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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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中日にニュースター誕生のようだ。
小柄だが、研究心と向上心が強く、何より、野球が好きというのが一番いい。これまで故障が無いというのもいい。おそらく、理にかなったいい投球フォームをしているのだろう。
まだ19歳だから、ヤクルトの石川のような長命投手になれる可能性もあるのではないか。20年現役を続けられる投手になってほしいものである。
この投手と対極的に、ヤクルトの寺島は体格にも運動能力にも恵まれながら、研究心や向上心が欠如しているように思える。彼が伸びない原因はそこだろう。そもそも、高校時代に「ストレートで三振を取る」投手になるなどと傲慢な考えを持ち、ロクな変化球を覚えなかった時点で、投手としての将来性に不安があったが、私は彼の打撃能力に興味があり、野手転向してもいける気がするのである。

山本拓実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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山本 拓実
中日ドラゴンズ #59
T.Yamamoto.jpg
2019年5月25日、ナゴヤ球場にて
基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地兵庫県宝塚市
生年月日 (2000-01-31) 2000年1月31日(19歳)
身長
体重
167 cm
71 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り2017年 ドラフト6位
初出場2018年9月12日
年俸550万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は、中日ドラゴンズに所属する兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

経歴

プロ入り前

3歳の頃、地元球団阪神タイガース2003年の優勝をきっかけに野球を始める[2]。当時フォームを真似していたピッチャーは桟原将司下柳剛(共に元阪神)であった[3]。既にその時から漠然としたプロ志望があったという[4]宝塚市立仁川小学校入学後、軟式野球クラブ・仁川ユニオンズに入って本格的に野球を始める。宝塚市立第一中学校ではヤングリーグ・兵庫タイガースに所属した。この時は主に二塁手で、遊撃手も務めたが、自身の希望ポジションは投手だった[2]。しかし、身長の伸びが悪かったためになかなか投手を務めることはなかった。中学最後の大会のとき、当時のエースが怪我で離脱し背番号1を得ることができた。そして7回を3失点で抑え、投手としての自信を持つようになった[2]


中学校からの卒業後は、阪神甲子園球場に近い西宮市立西宮高等学校に進学。硬式野球部が春の選抜高等学校野球大会・夏の全国高等学校野球選手権全国大会への出場を経験していない同校への進学を決めたのは、中学生の時の練習見学で「選手が自分たちで考えて力を伸ばすチーム」という印象を持ったことや、「将来プロ野球選手になったら、『自分で何が足りないか』を考えて練習することが大切になる」と考えたことによる[4]


市立西宮高校の1年時に投手へ転向[4]。2年夏の選手権兵庫大会では、香住高校との1回戦に8-0で8回コールド勝利を収めた際に、参考記録ながらノーヒットノーランを達成した[5]。同じ西宮市内にある報徳学園高校選抜大会で準決勝へ進出した3年時(2017年)の春には、選抜大会後の兵庫県大会で同校と対戦。1 - 2というスコアで惜敗したものの、被安打3と好投したことによって、一躍脚光を浴びた。さらに、この年の選抜大会で優勝した大阪桐蔭高校から練習試合を申し込まれたことから、同年6月22日に対戦が実現。チームは0 - 3というスコアで完封負けを喫したものの、先発を任された山本は、7回3失点ながら3被安打6奪三振と好投した[6]大学野球社会人野球を経由してのNPB入りを考えていた[4]山本は、この試合を境に、高校から直接NPBを目指すことを決意した。チームは3年夏の選手権兵庫大会で準々決勝にまで進出したが、またも報徳学園と対戦。延長10回の末に1 - 2というスコアでサヨナラ負けを喫したが、山本自身は、大会後にプロ志望届日本学生野球協会へ提出した。


2017年のNPBドラフト会議で、中日ドラゴンズに6巡目で指名[7]。契約金2,500万円、年俸550万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は59。進学校でもある市立西宮高校からプロ野球選手を輩出したのは、この時の山本が初めてである[8]

プロ入り後

2018年には、ウエスタン・リーグ公式戦16試合に登板。プロ初勝利には至らず、6敗、防御率4.54という成績でシーズンを終えた。しかし、シーズン終盤の9月11日に入団後初めての出場選手登録を果たすと、翌12日の対阪神タイガース戦8回裏から一軍公式戦にデビュー。高校時代に立てなかった甲子園球場のマウンドで、阪神の上位打線を相手に、最速148km/hのストレートで2イニングを無失点に抑えた。中日にドラフト6位以下の順位で入団した高卒新人投手および、2000年生まれの投手によるNPB一軍公式戦への登板は、この試合での山本が初めてである[9]。一軍公式戦にはこの試合だけの登板に終わったが、シーズン終了後に参加したフェニックスリーグでは、前年のワールド・ベースボール・クラシック韓国代表4人を擁する斗山ベアーズKBO)打線を6回3被安打6奪三振1失点に抑えている[10]

選手としての特徴

体格は小柄ながら、全身を使ってのオーバースローからストレートカーブスライダーチェンジアップを投げ込む。市立西宮高校の1年時から投手へ転向したが、転向当初の球速は130km/hにも満たなかった[11]。2年秋の兵庫県大会で2回戦敗退を喫したことを機に、ジャンプ系、スクワット系、パワー系のトレーニング[12]で体力を強化するとともに、食事の内容も一新。その結果として、体重が10kg増えたり、太腿の周囲が6cm 大きくなったりした[13]。また、このように体格が向上したことから、ストレートの球速が140km/h 台で安定するようになった[13]。3年時の春には、チェンジアップと縦に落ちるスライダーを習得している[12]


中日では谷元圭介(同じく167cm)と並んで小柄ではあるが、荻野忠寛(元ロッテ)から、体の力をうまく腕に伝えられるフォームを評価された[14]。また、法元英明(元中日)は、山本のことを5人の新入団高卒選手のなかでも一番完成度が高く、体全体を使って投げるフォームからの直球は威力があるとした[15]。また、体が柔らかく大きな故障歴がない[12]

家族

実父も、香川県立高松西高等学校大阪教育大学への在学中に硬式野球部へ所属。大学時代には、近畿学生野球1部リーグで首位打者のタイトルを獲得したほか、ベストナインに3回選ばれた[3]。実父によれば、拓実は幼稚園に通っていた3歳の頃から野球への興味が高く、公園へ連れて行っても遊具に目もくれず、朝から夕方まで野球で遊んでいたという[16]




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