10月26日に開催が迫るプロ野球ドラフト会議は、まだペナントレースが行われている最中に実施される。この日は月曜で試合が組まれておらず、監督は試合移動の途中にドラフト会議の会場へ駆けつける。コロナ禍の影響でシーズン開幕が遅れたために、異例の事態となったのだ。
サッカーJリーグは、各クラブの2020年度決算において全56クラブのうち約8割が赤字、約4割が債務超過となる見通しを明らかにしている。NPB(日本野球機構)12球団は経営状態について発表してないが、同様に非常に厳しくなっている可能性がある。このことがドラフト会議に影響を与えそうだ。
多くの球団は、新人選手獲得にかかる経費(契約金の最高標準額1億円+出来高5000万円)を軽減するために、ドラフト指名を例年の10人前後から5人程度に圧縮するのではないかと言われている。その代わりに、契約金がなく300万円程度の支度金で獲得できる育成選手の指名が増えるのではないか、という話もある。
今季の高校球児の中には、それを見越して大学進学、社会人就職を決めた選手もいる。今季は春夏の甲子園もなかったために、十分にアピールできなかったことも大きかった。
春夏の甲子園中止で酷使を回避
しかしながら、プロ野球のスカウトやアマチュア野球関係者からは、「今年の高校生は、伸びしろが大きいんじゃないか、将来期待できるんじゃないか」という声も上がっている。春夏の甲子園、そして夏の地方大会が中止になったことで、とくに投手が酷使をまぬかれているからだ。
毎年、甲子園で有望投手が、酷使に次ぐ酷使で疲弊する。高校野球ファンにとっては「腕も折れよ」とばかりに力投するエースの姿を見るのは何よりの楽しみかもしれないが、集中的に多くの球数を投げることが将来に深刻な影響を及ぼすことは、整形外科医などの研究ですでに明らかになっている。さらに夏はそれに酷暑が加わる。
甲子園とその予選で、あたら好素材が故障などで、その後のポテンシャルの低下を招くことは決して少なくないのだ。
2010年以降の春夏の甲子園での優勝、準優勝投手のうちプロに進んだ主要な選手の実績は以下の通り(成績は2010年10月13日時点)。
●2010年
春夏 優勝 興南(沖縄)島袋洋奨
ソフトバンク 0勝0敗0S0H 防御率0.00(引退)
春 準優勝 日大三(東京)山﨑福也
明治大→オリックス 14勝21敗0S1H 防御率4.44
夏 準優勝 東海大相模(神奈川)一二三慎太
阪神 一軍出場なし(引退)
●2011年
春 準優勝 九州国際大付(福岡)三好匠
楽天 内野手転向
●2012年
春夏 優勝 大阪桐蔭(大阪)藤浪晋太郎
阪神 51勝46敗0S4H 防御率3.39
●2013年
春 優勝 浦和学院(埼玉)小島和哉
早稲田大→ロッテ 10勝11敗0S0H 防御率3.66
春 準優勝 斉美(愛媛)安樂智大
楽天 6勝14敗0S5H 防御率3.94
夏 優勝 前橋育英(群馬)髙橋光成
西武 31勝32敗0S0H 防御率4.17
●2014年
春 優勝 龍谷大平安(京都)高橋奎二
ヤクルト 6勝10敗0S0H 防御率4.99
●2015年
春 優勝 敦賀気比(福井)平沼翔太
日本ハム 内野手転向
夏 優勝 東海大相模(神奈川)小笠原慎之介
中日 16勝24敗0S0H 防御率4.19
夏 準優勝 仙台育英(宮城)佐藤世那
オリックス 一軍出場なし(引退)
●2016年
夏 優勝 作新学院(栃木)今井達也
西武 15勝17敗0S0H 防御率4.80
準優勝 北海(北海道)大西健斗
●2018年
春 準優勝 大阪桐蔭(大阪)根尾昂
中日 内野手転向
夏 優勝 大阪桐蔭(大阪)柿木蓮
日本ハム 一軍出場なし
夏 準優勝 金足農(秋田)吉田輝星
日本ハム 1勝3敗0S0H 防御率10.90
●2019年
春 優勝 東邦(愛知)石川昂弥
中日 内野手転向
夏 準優勝 星稜(石川)奥川恭伸
ヤクルト 一軍出場なし
阪神の藤浪は一時期エースとして活躍した。また西武の高橋光成、ロッテの小島和哉は先発投手として台頭しつつあるが、総じて華々しい活躍とはいいがたい。
2010年春夏優勝の興南、島袋洋奨や、2015年夏準優勝の仙台育英、佐藤世那のように実績を残さずにすでに引退した選手もいる。また野手に転向した投手も散見される
松坂大輔に代表されるように、かつての甲子園優勝投手は入団し、即大活躍というイメージがあった。しかし、今のプロ野球では極めて例外的だ。21世紀以降では、駒大苫小牧で2006年春優勝、夏準優勝で、楽天に1位で入団し、1年目に11勝を挙げた田中将大(現ヤンキース)だけだ。
今やNPBを代表する速球投手となったソフトバンクの千賀滉大(蒲郡高、62勝35敗1S20H 防御率2.78)、昨年の防御率1位で今季は奪三振王のタイトルが確実視されるオリックスの山本由伸(蒲郡高、21勝13敗1S32H 防御率2.41)など、一線級で活躍している投手の多くは、甲子園と縁がなく、プロに入ってから素質が開花した投手だ。
確かに甲子園で活躍すれば、その選手の知名度は飛躍的に上がり、箔がつく。人気選手が入団することは、プロ球団にとってもメリットがある。
また、選手にとっても、甲子園で活躍すれば、プロや大学関係者に大いにアピールすることができる。少し前までは「甲子園で活躍する」=「プロ野球への道が拓ける」ことを意味していたのだ。
しかし今のプロ野球は、一人二人の甲子園のスター選手に頼らずとも多くの観客を自前で動員できる。また、プレーを数値化して評価するトラッキングシステムなどを使えば、選手のポテンシャルはかなりの精度で解析できる。甲子園で大車輪で活躍しなくても、高校球児の実力はかなりのところまで十分に把握できるのだ。
昨年、高校生ながら160㎞/h超の剛速球を投げて全国に注目された大船渡の佐々木朗希は、国保陽平監督の判断で、夏の地方大会の決勝での登板を回避した。この年の4月にスポーツ専門の整形外科医から「佐々木君はまだ骨端線が閉じていない。骨が柔らかいので無理をすれば致命的な故障をする」というアドバイスを受けていたからだ。
大船渡はこの判断により甲子園に出場できなかったために、地元や高校野球ファンからは批判の声が上がったが、プロ野球のスカウト陣からは「逸材が無傷のままドラフトにかかる」と歓迎する声が上がった。
肩肘を温存したままドラフト会議
今季は春夏の甲子園、地方大会がなかったうえに、練習や対外試合が自粛になったので、ほとんどの投手が投げすぎることなくドラフトを迎えている。
昨年、日本高野連は「1週間最大5000球」という球数制限ルールを導入した。このルール自体は「実質的な投げ放題だ」との批判もあったが、コロナ禍以降、この制限まで投げた投手は皆無だったはずだ。
8月に行われた甲子園での交流戦では、智辯学園の西村王雅が150球、大分商の川瀬堅斗と中京大中京の高橋宏斗が149球を投げたが、1試合だけであり肩肘への影響は限定的だった。
NPBは、8月29~30日と9月5~6日に「プロ志望高校生合同練習会」を開催。プロ志望の高校球児41名が甲子園球場と東京ドームでスカウトなどプロ野球関係者にパフォーマンスを披露した。
プロ側は「一カ所で有望選手をまとめて見ることができるので、ありがたい。ほかの選手との比較もできたので、参考になった」と好評だった。「甲子園がなくてもいい」とまでは言わないが、選手の実力を見極めるためだけならそこまで大層なイベントは必要ないのだ。
プロ野球側の選手獲得の思惑と、高校野球指導者の甲子園にかける思いは、微妙に食い違ってきつつあるように思う。本来ならば、最も酷使される高3の投手が、肩肘を温存したままドラフトに臨んでいる。これは55年の歴史があるドラフトでも初めてのことだ。今年ドラフトで入団した高校球児たちの活躍が期待される。