「ワンバンするぐらいのボールがストライクになった」
まるで漫画の中のセリフのような感想をもらしたのは、2三振を喫した鹿児島実業の5番・岩下丈だ。
今大会、ナンバー1の呼び声が高い本格派右腕がついにベールを脱いだ。金足農業の吉田輝星だ。鹿児島実業は試合前から吉田の球質を相当、警戒していた。
鹿児島大会で打率.524と当たっていた4番の「西郷どん」こと西竜我はこう話していたものだ。
「今まで対戦したピッチャーの中でいちばん速いのは146キロくらい。球速だけでいったら、そんなに変わらないんですけど、吉田君は今までのピッチャーとはボールの伸びが違うな、という気がします」
バットを短く持ち、プライドを捨てた。
西が話す「いちばん速い」ピッチャーとは、ゴールデンウィークに対戦した宮崎学園の源隆馬である。プロ注目の本格派右腕で、九州ナンバー1とも評されている投手だ。鹿児島実業・宮下正一監督の話だ。
「源君に3安打完封ぐらいで抑え込まれて。でも、そこからうちのバッターも変わったんですよ。これくらいのピッチャーを打てないと甲子園では勝てないんだと。そのあと140キロくらい投げるピッチャーと対戦したら、遅く感じましたから」
西は吉田対策としてこんなことを考えていた。
「実際に打席の中でボールを見て、バットを短くするなどして対応していきたい」
西はこれまでバットを短く持ったことがないという。そのプライドを捨てる覚悟をすでにしていた。
「ストライクと思ってもぜんぜん高め」
実際に西は第1打席、追い込まれた後に指1本分、短くもった。それでも144キロの真っすぐに空振り三振している。
「ストライクだと思ってもぜんぜん高めだったりした。映像で見るよりも伸びがありましたね。ランナーが出たらいきなり速くなったりして。源君よりも吉田君の真っすぐの方がすごかった」
源のボールを体感し、一段階グレードアップした各打者の目にも、吉田の球質は別格に映ったようだ。
ほとんどの打者が西のように途中からバットのグリップを余して持ったが、効果らしい効果は現れなかった。
途中出場した捕手の益満雄仁は、7回表、2アウト一、二塁で、「ぜんぜん高め」のボール球に手を出し空振り三振を喫した。
「ベンチで見ているときは、何で手が出ちゃうんだろうと思っていたんです。でも、打席ではストライクに見えました。あんなに伸びてくる球は初めてですね」
「自分のボールを信じている感じ」
鹿実の選手たちが感嘆していたのはボールだけではない。吉田のマウンド上での態度だ。3番・中島翔は振り返る。
「風格がありました。何度も甲子園に出ている投手みたいでしたね。余裕があって、どっしりしていた。自分のボールを信じている感じがありました」
また前出の岩下も、こう完全に敗北を認めた。
「身長はそんなに大きくないんですけど、オーラがあって、そのオーラに負けました」
近年は、たとえ150キロを超えるストレートを投げる投手が現れても、実際に対戦した打者に聞くと「それほどではなかった」と、拍子抜けするようなコメントを聞くことの方が圧倒的に多かった。
速いと言われる投手と対戦し、こんなに素直に驚く選手を久々に見た。