ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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70年代くらいの大リーグの名選手が、 「野球というのは、原っぱがあって、子供たちが『おーい、みんな集まれ』という雰囲気が大事なんだ。だから試合開始は「プレーボール(ボールで遊ぼう)って言うだろう?」 というような発言をしていたが、まさにその通りだと思う。
(以下引用)
米国で否定された“日本流”「誰も楽しくないだろ」 WBC右腕が痛感した野球の違い 11/12(火) 7:20配信 281 コメント281件 Full-Count
アンダースローで活躍した渡辺俊介氏、2013年オフにはレッドソックスとマイナー契約 Rソックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングで登板した渡辺俊介氏【写真:Getty Images】 近年は希少と言われるサブマリンの名投手として、ロッテの顔でもあった渡辺俊介氏。2013年シーズン後、37歳にして米国に行くことを決意したきっかけは、何だったのか。「ずいぶん年月が経ってしまったので、あの時の新鮮な気持ちと、今思い出した気持ちでは違いがあるかもしれない」と前置きをしつつ、振り返ってくれた。 【画像】日本人メジャーリーガー妻が大開脚で大胆ポーズ「きれいすぎ」 渡辺氏はロッテでメジャーでの監督経験もあるボビー・バレンタイン氏のもとでプレーし、WBC(2006年と2009年に選出)でアメリカの野球に触れ、MLBでのプレーに興味を持つようになっていった。「日本の野球をずっと続けてきて、だいたいイメージ通りというか、先を想像できるようになっていたんですね」。野球人として、改めて自分を奮い立たせるきっかけが欲しかった。 0勝4敗に終わった2013年のオフ、メジャー挑戦を表明してロッテを退団。レッドソックスとマイナー契約を結び、翌春のスプリングトレーニングで登板機会を得た。「何もわからないことだらけだし毎日が新鮮でした。グラウンドに行くだけでこんなにワクワクするのはいつ以来だろうと、それこそ野球少年に戻ったような気持ちでしたね」。 この「ワクワク」の理由はどこにあるのだろうか。「日米の野球は性格が違いますよね。最近は変わってきましたけど、日本の野球は『野球道』。アメリカは『プレー・ベースボール』というか」。まずは端的に日米の違いを示してくれた上で、こう続ける。 「何かを極めた、トッププレーヤー同士の話というのは、お互い通じるものがある。でもそこに向かう過程が(日米で)結構違うなと思っていて。一番違うのは、日本の場合、練習でも楽しんじゃいけないような空気感が僕のやっていた時代は大きかったですから。苦しんで苦しんでその先に、という修行のような感覚ですよね。修行して修行して、結果を出した時にそれが報われたような達成感というか」 しかし、米国やバレンタイン氏のもとでプレーした時は違った。「『お前たちは野球が好きだろう、まず楽しめ』って。本当に楽しいのは力を発揮して勝てた時だけど、そのためにもまず楽しむことが大前提だって言うんですよね。『あ、楽しんでいいんだ』っていう。日本ではあまりなかった感覚なんですよね」。 日米で違う“考え方”「そんなの誰も楽しくないだろ」 実際に「プレー」や「楽しむ」ことを肌で感じたという。「メジャーリーグに限らずアメリカのスポーツって楽しむことが前提じゃないですか。だから、見る側がつまらないと感じるプレーはやめようよ、と。これは独立リーグでの話ですけど、大事な試合で僕が先発して、大量リードしていたんです。またチャンスがあったときに、送りバントしてダメ押し点をとれば勝ちがほぼ決まる、みたいなことを言ったら『そんなの誰も楽しくないだろ』って言われました。その時『あ、そもそもが違う』と感じました」。 当初は戸惑いも感じた米国の野球の流儀だが、理解し受け入れるようになった。「観客も楽しめないし、相手の戦意を喪失させてとどめを刺すようなことは楽しくない、ということでしょうか。球場全体で楽しめるってことをやろう、というのがアメリカのスポーツなんじゃないかと。楽しむためにプレーしてその先に勝利があるから、勝利至上主義が全面に出ている日本との違いを感じました」。 現在は社会人野球チームで監督をしている渡辺氏は、異国のスポーツ文化を受け止め、肯定した上で、日本の『野球道』も否定はしていない。「勝利至上主義が全部悪いとは思わないです。僕も社会人野球をやっていて、必要なことだし、都市対抗野球に出場するという目的のためにチームも存続しているわけですから。優勝しなければ、結果を出さなければ、チームの存続すらなくなってしまう。あるいはファンが離れてしまうとか、それぞれの事情があっての、勝利至上主義ですよね」。 それでも米国でのプレーは渡辺氏に強烈なインパクトを残した。「まず楽しもうという文化や土壌の中で、すべてが楽しむためにできている」。球場、ロッカールーム、音楽、関わるスタッフ……。「キャンプの時『給料は安いけれどレッドソックスに関われることが楽しくてしょうがないんだよね』というスタッフさんの話も聞きました。そこにいるだけでワクワクできるというのは、『楽しむためにどうするか』という根底の考え方があるおかげじゃないですかね」。 ロッテでのバレンタイン監督時代も似たような経験はあった。日本では、大事な試合で球場に向かう時は、ワクワクではなく緊張。試合に勝つために、集中するために、自分がどうするのかと考えていた。「スタンドの声援が後押しになることはあるんですけど、周りのことは視野に入っていなかったですね。楽しんでいいとか、ワクワクするっていうのは、ボビーが来てからです。球場をそういう場所に変えていこうとする途上は楽しかったですよ。でもWBCで感じたアメリカの球場の雰囲気は、さらにもう一段違うものがありました」。 WBCで抱いた憧れにも似た思いは、渡米を決断したことで実現した。「レッドソックスのスプリングトレーニングに参加して、フロリダでグラウンドに行くだけでワクワクする気持ちを十分に経験できたので、行ってよかったなと思いました」。渡辺氏は米独立リーグを経て、ベネズエラのウインターリーグでもプレー。メジャーでのプレーは叶わなかったが、野球観が広がった貴重な期間だった。 伊村弘真 / Hiromasa Imura
(以下引用)
米国で否定された“日本流”「誰も楽しくないだろ」 WBC右腕が痛感した野球の違い 11/12(火) 7:20配信 281 コメント281件 Full-Count
アンダースローで活躍した渡辺俊介氏、2013年オフにはレッドソックスとマイナー契約 Rソックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングで登板した渡辺俊介氏【写真:Getty Images】 近年は希少と言われるサブマリンの名投手として、ロッテの顔でもあった渡辺俊介氏。2013年シーズン後、37歳にして米国に行くことを決意したきっかけは、何だったのか。「ずいぶん年月が経ってしまったので、あの時の新鮮な気持ちと、今思い出した気持ちでは違いがあるかもしれない」と前置きをしつつ、振り返ってくれた。 【画像】日本人メジャーリーガー妻が大開脚で大胆ポーズ「きれいすぎ」 渡辺氏はロッテでメジャーでの監督経験もあるボビー・バレンタイン氏のもとでプレーし、WBC(2006年と2009年に選出)でアメリカの野球に触れ、MLBでのプレーに興味を持つようになっていった。「日本の野球をずっと続けてきて、だいたいイメージ通りというか、先を想像できるようになっていたんですね」。野球人として、改めて自分を奮い立たせるきっかけが欲しかった。 0勝4敗に終わった2013年のオフ、メジャー挑戦を表明してロッテを退団。レッドソックスとマイナー契約を結び、翌春のスプリングトレーニングで登板機会を得た。「何もわからないことだらけだし毎日が新鮮でした。グラウンドに行くだけでこんなにワクワクするのはいつ以来だろうと、それこそ野球少年に戻ったような気持ちでしたね」。 この「ワクワク」の理由はどこにあるのだろうか。「日米の野球は性格が違いますよね。最近は変わってきましたけど、日本の野球は『野球道』。アメリカは『プレー・ベースボール』というか」。まずは端的に日米の違いを示してくれた上で、こう続ける。 「何かを極めた、トッププレーヤー同士の話というのは、お互い通じるものがある。でもそこに向かう過程が(日米で)結構違うなと思っていて。一番違うのは、日本の場合、練習でも楽しんじゃいけないような空気感が僕のやっていた時代は大きかったですから。苦しんで苦しんでその先に、という修行のような感覚ですよね。修行して修行して、結果を出した時にそれが報われたような達成感というか」 しかし、米国やバレンタイン氏のもとでプレーした時は違った。「『お前たちは野球が好きだろう、まず楽しめ』って。本当に楽しいのは力を発揮して勝てた時だけど、そのためにもまず楽しむことが大前提だって言うんですよね。『あ、楽しんでいいんだ』っていう。日本ではあまりなかった感覚なんですよね」。 日米で違う“考え方”「そんなの誰も楽しくないだろ」 実際に「プレー」や「楽しむ」ことを肌で感じたという。「メジャーリーグに限らずアメリカのスポーツって楽しむことが前提じゃないですか。だから、見る側がつまらないと感じるプレーはやめようよ、と。これは独立リーグでの話ですけど、大事な試合で僕が先発して、大量リードしていたんです。またチャンスがあったときに、送りバントしてダメ押し点をとれば勝ちがほぼ決まる、みたいなことを言ったら『そんなの誰も楽しくないだろ』って言われました。その時『あ、そもそもが違う』と感じました」。 当初は戸惑いも感じた米国の野球の流儀だが、理解し受け入れるようになった。「観客も楽しめないし、相手の戦意を喪失させてとどめを刺すようなことは楽しくない、ということでしょうか。球場全体で楽しめるってことをやろう、というのがアメリカのスポーツなんじゃないかと。楽しむためにプレーしてその先に勝利があるから、勝利至上主義が全面に出ている日本との違いを感じました」。 現在は社会人野球チームで監督をしている渡辺氏は、異国のスポーツ文化を受け止め、肯定した上で、日本の『野球道』も否定はしていない。「勝利至上主義が全部悪いとは思わないです。僕も社会人野球をやっていて、必要なことだし、都市対抗野球に出場するという目的のためにチームも存続しているわけですから。優勝しなければ、結果を出さなければ、チームの存続すらなくなってしまう。あるいはファンが離れてしまうとか、それぞれの事情があっての、勝利至上主義ですよね」。 それでも米国でのプレーは渡辺氏に強烈なインパクトを残した。「まず楽しもうという文化や土壌の中で、すべてが楽しむためにできている」。球場、ロッカールーム、音楽、関わるスタッフ……。「キャンプの時『給料は安いけれどレッドソックスに関われることが楽しくてしょうがないんだよね』というスタッフさんの話も聞きました。そこにいるだけでワクワクできるというのは、『楽しむためにどうするか』という根底の考え方があるおかげじゃないですかね」。 ロッテでのバレンタイン監督時代も似たような経験はあった。日本では、大事な試合で球場に向かう時は、ワクワクではなく緊張。試合に勝つために、集中するために、自分がどうするのかと考えていた。「スタンドの声援が後押しになることはあるんですけど、周りのことは視野に入っていなかったですね。楽しんでいいとか、ワクワクするっていうのは、ボビーが来てからです。球場をそういう場所に変えていこうとする途上は楽しかったですよ。でもWBCで感じたアメリカの球場の雰囲気は、さらにもう一段違うものがありました」。 WBCで抱いた憧れにも似た思いは、渡米を決断したことで実現した。「レッドソックスのスプリングトレーニングに参加して、フロリダでグラウンドに行くだけでワクワクする気持ちを十分に経験できたので、行ってよかったなと思いました」。渡辺氏は米独立リーグを経て、ベネズエラのウインターリーグでもプレー。メジャーでのプレーは叶わなかったが、野球観が広がった貴重な期間だった。 伊村弘真 / Hiromasa Imura
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