に命ぜられた仕事をするだけだ」
「イフリータ! 」
「私はそのように作られた存在なのだ。さあ、もう行け。さもなくば、お前たちを殺すしかない」
真はイフリータに向かって一歩歩いた。
「止まれ! 今度は本当に殺すぞ」
「君には僕は殺せない。なぜなら、僕は元の世界で君に会ってここに来たからだ。その時、君は僕を愛していた。そして今、僕も君を愛している。君には僕を殺せない」
他の三人の女たちは、真のこの言葉にそれぞれショックを受けたが、しかし、それはかねてから予期していた言葉でもあった。
「私には心は無い。心の無い者が、どうして人を愛せる」
「いや、君には心がある。涙を流すことだってあるんや。僕は君の涙を見た。あんなきれいな涙を見たのは初めてやった」
「嘘だ! 側によるな!」
イフリータは、真を殺すために、構えた杖を作動させようとした。そういう風にプログラムされていたからである。自分に危害を加える存在は、殺せ、と。
真の手がイフリータの杖に触れた。
そして、再び、二つの心はシンクロした。
真が見たものは、殺戮と破壊と炎の記憶。その中心にはイフリータの姿があった。無表情に、自分の破壊の跡を眺めるその顔に、しかし真は悲しみを見た。
イフリータが見たものは、平和と幸福の記憶。普通の高校生の、何気ない、平凡な日常の中の喜び、幸せ、小さな挫折や悲しみ。それにもかかわらず、生きていくことの嬉しさ。それらは何一つとしてイフリータが持ったことが無いものだった。
「イフリータ。君の中には、主人に従うことを強制するシステムがあるはずや。僕はそのシステムを壊そう」
「ああ、もしもそれが可能なら、そうしてくれ」
二人が交わしている会話は、他の三人には聞こえなかった。他の三人には、二人がただ見詰め合って黙っているようにしか見えなかったのである。しかし、そこで何か神秘的なことが起こっていることは伝わった。
真はイフリータの心に入り、主人に従うシステムを探した。やがて、彼のイメージの中に、あのイフリータの杖のような物が現れた。
「これや!」
真は、その杖を引き抜いた。
イフリータの心で、何かが溶けていった。
「君の心の自由を奪っていたものは僕が取り除いた。君は、もう自由なんや!」
「自由? この私が?」
イフリータは空を仰いだ。そして、人々は初めてイフリータの涙を見たのであった。
「そうだ。自由だ。私は、自分の好きなように動くことができる」
しかし、その言葉とともに、イフリータの体は地上に崩れ落ちた。
「イフリータ! どうした。どないしたんや」
「大丈夫だ。私の体は、この数千年で、案外がたがきていたらしい。少し休ませてくれ」
イフリータは、真を見て、にっこりと微笑んだ。その微笑は、初めて会った時の微笑であった。
その時、アフラ・マーンが悲鳴を上げた。
「神の目が、神の目が動いている!」
その指差した空の彼方には、一つの青い大きな星があった。そして、その星は、かすかに、気がつかないほどの速度で地上に向かって降下していたのであった。
第十七章 涙のキッス
真たちがイフリータを連れてロシュタル宮殿に戻った時には、神の目はもはや宮殿の上空百メートルくらいのところまで降りていた。
「何でや! 神の目を動かすのは、今日の正午のはずやったろ!」
真は藤沢を捕まえて問い詰めた。
「うーん、しかし、神の目を動かすには、それに乗り込まんといかんらしいから、早目に動かす必要があったらしいんだ」
「王女たちは?」
「王家の祭壇にいる。面会謝絶だ」
真は、イフリータをベッドに寝かせて、シェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ナナミと一緒に王家の祭壇に向かった。
王家の祭壇の前は数十名の護衛兵で守られていた。
「そこを通してください。大事な用があるんや!」
「真殿、王女たちは今、誰にもお会いできない状態なのです。お引取りください」
「もう、神の目を動かす必要なんかないんです。イフリータはこちらの味方になりましたから」
「イフリータが? まさか」
「時間が無い! ここを通してください」
「できません!」
「真の言うことは本当だぜ。ここを通さないと、大変なことになるんだ」
「シェーラ・シェーラ様の言うことでも、王女のご命令にそむくことはできません」
「仕方ねえ、強行突破だ!」
シェーラ・シェーラは、炎の法術を使う構えをした。
「お待ち、それは危なすぎます」
いつの間に来ていたのか、ミーズ・ミシュタルが背後から声を掛けた。
彼女の呪文とともに、激しい水流が、扉を守っていた衛兵たちを吹っ飛ばした。
「事情は、アフラ・マーンから聞きました。ここは私に任せて、中に行きなさい」
「すまねえ」
真、シェーラ・シェーラの二人は、建物の中に入った。
道は途中で、王家の墓所の方面と、王家の祭壇の方面の二つに分かれる。
「しまった! 王家の祭壇の中には入れねえ」
「なんでや!」
「王家の血を引く者以外には扉が開かないようになっているんだ。どういう仕組みかは俺にも分からねえ」
祭壇のある部屋への扉は、頑丈な金属でできていた。
その中央に、青い宝石がはまっている。
真は、イフリータの眠っていた洞窟の扉のことを思い出した。
真はその青い石に手を触れた。石は光を発し、扉が開き始めた。
「ま、真、おめえ、王家の血を引いていたのか?」
「わかりません。でも、これが僕の能力のようです」
最後の部屋の扉が開いた。
その部屋では、ルーン王女とパトラ王女が、それぞれ黒曜石のような台座に手を置いて、祈っていた。
「何者です! 祈りの邪魔をすると許しませんよ」
足音に気づいて、ルーン王女が二人に顔を向けた。
「王女様、もう神の目は動かす必要はないんです。イフリータは僕らの味方になりました。もう、神の目を動かすのはやめてください」
「嘘じゃ、お前はバグロムの手先にでもなったのであろう!」
パトラ王女が叫んだ。
「いえ、真の言うのは嘘ではありません。私が証人です」
シェーラ・シェーラが大声で言った。
「シェーラ・シェーラがそう言うのなら、本当であろう。パトラ、神の目を動かすのはやめましょう」
「お姉さまがそうおっしゃるのなら」
しぶしぶと頷いて、パトラは台座の上の手を持ち上げようとした。
「手が、手が動かない! 台座から離れない!」
ぎょっと驚いて、ルーン王女は自分の手を離そうとしたが、こちらも動かない。
「駄目です! 神の目を止めることはできません」
真とシェーラ・シェーラは操縦席に上って二人の王女の手を台座から引き離そうとしたが、動かない。
「それじゃあ、神の目に乗り込むというのは、どうなるんだ?」
シェーラ・シェーラが真に聞いた。
「きっと、ここで操縦している人間とは別の人間が乗り込むんやな。よし、僕が乗り込もう」
「真様、それは危険です。神の目は、時空を越える力を持っています。操作を間違えば、あなたご自身が、時空の彼方に飛ばされてしまいます」
ルーン王女の言葉に、真は微笑んだ。
「どうせ、僕らは他の世界から来たんや。これでもとの世界に戻れるかもしれませんて」
「真、お前、ここが良かったんじゃないのかよう」
シェーラ・シェーラは情けない顔で顔一杯に涙を流しながら言った。
「ああ、大好きやで。でも、誰かが行かなきゃあならないなら、それはきっと僕なんや。シェーラ・シェーラさん。楽しかったなあ。これでお別れや」
「真う、行かんでくれよう」
真はその頬に軽くキスして、操縦席の階段を駆け下りた。
シェーラ・シェーラは、その後ろで、床に座り込み、恥も外聞も無く、大声を上げて泣いていた。
第十八章 イフリータの最後
外に出た真を待ち受けていたのは、藤沢、ナナミ、ミーズ、アフラ・マーン、アレーレの五人だった。
「真様あ、いったい、私たちどうなっちゃうんですかあ」
アレーレが心配そうに聞いた。
「大丈夫や。きっと何とかなるて」
アレーレに笑いかけた後、真は藤沢たちに言った。
「先生、ナナミちゃん、僕、神の目に乗り込んで止めてきます。あのままにしておくと、世界中を破壊しかねませんから」
「乗り込むって、お前、大丈夫か?」
「大丈夫です。どうやら、僕はここでは、機械の心が分かる不思議な力があるみたいなんや。多分、神の目を止められるのは、僕だけでしょう」
「なら、仕方ないか……」
「真ちゃん、本当に大丈夫よね。あんたを好きな女の子がたくさんいるんだから、死んだら承知しないわよ」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、アフラさん、すまんけど、神の目の中まで、僕を運んでくれませんか」
「分かりました。あんた、みかけは女みたいやけど、大変な男やな」
上空の神の目は、今や、誰の目にもはっきりと分かる異常な気配を見せていた。まるで、空中放電の実験のような火花があちこちから出ているのである。
「じゃあ、行きますえ。覚悟はよろしゅうおすな」
真は、頷いた。
その時、空中からひらりと降り立ったのは、イフリータであった。
「真、神の目に入るのは、私の仕事だ。私は、もともと神の目と一体となって作られた存在なのだ。だから、神の目のことは私は良く知っている」
「イフリータ! しかし、神の目に入ったら、君は時空の彼方に飛ばされるかもしれんのやで!」
「おそらくそうなるだろう。だから行くのだよ、真。そうして、私はお前に会うのだ。行かせておくれ。そうしなければ、私はお前に会えないのだから。お前に会うために、一万年の彼方へ私は行こう」
「でも、君の体はもうぼろぼろなんや。一万年も、持つんかいな」
「持つさ。きっと私はお前に会うのだから。大丈夫だよ」
イフリータは、手にしていた杖を真に渡した。
「これを、真。これは私の体の一部だ。これを持っていれば離れていても私と交信できる。私が神の目の中に入るまで、これを持っていておくれ」
「でも、これがなきゃあ、君を動かす人がいなくなる」
「私はもう自由なんだ。お前が私にそれを与えてくれた。さようなら、真」
イフリータはふわりと空中に浮かび上がった。そして、神の目の中に吸い込まれるように消えて行った。
イフリータの心は、しかし、真の手の中の杖を通して、真と交信していた。
(「真、お前に会うまでは、私にはたった一つの思い出さえなかった」
「思い出さえ? なら、僕が君にそれを上げよう」
「えっ?」)
イフリータの心には、真の様々な思い出が流れ込んだ。高校の入学式、夏休み、運動会、授業風景、……。そして、その一つ一つの思い出の中の真の側には、高校生となっている美しい、しかし普通の人間であるイフリータの姿があった。
初めてのデート、並んで眺めた夕焼け、秋の爽やかな風の声を聞く二人、
それらは真が作り上げた幻想であっただろう。しかし、イフリータには、それは現実の思い出と同じだった。
イフリータは涙を流していた。
「真、真、ありがとう……」
そして、イフリータの姿は神の目の中枢に消えた。
やがて、一瞬の閃光があり、神の目は再び上昇していった。エル・ハザードは、イフリータの犠牲によって救われたのであった。ロシュタル近郊に迫っていたバグロム軍は、イフリータを失って、自分たちの森に向かって引き上げた。
太陽に輝きながら青空の中に昇っていく神の目をみつめて、真は呟いた。
「イフリータ。いつか、僕は必ず神の目の秘密を解き明かし、君のところへ行こう」
第十九章 時空の彼方で
一万年の時が流れた。未来に向かって? それとも過去に向かって?
時空の闇の中、沈黙の夜の中をイフリータの体は旅し、そしてその体は耐久の限度を迎えていた。その時、イフリータは目覚めた。
彼女の前に一人の少年が立っていた。
驚いたように彼女を見つめているその顔は、彼女が一万年待ち続けた顔だった。
「真、真、やっと会えたね」
イフリータは少年に向かって歩いた。
「一万年、……一万年、この時を待っていた」
イフリータは少年の胸に顔を埋めて涙を流した。
「夢を……
夢を見たよ。
……
数え切れない夜の間で、
ただお前の夢だけを、
見ていたよ……」
少年は呆然としているだけであった。
「時間が無い。一万年の間に、私の体は消耗し尽くした。
私にはただ、お前をエル・ハザードに送る力が残されているだけだ。
後はお前に任せたよ」
イフリータは、真をエル・ハザードに送るために祈り始めた。
「ちょ、ちょっと。僕には何がなんだか」
少年は戸惑った顔で言った。
涙を流しながら、イフリータは真への最後の言葉を言った。
「あのなつかしい世界に行ったなら、私によろしく言っておくれ」
真の姿が光に包まれ、彼と、そこから数十メートルの範囲にいた人間のすべてがエル・ハザードに送られた。
イフリータはほとんどすべての力を使い尽くし、地面に崩れ落ちた。
やがて、やっとのことで立ち上がり、イフリータは歩き出した。
「ここは、……学校?」
校舎の中に入って、教室の中を眺める。真から貰った思い出の中で知っている風景。
校庭にでると、空には星が広がっていた。エル・ハザードの満天の星とは違って、ぼやけたようにまたたいている。
校庭のバックネットに凭れて、イフリータは目を閉じていた。心が空っぽになったみたいだ。
ふと、何かの気配を感じて、イフリータは目を上げた。
夜が明けようとしていた。薔薇色の朝空に、秋の雲が薄くかかっている。
力なく、イフリータは再び目を閉じた。
その時、もう一度、強い気配を感じて、イフリータは顔を上げた。
今度は本当だった。
グラウンドの向こうに空間のゆがみが生じ、そこに人の姿が現れていた。その姿は……。
真の姿だった。白い服を着てイフリータの杖を持ち、彼女に向かって、あの懐かしい微笑を浮かべている。イフリータを迎えにきたのだ。
イフリータは走り出した。その顔は生まれて初めての喜びに溢れ、尽きることの無い幸福の涙を流していた。
真は手を差し伸べて、イフリータを待っている。
二人の手が結ばれ、二人はしっかりと抱き合った。
「我が愛のエル・ハザード」 THE END
読まなくてもいい、残酷なエピローグ
こうして、人間の心を持った人形は、幸福になった。しかし、心を持つものは、また夢も見る。イフリータが最後に出会った真の姿はイフリータの夢ではなかっただろうか? しかし、それが大きな喜びを与える限り、夢と現実に、どれほどの違いがあるだろうか。もしも、最後の瞬間に美しい夢を見ながら死んでいったとしても、その幸福な思いが平凡な一生のすべての幸福に匹敵するものだったなら……。
付記:この小説は、OVA「神秘の世界エル・ハザード」を元に、TV版からの借用と、人名その他に一部勝手な改変を加えたノベライズである。主要状況設定、ストーリーやキャラクターは、すべて原作のビデオ・アニメに負うており、特にラスト・シーンはほとんど原作に忠実にノベライズしたつもりである。エピローグは、原作の意図への私なりの解釈だが、原作の美しいラストを汚す解釈だ
と思う人も多いだろう。最後の真が現実であれ幻想であれ、原作のエンディングの素晴らしさに変わりはない。小説でそれが再現できたかどうかは疑問だが。
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