西武の平良海馬投手が「無双」と言われるピッチングを続けています。
6月28日のソフトバンク戦まで38試合連続無失点の日本記録タイを樹立。クイックのような投げ方から最速160km/hのストレートやスライダー、カットボール、チェンジアップなど変化球もレベルが高く、「10年後が末恐ろしい」という声も聞こえてくるほどです。
高卒4年目の21歳と考えれば、そうした反応が多くなるのも頷けます。加えて、平良投手が通っていた八重山商工高校は当時、3年生部員は4人という環境でした。それから4年後、東京五輪で侍ジャパンに選ばれるほどの活躍を見せているわけです。
今回、アナリストの私が文春野球に登場させてもらったのは、フェローを務めるデータスタジアムのYouTubeを見た中島大輔監督から「ぜひ解説してほしい!」と依頼を受けたからです。特に以前、平良投手のことを「即戦力タイプ」と予測したことに興味を持ってくれたようです。解説は少々マニアックになるかもしれませんが、もしそう感じたら、監督の采配ミスだと思ってください(笑)。
高卒ドラ4の「即戦力タイプ」
高卒で入団した平良投手を「即戦力タイプ」という根拠にしたのが、比体重です。比体重は体重を身長で割って100倍した数値で、少ないほど痩せた体型と言えます。
平良投手の入団時は173cm、84kg。比体重48.6で、「低身長、がっちり」タイプです。この辺の説明はマニアックになるので、ざっくり済ませます。マニアの皆さんは、2018年1月に書いた 「BASEBALL GATE」 の記事をご覧ください。
一般的に高卒の投手は「将来性に期待する」と言われますが、185cm以上の「高身長、痩せ型」タイプなら頷けます。筋肉量を増やしていく余地が多く残されているからです。
平良投手と同じ2017年ドラフトで言えば、北海高校からDeNAに3位指名された阪口皓亮投手がこのタイプ。もっと前にさかのぼれば、2007年にソフトバンクから高校生1巡目で入札された岩嵜翔投手、2013年6位でロッテに入団した二木康太投手などです。
対して平良投手のように「低身長、がっちり」タイプはプロ入り後、身長や体重がすごく伸びることは傾向として少ない。それなのに球団が「高卒なのでじっくり育てよう」と考え、登板機会がなかなか与えられないと、旬の時期を逃してしまう可能性があります。「低身長、がっちり」タイプは体格的にすでにでき上がっているので、早めに高いレベルでどんどん実戦経験を積ませることが大事だと思います。
© 文春オンライン 「低身長、がっちり」タイプの平良海馬
西武の場合、平良投手を高卒2年目の2019年7月に一軍昇格させると、リリーフで26試合に起用しました。平良投手も「自分は高卒だから、まだ時間がある」という感じは一切なく、高い意識で取り組んでいたことが報道などから窺えます。4年目の今年は173cm、100kg、比体重57.8とスケールアップしていますが、その裏には高校時代から熱心に取り組んでいたウエイトトレーニングの成果があるのでしょう。
どの球種が来るかわからない……
平良投手の進化は、シーズンごとの「球種の割合」の変化にも表れています。
【2019年】
ストレート:65.2%、スライダー:12.3%、カットボール:9.7%、チェンジアップ:6.6%、カーブ6.2%
【2020年】
ストレート:54.3%、カットボール:15.3%、スライダー:11.4%、チェンジアップ:8.9%、ツーシーム:7.9%、カーブ:2.2%
【2021年】
ストレート:36.7%、スライダー:26.7%、カットボール:20.7% 、チェンジアップ:15.9%
(データはデータスタジアム提供、2021年の数値は6月27日終了時点。以下同)
大きく言うと、2019年、2020年はストレートの割合が半分以上でした。新人王を獲得した2020年の特徴は、カットボール、ツーシームなど小さく曲がる系が増えていることです。おそらく開幕前まで先発に挑戦した影響もあるのでしょう。そして今年はストレートが全体の3割台になり、スライダー、カットボール、チェンジアップという4球種で勝負しています。
ピッチャーは基本的に「自分の何が一軍で通用するのか」というところをベースにやっていくもので、高卒2、3、4年目でこんなに投球割合が変わるピッチャーはなかなかいないと思います。横浜高校から鳴り物入りで西武に入団した松坂大輔投手のような場合ならわかりますが、そうではない投手、しかもリリーフがこれだけ変えるのは見たことがありません。
マニアックな話をすると、今、変化球には大きく3つのトレンドがあります。
一つは、大きく曲げる球。一つはカットボールやツーシームなど、ストレートとの球速差があまりない変化球。もう一つはいわゆるピッチトンネルで、同じコースからどちらの方向に動くかわからないという投球術です。
平良投手の場合、どれもある程度当てはまっています。一番目の曲がりが大きい変化球としては、スライダーの曲がりがかなり大きくなっています。
スライダーをどれくらい打たれたかというデータを見ると、2020年は26打数1安打で、今年は24打数1安打です。今年打たれた1本は6月13日の中日戦で、ダヤン・ビシエド選手に対して浮いたスライダーでショートゴロを打たせたと思ったら、ボテボテすぎてヒットになったものです。こうして見ても、平良投手にとってスライダーはものすごく効果的な球種であることがわかります。
これは私の推測ですが、ドジャースのトレバー・バウアー投手と同じようにテクノロジーを使って投球解析し、「あの投手と同じスライダーを投げたい」と“完全コピー”しているのではないかと見ています(これもマニアックな話なので、どんなことをやっているのか気になる方は 「日本経済新聞」 の記事を参照してください)。
今年はストレートを投げる割合が全体の3割台になったと書きましたが、逆に増えている球種がスライダーです。全体の投球におけるストレートとスライダー、カットボールの割合は「36.7%:26.7%:20.7%」。特に右バッターに対しては、「どれが来るかわからない」という状態になっています。
しかもストレートは平均153km/h。全体ランキングで見てもトップ10に入り、日本人投手に限れば2位(1位はソフトバンク・千賀滉大投手)という球速です。
そして横曲がりが非常に大きいスライダーと、ストレートスライダーの中間にあるカットボール。去年に比べてストレートの割合を減らしたことで、バッターにとって「何が来るかわからない」という状況になっているのは、無失点投球を続ける上で非常に大きい要因だと思います。
「岩鬼×殿馬」のハイブリッド
もう一つ、興味深いデータがあります。得点圏にランナーを背負った際のものです。
楽天の田中将大投手が2013年に24勝0敗という成績を残した際、得点圏に走者が出るとストレートが2~3km/hくらい速くなっていました。じつは、今季の平良投手にも同様のデータがあります。
ストレートの平均球速を見ると、得点圏に走者がいる場合は154.1km/hで、そうでない場合は152.9km/h。ストレートに限らず、すべての球種でピンチの際には球速が1~2km/h程度上がっています。
田中投手の場合は先発なので状況によって力を抜く、抜かないということがあると思いますが、平良投手はリリーフです。それでもこうした投球ができるのは、クレバーさを感じます。
一般的に、体が大きい人(いわゆるがっちり系、ゴツい系)は“頭を使う”というところから遠い場所にいると考えられがちです。例えば『ドカベン』で言うと、岩鬼正美と殿馬一人の場合、頭を使うのは殿馬で、岩鬼はそうではないと思われる。だからこそ文武両道の公立高校は、「自分たちはひ弱だけど、頭を使って勝つ」と考えるかもしれません。
しかし今、この方法は“幻想”になりつつあります。MLBも含めた野球界全体では、「いかに頭を使って身体を大きくするか」と考えられるようになってきています。逆にパワーをつけるところこそ、一番頭を使わないとできない部分です。
私自身はどちらかと言うと、小さくて頭を使う側の人間に近いので、「大きい人たちに頭も使われると勝てないじゃん……」というのが正直なところです。
でも、現実は変わってきている。今後の野球界で求められるのは、いかに頭を使ってパワーを上げるか。つまり、スマートマッチョです。
平良投手はスマートマッチョの代表格と言えるでしょう。「自分の持っている体でなんとかしよう」と頑張るのではなく、まずはトレーニングで身体形態を変えていく。入団時に84kgだったところから、4年目に100kgまでスケールアップしました。平良投手のように「前提を変えられる」という点は、これからの野球界で非常に大事な話になっていくと思います。
そうしたスマートマッチョの代表格が、西武で継続中の無失点記録をどこまで伸ばしていくのか。さらに、日本代表として臨む東京五輪でどんな活躍を見せるのか。
今回の侍ジャパンで平良投手はヤクルトの村上宗隆選手と並んで最年少ですが、球界のスーパースターたちと遜色ない取り組みをしていると思います。果たして注目を浴びる大舞台でどんな投球を見せてくれるのか、非常に楽しみにしています。
構成/中島大輔