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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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タイガー! タイガー! 13章14章 2017/10/15 (Sun)


第十三章 フロス・フェリの野望



グエンたちが寝ている間も酒宴は続き、その話題は当然あの虎の頭の男のことである。しかし、フロス・フェリは何か他の事を考えているらしく、他の連中の話には上の空だった。

「どうしたんだい?」

アンバーが聞いた。

「いや、何な。あの子供たちのことだ」

他の者たちには聞かれないように、低い声で答える。

「ありゃあ、おそらくサントネージュの姫君と王子様だな」

「へえ、なるほど、そう言えば、数日前にサントネージュの王宮が陥落したという噂が伝わってきたねえ。王子と姫は一緒に死んだとも、脱出したとも言われていたけど、確かに、あれほどきれいで品のいい子供たちは、貴族にも滅多にいないね。……、で、どうするつもり? まさかユラリアに売り渡すつもりじゃないだろうね?」

「べつにサントネージュに恩義は無いが、ユラリア、トゥーラン、タイラスを含めた四つの中では一番善政が敷かれていた国だ。その中で最悪のユラリアに味方しちゃあ、俺の人気に関わるな」

「どうせ山賊なんだから、人気はどうでもいいだろうけど、見るからにいい子供たちだから、敵の手には渡したくないねえ」

「まあな。それに、ここが考えどころなんだが、あいつらがここに来たのは、俺たちにとって、もしかしたら途轍もない幸運になるかもしれねえ」

「まあ、考えていることは想像つくよ。あの連中を神輿にかついで、サントネージュ再興の軍勢を作ろうとでも言うんだろう? でも、簡単なことじゃないよ。山賊仕事と戦とはまったくべつだからね」

「それは承知の上だ。だがな、もしもこれが成功したら、お前、一気に公爵伯爵さまも夢じゃないぜ」

「反対はしないよ。でも、緑の森の盗賊は今、全部で11人だけだし、これから知り合いを集めてもせいぜい20人くらいだろう? とてもじゃないけど、軍隊にはなりゃあしないよ」

「まあ、見ていろ、物事には勢いってものがある。その勢いを作れば、今は10人程度でも、それが100人1000人にふくらむさ。それに、実はとてつもない隠し玉もある」

「何だい?」

「アベンチュラの事だよ」

「ああ、あいつか。今頃どうしているかねえ」

「旅から旅の風来坊をやってるだろうよ。だが、俺の睨んだところでは、あいつはタイラスの貴族の息子だ。あいつの持っている剣は、そんじょそこらの騎士が持てるような物じゃないぜ」

「なぜタイラスだと?」

「言葉つきだな。軽いタイラス訛りがあった」

「ふうん。でも、多分貴族社会が嫌で、風来坊になった人間なんだろ? 好んで貴族のいざこざに巻き込まれることがあるかね」

「そりゃあ、話してみないと分からん。だが、面白い勝負じゃないか。運命という奴は、こういう好機をつかむか見逃すかで決まるものさ」

「占ってやろうか?」

「いや、やめとく。占いって奴は嫌いだ。俺は自分の手で運命を切り開きたいんだ。運命に操られるのは御免だ」

「それにしても、ここにはいないアベンチュラを当てにするんだから、占いよりももっと雲を掴むような話だね。まあ、夢は寝てから見るもんさ。私はおいしい酒とおいしい御馳走があれば世の中はそれで十分だと思うがねえ」

「そうでない奴もいるさ。お前の妹のモーリオンもその一人じゃねえか」

「あの子は小さい頃から私とは違っていたからね。あいつも起きていて夢を見る人間さね。ご苦労なこった」





第十四章 ランザロート



 グエンがフロス・フェリに「ランザロート」という町の名を言ったのは、そこがタイラスの首都で、フォックスたちはそこに向っていると聞いていたからである。「薔薇色の大地」という言葉から生まれたのが町の名前で、確かにこの町が存在する一帯は薔薇色の土からできていたが、オリーブとオレンジとブドウ以外にはあまり作物が無く、地味が肥えているとは言えなかった。地味が痩せていることはタイラスという国全体に言えることで、タイラスは周辺の国々に比べても、やや貧しい国だった。西のサントネージュは肥沃な土地に恵まれて、農業が栄えており、北のユラリアには森林資源や鉱物資源が多い。また南のトゥーランはエーデル川の下流域に当たり、ここも肥沃な平野が広がっている上に、多くの漁港にも恵まれている。

昔はタイラスを治める国王たちは自国の貧しさから脱するためにしばしば他国の富を求めて、土地を接する国々への侵略を繰り返したものだが、10年戦争と呼ばれる長い戦争の後、ユラリア・タイラス・トゥーラン・サントネージュの四カ国が和平条約を結び、この12年の間、平和が続いていたのである。それが破れたのが、ユラリアによるサントネージュ侵略だった。

和平戦略の一環として、この四カ国の間には政略結婚も幾つか行われていたので、この平和はまだしばらく続くかと思われていたのだが、縁戚関係の無いユラリアとサントネージュの縁談が不成立になり、その怒りに任せてユラリアが一気にサントネージュを攻め滅ぼしたわけだが、その直接の原因は第四王位継承者、アルト・ナルシスの陰謀にあった。王を暗殺し、ユラリアから政権を預かる形でサントネージュの王位に彼が就くというのが、あらかじめの約束であったが、もちろんユラリアはその約束など反古にするつもりだし、アルト・ナルシスもそれくらいは読んでいた。だが、平和の眠りが終われば、戦乱の中で自分が王位に就く機会はいくらでもあるというのがアルト・ナルシスの考えだった。

「たとえ、失敗に終わっても、その方が面白いじゃないか」

夜の闇の中で、ランプを灯したテーブルに頬杖をついて、彼は夢想に耽る。その瞳には他人の命を平気で賭け事のチップにできる人間の深淵がある。

フォックスたちがタイラスの首都ランザロートに行くことの予想は彼にはついていた。この国に安全な場所の無い彼らは叔母のエメラルドを頼っていくしかないはずだ。だが、タイラス国王はユラリアの縁者でもある。

早馬の密使を送り、彼らが王宮に来たらすぐに身柄を拘束するようにとナルシスは伝言してあった。ユラリア侵攻軍を指揮するセザールとグレゴリオからも同様の伝言が行っているだろうと予測はついているが、同じ内容なのだから問題は無い。

「あわれなサファイア姫、ダイヤ王子よ、お前たちは自分を待ち受ける罠の中に、自分から飛び込んでいくのだ」

ナルシスの瞳に嗜虐的な笑いの色が浮かんだ。





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タイガー! タイガー! 12章 2017/10/14 (Sat)

第十二章 緑の森の盗賊たち



「地面に伏せろ!」

グエンは焚き火に革袋の水をかけて消し、消し残った数本を川に放り込むと、他の者たちに指示した。

地面に伏せると、彼らに近づく者は夜空を背景にすることになり、姿が見える。

あたりは漆黒の闇に見えたが、地面に伏せた態勢からだと、案外と背景との違いが見える。それに、目が闇に慣れ始めてきた。



相手の数は3名、とグエンは数えた。大人の男が3名だ。べつに忍び足ではなく、普通の足取りで近づいてくる。殺気は無いようだが、グエンは用心深く見守った。



「おおい、そこの方たち。俺たちは敵じゃない。まあ、まともな人間でもないが」

のんびりとした調子で、相手のうちの一人が奇妙なことを言った。

「緑の森の盗賊団というのが俺たちの名だが、貧しい者や弱い者からは奪わないのが俺たちだ」



「緑の森の盗賊団?」

フォックスが呟いた。

「知っているのか?」

「ええ。タイラス、トゥーラン、サントネージュの三つの国の国境近くに住んでいる盗賊団です。今言ったように、金持ちや貴族からしか金は奪わないのですが……」

「しかし、お前たちも貴族ではあるわけだな」

「はい。どうしましょう」

「まあ、あいつらの話を聞いてみるさ。こちらの正体は明かすこともあるまい」

グエンは立ち上がった。

闇の中でも相手を威圧するようなその巨体に、彼らに近づいた3人は驚いたようだ。



「俺たちは、国境破りをしてきた者だ。だが、お前たちも盗賊なら、俺たちの仲間のようなものだろう。俺たちをお客として扱うか? それとも獲物として扱うか?」

グエンは淡々と言った。怯えてもいないし、激してもいない、その声に、相手は予想が狂ったようである。

「ほほう、なかなかの豪傑のようだな。そういう男は大歓迎だ。我々の宿に案内しよう」

3人の中の兄貴分らしい年配の男が言った。

「俺の名は、フロス・フェリ、緑の森の盗賊団の頭だ」

「俺はグエン、後は俺の家族だ」

「サントネージュから来たようだな。とすると、亡命貴族か」

「貴族というほどではないが、ユラリアによる残党狩りから逃れてきた」

「そうか。まあ、俺たちについて来い。悪いようにはせん」

フロス・フェリと名乗った男は、くるりと後ろを向いて歩き出した。他の二人もそれに続く。

グエンは後ろの三人に頷いてみせて、フロス・フェリたちの後から歩き出した。



森の茂みの中を歩くのは昼間でも厄介だが、まして夜の闇の中だと、前に行く者の跡をしばしば見失いそうになる。しかし、グエンの鋭い聴覚は、前を行く者たちの居場所を常に把握していたから、足弱な子供たちが追い付くのを待ちながらでも、行く先を見失うことは無かった。

やがて森の中の空き地に出た。それは、周りを木々に囲まれた草の原であった。ここでは穏やかな初夏の夜風が草や木々の匂いを運び、上空に空いた空間には三日月と星空が見えている。そして、この空き地には天幕が10ほど張られ、その中央では焚き火が焚かれていた。焚き火を囲んで、7,8名ほどの男たちが座っている。手には土器の酒杯をそれぞれに持っているようだ。



「お頭が帰ってきたぜ」

「お帰り、お頭!」

口々に声が上がる。



「獲物は無かったが、客人を連れてきた」

フロス・フェリの言葉に、その仲間たちは彼の後ろから近づいて来るグエン一行を見る。闇の中であるから、その姿はすぐには分らない。

しかし、焚き火の明かりの中にグエンの全貌が現れた時、フロス・フェリも含めて盗賊たちから一斉にどよめきの声が上がった。

身の丈2マートルという、滅多にない身長にも驚くが、それよりも、その広い肩幅と、さらにその上にある虎の頭は、度胸のある盗賊たちにも、ある畏怖の気持ちを起こさせた。

「お、お前、何者だ」

「仮面をかぶっているんだろう?」

盗賊たちは口ぐちに言う。

「だが、すげえ体だな。酒樽モンマスよりもでけえや」

「おい、モンマス、あいつに勝てるか?」

盗賊の一人に声をかけられたのは、こちらも身の丈2マートルに近い大男だが、逆三角形の筋肉質の体をしたグエンとは違って、かなりの肥満体の男だ。だが、固肥りの体で、力強い感じである。

「虎と戦ったことは無いが、まあ、得物を持って戦うなら、勝てんことはないだろう」

モンマスは、髭面をグエンに向けて値踏みするように見て、そううそぶく。

「そう焚きつけるな。こちらはお客さんだからな。まあ、こちらへ来な」

フロス・フェリは焚き火の上座らしい席に座ると、グエンに声をかけた。

焚き火の中に浮かび上がったフロス・フェリの姿は、年齢は40前後と見えた。長身でたくましい肩をし、角張った顔形に黒く長い髪、黒い口髭を生やしている。快活そうな明るいブルーの目をしているのだが、夜の今は、その色合いまでは他人にはわからない。

かついでいた弓と、腰の剣は、今は体の傍に置いてある。

グエンはフロス・フェリが示した座席に腰を下ろし、その側にフォックスと子供たちも座った。

「これはまあ、きれいなお姉ちゃんだ。あんたの奥さんかい?」

「まあな」

グエンの返答に、フォックスは一瞬微妙な表情になったが、そう質問した盗賊に笑顔を向けて頷いた。

「まだ若いのに、大きな子供がいるんだな」

「ああ。こう見えてもこの女はもう40近いんだ」

グエンはそうとぼけたが、フォックスはむっとした。

ソフィとダンは、今の役割を必死で理解した。

「お父ちゃん、お腹空いた」

ダンが言った。

「ああ、そうか。どうかこの子たちに何かやってくれないか」

「おお、これは気が利かなくてすまなかった。おい、チャルコ、そのシチューと鹿の焼肉を子供たちに出してやれ」

「へい」

フロス・フェリの命令に、盗賊の中の下っ端らしい若者が従う。

錫で出来た皿にシチューを入れて、子供たちに与える。

「あんたたちはその辺のものを勝手に食べてくれ」

「かたじけない」

グエンは言って、腰のナイフを抜き、焚き火の側の焼き串に刺さっている、でかい鹿の焼肉を大きく切り取る。

まず、フォックスに手渡し、次に自分の分を取る。

「塩もあるぞ。それに、キノコ入りのソースもな」

「ほう、これは御馳走だ。山賊というのはいい暮らしだな」

「それなりの危険はあるがな。まあ、土地に縛られた百姓の暮らしよりはいい。どうだ、お前たちも仲間に入らんか?」

「申し出は嬉しいが、タイラスのランザロートに女房の親戚がいて、そこを訪ねる予定なのだ。まあ、行ってみて歓迎されないようなら、その時は考えてみよう」



「女房持ちじゃあ、この山犬たちの間で奥さんの身が危ないよ」

背後の影からそう声がかかった。

闇の中から現われたのは、年の頃は20代後半くらいの女で、浅黒い肌に放浪民特有の派手な重ね着をしている。首の周りの大きな首飾りが目立つ。

「アンバー姉さん、俺たちにだって仁義はあるぜ。仲間の女房など寝取るものか」

山賊の一人が不平そうに抗議する。

「わかったもんかね。お前はモーリオンのことであやうくジャスパーと殺し合うところだったじゃないか」

「まあ、あれは、モーリオンが俺とジャスパーに二股かけていたからだ。ジャスパーとはもう仲直りしたからいいじゃないか」

「それに、モーリオンはもうとっくにここにはいない人間だ。昔のことはいい」

フロス・フェリがとりなすように言う。

アンバーと呼ばれた女は、グエンとフロス・フェリの間に割り込むように座った。

「へえ、その頭、本物かい?」

「ああ、そのようだ。外すことはできぬ。この牙もすべて本物だ」

「珍しいねえ。名前は?」

「グエンだ」

「聞いたことが無いねえ。私は、あちこちの国に行ったことがあるけど、あんたのような虎の頭の人間の話は聞いたことが無い。もちろん、神話のミノタウロスやセイレーンなど、人と動物が合体した生き物の話はあるけど、あれはまあ、伝説だからねえ。ちょっと触っていいかい?」

許可を待たず、アンバーはグエンの顔に触れた。遠慮なくその皮膚を引っ張り、唇をめくって牙を確認する。

「本当だ。この頭は本物の虎の頭だよ。奥さん、虎とキスするのはどんな気持ちだい?」

「ま、まあ、慣れてしまったから」

「言っちゃあ悪いけど、よく結婚する気になったねえ。まあ、頼もしいと言えば、これほど頼もしい男もいないだろうけどね。私が見た感じでは、この人は、相当の勇者だね」

「ええ。この上無い勇者です」

「お話の途中だが、子供たちは疲れて眠そうだ。この子たちを寝かせる場所はあるかな?」

グエンが口を挟んだ。これ以上会話が続くと、余計な詮索をされると思ったからだ。

「アンバーの天幕を貸してやれ。アンバーは俺の天幕に来ればいい」

「ああ、いいよ。四人寝るくらいの広さはあるから」

「有難い。では、途中で退出するのは失礼だが、俺たちはもう寝かせて貰おう。俺も女房も少々疲れているのでな」



アンバーの天幕に入るとグエンはまずフォックスに謝った。

「先ほどは済まなかった。女房ということにしておいたほうが、山賊たちもあんたに手を出しにくいだろうと思ったのでな」

「いい考えだったわ。でも、私はまだ24ですから」

「40近いと言ったのも、あいつらのあんたへの興味を無くさせるための方便だ」

「多分そうだとは思いましたが、私、そんなにふけて見えます?」

「いや、若々しいと思う」

「なら、いいです。これからは、私は38歳で通します」

「済まんな」

グエンとフォックスの会話を興味深げに聞いていたダンが言った。

「フォックスとグエンは結婚するの?」

「いや、これはお芝居だ。我々の身を守るためのな」

「グエンとフォックスが僕たちのお父さんお母さんだなんて、何だか変な気分だな」

「ダン、これはお芝居ではなく、本当にそうなのだと思って行動するのですよ」

ソフィが姉さんらしく教える。

「はあい」

「じゃあ、もう寝ましょうか」

奥にダン、その次にソフィ、その次にフォックスが横になり、入口の側にグエンがその巨体を横たえると、天幕がほぼ一杯になった。

やがて天幕の中に寝息の音が立ち始める。グエンも眠ったが、彼は寝ていても、かすかな気配で目を覚ますことができることをすでに自覚していたので、就寝中に敵に襲われることは心配していなかった。





タイガー! タイガー! 11章 2017/10/13 (Fri)


第十一章 渡河



目指すタイラスで先のような会話がなされているとは知らず、グエンとフォックスは、いかにして国境を突破するかの相談をしていた。

グエンは、そのまま関所を突破すればいいという意見だったが、フォックスはそれほど能天気な作戦は取りたくなかった。いくらグエンが抜群の武勇の持ち主でも、100名近くの兵士がいるという国境の砦のそばの関所を大人二人だけで突破できるとは思えない。大人二人とは言っても、実際に敵に当たれるのはグエンだけだろう。フォックスは、せいぜい子供二人を守るくらいだ。

「それでいい。お前が子供たちを守っていてくれれば、敵は俺一人で何とかする」

フォックスの言葉にグエンは笑い顔のような表情でそう言った。虎の顔そのものだのに、なぜかそれが笑い顔に見えるのは、グエンの顔を他の者たちが見慣れて、微妙な表情の区別がつくようになってきたからだろうか。

グエンの話し方も、ずいぶんまともになってきている。これまでのような、ブツブツと切るような話し方ではなくなっている。流暢でこそないが、普通に口の重い人間程度の話し方になっている。



フォックスの話では、ここから国境までは、おそらくあと1日の距離だろうということだ。もちろん、彼女もここに来たのは初めてであるが、少し前に通った分かれ道の道標に国境まで20ピロとあったのである。



風に混じる水の音をグエンの鋭い聴覚は聞きつけた。

「近くに川があるな。水の匂いもする」

グエンは空気の匂いをかいだ。

「エーデル川ですね。では、すぐに国境です」

「この道をそのまま進めば、どうしても関所を通ることになるが、俺としても無駄に人を殺したくはないから、ほかの場所から川を渡れないか、探してみよう」

グエンは口では言わなかったが、タイラス国を通過する際に、あまり人目につかないほうがいいのではないかという気もしていたのである。兵士たちと大立ち回りをして国境を突破しては、自分たちの所在を多くの人に知られてしまう。兵士の100人程度を相手にするのに不安は無いが、その全員を殺すことは困難だろう。とすると、その場を逃げ出した兵士の口からグエンたちの足跡が知られてしまう。また、タイラス国内で兵士たちに不審尋問され、思わぬ害を受けないものでもない。潜行するのがやはり最良の方法かと、グエンは考えを変えていた。



荷車は道から離れた茂みの中に隠し、食糧などの荷物を載せた馬を引いてグエンたちは林の中に入っていった。子供たちも当然、歩くことになる。



やがて断崖に出た。この場所から下を流れる川までの高さは70マートルほどだろうか。反対側の断崖の高さも同じようなものだ。しかし、じっくり見ると、400マートルほど下流では木々の緑が川から数マートル程度まで下りている。つまり、崖の高さが低くなっている。川幅もそこはやや狭いようだ。おそらく80マートル程度か。

上流の方を見ると、ここから300マートルほど離れたところに吊橋がかかっている。先ほど進んでいた道をさらに行くと、あの吊橋に出たわけだが、しかしその前にサントネージュ側の関所があり、吊橋を渡るとタイラス側の関所があるはずだ。

「あの、下流の低い部分から渡ることにしよう。ちょうど、川が曲がって上流の関所のあたりからは見えなくなっている。俺たちのいるこの崖が川の曲がり角だ」

「しかし、川をどのようにして渡るのです?」

「お前は泳ぎはできないのか?」

「私はできますが、子供たちは無理です」

「子供たちは俺が二人とも背中にかついで泳ぐ」

「そんなことができますか?」

「多分な。俺の首に両側からしがみついていればよい。どうだ?」

グエンはソフィに聞いた。

ソフィは一瞬しかためらわなかった。

「やってみます。ダン、大丈夫よね? 絶対に手を離しちゃだめよ」

「うん、大丈夫だよ」

「良い子だ」

グエンは頷いて微笑んだ。



さらに林の中を下流方向に向かって進み、やがて川に下りていけそうな場所に来た。かなりの急勾配だが、下りていくことはできる。馬たちとは別れるしかない。荷物を馬から下ろし、グエンが肩にかつぐ。

何度か足を滑らしながらも4人は何とか崖を下りて河原に着いた。

ほっと息をついて一休みする。時刻は午後4時ころだろうか。崖の間の河原だから、すでにあたりは暗い。

軽い食事をして、いよいよ渡河にとりかかる。

まず、グエンと子供たちを長い布で結びつける。この布はキダムの村を出る時に、グエンの意見で購入してあったものだ。山越えをする時に、ロープ状のものが必要になるという見通しによるものである。通常のロープよりも、布のほうが様々な利用価値がある。

子供たちとの間は短めに、そしてフォックスとグエンの間は4マートルほどの長さで結びつける。これはフォックスが泳ぐ邪魔にならないようにだ。

「では、いくぞ。心の準備はいいな? 絶対に俺の首から手を放すなよ」

グエンの言葉に二人の子供は頷く。

グエンが川に入るすぐ後に子供たちが続き、腰ほどの深さになった時に、グエンは身を沈めて首だけが川面に出るようにした。その意図を理解して子供たちは両側からグエンの首に抱きつく。

「苦しくないですか?」

ソフィの言葉にグエンはにやりと笑う。

「いや、少しも。もっと強くしがみついたほうがいい。俺の首の太さは子供の力で窒息などしない」

ソフィとダンはそれを聞いて、もっと強くグエンの首にしがみつく。

「それくらいでいい。ではいくぞ。顔をずっと水の外に出しているのだぞ?」

「はい!」

グエンは平泳ぎの要領で静かに泳ぎ出した。

遅れないように、フォックスもその後に続く。

泳いでいると、水面の上は案外と明るく、また真上にある空は河原にいた時よりも明るく見える。

(この人がいなかったら、私たちはどうなっていただろう。あのサルガスの野でグエンと出会ったのは、何と幸運なことだったことだろうか)

先を泳ぐグエンを見ながら、フォックスは考えていた。そのグエンは子供二人を背中に背負い、しかも腰には荷物の袋をつなぎながら、何の苦もなさそうに泳いでいく。身一つのフォックスの方が、遅れそうになるほどだ。

幸いなことに、川の流れは穏やかで、やがてグエンとフォックスの足は反対側の川床に触れた。

彼らが川岸に上がった時には、あたりは完全に夕闇に包まれていた。



季節は初夏だが、このあたりは高地だからやや寒い。濡れたままの体だと病気になる危険がある。砦や関所からは見えないことを期待して、グエンたちは火打石を使って火を起こした。枯れ枝を積み上げ、それに火をつける。

やがて、炎が高々と上がった。その周りに4人は集まって体を乾かす。

水に濡れた干し肉も炙り直し、そのうちの幾つかを夜食にする。

彼らのいるあたりは明るいが、少し離れた所は真っ暗である。



「誰だ!?」

グエンが低い誰何の声を上げた。闇の中から彼らに近づく者の気配を感じたのである。



タイガー! タイガー! 9章10章 2017/10/12 (Thu)

第九章 ある会話



グエンたちから王女と王子を奪いそこなった黒衣の男二人は、馬も失っていたので、徒歩で国境の砦まで歩くしかなかった。首都オパールまで戻る気は毛頭なく、国境の砦で兵士を徴発して再度、グエンたちに挑むつもりであった。だが、グエンたちよりも、おそらく半日から1日程度の遅れがある。

「ランド砦まで、あとどれくらいだ」

一人が、もう一人に聞いた。

「あと30ピロほどだろう。今日の夜もこのまま歩けば、明日の朝には着けると思う」

「おそらく、あの虎頭たちは、夜は休むはずだから、その間に追いつけるかもしれんな」

「だが、追いついても、逆にこちらが危ない。追いついたら、あいつらに見つからないように、隠れながら、後を追おう」

「あの、虎頭は何者だ。サントネージュに、あのような騎士がいたという話は聞いたことがない」

「あの頭が仮面だとしても、あれほどの力量を持った騎士は誰がいる?」

「俺の知っている騎士ではウジェーヌとマリオンが一番良い腕をしているが、あいつとは強さの次元が違う」

「では、他の諸侯のところの騎士か。それでも、あれほどの腕の者がいるという話は聞いたことがない」

「サントネージュの者ではないかもしれない」

「ユラリアの兵士たちを殺害しているのだから、ユラリアの者ではないだろうな」

「では、タイラスから、王子と王女を救出するために遣わされた者か?」

「その可能性はあるが、あまりにも救出が早すぎる。それなら、まるでユラリアの侵攻をあらかじめ知っていて、王子と王女が落ち延びることも知っていたみたいだ」

「よい魔道士を抱えているのかもしれない」

「デルマーボッグ様は、遠く離れた場所で起こっていることが見えるというから、他国にもそのような魔道士がいてもおかしくはないな」

デルマーボッグとは、サントネージュ魔道士界の有名人であり、魔道士たちの畏怖の対象であった。過去や未来を見通すことや、空中浮遊などもできるという。彼が呪いをかけた人間のうち、死んだ人間が5人、彼に命乞いをして助かった人間は無数にいる。

「なんでも、デルマーボッグ様は、今回のユラリアの寇略がずっと前から分かっていたそうだ。ごく親しい者たちに見せた『未来記』には、それが書かれていたらしい」

「では、なぜそれを国王に伝えなかったのだ?」

「滅びるものは滅びるに任せるのがいいというのがあの方のお考えなのだ。俗世の戦乱など、あの方の関心には無いのだな。ある意味では、国王などの上に立つお方だから」

「すごいお方だ。我々も、修行すれば、そのような高みに行けるだろうか」

「ああ、苦しい修行に耐えればな」

「あるいは、あのお方が前前からおっしゃっていた地上の天国が、この戦乱の後に来るのかもしれない。我々の指導者であるあのお方が俗世の支配者にもなれば、地上はそのままで天国になるというあの予言が実現されるかもしれないな」

「いや、アルト・ナルシス様を国王としてもいいのではないか。ナルシス様はデルマーボック師を崇拝しておられるからこそ、我々もナルシス様に従っている。ナルシス様が俗権の支配者、デルマーボック師が精神界の支配者でいいのではないか?」

「いずれにしても、我々の活躍する時代が目の前にあるのは確かだ」

「その通りだ」

この会話はこの二人の精神を高揚させる効果があったらしく、彼らは夜を徹して歩き続け、どうやらグエンたちとの距離をかなり縮めたようであった。





第十章 タイラス宮廷



サントネージュ王国崩壊の知らせはサントネージュに置いてある間者(スパイ)を通じて、急報としてタイラスに届いていた。そして、王子と王女が宮廷を脱出した後、行方が知れなくなっていることも。

タイラス王妃エメラルドは、夫である国王エドモントに王子と王女の救出を頼んだが、国王は良い返事をしなかった。というのは、実はエドモントの母はユラリアの出で、ユラリア国王とは血縁関係にあったからである。サントネージュがユラリアに占領されることで、タイラスとして損になるということはない。むしろ、国王エドモントが危惧していたのは、義理の甥と姪、つまりダイヤ王子とサファイア姫がタイラス宮廷に来たらどうするかということであった。

「一番いいのは、彼らをつかまえて、ユラリアに引き渡すことでしょう」

宰相のケアンゴームが言った。年の頃は40代後半だろうか、銀髪で褐色の顔色をした体格のいい男だ。短い顎髭が堂々としていて、宰相よりは将軍のタイプだが、無表情で、物腰は穏やかである。しかし、その眼の奥には、何か得体の知れないものがある。美男と言ってもいい中年男だが、どことなくいかがわしい雰囲気を持った男だ。

「しかし、そうすると、お妃さまは王をお許しにならないでしょうから、困りましたな。どうなさいます?」

「まあ、妃がどう言おうと、国王はわしだから、わしの好きなようにやるまでだが、正直言って、妃に泣かれるのもいやだ。どうしたものか」

エドモントは色白のでっぷり肥った顔に困惑の色を浮かべる。

「宮廷に来る前に、途中で殺しますか?」

「ふむ、しかし、それも乱暴だな。まだ相手は子供だし」

「やはり、捕まえて、ユラリアに送るのが一番でしょう。処置はユラリアに任せれば、王の責任ではありませんから」

「ふむ、やはりそうするべきだろうな」

「まあ、国境地帯はユラリアの兵が固めているでしょうから、そこをわずかな人数の逃亡者が突破できるとも思えません。今の段階では、これは考える必要もないことでしょう」

「そうだな。それより、モーリオンの件はどうなった」

「はい、すべて順調です。モーリオン様はランジュ公爵の養女ということにしてあります。いつでも、そちらへいらっしゃれば、お会いになることはできます」

「ランジュ公爵があの女に手を出したりはしないだろうな?」

「それは無理でしょう。なにしろ、70歳の老人ですから」

「できれば、宮廷に入れて、毎日会えるようにしたいものだが、妃には知られたくはないのでな」

「まあ、会えない間が、また恋の薬味というもので」

「まったく、いくつになっても、新しい美しい女というものは、男をわくわくさせるものだわい」

「さようですか」

「お前も、澄ました顔はしているが、やることはやっているだろう」

「まあ、適度に」

「また、美しい女を見つけたら、知らせるのだぞ」

「はい、それはもちろんです」





タイガー!  タイガー! 8章(1) 2017/10/11 (Wed)

第八章 森の中(1)



グエンたちの一行がキダムの村を出てから三日が経った。キダムの村で荷車を買い、それを農耕馬に引かせて子供たちはそれに載せることにしたので旅ははかどるようになり、キダムからは100ピロほど東に来ていた。ここから先は森林地帯になり、民家はほとんど無くなるが、途中の村で食料を仕入れていたので特に食い物の心配は無い。ただ、国境をどこから越えるかが問題だが、それはその場の様子を見て決めればいいとフォックスは考えていた。

「ずいぶんはかどりましたね。あと少しで大森林です。大森林を抜ければエーデル川があり、その先がタイラス、その南がトゥーランです」

「タイラスの王妃さまが、私たちの叔母様ね?」

「そうです。エメラルド様とおっしゃって、とてもおきれいな方ですよ。まだ、とてもお若くて、おそらく22,3歳くらいだと思います。嫁がれたのがおととしですから、今頃は可愛い赤ちゃんをお産みになっているかも」

「赤ちゃん、見てみたいわ。可愛いでしょうね」

荷車の上のソフィにフォックスが馬上から話しかけると、さすがに女同士で話がはずむが、男の子のダンはすっかり退屈している。

「あーあ、早くタイラスにつかないかな。ぼく、車に乗るのはすっかり飽きちゃったよ」

宮廷を脱出した時の緊迫感も今は無い。それに、グエンという強い味方ができたもので、誰もが安心しきっていた。



大森林が目の前に見えた。樅の木がほとんどで、その森がどこまで続くのか、低い位置からではその範囲もわからない。その途中にエーデル川が流れる峡谷があるはずで、そこがサントネージュと他国の国境になっている。

針葉樹の爽やかな匂いがする。頭上を覆う木陰からは絶えず小鳥の声がする。木の葉を通して太陽の光が下に落ち、下を行く一行の顔をまだらにする。



彼らが通っているのは、古い街道である。今でも通商のために使われていて、馬車が通れる程度の幅はあるが、道の上には枯れ葉が深く積もっている。

グエンは馬を歩ませながら、物思いにふけっていた。ある思いが頭の中をぐるぐると回っている。それは、なぜ自分の頭はこのようになっているのか、ということと、なぜ自分の記憶は無いのか、ということ。一言で言えば、「自分は何者か」ということである。考えても答えの出ない問題を考えるのは空しいことだと分かってはいる。しかし、考えずにはいられない。

(俺の体は、通常の男より相当にたくましいらしい。また、体力も人並み以上で、剣をふるう技能もかなりある。ということは、やはり俺はこの世界のどこかで生れ、育ったが、ある時に記憶を失って、あの野原に倒れていたのだろうか。あの野原は、しかし、まったく見覚えは無かった。どこか別の場所で記憶を失わされて、あそこまで運ばれたのか。誰が、何のために? 俺は剣を扱うのに何一つ苦労はしなかった。考える前に体が動いていたという感じだ。そういう面での記憶、つまり体の記憶はあるようだ。それに、言葉を話すのは難しいが、他人の言葉は苦もなく理解できる。ならば、やはり俺はこの国の人間なのか? しかし、こんな頭の人間はほかにはいるまい。なぜか、そういう確信のようなものが俺にはある。俺は自分のこの頭に気づいた時、恐ろしい気持ちになった。それは、これが本来の自分の頭ではないと知っているからだろう。しかし、これが仮面などでないのも確かだ。それは何度も確かめた。無理にこの顔を剝がしても、他の顔など出てこないだろう。俺はいったいどうすればいい。この頭のままでこの世界に生きていくしかないのか?)



「ねえ、グエン、何を考えているの?」

フォックスが言った。

「俺は、何者か、という、ことだ」

たどたどしい口調だが、やっと文章になる会話ができるようにはなっている。

「どこかの宮廷に仕えていたんだと思うわ。あなたのあの剣の腕は、超一流の剣士だった。そういう剣士がどこの宮廷にも仕えていないということはありえない、と思う」

「あのう……」

控え目にソフィが口をはさんだ。彼女にしては珍しい行動である。

「なに? ソフィ」

他人のいない所でも、なるべくサファイアとは言わずにソフィと呼ぶようにしている。

「宮廷のお抱え剣士や騎士ではなく、もしかしたら王様だったのかも」

「えっ?」

この言葉はフォックスには盲点だった。何しろ、まっぱだかで出現した、虎の頭の男である。それがどこかの王様だという想像はまったく思い浮かばなかったのだ。

「ま、まさか。……でも、言われてみれば、どことなく威厳があるような……。でも、まさか」

「グエンは王さまだったの?」

ダンが遠慮なく聞いた。

「分から、ない。覚えて、いない」

「そのうち、虎の頭をした人がどこかから失踪したという噂でもないか、尋ねてみましょう。でも、それは私たちがタイラスについてからね」



突然、馬が足を止め、後ずさりをした。不安そうな嘶きを上げる。

「何か、前の方にいるわ」

フォックスが言った。

「確かめて、来る」

グエンは馬の腹を軽く踵で蹴って歩ませた。

森の中は静まり返り、鳥の声も今はやんでいた。


タイガー! タイガー! 8章(2) 2017/10/11 (Wed)

第八章 森の中(2)

馬を走らせていたグエンは前方に黒い影を見つけて馬を止めた。その影は四体。

「お前らは、何者だ」

グエンは静かに聞いた。

「そういうお前の名を聞こう」

影のような黒衣の男たちの一人が低い声で言った。

「俺の名は、どうでも、いい。お前たちは、俺に、用が、あるのか」

「ああ、お前の連れている二人の子供を寄こしてもらおう」

「あれは、俺の、子供だ」

「嘘をつけ。あれがサントネージュの姫と王子だということは分かっている」

「馬鹿馬鹿しい。俺たちは、ただの、旅人だ」

「どこへ行く」

「お前らに、言う、必要など、ない」

「ならば、力づくであの子供たちをいただこう」

男の腕が鋭く動くと同時に、グエンの乗った馬の首に短刀が刺さった。

「くそっ」

鞍から跳躍すると、グエンは巨体を翻して地上に降り立った。馬がその背後で倒れる。

四人の男たちはそれぞれの手に鞭を持っている。その鞭の先端に小さな金属の輝きがあるのをグエンの鋭い目は見て取った。

(毒針付きの鞭か。少々厄介だ。)

グエンは腰の剣を抜いて油断無く4人に向かい合った。

その時、背後にかすかな叫び声がしたのを、グエンの常人離れした聴覚は聞きつけた。

(しまった!)

グエンは身を翻し、駈け出した。

(あの4人を相手にしている間に、他の連中がフォックスたちを襲ったのだ。うかつだった!)



グエンは疾走した。馬よりも速い。

あっと言う間に、背後に残してきたフォックスたちのところに着いた。フォックスは剣を抜いて、子供たちをかばいながら、敵らしい男たちに向っている。敵の身なりは通常の庶民の服装だが、それぞれに短剣を持っている。その数は5人。

「ああ、グエン、助けて!」

フォックスの言葉にうなずくと、グエンは敵に襲いかかった。

5人を倒すのに、数秒もかからない。

だが、その間に、道の前方にいた黒衣の男たちが馬を走らせてやってきた。

「下がっていろ! 危険な連中だ」

グエンはフォックスや子供たちに声をかけて、黒衣の男たちの方へ走り出した。

先頭にいた男が、馬上から鞭をふるう。その鞭を剣で切ろうとするが、鞭はただ剣に捲きつくだけだ。その間に他の男からの鞭がグエンを襲う。

「くそっ!」

グエンは身をかわしながら、その鞭を手でつかみ、相手を馬から引き落とす。

フォックスがこちらに駆けてくるのが見えた。

「来るな!」

グエンは叫んで、巨体を跳躍させ、2マートルほども飛び上がると、そのたくましい右足で馬上の敵を蹴り落とした。そして、同時にその馬に乗る。

相手と同じ高さにいれば、敵の武器の有利さもいくらかは無くなる。

残りの二人を剣で斬るのはあっという間だった。

地上には、引きずり落とされた男が立ち上がりながら呆然としている。蹴り落とされた方は、座りこんでいる。



「我々は、サントネージュ宮廷の者です。王女と王子をお守りするために追ってきたのです」

男は必死の表情でそう言った。

「どう、思う?」

グエンはフォックスの方を振り返って聞いた。

「嘘だと思います。先ほど、彼らは私の名を尋ねようともせず、子供たちを奪い取ろうとしました。それに、宮廷でこの者たちの顔を見たことはありません」

「い、いや、確かに我々は宮廷の者ではなく、臣下のそのまた家臣ですから、フェードラ様が我々の顔をお知りにならないのは当然です。我々は実は、アルト・ナルシス様の家臣でございます」

「アルト・ナルシス様の?」

「はい。ナルシス様は、お考えがあって、今はユラリアの二人の王子に仕えておりますが、実は、機を見てサントネージュを再興するお考えなのです。そして、もちろん、王位にはご自分がではなく、サファイア様かダイヤ様をおつけになろうとお考えなので、お二方をご自分の元で隠しながら保護なさるおつもりなのです」

フォックスは考え込んだ。

「アルト・ナルシス、は……第三、王位継承者、だったな?」

グエンが言った。

「はい」

「どう、する? お前たちが、望むなら、……俺は、ここで、別れても、いいが」

「いやだ! ぼくはグエンとタイラスに行く。アルト・ナルシスなんてウソつきだ! あいつはお父様を守りもせずに敵に降参しちゃったじゃないか」

ダンが目に涙を溜めて叫んだ。

「そうね。アルトには何かの考えがあるのかもしれないけど、敵に占領されている都に戻るのは危険すぎると私も思います」

ソフィの言葉に、フォックスもうなずく。

「いきなり子供たちを連れ去ろうとしたあなたたちのやり方を見ても、あなたたちの言葉が真実のようには思えません。しかし、それが真実ならば、あなた方を殺すわけにもいかないでしょうから、あなたたちの命は助けてあげます。アルト・ナルシス様には、サントネージュを再興してからお二方を迎えに来るようにお伝えください」

黒衣の男たちは顔を見合せて、仕方なさそうにうなずく。

「はっ。すべてを信じていただけなかったのは、私たちの手落ちです。そのうちお迎えにあがります」



男たちが去ると、ソフィとダンは再び馬車の上に戻った。

グエンの馬は先ほど殺されたが、黒衣の男たちの乗っていた馬がまだ近くにいたので、そのうち2頭は馬車につけ、1頭にグエンが乗る。これまで馬車を引かせてきた農耕馬は解放した。

しかし、思わぬ手間で、すぐに野宿の準備をしなければならない時間帯になっている。

少し広い場所まで進んで、一行は野宿の用意をし、夕食を食べた。あたりはすっかり闇に包まれ、森の木々の上には宝石を撒き散らしたような星空が広がっている。










タイガー! タイガー! 7章 2017/10/10 (Tue)


第七章 アルト・ナルシス



ナルシス卿と呼ばれた男が謁見室から出て来ると、控えの間にいた黒衣の男が頭を下げた。

「御用はお済みで?」

「ああ」

大股に歩くナルシスの後から、黒衣の男はちょこちょこと歩いていく。ナルシスという男もそう大柄ではないが、黒衣の男ははっきりと小柄である。その黒衣は、この国では聖職者が主に着るものだが、魔道士、あるいは魔法使いと呼ばれる者たちも着る。

魔道士や魔法使いは職業ではなく、生き方である。通常の人間には無い能力を追い求める生き方のことだ。

普通の人間の持たない不思議な力を持つ彼らは、世間の人間からは恐れられ、敬遠され、時には仕事を依頼された。その仕事は、失せ物の捜索、病気の治療、結婚や仕事の吉凶判断から憎む相手への呪いの依頼まである。

また、中には広い知識と異能力のゆえに権力者に重用される者もいる。この男もその一人で、サクリフィシスと言う。

彼の仕えているアルト・ナルシスはサントネージュ国王アメジストの兄、故アノンの息子で、この国の第四王位継承者である。いや、第三王位継承者の王妃ルビーが死んだ今は、第三王位継承者だ。第一順位のダイヤと第二順位のサファイアが行方不明の現在、ユラリア国の支配下にあるサントネージュの国王に彼が指名される可能性は高い。

「まだサファイアたちの行方は知れないか?」

アルトの質問にサクリフィシスは答える。

「村村に置いてある間者の連絡によれば、二日前にキダムを出たのがサファイア姫とダイヤ王子であるのは間違いないようです。お付きの者のうち一人は近衛兵のフェードラ、通称フォックスと言う女です」

「あのはねっかえりか」

「もう一人は、身長が2マートルほどの大男で、顔を包帯で包んだ謎の男です」

「身長が2マートルほどというと、さて、誰がいたかな。バルバス、ケンリック、モルゲンの三人とも処刑されたはずだ。後は、2マートルまではいかないが、ウジェーヌ、マリオンくらいか。だが、この二人は俺の手下だからな」

「はい、彼らが宿舎を離れてないことは確かめてあります」

「ふむ。まあ、いずれにしても、できることならセザールの手の者たちより先に、サファィヤ姫を捕まえてくれ」

「ダイヤ王子はいかがいたします?」

「殺せ」

「はっ。殺した証拠はどうしましょうか」

「いらん。お前がそれを確認すれば、それでよい」

再び頭を下げて、サクリフィシスは歩み去った。



アルトは自分の居室に戻った。この屋敷は彼の家で、そこを彼はオパール総督府として提供しているのである。そのうちもっともいい部屋二つはセザール王子とグレゴリオ王子の居室にしてある。そして自分は客間の一つで暮らしているのである。

ベッドの横の小さなテーブルに置いてある真鍮製の鈴を鳴らして小間使いを呼ぶと、茶を持ってくるように命じる。

縦長の窓が開いていて、そこから初夏の風が入ってくる。

庭の木の梢を渡ってくる爽やかな匂いの風だ。白い薄織のカーテンが揺れている。日の光がレースを抜けて絨毯の上に落ち、縞模様を作る。

「さて、これからあの邪魔者たちをどうするか。……セザールとグレゴリオを毒殺するのは容易だが、かと言って、あいつらが引きつれてきた軍勢はすぐには掌握はできないだろう。さてさて、難しい問題だが、それを考えるのも面白い。次の一手はどうする? アルト・ナルシスよ」

お茶を持ってきた小間使いは、主人が笑みを浮かべて窓の外を眺めているのを見て、その邪魔をしないようにお茶をテーブルの上に置いて静かに退室した。





タイガー! タイガー!  5章6章 2017/10/09 (Mon)




第五章 旅宿にて



村の入口近くにあるその旅宿は、一階の裏が馬小屋、建物の一階が食堂、二階が宿室になっていた。

四人は馬を馬小屋に入れ、その世話を宿の者に頼むと、食堂で遅い夜食を取った。グエンは顔を白い布で包んで隠している。

「あんた、変な病気じゃないだろうな」

でっぷりと肥った宿の主人は、グエンを見てそうは言ったが、深くは追求しなかった。

鍋にぶつ切りの鶏肉や玉ねぎやエンドウ豆や人参や蕪をたっぷりと入れ、牛乳で煮込んだシチューは、四人にとっては久し振りの食事らしい食事であった。宮廷で出されたら手もつけないようなこの食事が、王女と王子にも、何にもまさる御馳走である。

フォックスは安いワインも頼んだ。もちろん、酔うほどに飲むつもりはない。

「グエンもどう?」

グエンは陶製のジョッキに注がれたワインの匂いを嗅いで、うなずいた。

あの顔の構造でジョッキの酒が飲めるかな、とフォックスは見ていたが、案外器用に、こぼさずに飲んでいる。よく見ると、舌ですくい取るようにして口に入れているようだ。それも非常に素早い。だから、注意して見ないと、普通にジョッキのへりに口をつけて飲んでいるように見える。

鶏肉は骨のままばりばり食べている。

(剣が無くても、あの牙があれば十分な戦闘能力があるんじゃないだろうか)

とフォックスは思ったが、もちろんそんな失礼なことは言わない。

宿屋にはほかに客もいなかったので、四人は、周りに注意しながらではあるが、話をすることもできた。

「グエンはどこから来たの?」

ダンの遠慮の無い問いに、グエンは首を横に振った。

「分からないってこと?」

今度は頷く。

こういう具合で、時間はかかるが、知りたいことを知ることはできる。

どうやら、この奇妙な虎頭の男は、今日突然にあの野原にいる自分自身を発見したらしい。

それを嘘だともありえないことだとも他の三人は思わなかった。

「魔法にかけられて、ここに飛ばされたんだね」

ダンのその言葉が自分の今の状況をもっとも的確に表しているとグエンは思った。

グエンはこの旅の道連れの三人がどんどん好きになっていた。



たった一人でこの世に突然現れた自分に、こうして話のできる相手ができたことは幸運だったのではないだろうか、と彼は考えた。一方、自分が彼らの危難を救ったことについてはもうすっかり忘れていた。弱い者が苦難に遭おうとしている時にそれを救うのは当然の行為である、というのが彼の心の自然な声だったのだ。その一方で、自分があの兵士たちを殺したことへの自責の気持ちはまったくなかった。あの連中は、このか弱い人々に危害を加えようとした。それを防ぐために相手を殺すのも、まったく当然の行為だと思えたのである。



話をするうちに、グエンの発声能力の程度も分かってきた。今は簡単な「はい」「いいえ」以外はぶつぎりに単語を言うだけで、文章化して言うのはむずかしいが、まったく発音できないわけではない。とりあえずは、「はい」「いいえ」を重ねるだけでも意思の疎通はできる。

そうであるから、グエンが自分の側の話をすることはあまりできなかったが、他の三人の話を聞いているのは彼には楽しかった。

それに、この三人の容姿は見ていて快い。フォックス、いやフローラは日焼けこそしているが、とても整った顔立ちだし、化粧をしたら美女に化けることもできるだろう。そしてソフィはというと、これはまったくの美少女、金髪で色白でサファイア・ブルーの大きな瞳の目が長い睫に縁取られた、絵に描いたようなお姫様である。もちろん今は、旅をするために男装をしており、髪も王宮を脱出する時に男の子に化けるためにうんと短く切ってあるが、それでも顔立ちの美しさは、教会の天使像のようだ。

(教会の天使像? 俺はそんなものを見たことがあるのか?)

グエンは自分の想起した言葉につまずいて、物思いの世界に入り込む。

(いったい、俺は何者なのだ。記憶を失うまでの俺はどこにいて、どのような暮らしをしていたのだ? 俺は一人身なのか、それとも妻がいたのか? ははは、こんな顔の俺に妻などいたはずはないか。だが、俺のいた世界では、俺のような顔の人間がふつうなのかもしれない。……虎の顔をした妻か!……)

グエンは暗鬱な気分になり、二杯目のワインを飲んだ。

「グエン、どうしたの?」

グエンの気分を察したようにダンが聞いた。

グエンは何でもないというように首を横に振って、ダンの肩を軽くポンポンと叩いた。

「さあ、明日は早いから、今日はそろそろ寝ましょう」

フローラの言葉で四人は立ち上がり、寝室に向かった。



四つの寝台のある部屋に入った四人のうち、ダンは疲れたらしく粗末な寝藁の寝台に入るとすぐに寝息を立て始めたが、他の3人はもう少しお互いの話をした。

とは言っても、話したのは主にフローラである。ソフィはうまく事情を説明できるほどの年齢ではない。グエンは言うまでもなく言葉が不自由だ。



「このお二人はサントネージュ国の王女と王子であることは、先ほど言いましたが、私は近衛隊隊員のフェードラ、通称フォックスです。

つい五日前、この国の国王は同盟国ユラリア国王を招いて、親睦のために共に狩りをしました。その時、ユラリア国の国王からサファイア姫をユラリア国の第一王子の妃に迎えたいという話が出ましたが、我が国王アメジスト様はそれをお断りになりました。なにぶんにもサファイア様はまだ若すぎるという理由からですが、本心は、ユラリアの第一王子セザール様は残忍な方だという評判を聞いていたからです。申し出を断られたユラリア国王のマライスはその晩、アメジスト様を暗殺したのです。それと同時に、国境に待たせていた大軍がサントネージュとの国境を越えて侵入し、首都オパールに迫りました。国王を失っては、軍隊を統率することもままならず、王妃のルビー様はご自分の死を覚悟してこの私にお子様たちを逃すようにお命じになったのです」

「うう……どこに……行く?」

「タイラス国は我が国と縁戚関係にありますから、そこを頼ろうかと思ってます」

こんな見ず知らずの人間(いや、人間なのかどうかも分からないが)にすべてを打ち明けていいものかどうかと思わないでもなかったが、じぶんが信頼できると判断した人間には隠し事をしない方がいい、とフェードラは決心したのである。

「あなたはどうします?」

「分か……ら……ない。お前たち……と……行く……?」

ソフィは彼の首すじに飛びついて抱擁した。

「ありがとう。あなたが一緒に来てくれて嬉しい!」

ソフィは自分がこのようなあからさまな感情表現をしたことに自分で驚いた。彼女が受けたしつけには無い行動である。虎頭の男はこの無邪気な行動に戸惑いながらも嬉しそうだ。

「まあ、まあ、ソフィ様。でも、私も本当に嬉しいですわ。あなたのような強い人が一緒にいてくれるなら、何も怖いものはない、という気分です」

グエンは頷いた。べつに謙遜することもない。自分が馬鹿馬鹿しく強いことは、すでに確信していた。



何はともあれ、やるべき事ができたのは、自分にとってはいい事だろう。自分の正体については、今すぐには分かりそうもないから、当面はこの三人のお守りをしながら旅をし、この世についての知識をだんだんと増やしていくのが賢明なようだ、と眠りにつきながらグエンは考えた。眠りの中に沈みながら、ソフィが彼に抱きついた時の本当に嬉しそうな顔を最後に思い出し、彼は微笑を浮かべた。





第六章 セザールとグレゴリオ



「虎の頭をした男だと?」

セザール王子は報告を受けて眉根に皺を寄せた。年の頃20代後半の大兵肥満の男だが、顔は日焼けして精悍だ。顔の下半分は鬚に覆われていて、年よりもふけて見える。その目は小さく残忍な光がある。全体に、王子らしくもなく、熊か猪めいた野獣性を感じさせる男だ。

「それは仮面をかぶっているのか?」

「わかりません。宿屋の主人の言葉では、二日前に10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子を連れた夫婦ものが宿泊し、出がけにその男に男の子が抱きついた拍子に顔の包帯がはずれて、虎の顔が見えたということです」

「虎の仮面の上から、さらに包帯をするというのも理屈に合わんな。かといって、虎の頭をした男がこの世にいるなどとは聞いたこともない。まあ、神話の中には半人半獣という奴もいるにはいるが。で、そいつらはどこへ向かった?」

「東の方角ですから、タイラス国かと思われます。あるいはトゥーラン国かもしれません」

「ふむ。分かった。下がってよい」

東方面の報告を終え、間者は退出した。

続いて、捜索隊の隊長からの報告がある。

「最初の捜索隊の兵士たちの死体が見つかりました。20人全員です」

「すべて死体で見つかったのか?」

「はい」

「場所は?」

「サルガスの野の街道沿いの小川に皆、投げ込まれていました」

「サントネージュの残党がまだあちこちに残っているというわけだな。オパールの町の兵士や将校は皆処刑したはずだな?」

「はっ」

「だが、庶民に身を変えているとも考えられる。ならば町の成年男子は皆殺しにするしかあるまい」

「しかし、それは……」

「何だ?」

「いえ、何でもありません」

「不服そうだな。だが、お前らの仲間が20人も殺されたのだぞ。これもサントネージュの残党がこの世にいるからだ」

「兄者」

と声を掛けたのは、窓の傍に立って室内のことには興味もなさそうに外を眺めていた男である。こちらはセザールの弟だろうが、兄とはまったく似ていない。おそらく母親が違うのだろう。中背で細身、白皙の顔に長い黒髪がかかっている。美男と言ってもいい容貌だが、兄と同様にその灰色の瞳にはどこか冷酷なものがある。窓から室内に向き直って、上座の椅子に座っているセザールに言う。

「敵国の男どもとはいえ、奴隷として使えば貴重な労働力です。むだに殺すことには賛成しかねますな」

「俺の言葉に逆らう気か、グレゴリオ?」

威圧するようなセザールの言葉に、グレゴリオと呼ばれた男は平然として答える。

「べつにあんたは王ではない。たまたまオパール総督を命じられただけのことだ。俺の主君でもない」

「ほう、その言葉、覚えておくがいい。俺が王位についた後、俺に膝まづいて俺の靴を舐めることになるぞ」

「そうなるのがあんたでないとも限らないがな」

セザールは立ち上がって剣を抜いた。

「ならば、今、決めてやろう。剣を抜け」

「御免こうむる。ゴリラ相手に力で勝負をする気はない」

「腰抜けめ」

セザールは床に唾を吐いた。

「それよりも、早くしないとサファイア姫とダイヤ王子が国外に脱出するぞ」

「国境は兵士たちに固めさせてある。それに、あんな子供たちが逃げたところで大した問題ではない」

「子供はいつまでも子供ではないさ」

「1万人にも足らぬ軍勢に首都を奪われるような腰抜け国の王子や姫に何ができる」

「俺は、その虎の頭をした男が気になるな。もしかしたら、その男が追跡隊20人を殺したのかもしれんぞ」

「馬鹿な! いかに豪勇無双な人間でも一人で20人が倒せるものか」

「一人でではないだろうが、もしもサントネージュ王妃から遺児を託された人間なら、相当の勇士だろう。会ってみたいものだな」

「そのうち、首だけになったそいつと対面させてやるさ。おい、いつまでそこにいる。さっさとその虎頭の男と一緒だという大人の女、女の子、男の子の4人連れをとっつかまえて来い。キダムの村から東の方面だ。抵抗するなら大人は殺してかまわん」

怒鳴りつけられて捜索隊隊長は飛び上がり、一礼して出て行った。

部下からの報告を受ける用が済んだので、セザールも謁見室となっているこの部屋から出て行った。おそらく食堂に酒を飲みに行ったのだろう。自分の居室で飲むよりも台所や食堂で飲むのが手っ取り早いというわけだ。

グレゴリオは窓辺にまだ立っていた。



「グレゴリオ様……」

声をかけられて振り向くと、予期した顔がそこにあった。

「何だ。ナルシス卿」

「もしも捜索隊が首尾よくサファイア姫を捕まえることができましたら、サファイア姫を私にいただきたいのですが」

「もらってどうする」

「妻にいたします」

「まだ十歳だと聞いているぞ」

「もちろん、結婚はまだ先のことですが」

「先物買いか。将来それほどの美人になる見込みがあるわけかな」

「はあ。まあ、そういうわけで」

「お前が国を裏切って、アメジスト国王暗殺の手引きをしたと知ったら、サファイア姫はお前をどう思うかな」

「それも一興でしょう。愛し合うばかりが夫婦ではないでしょうから」

「そういう退廃的な趣味は俺には分らん。まあ、サファイアをどうするかは、俺ではなく、あのゴリラの一存だろう。幸い、あのゴリラはデブの女が好きで、子供には興味はない」

「では、よしなに」

ナルシス卿と呼ばれた男は一礼して去った。

グレゴリオはこれまでサファイア姫には何の関心もなかったが、今の会話で少し興味が湧いてきたようである。







第三章 殺戮



「このおじちゃん、裸だ」

ダイヤは、いや、今はダンという名になっているが、まだ8歳の子供らしく、相手の頭が虎であることよりも、相手がまっぱだかであることにまず興味が向いたらしく、そう言った。

ソフィ、つまりサファイヤは、顔を赤くして横を向いた。さすがに大人の男の裸を正視する勇気は無いし、品高い育ちの彼女にはそういうはしたなさも無い。

「うう……」

頭が虎の男はそう唸った。

「お願いです。どうか静かにしてください。ダン、ソフィ、あなたたちも声を立ててはいけません」



しかし、森や林の無い野原の街道を行く三人連れの姿は、獲物を追う追手たちの視界にすでに入っていた。

騎馬軍勢は馬の足音の地響きを立てながら街道から駆け降り、奇妙な遭遇をした4人の所に殺到し、その前に馬を止めた。その数は20名前後だろうか。



「サントネージュ国王女のサファイアとダイヤ王子だな。もはや逃れるところは無いぞ。大人しく捕まるがよい。そうすれば、死罪にだけはならずに済むだろう」

盤広で髭面の、下品な赤ら顔をした隊長らしい男が唇をゆがめるような笑いを浮かべて言った。言いながら、相手の二人の女(一人はまだ子供だが)を値踏みするような好色な目で見ている。(ほほう、これは上物だ)と言う無言の声がその表情に出ている。

「誰が大人しくつかまるものか」

フォックスは剣を抜いた。

「愚かな。こちらは20人もの軍勢だぞ。お前一人で何ができる。それともそこの妙な虎の仮面をつけた裸の男が加勢をするとでもいうのか。その男は剣さえも持っていないではないか」

「私一人でも十分だ。かなわぬまでも、お前たちのうち何人かは地獄の道連れにしてやる。さあ、かかってこい!」

フォックスは剣を構えようとした。その瞬間、あっと言う間にその剣が手からすべり抜けていた。

「何をする!」

彼女の手から剣を奪ったのは虎頭の男だった。

「お前はユラリア国の廻し物だったのか!」

虎頭は彼女の前を通って敵勢に向かって進み出たが、その時に彼女を振り返って見た。

虎が笑うということがあるなら、その顔は確かに笑い顔だった。

(虎が笑うところを初めて見た)フォックスは変に呑気な気分でそう考えた。



太陽はいっそう斜めに傾いて、影が深くなっている。

その夕方の光の中で全裸の大男が剣を持って立っている姿は異様なものだったが、しかもその頭が虎の頭であるのだから、世にこれほど奇妙な見物はない。

その大男のたくましい裸体は、油を注いだように夕日に輝いて、まるで古代の神々の姿のようだが、その頭は虎そのものである。そして、それがまた神話的な壮麗さを彼の姿に与えていた。

男はゆったりと剣を下げて、何の闘気も見せずにのっそりと立っているだけだが、敵の兵士たちはその姿に威圧されていた。

(美しい)

フォックスは、思わずその姿に見とれていた。

ソフィとダンは互いの手を握って抱きあい、固唾を呑んで、成り行きを見守った。

相手が抵抗する気だと見て取って、追手たちは馬から下りて剣を抜いた。少なくとも、体格だけで言えば、この虎頭の男は容易ならぬ力がありそうだ。



20人の人数を前にしても、この虎頭の男には何の恐怖も無いようだった。まあ、虎の顔では恐怖の表わしようもないだろうが、少なくとも、その動きは落ち着き払ったものだった。

「ええーいっ!」

敵勢の一人が気合を掛けながら斬ってかかった。その剣先を無造作にかわして、虎頭男の剣がひらめいた。兵士の頭が斬り飛ばされて宙に舞う。

続いて攻めかかった兵士も同様に頭を斬り飛ばされる。そして三人目も。頭を斬り飛ばすことにこだわるのは、相手兵士たちの鎧で剣を痛めないためだろうか。それにしても、一瞬のうちに頭だけを狙い、それを成功させるのは容易ではないだろう。

追手の軍勢は、相手の恐るべき剣の技量に恐怖心を感じ始めていた。

「ええい、同時にかかれ!」

隊長の下知に従って、兵士たちの中の3名が頷いてタイミングを計り、同時に斬りかかる。しかし、その一番右側の兵士の横を駆け抜けながら、虎頭男の剣はその兵士の頭を斬り飛ばし、次の瞬間には残る二人も、一人は胴を水平に斬られ、もう一人は肩から袈裟掛けに斬り下ろされて地面に倒れた。

「次、行け!」

次の3人も同じようなものであった。

これほど巨大な体格をしていながら、その動きはまさに虎のように柔軟で、虎のように速かった。速さのレベルが三段階ほど違うのである。これだけの人数を倒しながら、息一つ切らしてもいない。

「ええい、弓だ、弓で射ろ!」

兵士たちの背後に控えていた数名が弓を構えて引き絞ろうとした。

その瞬間、風が巻き起こった。いや、虎頭男が疾風のように兵士の群れに向って殺到したのである。

大殺戮であった。しかも、その殺戮はほぼ一瞬であった。見ていたフォックスの目には、ただ黒い嵐のような物が兵士たちの間を吹きぬけたように見えた。

数秒後、地上には20個の死体が転がっていた。



夕日の中に血刀を下げて静かに立つ虎頭の全裸の男の姿は恐ろしく、また、奇妙な美しさがあった。フォックスは恍惚となってこの殺戮の後の静謐な絵図を眺めていた。





第四章 旅の道連れ



「有難うございました。あなたがいなかったら、我々はきっと捕らえられていたでしょう」

そう礼を言いながら、フォックスは目のやり場に困っていた。相手の股間にどうしても目が行ってしまうのである。

「うう…」

虎頭男は、言葉を絞り出そうとしているようだ。

唖なのだろうか、とフォックスは考えた。

「どうも有難うございました」

思いがけずソフィがそう言ったので、フォックスは驚いた。この王女と身近に話すようになったのは二日前からだが、こういう高貴なお方たちは他人の奉仕に礼など言わないものだという思い込みが彼女にはあったからである。

「有難う。おじちゃん」

ダンも姉を見習って言った。

「その頭、お面?」

子供らしい遠慮無さでダンがそう聞く。

「うう……」

「お面なら、外せばいいのに。不便でしょう?」

男は悲しげに首を横に振った。

「外せないの?」

今度は頷く。

「そう、可哀そうだね。でも、すごくカッコいいよ、その頭」

ダンの言葉に、男の虎の顔にまた笑顔のようなかすかな表情が浮かんだ。

「とにかく、今はここをできるだけ早く離れましょう。次の追手が来るかもしれませんから」

男はあたりに転がった兵士の死体の間を歩いて、その一つの服を脱がし、それを着た。中に大柄な兵士がいたらしく、それが着られたようだ。フォックスに「借りた」剣を返し、地面に転がっている剣の一つを拾い、剣帯についた鞘に抜き身を差し込む。

「あっ、そうだ」

フォックスは、死体の懐を探し、財布を集めた。

「近衛隊隊員のフォックスが泥棒をするほど落ちぶれたと笑われそうだけど、今は変にプライドを持っていられる場合じゃないわ」

一番大きい財布に、かき集めた金を全部まとめて入れる。

「あなたも私たちと一緒に来たらどうかしら。ここにいると、さすがに他の兵士たちに追われることになると思うから」

虎頭の男は小首を傾げて少し考えたが、うなずいた。

「わあい、虎頭のおじちゃんも一緒だ。嬉しいな。こんな強い騎士は王宮にもいなかったよ」

「でも、いいんでしょうか。私たちは追われる身だし、かえってこの方にはご迷惑では?」

「さあ、それは本人の判断だけど、私たちにとっては、この人が一緒なら、こんなに心強いことは無いわね。少なくとも、私の知っているどの騎士にも、これほどの強さを持った人はいなかったことは確かね」

「ご一緒してもらえれば、こんなに嬉しいことは無いんですが」

ソフィの言葉に、虎頭の男は軽く頷いた。その顔は、なぜか笑顔に見える。

フォックスは虎頭の男に手伝ってもらい、兵士たちの死体を川に投げ込んだ。少なくとも、陸上にあるよりは発見に時間がかかるだろう。このあたりがフォックスのフォックスたる所以である。

追手の兵士たちの乗っていた馬が何匹か、近くで草を食んでいたので、それを捕まえて乗ることにする。



日はほとんど地平線に沈みかかっていた。

持っていた水筒代わりの革袋に小川から水を汲み、所持していたパンとチーズを食べると、4人は日の暮れた街道を馬に乗って出発した。馬は二頭で、虎頭の男の前にダンが乗り、フォックスの前にはソフィが乗る。馬を並べて歩ませる。

「ねえ、おじちゃんの名前は何と言うの?」

「うう……」

「だめよ、ダイヤ、いえ、ダン、おじちゃんはお口が不自由なの」

「うう……グ、グエン、……」

「あら? 今、グエンって言った? 言葉は話せるようね。少し口は回らないようだけど、唖というわけではないみたいね。では、あなたの名前はグエンということでいいかしら」

フォックスの言葉に虎頭男は頷いた。どこからそのグエンという名前が心に現れたのか、いぶかしみながら。



「疲れたア……ぼく、もうお尻が痛くて乗っていられないよ」

やがてダンが音を上げた。

「だめよ、ダン、もう少し頑張りなさい。できるだけ遠くまで行かないと」

「いえ、ソフィ、私の考えでは、このグエンがいる限り、多少の追手がまた現われても大丈夫だという気がします。今、頑張りすぎると、これからの旅がつらくなりますから、今夜はこの近くで泊まりましょう」

ちょうど、数百マートル先に宿場町の明かりらしいものがあるのを見つけ、フォックスは言った。

「あ、グエンさん、私の名前はフローラということにしておいてください。ソフィとダンもそう呼ぶのよ」

「フローラだって。変なの。まるで女の子の名前みたいだ」

「私は女ですよ。これでも子供の頃は可愛い娘だと言われていたんですから」

「嘘だい。こんなに真っ黒に日焼けしているくせに」

「うるさいわね。私はあなたのお姉さん、ということになっているのだから、うるさく言うとお尻をぶちますよ」

「ダン、言うことを聞くの」

「はあい」






話だけを読みたい人には関係ないが、今、自分で読み返しても少し面白いので、これも載せておく。地図はコピーできないので省略する。
ちなみに、「虎よ、虎よ」は、とあるSF小説の題名にもなっているが、少し古いイギリスの詩人(画家でもある)の書いた詩である。虎を「美しい存在」と見た、その視点が素晴らしい。

(以下引用)実際には、このメモはほとんど使われていない。


「タイガー、タイガー」創作メモ



Ⅰ 地理その他(第一案)

線吹き出し 4 (枠付き): トゥーラン



[地勢・社会]

サントネージュ:モデルはフランス。農業国。首都オパール。

タイラス:モデルはスペイン。物産に乏しい。海洋国。策謀家が多い。首都ランザロート。

トゥーラン:モデルはポルトガル。海洋国。農業も豊か。首都ランザネグロ。

ユラリア:モデルは昔の北欧。バイキング的性格。首都ノルデン。







[物語・人物・その他]

1 アベンチュラを主人公にするのは中止。少なくとも、物語前半では出さない。その代わり、美剣士クレセントを出す。「不乱剣朱太郎」における黒百合の役割。出す時期は未定。アベンチュラは戦争状況で主人公たちの同盟者として登場。



2 戦国状況を作り出す。



3 タイラスでの騒動を考えること。:いわば、「グイン・サーガ」におけるケイロニアの騒動である。しかし、国王を救うか、国王と敵対するか。前者の場合は、国王の造形をやり直す必要がある。もう少し、前に遡って書き換えるか。

①  タイラス宮廷の主要人物を作ること。

宰相ケアンゴーム(ある意味、平凡な悪の欲望を持った人間だが、それなりの人間的魅力もある人物。) 

ラモス大公:王弟で王座に野心を持つ男。33歳。ユラリアと通じている。

モーハン侯爵:ラモスの腹心。52歳。

ランケ子爵:ラモスの懐刀で剣の達人。知恵もある。クレセントとは仇敵。

レヴィ公爵:国王の友人。財務大臣。老齢。トゥーランとの同盟を図っている。

レーム将軍(伯爵):国王派。男盛りの35歳。第二師団長。サントネージュに同情的。

ラシード将軍(公爵):国王派のふりをしているが、本当はラモス派。第一師団長。45歳。

ラガシュ公爵:ラモス派

モンバサ公爵:中立派

騎士ヤスリブ

騎士モハーチ

騎士メネス・フェルド:ケアンゴームの懐刀。暗殺者。

騎士メルブ

法王モンテ・コルヴィソ:腹黒い寝業師。

法王庁侍従モンケ・ハン:モンテ・コルヴィソの腹心。

神父モルガン:善良な宗教人。

騎士マテオ:自由な性格の豪傑。

召使マンスール

商人マリニョーリ

商人マールワール

魔法使いマグリブ

美女リディア

美女アルヴィラ

美剣士クレセント:流浪の剣士で詩人。音楽家。レイピアの達人。

(トゥーラン宮廷)

少年ホージャ

貴公子アル・パスパ:国王の次男:23歳。アル・トーメンの異母弟。

アドワ

アトン

アトレ

アーヘン

アモン

アルコン

アル・ラージ(国王):52歳

アル・トーメン(皇太子):24歳

アル・ムシフ(教祖)

アル・ベンチュラ(=アベンチュラ):アル・ラージの私生児で放浪の騎士:27歳



② サントネージュ復興の義勇軍の話。



③ グエンの虎頭の解明:

A案:この世界はブラーマ神によって創造され、それがヴィシュヌ神とシヴァ神に渡された。ヴィシュヌは生と再生の神、シヴァは死と破壊と創造の神である。ブラーマ神の思念から生み出された「失敗作」、これまでのジャンルに入らない存在がグエンであった。しかし、ブラーマは彼に宇宙の破壊と再創造を行う可能性を与えていた。

B案:宇宙的実験室において生命体の創造を行っていた錬金術師マグ・ワンの手で、虎を父親、人間を母親として生み出されたのがグエンである。彼は秘密のうちに孤独に育てられ、20歳になった時に記憶を奪われてこの世界に投げ込まれた。

C案:サントネージュ王家の古い分家モンブラン家の息子であるグエンは、魔女マギ・ド・スエルの呪いにより頭を虎に変えられ、記憶を失わされて野原に放置された。(記憶喪失は催眠術によるため、キーワードの組み合わせで回復する。)

④ C案採用によって、魔法の世界を導入:ついでに幽霊も導入

可能な魔法は、基本的には「意思の力を物体に及ぼして物理的に変容させる」というもの。

・身体変容 ・記憶操作 ・幻覚 ・幻聴 ・超常的感覚 ・場所の記憶による過去の再現 ・幽霊の操作 ・催眠術 ・薬物の使用による感覚増強



⑤ タイラス宮廷のゴタゴタ



*「グイン・サーガ」におけるケイロニアのゴタゴタは、まず「お家騒動」で、王弟と后妃の不義、国王の暗殺未遂事件があり、それと並行してシルヴィアという跳ねっ返り王女のマリウス恋慕という危ない行動がある。つまり「色と欲」である。宮廷におけるゴタゴタは、それに他国との関係がからむかからまないかくらいだ。



中世の風俗を織り込みながら事件を描くこと。

すなわち「宴会」「歌舞」「槍試合」「狩猟」「教会への参詣」「法事」「王宮でのセレモニー」「徴税」「日常の飲食」「結婚式」「葬式」「病気の治療」「祈祷やまじない」などである。



⑥ まず、グエンたちがタイラスでどのようにして王宮まで行くか。また、どのようにして王宮に入るかを考えること。



・旅芝居の一座として旅をする。



⑦ グエンと山賊の話

・その前に、タイラス宮廷のドタバタを描くか?


タイガー! タイガー! 1章2章 2017/10/07 (Sat)



「タイガー! タイガー!」  *『グイン・サーガ』の主題による変奏。



初めに



この小説は、栗本薫の大作『グイン・サーガ』のファンではあるが、その冗長な部分やセンチメンタルな部分、あるいは作者の一部の作中人物への偏愛ぶりにはいささか批判的な筆者が、『グイン・サーガ』の発想と一部のコンセプトを利用して作った作品である。一部の作中人物の変更には悪意も少々あるが、それ以外にはべつに原作をからかうような意図はないからパロディではなく、ただの二次創作である。

作中のさまざまな部分で原作に負う部分は多いが、原作では重視されているSF的部分はほとんどカットされ、魔術もその内容を変えてある。また、「新しい世界の創造」という点も、『グイン・サーガ』で達成されているので、それも重視していない。ただ一つ、「未知の場所から来た、獣の頭を持った主人公」というコンセプトと、一部登場人物の類似性だけが、原作と重なる部分である。原作では一つ一つの物産の名称まで特有の名前を与えているが、筆者はそんな面倒なことはしない。蜜柑は蜜柑でいいし、リンゴはリンゴでいい。馬も牛も猫もネズミも同様だ。いちいちトルク(鼠)、ガーガー(鴉)などと書く必要性は私には無い。「新世界の創造神」になる野望は無いからだ。

作品の設定は、この地球の中世初期、まあ西暦900年頃と思ってもらいたい。ただし、実際の歴史とはまったく無関係の騎士物語系統の異世界ファンタジーである。したがって、地名も国名も架空のものである。人物名などは英語系統の名前やらフランス語系統の名前、スペイン語系統の名前などが入り混じって、かなりいい加減だが、度量衡は現実を連想させる名称にしてある。たとえば10ピロと言えば、距離の10キロメートル、重さの10キログラムである。もちろん、中世にはメートル法は存在しないが、現代の人間に想像しやすくするための便宜である。金の単位も架空のもので、黄金100グラムが1マニ、その100分の1が1ミニで、1マニが庶民の1週間くらいの生活費になると思えばよい。作者自身がその設定を忘れなければの話だが。

言葉については、いくつかの国が出てはくるが、すべて共通の言葉が用いられ、ただその訛りや語彙の一部で時には人物の素性が分かるという程度である。人種の区別も無い。せいぜいが、北方の民族は金髪が多く、南方の民族は黒髪が多いという程度である。

作中人物の名前もいい加減で、宝石名を使ったため、サファイア姫などと『リボンの騎士』みたいな名前も出てくる。だが、それは後からソフィという名になるので、気にしないように。





第一章 覚醒





目覚めた時は真昼だった。頭上に高く太陽が輝き、彼をじりじりと焼いている。喉が渇く。体中に汗がにじむのが分かる。

彼は眼をすぼめて、太陽の光から眼を守った。自分の体がなぜこの地面に横たわっているのかわからない。しかし、体に異常は無さそうだ。

彼はゆっくりと体を起こしてみた。どこにも痛みは無い。ただ、喉の渇きは耐えがたい。

彼の横たわっていたのは柔らかく短い草の生えた地面である。

なぜ自分はここに寝ていたのだろう、と考えて、次の瞬間、「自分は誰だ」という問いが突然に心に生じ、彼は恐慌に陥った。

まったく自分についての記憶が無い。だが、言葉そのものの記憶が無いわけではない。空、地面、草、そして風、日光などといった言葉は、彼があたりを見回すにつれて次々に心に生まれる。季節……今はおそらく春の終わりか初夏だろう。暑いが、真夏の暑さではない。



だが、それにしても喉が渇いた。

彼は水を探す決心をして立ち上がった。それで、自分の背が高いことが分かった。かつての自分についての記憶は無いのに、自分の身長が他の「人間」にくらべて高いというかすかな記憶が蘇ったのである。

彼は裸だった。下帯さえもはいていない。激しい羞恥心が心に生まれたが、あきらめて歩き出す。自分の足や体を上から眺めた限りでは、彼は相当にたくましい体格の男であるようだ。しかも、すべてが見事な筋肉に包まれて、どこにも無駄な肉はない。股間を見て、彼はまた羞恥心を感じた。

裸であることを恥ずかしいと思うような文化の中に自分はいたのだという考えが生じる。



少し傾斜した地面を下に下にと降りていくと、小さな木の茂みと小川のせせらぎがあった。

彼はほっと安心して、その川に身をかがめ、両手で水をすくって飲んだ。

何という美味さだろう。喉を下りて行く清涼な水の爽快感。たちまちに癒えて行く喉の渇き。体全体に回復してくる気力と生命感。

彼は木陰を渡るそよ風に体を吹かれながら、生き返ったような感動を味わっていた。

もう喉の渇きは止まっていたが、水の美味さをもう一度味わうために彼は両手で水をすくった。その時、心に何かの違和感が起こった。先ほど、水を飲んだ時、なぜあんなに飲みづらかったのか。両手にすくった水に顔を近づける。その時、彼の眼は、自分の眼の下に突起した物がその水を覆い隠したのに気づいた。

(何だ、これは)

それが自分の顔の一部であることに気づいたのは、次の瞬間である。

彼はすくった水を捨てて、自分の顔をまさぐった。毛に覆われた皮膚。突起した口蓋部。

(何だ、これは!)

彼の心は悲鳴をあげた。

(これは人間の顔ではない。犬? それともほかの何かか?)

彼はあわてて水の淀みを探し、静かな水面に自分の顔を映した。

そこにあるのは、人間の顔ではなく、虎の顔だった。

彼は今度は声に出して恐怖の叫びをあげた。





第二章 逃走



フォックスと彼女は呼ばれていた。ある国での狐を意味する言葉だ。その国でもこの国でも、狐は狡猾な生き物だということにされている。

しかし、彼女はその自分の仇名が嫌いではなかった。それは彼女の剣士としての才能への称賛でもあったからだ。試合で彼女に敗れた相手は、相手が女だから油断したと一様に言った。そう言わない剣士も、彼女の試合ぶりは狡猾であり、男らしく堂々とした戦いではないと言った。そう言われても、彼女は平気である。女である自分が体格も体重もまるで違う相手に勝つには、相手の予測を外して勝つしかない。それが狡猾というなら、日常の剣の修行など、戦場での役には立たないだろう。



フォックスは今、危機にあった。

彼女が仕えていた国の国王が暗殺され、王妃の命令でその娘と息子を、姻戚関係のある別の国に送り届けるという使命を受けたのである。

その娘、つまり王女は10歳、息子、つまり王子は8歳の足手まといな年ごろだ。

王宮に敵兵が押し寄せる直前にフォックスは王女サファイアと王子ダイヤを連れて王宮を脱出した。

王宮を離れて数時間後、夕焼けの空を背景にして王宮に火と煙が上るのが見えた。王妃が自刃し、王宮に火をつけたのである。フォックスはある丘の上から、涙を眼ににじませながらそれを見たが、すぐに踵を返して王女と王子の所に戻り、声をかけた。

「これからあなたたちの叔母であるタイラス国の王妃のもとへ向かいます。これからしばらくは、あなたたちは、サントネージュ国の王女王子であることを他人に知られてはいけません。サファイア様はソフィ、ダイヤ様はダンです。いいですか」

恐怖を押し殺しながら、二人の子供は気丈にうなずいた。



それが二日前のことだった。幼い子供連れだから、どんなに急いでもそう早くは歩けない。王宮からはやっと20ピロほども離れただろうか。

日もかなり斜めに傾いてきている。

ある野原まで来た時、背後から近づく騎馬軍勢の足音が聞こえた。

あたりには林や森は無い。

フォックスは絶望を感じながら、子供たちの手を引いて近くの小さな茂みへ飛び込んだ。

何か柔らかいものを踏みつけたような気がしたが、気に留めている場合ではない。

「うっ……」

うめき声がした。自分の踏みつけたものが人間の体であることにフォックスは気づいた。

「あっ、済みません」

と言いながら相手を見てフォックスは「きゃっ!」と悲鳴をあげた。自分もこんな女らしい悲鳴をあげることができるんだ、と頭の隅で考えながら、彼女は相手を見つめた。

それは、虎の頭をした大男だった。

むっくりと体を起こして、彼女を見ている。

その黄色い眼ははっきりと虎の眼であり、その頭が仮面などではないことが彼女には分った。

「どうか、騒がないでください。悪い連中に追われて、姿を隠したところなのです」

相手の異様な姿に怯えながらも、フォックスはそう言った。今は、この相手の正体よりも、恐るべき追手から逃れることを考えるべきだ。






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