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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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さて、今回でこの話は終わりである。私は元ネタ「グイン・サーガ」の中のグインのふりをするグインの話が大好きなので、それをアレンジしたまでだ。つまり、私の「創作娯楽」としてはこれで十分なのである。まあ、今読み返しても自分ではかなり面白かったので、満足だ。

(以下引用)

タイガー! タイガー! 17章 2017/10/19 (Thu)

第十七章 アンセルムの村



フロス・フェリたちに別れを告げてから三日後にグエンたちは森を抜けた。なだらかな草地が上がったり下がったりして、時々は林もあるが、もはや密生した森林地帯ではない。周りの明るくなった景色に、一行は何となく心が軽くなる気分だった。実際には、森の中よりも人里のほうが危険は多いのだが、グエン以外の人間は、やはり人間の世界でこれまで生きてきたのだから。

「まず、道を探しましょう。その道を通っていくか、わざと道を避けるかは別にしても、どこをどう行けばどこに向うかという大体の見当くらいはつけておかないと」

フォックスの言葉にグエンはうなずいた。

「ならば、遠くまで見晴らせる高いところを探してみよう」

そう言って、グエンはゆるい斜面を先に立って登っていった。

その後からフォックスが早足でついていく。

「あなたたちはその辺で休んでいてもいいわ。近くに人はいないようだから」

後からついてこようとする子供たちにはそう声をかけたが、二人の子供は首を振ってグエンたちを追う。

やがて小高い丘の頂上に出た。

西の遠方には、彼らが来た森があり、その北には大山脈が続いている。この大山脈がサントネージュとユラリアの国境だったのである。そして、丘の東にはなだらかな平地が広がっていた。ここからタイラスの中心地に続いていくのである。

ずっと向こうに細く野原を横切っている薔薇色の線がランザロートに続く道だろう。その大都会は、もちろんまだ視界には入らない。だが、その道の途中途中に灰色の集落が見える。村が幾つかあるのである。

「まず、あの村に行きましょう。旅芸人としての初舞台ですよ」

「ああ、そうだな。後で、少しまた打ち合わせをしよう。俺たちの素性についての作り話もまだきちんとできていないからな」

「そうですね。名前はこのまま、ソフィ、ダン、グエンでいいと思いますが、私は変えましょう。フォックスという名前はサントネージュ宮廷では少し知られてますから。そうですね、ええと、前はフローラだったかな。似合わない名前だこと。いいわ、フォッグにしよう」

「フォックスに似すぎていないか?」

「そうかしら。じゃあ、フォギー」

「フォギーだな」

「いい、ソフィ、ダン、私はあなたたちのお母さんで、グエンの奥さんのフォギーよ。忘れないで、人から聞かれたら、そう答えるのよ。ただし、あなたたちはグエンの連れ子ということにします。いくらなんでも、こんな大きいこどもたちのお母さんでは、私が可愛そうよ」

「どうしてさ」

「つまりね、あんたやソフィを私が生んだとしたら、私は30歳くらいの年だと思われるの」

「そうじゃないの?」

「あのねえ、私はまだ25歳よ」

「たいして違わないじゃん」

「たしか、前には24だと言っていたが」

グエンが口をはさむ。

「えっ? そうでしたっけ。まあ、どっちでもいいでしょうが。案外と細かいことを覚えているわねえ」

「いや、すまない。なるべく打ち合わせは正確にしておきたいのでな」

「はいはい、25ですよ。大年増です」

「フォギーは若いわよ。それに、サントネージュ一番の美人だわ」

「ありがとう。ソフィはやさしいわね。それに比べて、この男たちは」

グエンとダンは肩をすくめた。フォギーの年が20歳だろうが30歳だろうが、彼らにはまったく関心の外である。



半日ほど歩くと、後少しのところに集落が見えてきた。

「さて、旅芸人ならば、本当は馬車の一つもほしいところね」

フォギーが言う。

「エーデル川を渡る時に、馬も馬車も捨てたからな」

「幸い、お金はあるけど、タイラスのお金ではないからねえ」

「あの、少しならタイラスのお金があります」

「えっ?」

フォギーはソフィを見た。

「あの、緑の森の盗賊たちと一緒にいたお姉さんから貰ったんです」

「貰った?」

「はい。その代わりに、サントネージュのお金を少しあげました」

「何だ。交換したわけね。でも、良かった。どれくらいある?」

「はい。これは、いくらくらいなんでしょう」

「ふうん、金貨と銀貨だから、結構あるんじゃないかしら。助かるわ。少なくとも、食事代や宿代くらいにはなりそうね」

「宝石は金にはならんのか?」

「都会なら金に換えることもできるでしょうけどねえ」

「物のほうが金に換え易ければ、俺の剣を売ってもいいぞ」

「まさか。売るなら、私の剣を売りますよ。私が剣を持つより、グエンが持つほうが百倍いいに決まってます」

「まあ、どうせ敵から奪った剣だから、それほど愛着もない。必要なら、そう言ってくれ」

「はい、じゃあ、必要なときは言います」



グエンたち一行が村に近づくのを、畑で農作業をしている農夫や農婦たちは奇異の目で見ていた。グエンの雄大な体格と、その虎の頭が人々を驚かせたのは当然だが、その驚きはグエンの持っている旗に書かれた「グエン一座」という看板の文字でいくぶんか治まった。この旗の文字は、少し前に、ソフィとフォギーが苦労して縫い付けをしたものである。

人々の驚きというものは、どんなインチキな弁明であれ、何かの説明があればそれで納得し、治まるものであるらしい。グエンの虎頭は、彼が旅の芸人であるというだけで作り物として受け入れられてしまったようだ。

「とざい、東西。ここに現れ出ましたるは、天下にまぎれもない驚異の一座、恐怖の虎男グエン・バードンとその一行。御用とお急ぎでない人は、この出し物を見逃すと、一生の後悔のもとだよ」

フォギーが流暢に弁じると、あたりに百姓たちがぞろぞろ集まってくる。



「お客さんたち、出し物が気に入れば、お金があれば結構だが、無ければ芋でも瓜でも結構。ただし、只見をするようなケチなお客は御免だよ。お代は見てのお帰りだ。では、はじめるよ。まずは、地上に降りた天使の歌声とはこのこと、歌姫ソフィ・マルソーの歌を聞けば、どんな悩みも消えて、地上の天国が味わえる。さあ、歌っておくれ」

ソフィが歌い始めると、遠くで働いていた者たちも集まってきた。まさしく、彼らにとっては、生まれて初めての「芸術」との遭遇だったのである。あるいは、生まれて初めて美の奇蹟を味わったのである。

「こりゃあすげえ。あの子は本物の天使じゃねえか」

「まるで頭の中に、きれいな光があふれるみてえだ。こんな気持ちは初めてだ」

「おらあ、何だか悲しくなってきちまったよ。こんなきれえなもんがこの世にあるなんて、うれしいよりも、悲しいみてえだよ」

「ああ、死んだ妹の声がおらに呼び掛けているみてえだ。お兄、うちは今、天国さいるんだ、幸せだから心配するなって」

歌声が終わると、人々は、その感動を失うのが怖いみたいに、しばらく黙っていた。ソフィはそのために居心地の悪い思いをしたが、やがて起った大きな歓声と拍手に、自分の歌が成功したことを知った。

「さて、お次は、この一座の看板の出し物。『悪党グエンと悲しみの姫君』だよ!」

今度はダンが幼い声を張り上げて、演目を叫ぶ。そのあどけない可愛さは、観客たちを喜ばせた。

「世にも奇怪な悪党グエン、頭は虎で体は人、そしてその心は、虎なのか、人なのか。彼は美しい姫君をさらって逃げました。しかし、正義の騎士、フォギーと、その従者にして利口者のダンは彼を追っておいつきます。はたして、フォギーとダンは、囚われの姫君を救えるでしょうか!」

小さな木の茂みを舞台の袖代わりにして、そこからグエンが飛び出してくる。上半身裸のその体は、それだけで見る者の度肝を抜いた。何しろ、2マートルもある身の丈の威圧感だけでなく、その逆三角形の見事な筋肉質の体は、ただの農作業などをしている普通の人間ではまずありえない体格であった。赤銅色の体はまるで油でも塗ったように午後の日差しに輝き、そして彼は観客に向かって棍棒を持った両手を大きく広げ、威嚇するように咆哮した。それはおそるべき虎の咆哮だった。聞いている者たちの中で気の弱いものは腰を宙に浮かせ、逃げ出そうとしたほどである。

「うわあ、虎だ、虎だ! 本物の虎だ!」

「ば、馬鹿言え、あの体は人間じゃねえか。あれはかぶり物だよ」

「だが、あの恐ろしい声は、ふつうの人間じゃあ出せねえぜ。あいつは本物の虎男にちげえねえ」

「本物の虎男って何だよ。虎か人間かどっちかに決まっている」

「しかし、あの体のすげえこと! ありゃあ、10人力くらいあるなあ」

「何、見かけだおしってこともあるぞ。何しろ、相手は役者だからな、すべてお芝居ってこった」

観客たちは興奮してめいめい勝手な感想を述べている。

その間にグエンはあたりをのそのそ歩き、時々恐ろしい咆哮をあげて観客を震え上がらせる。時には、わざと観客の一人に顔を近づけて唸り声を上げると、相手は「ひっ!」と叫んで飛び退る。

上半身裸のグエンの体は午後の日差しを浴びて、油を塗ったように赤銅色に輝いている。その見事な体だけでも、たしかに見物料を払う価値はある。

一回り回ると、グエンは茂みからソフィを引きずり出した。ドレスと呼べるほどの服は持っていないが、布地をつづり合せてそれらしく作ったドレスは、遠目にはお姫様のドレスに見える。

「あーれー」と芝居がかった悲鳴を上げてグエンに引っ張られるソフィの演技は、確かに芝居の中のお姫様そのものである。田舎芝居の役者にしては顔立ちが上品すぎるのだが。

「待て! 悪党グエンめ、姫を返せ!」

茂みから、今度は騎士風の格好をしたフォギーことフォックスが飛び出す。なかなか美青年風である。

「この正義の騎士フォギーが来たからには、姫は返してもらうぞ」

「ウウ、グルルルル!」

グエンは唸り声で不同意を示す。そして、両手に持った大きな棍棒を振り上げる。

ただでさえ雄大な体格のグエンが両手に持った棍棒を振り上げると、まさに神話の怪物である。

その棍棒が激しく振り下ろされる。フォギーの体は木端微塵か、と思われた次の瞬間、彼女はひらりと身をかわしてそれを避けている。もちろん、グエンが、当たらないように振り下ろしたのだが、観客にはフォギーの神速の動きに見える。

今度はフォギーが剣を構え、次々に技を繰り出すと、グエンはそれに煽られるように、必死に剣を避ける。そして、最後に両手の棍棒を打ち落とされ、剣で刺された格好で地面にどうと倒れる。

「姫、どうぞ私とともに参りましょう」

「はい、有難うございます。あなた様は命の恩人です」

「なあに、危難にあった人を救うのは騎士のつとめです。今頃宮廷ではあなたのお父上である王が、あなたの御無事を祈って待っているでしょう」

二人がしずしずと木の茂みに退場すると、ダンがつけひげをつけて、代わって出てくる。

「フォギー様、どこに行ったのですか? おや、ここに虎男が倒れているぞ。そうだ、私がこの虎男を倒したことにして、姫を私が貰うことにしよう。まだ生きていないだろうな?」

ダンは腰の木剣を抜いて、地面に倒れたグエンに打ちかかる。

すると、グエンがむっくりと体を起こし、猛烈に吠える。

ダンは悲鳴を上げて逃げていく。その後からグエンが追って木の茂みに走り込み、これで芝居の終わりである。この程度の内容でも、芝居を知らない観客たちは手に汗を握り、最後のダンの逃げっぷりに大笑いであった。



その夜は、村の大百姓である男の家に泊めてもらえることになった。



夕食の席で、その大百姓のゲオルグが聞いてきた。

「失礼な質問だが、その頭は、仮面なのかな?」

「まあ、そうなんだが、商売の都合で、本物の虎の頭ということにしている。この牙も本当は細工物だ」

「そうか、素晴らしい出来の細工だ。どう見ても、本物の虎の頭にしか見えない。と言っても、本物の虎など見たことはないが。それはともかく、あんた方は、この仕事を初めて長くはないだろう」

「なぜ分かる?」

「衣装だよ。どんなに下手な一座でも、長い間旅興行をしていれば、衣装はそれなりに充実してくるものだ。しかしあんた方の衣装は、うまく作ってはいるが、正直言って、今出来のものだ」

フォックスとソフィは顔を見合せた。

「まあ、そう言うな。確かにこの衣装はそこの女たちが素人細工で作ったものだが、田舎の見物衆には、これで十分だろう」

「まあ、そうだが、あんた方なら町で興行しても大喝采を受けることができる。その時には、さすがにこの衣装では貧弱だ。私のところに、昔、宿代代わりに旅芸人が置いていった衣装があるから、それをあんた方にやろう」

「ほう、それは嬉しいが、なぜそこまでしてくれる?」

「あんた方の芝居が気に入ったのと、あんた方の人物が気に入ったんだ。あんた方は将来名を上げるだろう。その時には、私の名を思い出してくれ」

「分かった。ゲオルグ殿、いずれ、このお礼はしよう」

「荷物が増えれば、荷馬車も要るだろう。古い荷馬車も一台やろう。ロバも一頭つけてな」

「そこまでしてくれると心苦しいが、何か今、お礼にできることはないか?」

「そうだな、あんた方の剣の腕は本物だと私には見える。もしも、次の町に向かう途中で盗賊に出会ったら、そいつを退治してくれたら助かる。まあ、無理な願いかもしれんが」

「ほう、盗賊が出るのか」

「ああ、シルヴェストルという、騎士崩れの山賊だ。手下が3人ほどいるから、あんたたちだけでは無理かもしれんな。しかし、我々百姓は、相手がたった4人でもかなわないのだ」

「そのシルヴェストルとはどんな様子だ?」

「やせて、背が高く、口鬚を顎まで垂らしている。頭は禿げている。年は30くらいで、目が非常に鋭い」

「手下たちの様子は?」

「最近シルヴェストルの仲間になったので、あまりはっきりしない」

「武器は?」

「剣と槍と棒だな。弓は使わないと思う」

「そいつらを我々が殺して、問題にならないか?」

「シルヴェストルを退治してくれたら感謝こそすれ、問題にはならない。これまでシルヴェストルのために5人が殺され、7人が不具にされている」

「まあ、うまく出会えたら、やってみよう。ただし、こちらも命は惜しいから、山賊に出会って逃げても我々を恨まないでくれ」

「それは当然だ。無理な願いなのは知っている」



ゲオルグに礼を言って退出した後、グエンはフォックスと相談をした。

「シルヴェストルという山賊は、次の村との間にあるモルドーという山に住んでいるらしい。山というほどの高さは無いようだが、街道がその山の中を通っており、その途中で山賊に襲われるということだ」

「人数はたった4人なの? じゃあ、多分大丈夫でしょう」

「しかし、こちらは子供連れだから、子供が危険な目に遭わないかどうか」

「意味の無い冒険なら、子供たちを危険にさらしたくはないけど、その山賊を退治することはゲオルグさんへのお礼にもなるんでしょう?」

「まあな。俺は、やる気は十分にあるんだが、相手は、卑劣な手段はお手の物の連中だ。だから、フォギーにはくれぐれも子供たちに注意していてもらいたい」

「分かった。私にとっては、子供たちを守るのが一番の使命なんだから、言われるまでもないけど、油断はしないようにするわ」

グエンはフォックスの言葉に頷いた。

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タイガー! タイガー! 仮15章(改変予定の仮の章) 2017/10/16 (Mon)

この章は、話の中心から逸れるので、後で削除する可能性があるが、書いたものを消すのももったいないから載せておく。アベンチュラは、副主人公格で登場する予定の人物だが、彼に関する話はまったく考えていないのである。





(第十五章 アベンチュラ)



トゥーランの東から南にかけては海に面しているが、その東南部にある港町のシノーラは商業船と漁船の両方が集まるにぎやかな街で、どちらかというと商業船の出入りが多かった。商業船とは、いうまでもなく貿易船で、各地の物産を交易するための船だが、旅客なども乗せたりする。今も、停泊している帆船が十隻ほどある。

その船の一つから下りてきたのは、かなり背の高いたくましい男で、赤銅色に日焼けし、顔じゅう鬚だらけなので年齢は分からない。赤毛の長い髪もぼさぼさで、赤毛のライオンといった風貌である。上半身は素肌にチョッキだけで裸に近く、ズボンも水夫風だが、水夫ではない証拠が、その腰に帯びた剣である。鞘に入っていても、水夫などが持つ剣でないことはわかる。まあ、もともと水夫は剣ではなくナイフを腰帯に挿すのが普通だが。

眩しい日差しに目を細めて、彼は船のタラップを降りてきた。タラップと言っても粗末な梯子だ。それを軽々とした足取りで、下を一度も見ずに降りてきたところは、やはり水夫のようにも見える。肩に、長い棒に結んだ信玄袋のような袋をかついでいるが、腰の剣は別としておそらく彼の全財産がその中に入っているのだろう。

「ウオゥ、半月ぶりの陸地だ。気持ちがいいなあ!」

地面に降り立つと、彼は無邪気な歓声をあげた。

港に集まる人足や商人の群れを掻き分けて、彼は居酒屋へ直行する。

「酒だ、酒だ、酒をくれえ!」

大声で怒鳴ると、店員が慌てて持ってきた酒杯を一息であける。

「うまいっ! どんどん持って来い!」

陽気な大声に酒場の客たちはもの珍しげに彼を見るが、男の無邪気な喜び方に、誰もが微笑を浮かべている。

「お兄さん、どこから来た?」

彼の前に腰を下ろしたのは、近くの席で飲んでいた男で、年齢は30歳くらいだろうか、黒髪で口髭を生やした洒落た感じの男である。身なりは騎士階級の人間のようだ。

「俺か? ファルカタからだ。知っているか?」

「ああ、インドラの西の港町だな。俺も行ったことはある。暑くて弱ったな。象牙やダイヤや翡翠をそこで仕入れて、高く売ったものだ」

「あんたは商人か?」

「まあ、そんなものだ」

「そうだ、と言わないところを見ると、本物の商人じゃないな」

「いろんな事をしているからな。あんたはシノーラに滞在するつもりか?」

「いや、生まれ故郷に帰るつもりだ。タイラスへな」

「タイラスか。タイラスのどこだ?」

「ランザロートだ」

「ほほう、首都か。あんた、貴族だな?」

「こんな汚い格好の貴族かい?」

「話し方で分かるさ。それに、その腰の剣でな」

「これか。これは俺の命から2番目に大事な剣だ。先祖代々の遺産でな。まあ、俺にはこれしか財産は無いんだが」

「あんた、腕が立ちそうだな」

「まあ、弱くはないと思う」

「どうだい、俺もこれから旅に出ようと思っていたんだが、一緒に旅をしないか? 俺の名はキャリバンだ。」

「いいだろう。俺はアベンチュラだ。よろしく」

「よし、そうと決まれば、ここの勘定は俺のおごりだ」

「すまんな。俺は飲むぜ?」

「大丈夫だ。今のところは、俺の懐は温かい」

「最初に言っておくが、おごられたからと言って、遠慮はしないぜ。まあ確かに、今の俺は懐が寂しいから、あんたがおごってくれるのは嬉しいがな」

「もちろんだ。遠慮は無しだ」

「よし、おい、給仕、酒をどんどん持って来い。それと食い物もだ」

二人の前にはあっと言う間に、酒壺と食い物が並んだ。鉄串に刺して焼いた羊の焼肉や、鍋で炒めた野菜、それに魚の燻製などだ。酒はヤシの果汁を発酵させて作ったヤシ酒のほか、果実酒が何種類かある。

二人は酒と食い物を交互に口に運び、すっかりいい機嫌になった。



タイガー! タイガー! 16章 2017/10/17 (Tue)

第十六章 グエン一座



盗賊たちの歓待を受けた翌朝、グエンたちはフロス・フェリたちに別れを告げて彼らの野営地を離れた。

「もしも、あんたたちが一騒動起こしたくなったら、この森に来るがよい。力を貸すぜ」

フロス・フェリはニヤリと笑いながらグエンに片目をつぶってみせた。

「ああ、世話になった。このお礼はそのうちさせてもらう。では、さらばだ」

「ああ、また会おう。多分、また会えるさ。俺の予感は当たるんだ」

フロス・フェリは片手を上げて別れを告げた。



「さて、国境は越えたが、これからが難しいかもしれん。ランザロートまでは200ピロほどだと言ったな?」

「ええ、国境からそのくらいのはずです」

「ふむ。その間に関所が幾つかあると考えたほうがいいだろう。問題は、タイラス国王が俺たちを歓迎するかどうかだ」

「と言うと?」

「俺たちを捕まえて縛り上げ、ユラリアかサントネージュに送るということもありうるということだ」

「まさか。タイラス王妃のエメラルド様は、サントネージュ王妃の妹君ですよ?」

「だが、国王はべつにサントネージュの縁者ではないだろう。俺がタイラス国王なら、ユラリアから強く言われたら、そうするかもしれん。ユラリアを敵に回したくないならな」

フォックスは考え込んだ。

「では、どうすればいいと?」

「分からんな。一番いいのは、しばらくランザロート近辺に潜んで、タイラス宮廷の状況を調べることだ。幸いに、俺たちの素性はまだ知られてはいない。まあ、俺のこの目立つ頭が少々邪魔になるが……」

「いっその事、旅芸人のふりでもしますか」

「旅芸人?」

「そうです。旅芸人なら、そのような頭もわざとやっていると思われますから」

「なるほど。それは気づかなかった。俺はこの頭を隠すことばかり考えていたが、逆にこの頭を隠れ蓑にするわけか。面白い」

「でも、芸人が一人では、寂しいですね。私には何も芸がないので」

「あのう」

とおそるおそる声をかけたのはソフィであった。

「私、歌が歌えます。ダンも」

「へえ、そうなんだ。お足が貰えるくらい上手ならいいけど」

「お母さまはよく僕たちを、世界で一番歌が上手だとほめてくれたよ」

フォックスはグエンの方を見て苦笑いをした。母親のひいき目の言葉を、この子供たちは信じて疑わないのである。

「じゃあ、何か歌ってみてくれる? 幸い、人里や関所は遠いようだから」

ソフィはダンと目くばせをした。

「じゃあ、『バラとナイチンゲール』を」

ソフィのきれいな高音が、まるで銀の鈴を鳴らすように流れ出した。天使の声が空の高みに昇っていく。それにダンの子供らしいあどけない高音が唱和する。

グエンとフォックスはあっけにとられながら聴きほれた。これほど美しく、胸を打たれる歌を聞いたのはフォックスにとっては生まれて初めてであった。なつかしく、悲しく、そして嬉しいような寂しいような、明るく透明な歌声であった。

「まあ、何て素敵な歌なの! こんなにきれいな歌声を聞いたのは初めてよ」

歌が終わるとフォックスは思わず手を叩いて言った。

「これなら、十分に出し物になる。で、俺とお前は、剣劇でもやろう」

「剣劇ですか?」

「そうだ。ソフィとダンがお姫様と王子さまで、お前はそれを助ける剣士だ。俺が悪役をやって、お前と剣劇をするのだ」

「面白そうですね。ちょっとやってみますか」

「ああ、まずは、その辺の木の枝で木剣を作ろう。真剣でやってもいいが、わざと芝居くさくしたほうがいいだろう」

グエンは軽く剣を振って、頭上の木の枝を斬り落とした。それが地上に落ちる前にもう一度剣が動いて、枝の先も切られ、棒きれになる。

同じ要領で棒きれをもう一本作る。細かい木の枝も切りはらう。長さ1マートルほどの棒きれが2本できた。

「やってみよう。最初はお前が斬りかかってこい。俺がそれを受けたり、よけたりしよう」

「いきますよ」

どうせ自分が本気で打ちかかっても、相手がそれをよけるのは造作もないと分かっているので、フォックスには気が楽である。

何度か打ち込んでみて、改めてグエンの剣の技量が自分とは桁違いであることを実感する。「だめです、グエンがあまりにうますぎて、私の下手さが見物人にばれます」

「そうか。じゃあ、もう少しおおげさにやろう。本気で殴ってもいいぞ。棒で殴られたぐらいなら俺は平気だ」

今度は、先ほどのようにわずか一寸ほどで体をかわすのではなく、おおげさに飛び下がったり、飛び上がったりして木剣をよけると、逆に迫力とユーモラスさが出る。それを見てソフィとダンは歓声を上げて大喜びである。なるほど、芝居とはこういうものか、とグエンもフォックスも悟るところがあった。

時にはグエンが反撃に出るが、もちろんフォックスの体に当たる寸前で剣は止める。しかし、見ている方には、フォックスが相手の剣を軽くさばいたように見える。

「真剣でやったら、すごい出し物になるでしょうけどねえ」

「いや、それはまずいだろう。俺たちの正体を隠すのが目的なのだから、べつにそれほど客受けを考えなくてよい」

「グエンの頭はそのままでやるの?」

ダンが聞いた。

「お面をかぶればいいじゃない」

「まあな。それもいいが、お面を作る材料がない」

「人里に出たら、芝居衣装や小道具を作る材料を探してみましょう」

「私はグエンの頭はそのままでもいいと思うわ。どうせお芝居だとみんな思っているのだから、かえってその頭は好都合よ」

ソフィの言葉にフォックスも「そうね」と同意した。

「俺は、怪物の役でもいいぞ」

「あら、そんなつもりじゃないの。お芝居なんだから、奇抜なほうがいいと思うのよ。その頭は、それだけで観客をびっくりさせるわ」

「ふむ、そうだろうな。客を喜ばせるにこしたことはない。では、俺は剣ではなく、棍棒か何かを持とう」

「それもいいわね。で、お願いなんだけど、上半身は裸でやるのはいやかしら?」

フォックスの言葉にグエンは少し考えた。

「できるだけ人間離れしていたほうがいいということだな。まあ、かまわんさ」

「そうじゃなくて、グエンのその素晴らしい体は、それだけで立派な出し物になるのよ。それを服で隠すのはもったいないと思うの」

「まあ、どんな案でも試してみるさ。では、そろそろ行こうか。腹もへってきたし、昼食をするのにいい場所でも探そう」



タイガー! タイガー! 13章14章 2017/10/15 (Sun)


第十三章 フロス・フェリの野望



グエンたちが寝ている間も酒宴は続き、その話題は当然あの虎の頭の男のことである。しかし、フロス・フェリは何か他の事を考えているらしく、他の連中の話には上の空だった。

「どうしたんだい?」

アンバーが聞いた。

「いや、何な。あの子供たちのことだ」

他の者たちには聞かれないように、低い声で答える。

「ありゃあ、おそらくサントネージュの姫君と王子様だな」

「へえ、なるほど、そう言えば、数日前にサントネージュの王宮が陥落したという噂が伝わってきたねえ。王子と姫は一緒に死んだとも、脱出したとも言われていたけど、確かに、あれほどきれいで品のいい子供たちは、貴族にも滅多にいないね。……、で、どうするつもり? まさかユラリアに売り渡すつもりじゃないだろうね?」

「べつにサントネージュに恩義は無いが、ユラリア、トゥーラン、タイラスを含めた四つの中では一番善政が敷かれていた国だ。その中で最悪のユラリアに味方しちゃあ、俺の人気に関わるな」

「どうせ山賊なんだから、人気はどうでもいいだろうけど、見るからにいい子供たちだから、敵の手には渡したくないねえ」

「まあな。それに、ここが考えどころなんだが、あいつらがここに来たのは、俺たちにとって、もしかしたら途轍もない幸運になるかもしれねえ」

「まあ、考えていることは想像つくよ。あの連中を神輿にかついで、サントネージュ再興の軍勢を作ろうとでも言うんだろう? でも、簡単なことじゃないよ。山賊仕事と戦とはまったくべつだからね」

「それは承知の上だ。だがな、もしもこれが成功したら、お前、一気に公爵伯爵さまも夢じゃないぜ」

「反対はしないよ。でも、緑の森の盗賊は今、全部で11人だけだし、これから知り合いを集めてもせいぜい20人くらいだろう? とてもじゃないけど、軍隊にはなりゃあしないよ」

「まあ、見ていろ、物事には勢いってものがある。その勢いを作れば、今は10人程度でも、それが100人1000人にふくらむさ。それに、実はとてつもない隠し玉もある」

「何だい?」

「アベンチュラの事だよ」

「ああ、あいつか。今頃どうしているかねえ」

「旅から旅の風来坊をやってるだろうよ。だが、俺の睨んだところでは、あいつはタイラスの貴族の息子だ。あいつの持っている剣は、そんじょそこらの騎士が持てるような物じゃないぜ」

「なぜタイラスだと?」

「言葉つきだな。軽いタイラス訛りがあった」

「ふうん。でも、多分貴族社会が嫌で、風来坊になった人間なんだろ? 好んで貴族のいざこざに巻き込まれることがあるかね」

「そりゃあ、話してみないと分からん。だが、面白い勝負じゃないか。運命という奴は、こういう好機をつかむか見逃すかで決まるものさ」

「占ってやろうか?」

「いや、やめとく。占いって奴は嫌いだ。俺は自分の手で運命を切り開きたいんだ。運命に操られるのは御免だ」

「それにしても、ここにはいないアベンチュラを当てにするんだから、占いよりももっと雲を掴むような話だね。まあ、夢は寝てから見るもんさ。私はおいしい酒とおいしい御馳走があれば世の中はそれで十分だと思うがねえ」

「そうでない奴もいるさ。お前の妹のモーリオンもその一人じゃねえか」

「あの子は小さい頃から私とは違っていたからね。あいつも起きていて夢を見る人間さね。ご苦労なこった」





第十四章 ランザロート



 グエンがフロス・フェリに「ランザロート」という町の名を言ったのは、そこがタイラスの首都で、フォックスたちはそこに向っていると聞いていたからである。「薔薇色の大地」という言葉から生まれたのが町の名前で、確かにこの町が存在する一帯は薔薇色の土からできていたが、オリーブとオレンジとブドウ以外にはあまり作物が無く、地味が肥えているとは言えなかった。地味が痩せていることはタイラスという国全体に言えることで、タイラスは周辺の国々に比べても、やや貧しい国だった。西のサントネージュは肥沃な土地に恵まれて、農業が栄えており、北のユラリアには森林資源や鉱物資源が多い。また南のトゥーランはエーデル川の下流域に当たり、ここも肥沃な平野が広がっている上に、多くの漁港にも恵まれている。

昔はタイラスを治める国王たちは自国の貧しさから脱するためにしばしば他国の富を求めて、土地を接する国々への侵略を繰り返したものだが、10年戦争と呼ばれる長い戦争の後、ユラリア・タイラス・トゥーラン・サントネージュの四カ国が和平条約を結び、この12年の間、平和が続いていたのである。それが破れたのが、ユラリアによるサントネージュ侵略だった。

和平戦略の一環として、この四カ国の間には政略結婚も幾つか行われていたので、この平和はまだしばらく続くかと思われていたのだが、縁戚関係の無いユラリアとサントネージュの縁談が不成立になり、その怒りに任せてユラリアが一気にサントネージュを攻め滅ぼしたわけだが、その直接の原因は第四王位継承者、アルト・ナルシスの陰謀にあった。王を暗殺し、ユラリアから政権を預かる形でサントネージュの王位に彼が就くというのが、あらかじめの約束であったが、もちろんユラリアはその約束など反古にするつもりだし、アルト・ナルシスもそれくらいは読んでいた。だが、平和の眠りが終われば、戦乱の中で自分が王位に就く機会はいくらでもあるというのがアルト・ナルシスの考えだった。

「たとえ、失敗に終わっても、その方が面白いじゃないか」

夜の闇の中で、ランプを灯したテーブルに頬杖をついて、彼は夢想に耽る。その瞳には他人の命を平気で賭け事のチップにできる人間の深淵がある。

フォックスたちがタイラスの首都ランザロートに行くことの予想は彼にはついていた。この国に安全な場所の無い彼らは叔母のエメラルドを頼っていくしかないはずだ。だが、タイラス国王はユラリアの縁者でもある。

早馬の密使を送り、彼らが王宮に来たらすぐに身柄を拘束するようにとナルシスは伝言してあった。ユラリア侵攻軍を指揮するセザールとグレゴリオからも同様の伝言が行っているだろうと予測はついているが、同じ内容なのだから問題は無い。

「あわれなサファイア姫、ダイヤ王子よ、お前たちは自分を待ち受ける罠の中に、自分から飛び込んでいくのだ」

ナルシスの瞳に嗜虐的な笑いの色が浮かんだ。





タイガー! タイガー! 12章 2017/10/14 (Sat)

第十二章 緑の森の盗賊たち



「地面に伏せろ!」

グエンは焚き火に革袋の水をかけて消し、消し残った数本を川に放り込むと、他の者たちに指示した。

地面に伏せると、彼らに近づく者は夜空を背景にすることになり、姿が見える。

あたりは漆黒の闇に見えたが、地面に伏せた態勢からだと、案外と背景との違いが見える。それに、目が闇に慣れ始めてきた。



相手の数は3名、とグエンは数えた。大人の男が3名だ。べつに忍び足ではなく、普通の足取りで近づいてくる。殺気は無いようだが、グエンは用心深く見守った。



「おおい、そこの方たち。俺たちは敵じゃない。まあ、まともな人間でもないが」

のんびりとした調子で、相手のうちの一人が奇妙なことを言った。

「緑の森の盗賊団というのが俺たちの名だが、貧しい者や弱い者からは奪わないのが俺たちだ」



「緑の森の盗賊団?」

フォックスが呟いた。

「知っているのか?」

「ええ。タイラス、トゥーラン、サントネージュの三つの国の国境近くに住んでいる盗賊団です。今言ったように、金持ちや貴族からしか金は奪わないのですが……」

「しかし、お前たちも貴族ではあるわけだな」

「はい。どうしましょう」

「まあ、あいつらの話を聞いてみるさ。こちらの正体は明かすこともあるまい」

グエンは立ち上がった。

闇の中でも相手を威圧するようなその巨体に、彼らに近づいた3人は驚いたようだ。



「俺たちは、国境破りをしてきた者だ。だが、お前たちも盗賊なら、俺たちの仲間のようなものだろう。俺たちをお客として扱うか? それとも獲物として扱うか?」

グエンは淡々と言った。怯えてもいないし、激してもいない、その声に、相手は予想が狂ったようである。

「ほほう、なかなかの豪傑のようだな。そういう男は大歓迎だ。我々の宿に案内しよう」

3人の中の兄貴分らしい年配の男が言った。

「俺の名は、フロス・フェリ、緑の森の盗賊団の頭だ」

「俺はグエン、後は俺の家族だ」

「サントネージュから来たようだな。とすると、亡命貴族か」

「貴族というほどではないが、ユラリアによる残党狩りから逃れてきた」

「そうか。まあ、俺たちについて来い。悪いようにはせん」

フロス・フェリと名乗った男は、くるりと後ろを向いて歩き出した。他の二人もそれに続く。

グエンは後ろの三人に頷いてみせて、フロス・フェリたちの後から歩き出した。



森の茂みの中を歩くのは昼間でも厄介だが、まして夜の闇の中だと、前に行く者の跡をしばしば見失いそうになる。しかし、グエンの鋭い聴覚は、前を行く者たちの居場所を常に把握していたから、足弱な子供たちが追い付くのを待ちながらでも、行く先を見失うことは無かった。

やがて森の中の空き地に出た。それは、周りを木々に囲まれた草の原であった。ここでは穏やかな初夏の夜風が草や木々の匂いを運び、上空に空いた空間には三日月と星空が見えている。そして、この空き地には天幕が10ほど張られ、その中央では焚き火が焚かれていた。焚き火を囲んで、7,8名ほどの男たちが座っている。手には土器の酒杯をそれぞれに持っているようだ。



「お頭が帰ってきたぜ」

「お帰り、お頭!」

口々に声が上がる。



「獲物は無かったが、客人を連れてきた」

フロス・フェリの言葉に、その仲間たちは彼の後ろから近づいて来るグエン一行を見る。闇の中であるから、その姿はすぐには分らない。

しかし、焚き火の明かりの中にグエンの全貌が現れた時、フロス・フェリも含めて盗賊たちから一斉にどよめきの声が上がった。

身の丈2マートルという、滅多にない身長にも驚くが、それよりも、その広い肩幅と、さらにその上にある虎の頭は、度胸のある盗賊たちにも、ある畏怖の気持ちを起こさせた。

「お、お前、何者だ」

「仮面をかぶっているんだろう?」

盗賊たちは口ぐちに言う。

「だが、すげえ体だな。酒樽モンマスよりもでけえや」

「おい、モンマス、あいつに勝てるか?」

盗賊の一人に声をかけられたのは、こちらも身の丈2マートルに近い大男だが、逆三角形の筋肉質の体をしたグエンとは違って、かなりの肥満体の男だ。だが、固肥りの体で、力強い感じである。

「虎と戦ったことは無いが、まあ、得物を持って戦うなら、勝てんことはないだろう」

モンマスは、髭面をグエンに向けて値踏みするように見て、そううそぶく。

「そう焚きつけるな。こちらはお客さんだからな。まあ、こちらへ来な」

フロス・フェリは焚き火の上座らしい席に座ると、グエンに声をかけた。

焚き火の中に浮かび上がったフロス・フェリの姿は、年齢は40前後と見えた。長身でたくましい肩をし、角張った顔形に黒く長い髪、黒い口髭を生やしている。快活そうな明るいブルーの目をしているのだが、夜の今は、その色合いまでは他人にはわからない。

かついでいた弓と、腰の剣は、今は体の傍に置いてある。

グエンはフロス・フェリが示した座席に腰を下ろし、その側にフォックスと子供たちも座った。

「これはまあ、きれいなお姉ちゃんだ。あんたの奥さんかい?」

「まあな」

グエンの返答に、フォックスは一瞬微妙な表情になったが、そう質問した盗賊に笑顔を向けて頷いた。

「まだ若いのに、大きな子供がいるんだな」

「ああ。こう見えてもこの女はもう40近いんだ」

グエンはそうとぼけたが、フォックスはむっとした。

ソフィとダンは、今の役割を必死で理解した。

「お父ちゃん、お腹空いた」

ダンが言った。

「ああ、そうか。どうかこの子たちに何かやってくれないか」

「おお、これは気が利かなくてすまなかった。おい、チャルコ、そのシチューと鹿の焼肉を子供たちに出してやれ」

「へい」

フロス・フェリの命令に、盗賊の中の下っ端らしい若者が従う。

錫で出来た皿にシチューを入れて、子供たちに与える。

「あんたたちはその辺のものを勝手に食べてくれ」

「かたじけない」

グエンは言って、腰のナイフを抜き、焚き火の側の焼き串に刺さっている、でかい鹿の焼肉を大きく切り取る。

まず、フォックスに手渡し、次に自分の分を取る。

「塩もあるぞ。それに、キノコ入りのソースもな」

「ほう、これは御馳走だ。山賊というのはいい暮らしだな」

「それなりの危険はあるがな。まあ、土地に縛られた百姓の暮らしよりはいい。どうだ、お前たちも仲間に入らんか?」

「申し出は嬉しいが、タイラスのランザロートに女房の親戚がいて、そこを訪ねる予定なのだ。まあ、行ってみて歓迎されないようなら、その時は考えてみよう」



「女房持ちじゃあ、この山犬たちの間で奥さんの身が危ないよ」

背後の影からそう声がかかった。

闇の中から現われたのは、年の頃は20代後半くらいの女で、浅黒い肌に放浪民特有の派手な重ね着をしている。首の周りの大きな首飾りが目立つ。

「アンバー姉さん、俺たちにだって仁義はあるぜ。仲間の女房など寝取るものか」

山賊の一人が不平そうに抗議する。

「わかったもんかね。お前はモーリオンのことであやうくジャスパーと殺し合うところだったじゃないか」

「まあ、あれは、モーリオンが俺とジャスパーに二股かけていたからだ。ジャスパーとはもう仲直りしたからいいじゃないか」

「それに、モーリオンはもうとっくにここにはいない人間だ。昔のことはいい」

フロス・フェリがとりなすように言う。

アンバーと呼ばれた女は、グエンとフロス・フェリの間に割り込むように座った。

「へえ、その頭、本物かい?」

「ああ、そのようだ。外すことはできぬ。この牙もすべて本物だ」

「珍しいねえ。名前は?」

「グエンだ」

「聞いたことが無いねえ。私は、あちこちの国に行ったことがあるけど、あんたのような虎の頭の人間の話は聞いたことが無い。もちろん、神話のミノタウロスやセイレーンなど、人と動物が合体した生き物の話はあるけど、あれはまあ、伝説だからねえ。ちょっと触っていいかい?」

許可を待たず、アンバーはグエンの顔に触れた。遠慮なくその皮膚を引っ張り、唇をめくって牙を確認する。

「本当だ。この頭は本物の虎の頭だよ。奥さん、虎とキスするのはどんな気持ちだい?」

「ま、まあ、慣れてしまったから」

「言っちゃあ悪いけど、よく結婚する気になったねえ。まあ、頼もしいと言えば、これほど頼もしい男もいないだろうけどね。私が見た感じでは、この人は、相当の勇者だね」

「ええ。この上無い勇者です」

「お話の途中だが、子供たちは疲れて眠そうだ。この子たちを寝かせる場所はあるかな?」

グエンが口を挟んだ。これ以上会話が続くと、余計な詮索をされると思ったからだ。

「アンバーの天幕を貸してやれ。アンバーは俺の天幕に来ればいい」

「ああ、いいよ。四人寝るくらいの広さはあるから」

「有難い。では、途中で退出するのは失礼だが、俺たちはもう寝かせて貰おう。俺も女房も少々疲れているのでな」



アンバーの天幕に入るとグエンはまずフォックスに謝った。

「先ほどは済まなかった。女房ということにしておいたほうが、山賊たちもあんたに手を出しにくいだろうと思ったのでな」

「いい考えだったわ。でも、私はまだ24ですから」

「40近いと言ったのも、あいつらのあんたへの興味を無くさせるための方便だ」

「多分そうだとは思いましたが、私、そんなにふけて見えます?」

「いや、若々しいと思う」

「なら、いいです。これからは、私は38歳で通します」

「済まんな」

グエンとフォックスの会話を興味深げに聞いていたダンが言った。

「フォックスとグエンは結婚するの?」

「いや、これはお芝居だ。我々の身を守るためのな」

「グエンとフォックスが僕たちのお父さんお母さんだなんて、何だか変な気分だな」

「ダン、これはお芝居ではなく、本当にそうなのだと思って行動するのですよ」

ソフィが姉さんらしく教える。

「はあい」

「じゃあ、もう寝ましょうか」

奥にダン、その次にソフィ、その次にフォックスが横になり、入口の側にグエンがその巨体を横たえると、天幕がほぼ一杯になった。

やがて天幕の中に寝息の音が立ち始める。グエンも眠ったが、彼は寝ていても、かすかな気配で目を覚ますことができることをすでに自覚していたので、就寝中に敵に襲われることは心配していなかった。





タイガー! タイガー! 11章 2017/10/13 (Fri)


第十一章 渡河



目指すタイラスで先のような会話がなされているとは知らず、グエンとフォックスは、いかにして国境を突破するかの相談をしていた。

グエンは、そのまま関所を突破すればいいという意見だったが、フォックスはそれほど能天気な作戦は取りたくなかった。いくらグエンが抜群の武勇の持ち主でも、100名近くの兵士がいるという国境の砦のそばの関所を大人二人だけで突破できるとは思えない。大人二人とは言っても、実際に敵に当たれるのはグエンだけだろう。フォックスは、せいぜい子供二人を守るくらいだ。

「それでいい。お前が子供たちを守っていてくれれば、敵は俺一人で何とかする」

フォックスの言葉にグエンは笑い顔のような表情でそう言った。虎の顔そのものだのに、なぜかそれが笑い顔に見えるのは、グエンの顔を他の者たちが見慣れて、微妙な表情の区別がつくようになってきたからだろうか。

グエンの話し方も、ずいぶんまともになってきている。これまでのような、ブツブツと切るような話し方ではなくなっている。流暢でこそないが、普通に口の重い人間程度の話し方になっている。



フォックスの話では、ここから国境までは、おそらくあと1日の距離だろうということだ。もちろん、彼女もここに来たのは初めてであるが、少し前に通った分かれ道の道標に国境まで20ピロとあったのである。



風に混じる水の音をグエンの鋭い聴覚は聞きつけた。

「近くに川があるな。水の匂いもする」

グエンは空気の匂いをかいだ。

「エーデル川ですね。では、すぐに国境です」

「この道をそのまま進めば、どうしても関所を通ることになるが、俺としても無駄に人を殺したくはないから、ほかの場所から川を渡れないか、探してみよう」

グエンは口では言わなかったが、タイラス国を通過する際に、あまり人目につかないほうがいいのではないかという気もしていたのである。兵士たちと大立ち回りをして国境を突破しては、自分たちの所在を多くの人に知られてしまう。兵士の100人程度を相手にするのに不安は無いが、その全員を殺すことは困難だろう。とすると、その場を逃げ出した兵士の口からグエンたちの足跡が知られてしまう。また、タイラス国内で兵士たちに不審尋問され、思わぬ害を受けないものでもない。潜行するのがやはり最良の方法かと、グエンは考えを変えていた。



荷車は道から離れた茂みの中に隠し、食糧などの荷物を載せた馬を引いてグエンたちは林の中に入っていった。子供たちも当然、歩くことになる。



やがて断崖に出た。この場所から下を流れる川までの高さは70マートルほどだろうか。反対側の断崖の高さも同じようなものだ。しかし、じっくり見ると、400マートルほど下流では木々の緑が川から数マートル程度まで下りている。つまり、崖の高さが低くなっている。川幅もそこはやや狭いようだ。おそらく80マートル程度か。

上流の方を見ると、ここから300マートルほど離れたところに吊橋がかかっている。先ほど進んでいた道をさらに行くと、あの吊橋に出たわけだが、しかしその前にサントネージュ側の関所があり、吊橋を渡るとタイラス側の関所があるはずだ。

「あの、下流の低い部分から渡ることにしよう。ちょうど、川が曲がって上流の関所のあたりからは見えなくなっている。俺たちのいるこの崖が川の曲がり角だ」

「しかし、川をどのようにして渡るのです?」

「お前は泳ぎはできないのか?」

「私はできますが、子供たちは無理です」

「子供たちは俺が二人とも背中にかついで泳ぐ」

「そんなことができますか?」

「多分な。俺の首に両側からしがみついていればよい。どうだ?」

グエンはソフィに聞いた。

ソフィは一瞬しかためらわなかった。

「やってみます。ダン、大丈夫よね? 絶対に手を離しちゃだめよ」

「うん、大丈夫だよ」

「良い子だ」

グエンは頷いて微笑んだ。



さらに林の中を下流方向に向かって進み、やがて川に下りていけそうな場所に来た。かなりの急勾配だが、下りていくことはできる。馬たちとは別れるしかない。荷物を馬から下ろし、グエンが肩にかつぐ。

何度か足を滑らしながらも4人は何とか崖を下りて河原に着いた。

ほっと息をついて一休みする。時刻は午後4時ころだろうか。崖の間の河原だから、すでにあたりは暗い。

軽い食事をして、いよいよ渡河にとりかかる。

まず、グエンと子供たちを長い布で結びつける。この布はキダムの村を出る時に、グエンの意見で購入してあったものだ。山越えをする時に、ロープ状のものが必要になるという見通しによるものである。通常のロープよりも、布のほうが様々な利用価値がある。

子供たちとの間は短めに、そしてフォックスとグエンの間は4マートルほどの長さで結びつける。これはフォックスが泳ぐ邪魔にならないようにだ。

「では、いくぞ。心の準備はいいな? 絶対に俺の首から手を放すなよ」

グエンの言葉に二人の子供は頷く。

グエンが川に入るすぐ後に子供たちが続き、腰ほどの深さになった時に、グエンは身を沈めて首だけが川面に出るようにした。その意図を理解して子供たちは両側からグエンの首に抱きつく。

「苦しくないですか?」

ソフィの言葉にグエンはにやりと笑う。

「いや、少しも。もっと強くしがみついたほうがいい。俺の首の太さは子供の力で窒息などしない」

ソフィとダンはそれを聞いて、もっと強くグエンの首にしがみつく。

「それくらいでいい。ではいくぞ。顔をずっと水の外に出しているのだぞ?」

「はい!」

グエンは平泳ぎの要領で静かに泳ぎ出した。

遅れないように、フォックスもその後に続く。

泳いでいると、水面の上は案外と明るく、また真上にある空は河原にいた時よりも明るく見える。

(この人がいなかったら、私たちはどうなっていただろう。あのサルガスの野でグエンと出会ったのは、何と幸運なことだったことだろうか)

先を泳ぐグエンを見ながら、フォックスは考えていた。そのグエンは子供二人を背中に背負い、しかも腰には荷物の袋をつなぎながら、何の苦もなさそうに泳いでいく。身一つのフォックスの方が、遅れそうになるほどだ。

幸いなことに、川の流れは穏やかで、やがてグエンとフォックスの足は反対側の川床に触れた。

彼らが川岸に上がった時には、あたりは完全に夕闇に包まれていた。



季節は初夏だが、このあたりは高地だからやや寒い。濡れたままの体だと病気になる危険がある。砦や関所からは見えないことを期待して、グエンたちは火打石を使って火を起こした。枯れ枝を積み上げ、それに火をつける。

やがて、炎が高々と上がった。その周りに4人は集まって体を乾かす。

水に濡れた干し肉も炙り直し、そのうちの幾つかを夜食にする。

彼らのいるあたりは明るいが、少し離れた所は真っ暗である。



「誰だ!?」

グエンが低い誰何の声を上げた。闇の中から彼らに近づく者の気配を感じたのである。



タイガー! タイガー! 9章10章 2017/10/12 (Thu)

第九章 ある会話



グエンたちから王女と王子を奪いそこなった黒衣の男二人は、馬も失っていたので、徒歩で国境の砦まで歩くしかなかった。首都オパールまで戻る気は毛頭なく、国境の砦で兵士を徴発して再度、グエンたちに挑むつもりであった。だが、グエンたちよりも、おそらく半日から1日程度の遅れがある。

「ランド砦まで、あとどれくらいだ」

一人が、もう一人に聞いた。

「あと30ピロほどだろう。今日の夜もこのまま歩けば、明日の朝には着けると思う」

「おそらく、あの虎頭たちは、夜は休むはずだから、その間に追いつけるかもしれんな」

「だが、追いついても、逆にこちらが危ない。追いついたら、あいつらに見つからないように、隠れながら、後を追おう」

「あの、虎頭は何者だ。サントネージュに、あのような騎士がいたという話は聞いたことがない」

「あの頭が仮面だとしても、あれほどの力量を持った騎士は誰がいる?」

「俺の知っている騎士ではウジェーヌとマリオンが一番良い腕をしているが、あいつとは強さの次元が違う」

「では、他の諸侯のところの騎士か。それでも、あれほどの腕の者がいるという話は聞いたことがない」

「サントネージュの者ではないかもしれない」

「ユラリアの兵士たちを殺害しているのだから、ユラリアの者ではないだろうな」

「では、タイラスから、王子と王女を救出するために遣わされた者か?」

「その可能性はあるが、あまりにも救出が早すぎる。それなら、まるでユラリアの侵攻をあらかじめ知っていて、王子と王女が落ち延びることも知っていたみたいだ」

「よい魔道士を抱えているのかもしれない」

「デルマーボッグ様は、遠く離れた場所で起こっていることが見えるというから、他国にもそのような魔道士がいてもおかしくはないな」

デルマーボッグとは、サントネージュ魔道士界の有名人であり、魔道士たちの畏怖の対象であった。過去や未来を見通すことや、空中浮遊などもできるという。彼が呪いをかけた人間のうち、死んだ人間が5人、彼に命乞いをして助かった人間は無数にいる。

「なんでも、デルマーボッグ様は、今回のユラリアの寇略がずっと前から分かっていたそうだ。ごく親しい者たちに見せた『未来記』には、それが書かれていたらしい」

「では、なぜそれを国王に伝えなかったのだ?」

「滅びるものは滅びるに任せるのがいいというのがあの方のお考えなのだ。俗世の戦乱など、あの方の関心には無いのだな。ある意味では、国王などの上に立つお方だから」

「すごいお方だ。我々も、修行すれば、そのような高みに行けるだろうか」

「ああ、苦しい修行に耐えればな」

「あるいは、あのお方が前前からおっしゃっていた地上の天国が、この戦乱の後に来るのかもしれない。我々の指導者であるあのお方が俗世の支配者にもなれば、地上はそのままで天国になるというあの予言が実現されるかもしれないな」

「いや、アルト・ナルシス様を国王としてもいいのではないか。ナルシス様はデルマーボック師を崇拝しておられるからこそ、我々もナルシス様に従っている。ナルシス様が俗権の支配者、デルマーボック師が精神界の支配者でいいのではないか?」

「いずれにしても、我々の活躍する時代が目の前にあるのは確かだ」

「その通りだ」

この会話はこの二人の精神を高揚させる効果があったらしく、彼らは夜を徹して歩き続け、どうやらグエンたちとの距離をかなり縮めたようであった。





第十章 タイラス宮廷



サントネージュ王国崩壊の知らせはサントネージュに置いてある間者(スパイ)を通じて、急報としてタイラスに届いていた。そして、王子と王女が宮廷を脱出した後、行方が知れなくなっていることも。

タイラス王妃エメラルドは、夫である国王エドモントに王子と王女の救出を頼んだが、国王は良い返事をしなかった。というのは、実はエドモントの母はユラリアの出で、ユラリア国王とは血縁関係にあったからである。サントネージュがユラリアに占領されることで、タイラスとして損になるということはない。むしろ、国王エドモントが危惧していたのは、義理の甥と姪、つまりダイヤ王子とサファイア姫がタイラス宮廷に来たらどうするかということであった。

「一番いいのは、彼らをつかまえて、ユラリアに引き渡すことでしょう」

宰相のケアンゴームが言った。年の頃は40代後半だろうか、銀髪で褐色の顔色をした体格のいい男だ。短い顎髭が堂々としていて、宰相よりは将軍のタイプだが、無表情で、物腰は穏やかである。しかし、その眼の奥には、何か得体の知れないものがある。美男と言ってもいい中年男だが、どことなくいかがわしい雰囲気を持った男だ。

「しかし、そうすると、お妃さまは王をお許しにならないでしょうから、困りましたな。どうなさいます?」

「まあ、妃がどう言おうと、国王はわしだから、わしの好きなようにやるまでだが、正直言って、妃に泣かれるのもいやだ。どうしたものか」

エドモントは色白のでっぷり肥った顔に困惑の色を浮かべる。

「宮廷に来る前に、途中で殺しますか?」

「ふむ、しかし、それも乱暴だな。まだ相手は子供だし」

「やはり、捕まえて、ユラリアに送るのが一番でしょう。処置はユラリアに任せれば、王の責任ではありませんから」

「ふむ、やはりそうするべきだろうな」

「まあ、国境地帯はユラリアの兵が固めているでしょうから、そこをわずかな人数の逃亡者が突破できるとも思えません。今の段階では、これは考える必要もないことでしょう」

「そうだな。それより、モーリオンの件はどうなった」

「はい、すべて順調です。モーリオン様はランジュ公爵の養女ということにしてあります。いつでも、そちらへいらっしゃれば、お会いになることはできます」

「ランジュ公爵があの女に手を出したりはしないだろうな?」

「それは無理でしょう。なにしろ、70歳の老人ですから」

「できれば、宮廷に入れて、毎日会えるようにしたいものだが、妃には知られたくはないのでな」

「まあ、会えない間が、また恋の薬味というもので」

「まったく、いくつになっても、新しい美しい女というものは、男をわくわくさせるものだわい」

「さようですか」

「お前も、澄ました顔はしているが、やることはやっているだろう」

「まあ、適度に」

「また、美しい女を見つけたら、知らせるのだぞ」

「はい、それはもちろんです」





タイガー!  タイガー! 8章(1) 2017/10/11 (Wed)

第八章 森の中(1)



グエンたちの一行がキダムの村を出てから三日が経った。キダムの村で荷車を買い、それを農耕馬に引かせて子供たちはそれに載せることにしたので旅ははかどるようになり、キダムからは100ピロほど東に来ていた。ここから先は森林地帯になり、民家はほとんど無くなるが、途中の村で食料を仕入れていたので特に食い物の心配は無い。ただ、国境をどこから越えるかが問題だが、それはその場の様子を見て決めればいいとフォックスは考えていた。

「ずいぶんはかどりましたね。あと少しで大森林です。大森林を抜ければエーデル川があり、その先がタイラス、その南がトゥーランです」

「タイラスの王妃さまが、私たちの叔母様ね?」

「そうです。エメラルド様とおっしゃって、とてもおきれいな方ですよ。まだ、とてもお若くて、おそらく22,3歳くらいだと思います。嫁がれたのがおととしですから、今頃は可愛い赤ちゃんをお産みになっているかも」

「赤ちゃん、見てみたいわ。可愛いでしょうね」

荷車の上のソフィにフォックスが馬上から話しかけると、さすがに女同士で話がはずむが、男の子のダンはすっかり退屈している。

「あーあ、早くタイラスにつかないかな。ぼく、車に乗るのはすっかり飽きちゃったよ」

宮廷を脱出した時の緊迫感も今は無い。それに、グエンという強い味方ができたもので、誰もが安心しきっていた。



大森林が目の前に見えた。樅の木がほとんどで、その森がどこまで続くのか、低い位置からではその範囲もわからない。その途中にエーデル川が流れる峡谷があるはずで、そこがサントネージュと他国の国境になっている。

針葉樹の爽やかな匂いがする。頭上を覆う木陰からは絶えず小鳥の声がする。木の葉を通して太陽の光が下に落ち、下を行く一行の顔をまだらにする。



彼らが通っているのは、古い街道である。今でも通商のために使われていて、馬車が通れる程度の幅はあるが、道の上には枯れ葉が深く積もっている。

グエンは馬を歩ませながら、物思いにふけっていた。ある思いが頭の中をぐるぐると回っている。それは、なぜ自分の頭はこのようになっているのか、ということと、なぜ自分の記憶は無いのか、ということ。一言で言えば、「自分は何者か」ということである。考えても答えの出ない問題を考えるのは空しいことだと分かってはいる。しかし、考えずにはいられない。

(俺の体は、通常の男より相当にたくましいらしい。また、体力も人並み以上で、剣をふるう技能もかなりある。ということは、やはり俺はこの世界のどこかで生れ、育ったが、ある時に記憶を失って、あの野原に倒れていたのだろうか。あの野原は、しかし、まったく見覚えは無かった。どこか別の場所で記憶を失わされて、あそこまで運ばれたのか。誰が、何のために? 俺は剣を扱うのに何一つ苦労はしなかった。考える前に体が動いていたという感じだ。そういう面での記憶、つまり体の記憶はあるようだ。それに、言葉を話すのは難しいが、他人の言葉は苦もなく理解できる。ならば、やはり俺はこの国の人間なのか? しかし、こんな頭の人間はほかにはいるまい。なぜか、そういう確信のようなものが俺にはある。俺は自分のこの頭に気づいた時、恐ろしい気持ちになった。それは、これが本来の自分の頭ではないと知っているからだろう。しかし、これが仮面などでないのも確かだ。それは何度も確かめた。無理にこの顔を剝がしても、他の顔など出てこないだろう。俺はいったいどうすればいい。この頭のままでこの世界に生きていくしかないのか?)



「ねえ、グエン、何を考えているの?」

フォックスが言った。

「俺は、何者か、という、ことだ」

たどたどしい口調だが、やっと文章になる会話ができるようにはなっている。

「どこかの宮廷に仕えていたんだと思うわ。あなたのあの剣の腕は、超一流の剣士だった。そういう剣士がどこの宮廷にも仕えていないということはありえない、と思う」

「あのう……」

控え目にソフィが口をはさんだ。彼女にしては珍しい行動である。

「なに? ソフィ」

他人のいない所でも、なるべくサファイアとは言わずにソフィと呼ぶようにしている。

「宮廷のお抱え剣士や騎士ではなく、もしかしたら王様だったのかも」

「えっ?」

この言葉はフォックスには盲点だった。何しろ、まっぱだかで出現した、虎の頭の男である。それがどこかの王様だという想像はまったく思い浮かばなかったのだ。

「ま、まさか。……でも、言われてみれば、どことなく威厳があるような……。でも、まさか」

「グエンは王さまだったの?」

ダンが遠慮なく聞いた。

「分から、ない。覚えて、いない」

「そのうち、虎の頭をした人がどこかから失踪したという噂でもないか、尋ねてみましょう。でも、それは私たちがタイラスについてからね」



突然、馬が足を止め、後ずさりをした。不安そうな嘶きを上げる。

「何か、前の方にいるわ」

フォックスが言った。

「確かめて、来る」

グエンは馬の腹を軽く踵で蹴って歩ませた。

森の中は静まり返り、鳥の声も今はやんでいた。


タイガー! タイガー! 8章(2) 2017/10/11 (Wed)

第八章 森の中(2)

馬を走らせていたグエンは前方に黒い影を見つけて馬を止めた。その影は四体。

「お前らは、何者だ」

グエンは静かに聞いた。

「そういうお前の名を聞こう」

影のような黒衣の男たちの一人が低い声で言った。

「俺の名は、どうでも、いい。お前たちは、俺に、用が、あるのか」

「ああ、お前の連れている二人の子供を寄こしてもらおう」

「あれは、俺の、子供だ」

「嘘をつけ。あれがサントネージュの姫と王子だということは分かっている」

「馬鹿馬鹿しい。俺たちは、ただの、旅人だ」

「どこへ行く」

「お前らに、言う、必要など、ない」

「ならば、力づくであの子供たちをいただこう」

男の腕が鋭く動くと同時に、グエンの乗った馬の首に短刀が刺さった。

「くそっ」

鞍から跳躍すると、グエンは巨体を翻して地上に降り立った。馬がその背後で倒れる。

四人の男たちはそれぞれの手に鞭を持っている。その鞭の先端に小さな金属の輝きがあるのをグエンの鋭い目は見て取った。

(毒針付きの鞭か。少々厄介だ。)

グエンは腰の剣を抜いて油断無く4人に向かい合った。

その時、背後にかすかな叫び声がしたのを、グエンの常人離れした聴覚は聞きつけた。

(しまった!)

グエンは身を翻し、駈け出した。

(あの4人を相手にしている間に、他の連中がフォックスたちを襲ったのだ。うかつだった!)



グエンは疾走した。馬よりも速い。

あっと言う間に、背後に残してきたフォックスたちのところに着いた。フォックスは剣を抜いて、子供たちをかばいながら、敵らしい男たちに向っている。敵の身なりは通常の庶民の服装だが、それぞれに短剣を持っている。その数は5人。

「ああ、グエン、助けて!」

フォックスの言葉にうなずくと、グエンは敵に襲いかかった。

5人を倒すのに、数秒もかからない。

だが、その間に、道の前方にいた黒衣の男たちが馬を走らせてやってきた。

「下がっていろ! 危険な連中だ」

グエンはフォックスや子供たちに声をかけて、黒衣の男たちの方へ走り出した。

先頭にいた男が、馬上から鞭をふるう。その鞭を剣で切ろうとするが、鞭はただ剣に捲きつくだけだ。その間に他の男からの鞭がグエンを襲う。

「くそっ!」

グエンは身をかわしながら、その鞭を手でつかみ、相手を馬から引き落とす。

フォックスがこちらに駆けてくるのが見えた。

「来るな!」

グエンは叫んで、巨体を跳躍させ、2マートルほども飛び上がると、そのたくましい右足で馬上の敵を蹴り落とした。そして、同時にその馬に乗る。

相手と同じ高さにいれば、敵の武器の有利さもいくらかは無くなる。

残りの二人を剣で斬るのはあっという間だった。

地上には、引きずり落とされた男が立ち上がりながら呆然としている。蹴り落とされた方は、座りこんでいる。



「我々は、サントネージュ宮廷の者です。王女と王子をお守りするために追ってきたのです」

男は必死の表情でそう言った。

「どう、思う?」

グエンはフォックスの方を振り返って聞いた。

「嘘だと思います。先ほど、彼らは私の名を尋ねようともせず、子供たちを奪い取ろうとしました。それに、宮廷でこの者たちの顔を見たことはありません」

「い、いや、確かに我々は宮廷の者ではなく、臣下のそのまた家臣ですから、フェードラ様が我々の顔をお知りにならないのは当然です。我々は実は、アルト・ナルシス様の家臣でございます」

「アルト・ナルシス様の?」

「はい。ナルシス様は、お考えがあって、今はユラリアの二人の王子に仕えておりますが、実は、機を見てサントネージュを再興するお考えなのです。そして、もちろん、王位にはご自分がではなく、サファイア様かダイヤ様をおつけになろうとお考えなので、お二方をご自分の元で隠しながら保護なさるおつもりなのです」

フォックスは考え込んだ。

「アルト・ナルシス、は……第三、王位継承者、だったな?」

グエンが言った。

「はい」

「どう、する? お前たちが、望むなら、……俺は、ここで、別れても、いいが」

「いやだ! ぼくはグエンとタイラスに行く。アルト・ナルシスなんてウソつきだ! あいつはお父様を守りもせずに敵に降参しちゃったじゃないか」

ダンが目に涙を溜めて叫んだ。

「そうね。アルトには何かの考えがあるのかもしれないけど、敵に占領されている都に戻るのは危険すぎると私も思います」

ソフィの言葉に、フォックスもうなずく。

「いきなり子供たちを連れ去ろうとしたあなたたちのやり方を見ても、あなたたちの言葉が真実のようには思えません。しかし、それが真実ならば、あなた方を殺すわけにもいかないでしょうから、あなたたちの命は助けてあげます。アルト・ナルシス様には、サントネージュを再興してからお二方を迎えに来るようにお伝えください」

黒衣の男たちは顔を見合せて、仕方なさそうにうなずく。

「はっ。すべてを信じていただけなかったのは、私たちの手落ちです。そのうちお迎えにあがります」



男たちが去ると、ソフィとダンは再び馬車の上に戻った。

グエンの馬は先ほど殺されたが、黒衣の男たちの乗っていた馬がまだ近くにいたので、そのうち2頭は馬車につけ、1頭にグエンが乗る。これまで馬車を引かせてきた農耕馬は解放した。

しかし、思わぬ手間で、すぐに野宿の準備をしなければならない時間帯になっている。

少し広い場所まで進んで、一行は野宿の用意をし、夕食を食べた。あたりはすっかり闇に包まれ、森の木々の上には宝石を撒き散らしたような星空が広がっている。










タイガー! タイガー! 7章 2017/10/10 (Tue)


第七章 アルト・ナルシス



ナルシス卿と呼ばれた男が謁見室から出て来ると、控えの間にいた黒衣の男が頭を下げた。

「御用はお済みで?」

「ああ」

大股に歩くナルシスの後から、黒衣の男はちょこちょこと歩いていく。ナルシスという男もそう大柄ではないが、黒衣の男ははっきりと小柄である。その黒衣は、この国では聖職者が主に着るものだが、魔道士、あるいは魔法使いと呼ばれる者たちも着る。

魔道士や魔法使いは職業ではなく、生き方である。通常の人間には無い能力を追い求める生き方のことだ。

普通の人間の持たない不思議な力を持つ彼らは、世間の人間からは恐れられ、敬遠され、時には仕事を依頼された。その仕事は、失せ物の捜索、病気の治療、結婚や仕事の吉凶判断から憎む相手への呪いの依頼まである。

また、中には広い知識と異能力のゆえに権力者に重用される者もいる。この男もその一人で、サクリフィシスと言う。

彼の仕えているアルト・ナルシスはサントネージュ国王アメジストの兄、故アノンの息子で、この国の第四王位継承者である。いや、第三王位継承者の王妃ルビーが死んだ今は、第三王位継承者だ。第一順位のダイヤと第二順位のサファイアが行方不明の現在、ユラリア国の支配下にあるサントネージュの国王に彼が指名される可能性は高い。

「まだサファイアたちの行方は知れないか?」

アルトの質問にサクリフィシスは答える。

「村村に置いてある間者の連絡によれば、二日前にキダムを出たのがサファイア姫とダイヤ王子であるのは間違いないようです。お付きの者のうち一人は近衛兵のフェードラ、通称フォックスと言う女です」

「あのはねっかえりか」

「もう一人は、身長が2マートルほどの大男で、顔を包帯で包んだ謎の男です」

「身長が2マートルほどというと、さて、誰がいたかな。バルバス、ケンリック、モルゲンの三人とも処刑されたはずだ。後は、2マートルまではいかないが、ウジェーヌ、マリオンくらいか。だが、この二人は俺の手下だからな」

「はい、彼らが宿舎を離れてないことは確かめてあります」

「ふむ。まあ、いずれにしても、できることならセザールの手の者たちより先に、サファィヤ姫を捕まえてくれ」

「ダイヤ王子はいかがいたします?」

「殺せ」

「はっ。殺した証拠はどうしましょうか」

「いらん。お前がそれを確認すれば、それでよい」

再び頭を下げて、サクリフィシスは歩み去った。



アルトは自分の居室に戻った。この屋敷は彼の家で、そこを彼はオパール総督府として提供しているのである。そのうちもっともいい部屋二つはセザール王子とグレゴリオ王子の居室にしてある。そして自分は客間の一つで暮らしているのである。

ベッドの横の小さなテーブルに置いてある真鍮製の鈴を鳴らして小間使いを呼ぶと、茶を持ってくるように命じる。

縦長の窓が開いていて、そこから初夏の風が入ってくる。

庭の木の梢を渡ってくる爽やかな匂いの風だ。白い薄織のカーテンが揺れている。日の光がレースを抜けて絨毯の上に落ち、縞模様を作る。

「さて、これからあの邪魔者たちをどうするか。……セザールとグレゴリオを毒殺するのは容易だが、かと言って、あいつらが引きつれてきた軍勢はすぐには掌握はできないだろう。さてさて、難しい問題だが、それを考えるのも面白い。次の一手はどうする? アルト・ナルシスよ」

お茶を持ってきた小間使いは、主人が笑みを浮かべて窓の外を眺めているのを見て、その邪魔をしないようにお茶をテーブルの上に置いて静かに退室した。





タイガー! タイガー!  5章6章 2017/10/09 (Mon)




第五章 旅宿にて



村の入口近くにあるその旅宿は、一階の裏が馬小屋、建物の一階が食堂、二階が宿室になっていた。

四人は馬を馬小屋に入れ、その世話を宿の者に頼むと、食堂で遅い夜食を取った。グエンは顔を白い布で包んで隠している。

「あんた、変な病気じゃないだろうな」

でっぷりと肥った宿の主人は、グエンを見てそうは言ったが、深くは追求しなかった。

鍋にぶつ切りの鶏肉や玉ねぎやエンドウ豆や人参や蕪をたっぷりと入れ、牛乳で煮込んだシチューは、四人にとっては久し振りの食事らしい食事であった。宮廷で出されたら手もつけないようなこの食事が、王女と王子にも、何にもまさる御馳走である。

フォックスは安いワインも頼んだ。もちろん、酔うほどに飲むつもりはない。

「グエンもどう?」

グエンは陶製のジョッキに注がれたワインの匂いを嗅いで、うなずいた。

あの顔の構造でジョッキの酒が飲めるかな、とフォックスは見ていたが、案外器用に、こぼさずに飲んでいる。よく見ると、舌ですくい取るようにして口に入れているようだ。それも非常に素早い。だから、注意して見ないと、普通にジョッキのへりに口をつけて飲んでいるように見える。

鶏肉は骨のままばりばり食べている。

(剣が無くても、あの牙があれば十分な戦闘能力があるんじゃないだろうか)

とフォックスは思ったが、もちろんそんな失礼なことは言わない。

宿屋にはほかに客もいなかったので、四人は、周りに注意しながらではあるが、話をすることもできた。

「グエンはどこから来たの?」

ダンの遠慮の無い問いに、グエンは首を横に振った。

「分からないってこと?」

今度は頷く。

こういう具合で、時間はかかるが、知りたいことを知ることはできる。

どうやら、この奇妙な虎頭の男は、今日突然にあの野原にいる自分自身を発見したらしい。

それを嘘だともありえないことだとも他の三人は思わなかった。

「魔法にかけられて、ここに飛ばされたんだね」

ダンのその言葉が自分の今の状況をもっとも的確に表しているとグエンは思った。

グエンはこの旅の道連れの三人がどんどん好きになっていた。



たった一人でこの世に突然現れた自分に、こうして話のできる相手ができたことは幸運だったのではないだろうか、と彼は考えた。一方、自分が彼らの危難を救ったことについてはもうすっかり忘れていた。弱い者が苦難に遭おうとしている時にそれを救うのは当然の行為である、というのが彼の心の自然な声だったのだ。その一方で、自分があの兵士たちを殺したことへの自責の気持ちはまったくなかった。あの連中は、このか弱い人々に危害を加えようとした。それを防ぐために相手を殺すのも、まったく当然の行為だと思えたのである。



話をするうちに、グエンの発声能力の程度も分かってきた。今は簡単な「はい」「いいえ」以外はぶつぎりに単語を言うだけで、文章化して言うのはむずかしいが、まったく発音できないわけではない。とりあえずは、「はい」「いいえ」を重ねるだけでも意思の疎通はできる。

そうであるから、グエンが自分の側の話をすることはあまりできなかったが、他の三人の話を聞いているのは彼には楽しかった。

それに、この三人の容姿は見ていて快い。フォックス、いやフローラは日焼けこそしているが、とても整った顔立ちだし、化粧をしたら美女に化けることもできるだろう。そしてソフィはというと、これはまったくの美少女、金髪で色白でサファイア・ブルーの大きな瞳の目が長い睫に縁取られた、絵に描いたようなお姫様である。もちろん今は、旅をするために男装をしており、髪も王宮を脱出する時に男の子に化けるためにうんと短く切ってあるが、それでも顔立ちの美しさは、教会の天使像のようだ。

(教会の天使像? 俺はそんなものを見たことがあるのか?)

グエンは自分の想起した言葉につまずいて、物思いの世界に入り込む。

(いったい、俺は何者なのだ。記憶を失うまでの俺はどこにいて、どのような暮らしをしていたのだ? 俺は一人身なのか、それとも妻がいたのか? ははは、こんな顔の俺に妻などいたはずはないか。だが、俺のいた世界では、俺のような顔の人間がふつうなのかもしれない。……虎の顔をした妻か!……)

グエンは暗鬱な気分になり、二杯目のワインを飲んだ。

「グエン、どうしたの?」

グエンの気分を察したようにダンが聞いた。

グエンは何でもないというように首を横に振って、ダンの肩を軽くポンポンと叩いた。

「さあ、明日は早いから、今日はそろそろ寝ましょう」

フローラの言葉で四人は立ち上がり、寝室に向かった。



四つの寝台のある部屋に入った四人のうち、ダンは疲れたらしく粗末な寝藁の寝台に入るとすぐに寝息を立て始めたが、他の3人はもう少しお互いの話をした。

とは言っても、話したのは主にフローラである。ソフィはうまく事情を説明できるほどの年齢ではない。グエンは言うまでもなく言葉が不自由だ。



「このお二人はサントネージュ国の王女と王子であることは、先ほど言いましたが、私は近衛隊隊員のフェードラ、通称フォックスです。

つい五日前、この国の国王は同盟国ユラリア国王を招いて、親睦のために共に狩りをしました。その時、ユラリア国の国王からサファイア姫をユラリア国の第一王子の妃に迎えたいという話が出ましたが、我が国王アメジスト様はそれをお断りになりました。なにぶんにもサファイア様はまだ若すぎるという理由からですが、本心は、ユラリアの第一王子セザール様は残忍な方だという評判を聞いていたからです。申し出を断られたユラリア国王のマライスはその晩、アメジスト様を暗殺したのです。それと同時に、国境に待たせていた大軍がサントネージュとの国境を越えて侵入し、首都オパールに迫りました。国王を失っては、軍隊を統率することもままならず、王妃のルビー様はご自分の死を覚悟してこの私にお子様たちを逃すようにお命じになったのです」

「うう……どこに……行く?」

「タイラス国は我が国と縁戚関係にありますから、そこを頼ろうかと思ってます」

こんな見ず知らずの人間(いや、人間なのかどうかも分からないが)にすべてを打ち明けていいものかどうかと思わないでもなかったが、じぶんが信頼できると判断した人間には隠し事をしない方がいい、とフェードラは決心したのである。

「あなたはどうします?」

「分か……ら……ない。お前たち……と……行く……?」

ソフィは彼の首すじに飛びついて抱擁した。

「ありがとう。あなたが一緒に来てくれて嬉しい!」

ソフィは自分がこのようなあからさまな感情表現をしたことに自分で驚いた。彼女が受けたしつけには無い行動である。虎頭の男はこの無邪気な行動に戸惑いながらも嬉しそうだ。

「まあ、まあ、ソフィ様。でも、私も本当に嬉しいですわ。あなたのような強い人が一緒にいてくれるなら、何も怖いものはない、という気分です」

グエンは頷いた。べつに謙遜することもない。自分が馬鹿馬鹿しく強いことは、すでに確信していた。



何はともあれ、やるべき事ができたのは、自分にとってはいい事だろう。自分の正体については、今すぐには分かりそうもないから、当面はこの三人のお守りをしながら旅をし、この世についての知識をだんだんと増やしていくのが賢明なようだ、と眠りにつきながらグエンは考えた。眠りの中に沈みながら、ソフィが彼に抱きついた時の本当に嬉しそうな顔を最後に思い出し、彼は微笑を浮かべた。





第六章 セザールとグレゴリオ



「虎の頭をした男だと?」

セザール王子は報告を受けて眉根に皺を寄せた。年の頃20代後半の大兵肥満の男だが、顔は日焼けして精悍だ。顔の下半分は鬚に覆われていて、年よりもふけて見える。その目は小さく残忍な光がある。全体に、王子らしくもなく、熊か猪めいた野獣性を感じさせる男だ。

「それは仮面をかぶっているのか?」

「わかりません。宿屋の主人の言葉では、二日前に10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子を連れた夫婦ものが宿泊し、出がけにその男に男の子が抱きついた拍子に顔の包帯がはずれて、虎の顔が見えたということです」

「虎の仮面の上から、さらに包帯をするというのも理屈に合わんな。かといって、虎の頭をした男がこの世にいるなどとは聞いたこともない。まあ、神話の中には半人半獣という奴もいるにはいるが。で、そいつらはどこへ向かった?」

「東の方角ですから、タイラス国かと思われます。あるいはトゥーラン国かもしれません」

「ふむ。分かった。下がってよい」

東方面の報告を終え、間者は退出した。

続いて、捜索隊の隊長からの報告がある。

「最初の捜索隊の兵士たちの死体が見つかりました。20人全員です」

「すべて死体で見つかったのか?」

「はい」

「場所は?」

「サルガスの野の街道沿いの小川に皆、投げ込まれていました」

「サントネージュの残党がまだあちこちに残っているというわけだな。オパールの町の兵士や将校は皆処刑したはずだな?」

「はっ」

「だが、庶民に身を変えているとも考えられる。ならば町の成年男子は皆殺しにするしかあるまい」

「しかし、それは……」

「何だ?」

「いえ、何でもありません」

「不服そうだな。だが、お前らの仲間が20人も殺されたのだぞ。これもサントネージュの残党がこの世にいるからだ」

「兄者」

と声を掛けたのは、窓の傍に立って室内のことには興味もなさそうに外を眺めていた男である。こちらはセザールの弟だろうが、兄とはまったく似ていない。おそらく母親が違うのだろう。中背で細身、白皙の顔に長い黒髪がかかっている。美男と言ってもいい容貌だが、兄と同様にその灰色の瞳にはどこか冷酷なものがある。窓から室内に向き直って、上座の椅子に座っているセザールに言う。

「敵国の男どもとはいえ、奴隷として使えば貴重な労働力です。むだに殺すことには賛成しかねますな」

「俺の言葉に逆らう気か、グレゴリオ?」

威圧するようなセザールの言葉に、グレゴリオと呼ばれた男は平然として答える。

「べつにあんたは王ではない。たまたまオパール総督を命じられただけのことだ。俺の主君でもない」

「ほう、その言葉、覚えておくがいい。俺が王位についた後、俺に膝まづいて俺の靴を舐めることになるぞ」

「そうなるのがあんたでないとも限らないがな」

セザールは立ち上がって剣を抜いた。

「ならば、今、決めてやろう。剣を抜け」

「御免こうむる。ゴリラ相手に力で勝負をする気はない」

「腰抜けめ」

セザールは床に唾を吐いた。

「それよりも、早くしないとサファイア姫とダイヤ王子が国外に脱出するぞ」

「国境は兵士たちに固めさせてある。それに、あんな子供たちが逃げたところで大した問題ではない」

「子供はいつまでも子供ではないさ」

「1万人にも足らぬ軍勢に首都を奪われるような腰抜け国の王子や姫に何ができる」

「俺は、その虎の頭をした男が気になるな。もしかしたら、その男が追跡隊20人を殺したのかもしれんぞ」

「馬鹿な! いかに豪勇無双な人間でも一人で20人が倒せるものか」

「一人でではないだろうが、もしもサントネージュ王妃から遺児を託された人間なら、相当の勇士だろう。会ってみたいものだな」

「そのうち、首だけになったそいつと対面させてやるさ。おい、いつまでそこにいる。さっさとその虎頭の男と一緒だという大人の女、女の子、男の子の4人連れをとっつかまえて来い。キダムの村から東の方面だ。抵抗するなら大人は殺してかまわん」

怒鳴りつけられて捜索隊隊長は飛び上がり、一礼して出て行った。

部下からの報告を受ける用が済んだので、セザールも謁見室となっているこの部屋から出て行った。おそらく食堂に酒を飲みに行ったのだろう。自分の居室で飲むよりも台所や食堂で飲むのが手っ取り早いというわけだ。

グレゴリオは窓辺にまだ立っていた。



「グレゴリオ様……」

声をかけられて振り向くと、予期した顔がそこにあった。

「何だ。ナルシス卿」

「もしも捜索隊が首尾よくサファイア姫を捕まえることができましたら、サファイア姫を私にいただきたいのですが」

「もらってどうする」

「妻にいたします」

「まだ十歳だと聞いているぞ」

「もちろん、結婚はまだ先のことですが」

「先物買いか。将来それほどの美人になる見込みがあるわけかな」

「はあ。まあ、そういうわけで」

「お前が国を裏切って、アメジスト国王暗殺の手引きをしたと知ったら、サファイア姫はお前をどう思うかな」

「それも一興でしょう。愛し合うばかりが夫婦ではないでしょうから」

「そういう退廃的な趣味は俺には分らん。まあ、サファイアをどうするかは、俺ではなく、あのゴリラの一存だろう。幸い、あのゴリラはデブの女が好きで、子供には興味はない」

「では、よしなに」

ナルシス卿と呼ばれた男は一礼して去った。

グレゴリオはこれまでサファイア姫には何の関心もなかったが、今の会話で少し興味が湧いてきたようである。







第三章 殺戮



「このおじちゃん、裸だ」

ダイヤは、いや、今はダンという名になっているが、まだ8歳の子供らしく、相手の頭が虎であることよりも、相手がまっぱだかであることにまず興味が向いたらしく、そう言った。

ソフィ、つまりサファイヤは、顔を赤くして横を向いた。さすがに大人の男の裸を正視する勇気は無いし、品高い育ちの彼女にはそういうはしたなさも無い。

「うう……」

頭が虎の男はそう唸った。

「お願いです。どうか静かにしてください。ダン、ソフィ、あなたたちも声を立ててはいけません」



しかし、森や林の無い野原の街道を行く三人連れの姿は、獲物を追う追手たちの視界にすでに入っていた。

騎馬軍勢は馬の足音の地響きを立てながら街道から駆け降り、奇妙な遭遇をした4人の所に殺到し、その前に馬を止めた。その数は20名前後だろうか。



「サントネージュ国王女のサファイアとダイヤ王子だな。もはや逃れるところは無いぞ。大人しく捕まるがよい。そうすれば、死罪にだけはならずに済むだろう」

盤広で髭面の、下品な赤ら顔をした隊長らしい男が唇をゆがめるような笑いを浮かべて言った。言いながら、相手の二人の女(一人はまだ子供だが)を値踏みするような好色な目で見ている。(ほほう、これは上物だ)と言う無言の声がその表情に出ている。

「誰が大人しくつかまるものか」

フォックスは剣を抜いた。

「愚かな。こちらは20人もの軍勢だぞ。お前一人で何ができる。それともそこの妙な虎の仮面をつけた裸の男が加勢をするとでもいうのか。その男は剣さえも持っていないではないか」

「私一人でも十分だ。かなわぬまでも、お前たちのうち何人かは地獄の道連れにしてやる。さあ、かかってこい!」

フォックスは剣を構えようとした。その瞬間、あっと言う間にその剣が手からすべり抜けていた。

「何をする!」

彼女の手から剣を奪ったのは虎頭の男だった。

「お前はユラリア国の廻し物だったのか!」

虎頭は彼女の前を通って敵勢に向かって進み出たが、その時に彼女を振り返って見た。

虎が笑うということがあるなら、その顔は確かに笑い顔だった。

(虎が笑うところを初めて見た)フォックスは変に呑気な気分でそう考えた。



太陽はいっそう斜めに傾いて、影が深くなっている。

その夕方の光の中で全裸の大男が剣を持って立っている姿は異様なものだったが、しかもその頭が虎の頭であるのだから、世にこれほど奇妙な見物はない。

その大男のたくましい裸体は、油を注いだように夕日に輝いて、まるで古代の神々の姿のようだが、その頭は虎そのものである。そして、それがまた神話的な壮麗さを彼の姿に与えていた。

男はゆったりと剣を下げて、何の闘気も見せずにのっそりと立っているだけだが、敵の兵士たちはその姿に威圧されていた。

(美しい)

フォックスは、思わずその姿に見とれていた。

ソフィとダンは互いの手を握って抱きあい、固唾を呑んで、成り行きを見守った。

相手が抵抗する気だと見て取って、追手たちは馬から下りて剣を抜いた。少なくとも、体格だけで言えば、この虎頭の男は容易ならぬ力がありそうだ。



20人の人数を前にしても、この虎頭の男には何の恐怖も無いようだった。まあ、虎の顔では恐怖の表わしようもないだろうが、少なくとも、その動きは落ち着き払ったものだった。

「ええーいっ!」

敵勢の一人が気合を掛けながら斬ってかかった。その剣先を無造作にかわして、虎頭男の剣がひらめいた。兵士の頭が斬り飛ばされて宙に舞う。

続いて攻めかかった兵士も同様に頭を斬り飛ばされる。そして三人目も。頭を斬り飛ばすことにこだわるのは、相手兵士たちの鎧で剣を痛めないためだろうか。それにしても、一瞬のうちに頭だけを狙い、それを成功させるのは容易ではないだろう。

追手の軍勢は、相手の恐るべき剣の技量に恐怖心を感じ始めていた。

「ええい、同時にかかれ!」

隊長の下知に従って、兵士たちの中の3名が頷いてタイミングを計り、同時に斬りかかる。しかし、その一番右側の兵士の横を駆け抜けながら、虎頭男の剣はその兵士の頭を斬り飛ばし、次の瞬間には残る二人も、一人は胴を水平に斬られ、もう一人は肩から袈裟掛けに斬り下ろされて地面に倒れた。

「次、行け!」

次の3人も同じようなものであった。

これほど巨大な体格をしていながら、その動きはまさに虎のように柔軟で、虎のように速かった。速さのレベルが三段階ほど違うのである。これだけの人数を倒しながら、息一つ切らしてもいない。

「ええい、弓だ、弓で射ろ!」

兵士たちの背後に控えていた数名が弓を構えて引き絞ろうとした。

その瞬間、風が巻き起こった。いや、虎頭男が疾風のように兵士の群れに向って殺到したのである。

大殺戮であった。しかも、その殺戮はほぼ一瞬であった。見ていたフォックスの目には、ただ黒い嵐のような物が兵士たちの間を吹きぬけたように見えた。

数秒後、地上には20個の死体が転がっていた。



夕日の中に血刀を下げて静かに立つ虎頭の全裸の男の姿は恐ろしく、また、奇妙な美しさがあった。フォックスは恍惚となってこの殺戮の後の静謐な絵図を眺めていた。





第四章 旅の道連れ



「有難うございました。あなたがいなかったら、我々はきっと捕らえられていたでしょう」

そう礼を言いながら、フォックスは目のやり場に困っていた。相手の股間にどうしても目が行ってしまうのである。

「うう…」

虎頭男は、言葉を絞り出そうとしているようだ。

唖なのだろうか、とフォックスは考えた。

「どうも有難うございました」

思いがけずソフィがそう言ったので、フォックスは驚いた。この王女と身近に話すようになったのは二日前からだが、こういう高貴なお方たちは他人の奉仕に礼など言わないものだという思い込みが彼女にはあったからである。

「有難う。おじちゃん」

ダンも姉を見習って言った。

「その頭、お面?」

子供らしい遠慮無さでダンがそう聞く。

「うう……」

「お面なら、外せばいいのに。不便でしょう?」

男は悲しげに首を横に振った。

「外せないの?」

今度は頷く。

「そう、可哀そうだね。でも、すごくカッコいいよ、その頭」

ダンの言葉に、男の虎の顔にまた笑顔のようなかすかな表情が浮かんだ。

「とにかく、今はここをできるだけ早く離れましょう。次の追手が来るかもしれませんから」

男はあたりに転がった兵士の死体の間を歩いて、その一つの服を脱がし、それを着た。中に大柄な兵士がいたらしく、それが着られたようだ。フォックスに「借りた」剣を返し、地面に転がっている剣の一つを拾い、剣帯についた鞘に抜き身を差し込む。

「あっ、そうだ」

フォックスは、死体の懐を探し、財布を集めた。

「近衛隊隊員のフォックスが泥棒をするほど落ちぶれたと笑われそうだけど、今は変にプライドを持っていられる場合じゃないわ」

一番大きい財布に、かき集めた金を全部まとめて入れる。

「あなたも私たちと一緒に来たらどうかしら。ここにいると、さすがに他の兵士たちに追われることになると思うから」

虎頭の男は小首を傾げて少し考えたが、うなずいた。

「わあい、虎頭のおじちゃんも一緒だ。嬉しいな。こんな強い騎士は王宮にもいなかったよ」

「でも、いいんでしょうか。私たちは追われる身だし、かえってこの方にはご迷惑では?」

「さあ、それは本人の判断だけど、私たちにとっては、この人が一緒なら、こんなに心強いことは無いわね。少なくとも、私の知っているどの騎士にも、これほどの強さを持った人はいなかったことは確かね」

「ご一緒してもらえれば、こんなに嬉しいことは無いんですが」

ソフィの言葉に、虎頭の男は軽く頷いた。その顔は、なぜか笑顔に見える。

フォックスは虎頭の男に手伝ってもらい、兵士たちの死体を川に投げ込んだ。少なくとも、陸上にあるよりは発見に時間がかかるだろう。このあたりがフォックスのフォックスたる所以である。

追手の兵士たちの乗っていた馬が何匹か、近くで草を食んでいたので、それを捕まえて乗ることにする。



日はほとんど地平線に沈みかかっていた。

持っていた水筒代わりの革袋に小川から水を汲み、所持していたパンとチーズを食べると、4人は日の暮れた街道を馬に乗って出発した。馬は二頭で、虎頭の男の前にダンが乗り、フォックスの前にはソフィが乗る。馬を並べて歩ませる。

「ねえ、おじちゃんの名前は何と言うの?」

「うう……」

「だめよ、ダイヤ、いえ、ダン、おじちゃんはお口が不自由なの」

「うう……グ、グエン、……」

「あら? 今、グエンって言った? 言葉は話せるようね。少し口は回らないようだけど、唖というわけではないみたいね。では、あなたの名前はグエンということでいいかしら」

フォックスの言葉に虎頭男は頷いた。どこからそのグエンという名前が心に現れたのか、いぶかしみながら。



「疲れたア……ぼく、もうお尻が痛くて乗っていられないよ」

やがてダンが音を上げた。

「だめよ、ダン、もう少し頑張りなさい。できるだけ遠くまで行かないと」

「いえ、ソフィ、私の考えでは、このグエンがいる限り、多少の追手がまた現われても大丈夫だという気がします。今、頑張りすぎると、これからの旅がつらくなりますから、今夜はこの近くで泊まりましょう」

ちょうど、数百マートル先に宿場町の明かりらしいものがあるのを見つけ、フォックスは言った。

「あ、グエンさん、私の名前はフローラということにしておいてください。ソフィとダンもそう呼ぶのよ」

「フローラだって。変なの。まるで女の子の名前みたいだ」

「私は女ですよ。これでも子供の頃は可愛い娘だと言われていたんですから」

「嘘だい。こんなに真っ黒に日焼けしているくせに」

「うるさいわね。私はあなたのお姉さん、ということになっているのだから、うるさく言うとお尻をぶちますよ」

「ダン、言うことを聞くの」

「はあい」






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