ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です
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第十章 奴隷市
マルスたちはダンガルの町の中を歩き回って宮殿と寺院の警備の様子を調べたが、やはり宮殿の警護は厳しく、中に忍び込むのは難しいようである。
「ロレンゾ殿は、姿を消す術をお持ちのはずだが、それで宮殿に忍び込まれてはどうでしょう」
マルスはロレンゾとの最初の出会いの時、彼が目の前で消えたのを思い出して言った。
「あれは催眠術じゃよ。お前を瞬間に眠らせて、その間に立ち去っただけだ。お前を少し驚かせてやろうと思っての。相手が一人なら出来るが、何人もの警備兵を相手には難しい。それに、盗みならピエールの領分じゃ」
ロレンゾはあっさり言った。マルスには、ロレンゾが力の出し惜しみをしているように思えたが、それ以上は言えず、引っ込んだ。
「まあ、物事は簡単な事からやるのがいいものじゃ。寺院は警護はほとんどないし、そこに賢者の書があるならそれに越したことはない」
ロレンゾの言葉で、マルスとピエールは寺院に忍び込むことにした。
「賢者の書の特徴は?」
マルスはロレンゾに聞いた。
「分からんな。だが、お前の瑪瑙のペンダントが教えてくれるのではないかな」
夕暮れを待って、マルスとピエールは寺院に忍び込んだ。人の気力が減退し、集中力のゆるむ時刻である。
寺院に参詣する人々の数も減り、黄色の僧服を着た僧侶たちは、夕べの祈りのために寺院の大広間に集まっている。
ピエールが先導して、寺院の奥の部屋に進む。長い間の盗賊生活で、獲物のありそうな場所は直感が働くのである。
「この部屋が怪しいな」
ピエールの言った部屋に入ると、なるほど、そこが図書室であった。
しかし、膨大な書物の中から、どうやって一冊の本を探せばいいのか。
途方に暮れながら、マルスは本棚の間を歩き回った。やがて日がすっかり暮れて、あたりは闇に包まれ始める。
「おい、こう暗くなっちゃあ、探すどころじゃないぜ」
ピエールはいらいらと言ったが、マルスは、せめて本棚の最後の場所まで歩いてみようと思って、それには答えなかった。
とうとう最後の本棚に来た時には、マルスもすっかり諦めかけていたが、その時、マルスのペンダントが闇の中で、かすかに白く輝き出したのであった。
マルスはその本棚の前に立って、並んだ本の前にペンダントをかざしながらゆっくりと動かしていった。
一冊の本の前で、ペンダントは一際明るくなった。
「これだ!」
マルスはその本を棚から抜き出した。
本にはずいぶん埃が積もっていた。このあたりの本は、ずいぶん長い間、ほとんど見向きもされていなかったのだろう。
マルスとピエールは、探し出した本を持って、寺院を抜け出した。
ロレンゾとマチルダの待つ宿屋に戻ると、ロレンゾは待ち兼ねたように本を手に取ってめくりはじめた。
やがて、その顔に失望の表情が浮かんだ。
「これではない。これも確かに珍しい、貴重な魔法の書物だが、これにはダイモンの指輪の呪文は載っていない。詳しく読んでみないとはっきりしたことは分からんが、これではなさそうだ。だが、これも十分に役には立つ。わしも知らないような魔法の呪文が沢山載っている。少し、研究してみよう」
ロレンゾがその本「光輝の書」を読んでいる間、マルスたちは御用済みということで、ダンガルの町中をのんびりと見物し歩くことになったのであった。
ダンガルの町には、あちこちから商人が集まってきていて、様々な取引が行われている。
中でも目を引くのは、奴隷の売買である。男は頑健さ、女は美貌によって値段がつけられている。奴隷の多くは黒人だが、白人奴隷や黄色や褐色の肌の奴隷も混じっている。
「この男は体は普通だが、算術ができるし、字が読める。差配人として重宝するぞ。この優秀な奴隷をたった百ドラクマでどうだ」
「この女は戦争で負けたパーリ族の皇女だ。見ろ、この美しさ、今すぐ女房にするのもいいし、召使、妾、なんでもいいぞ。こんな美女がたった五百ドラクマだ。誰か買う者はいないか」
人間が牛や馬並みに扱われ、売買されていく有様を、マルスたちは痛ましい思いで眺めていた。
「マルス、あの人を買って」
マチルダが言ったのは、奴隷商が、これはパーリ族の皇女だと言った娘である。年の頃は二十くらいだろうか。確かに、毅然とした態度には風格があり、顔も美しい。おそらく、戦に負けた後、さんざんに男たちの慰み者になってきたのだろうが、そんな気配は微塵も無い。
マルスはマチルダの意図を測りかねて、その顔を見た。マチルダは悲しげな目で、奴隷女を見つめている。単に、この薄倖の皇女への同情心から、そう言ったものらしい。
マルスは手を上げて、買う意思を示した。しかし、その後から六十くらいのグリセリード人の老人が手を上げて、六百ドラクマの値をつけた。
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第九章 マルシアス
デロスは、ヴァルミラに意中の人があるということが気に掛かっていた。しかし、どう考えてもそれが誰なのか思い浮かばないのである。
「デロス殿、船の完成も間近いという話を聞きましたが、今回の遠征には私も連れて行って貰えるのでしょうな」
宮廷でデロスに声を掛けたのは、友人のマルシアスである。様々な人種の入り混じっているこのグリセリードの宮廷でも目立つ風貌のこの男は、アルカード生まれということだが、十年以上前からグリセリードに仕えている。
異国の人間がグリセリードに仕えるのは、そう珍しい事ではない。グリセリードはこの大陸の南部の砂漠の小国だったのだが、先先代国王ルガイヤの頃に近辺の諸国との闘争によって国を急激に広げ、先代のヴァンダロスの時に大陸のほぼ全部を統一したのであった。だから、廷臣の半分以上は統一の間に併合された国々の諸将や家臣である。ヴァンダロスは、本来のグリセリード生まれの人間だからと言って重く用いる事はなかった。能力のある人間で、グリセリードへの忠誠を誓った者なら、どんどん引き上げて重い地位に付けたのである。その一方、無能な人間には厳しかったが、力のある者ならいくらでも出世ができたので、有能な人間は喜んでグリセリードに仕えたのであった。
このマルシアスも、異国の人間だが、剣の達人で、軍略にも優れていたので、ヴァンダロスに可愛がられて出世し、シルヴィアナ女王の下で現在は首都軍警備隊長を勤めていた。
「お主には、首都の護りという大事な仕事があるだろう」
「首都は今のところ大丈夫です。それに、私ならアスカルファンの地理も分かる。そういう人間こそこの遠征には必要でしょう」
「アスカルファンに詳しい者は幕僚の中にもいないではないが、お主が来てくれるというなら、心強い。シルヴィアナ様に願い出てみよう」
「有難い。首都警備の仕事では戦らしい戦も無く、体がなまっていたところだ。また、デロス殿と同じ戦場で働けるのは楽しみですな」
デロスは宮殿の政の間に伺候して、アスカルファン遠征計画の大要を奏上した。腹の内では、シルヴィアナなどに何を言っても分かりっこないとは思っていたのだが、問題はロドリーゴがつまらぬ難癖をつけるのではないか、ということである。
「遠征隊の総人員はおよそ三十万人、うち兵士は二十万人で、この三十万人を二手に分けてアスカルファンに向かいます。一隊は、陸地を西に向かって南西大陸の北部のボワロンにまず向かいます。もう一隊は、船で南西大陸を海岸沿いにぐるっと回ってそこから北のレント、及びアスカルファンに向かいますが、その途中でボワロンで待機している陸地軍を船に乗せ、全軍揃ったところでアスカルファンへ向かい、総攻撃します。合流までは、陸地軍の指揮は私デロスが、船団の指揮は第二将軍エスカミーリオが執ります。全軍合流後はすべて私が指揮します」
デロスの奏上を受けたシルヴィアナは、傍らのロドリーゴの顔を見た。シルヴィアナが即位した後の政治的判断は、すべてロドリーゴが行ってきたのである。
「悪くない計画だと思うが、海回りの軍は、途中でレントの海軍に遭うのではないかな?」
ロドリーゴが、眠たげな半眼だが奇妙な光を持つ目をデロスに向けて言った。
「そうなる可能性はありますな。しかし、エスカミーリオ殿なら、レントの海軍など問題にしないでしょう。それとも、ロドリーゴ殿も船にお乗りになって、船団の守護をなさいますか? そうすれば、この上ない力になりましょう」
デロスの言葉に、ロドリーゴは苦笑した。デロスの気持ちは分かっている。いつも自分は安全な場所にいて、自分たちを死地に追いやる連中、特にこのロドリーゴを彼が嫌っていることはよく知っていた。
「わしは戦のやり方は知らぬよ」
「ロドリーゴ殿は、常人にはない超能力をお備えだとか聞いております。何でも、思いのままに雨を降らせ、風を起こす事すらできるとか。船旅には持って来いのお方かと存じます」
わざと丁寧な言葉でデロスは迫った。
「いい加減にせよ、デロス! ロドリーゴは国家の柱石じゃ。その大切な命を戦などで失って良いと思うのか」
シルヴィアナが叫んだ。
「ほほう、成る程。では、我ら武辺の命はいくらでも失って良いと?」
「それがお前らの仕事であろう。戦の働きによってお前らの報酬はあるのじゃ。戦の無い武人に何の用がある」
「道理ですな。ははは、ではせいぜい命を的に頑張ってくることにしましょう」
高笑いを上げて、デロスはシルヴィアナの御前から退出した。
デロスの屋敷の裏には、広い中庭があったが、デロスはこの庭をもっぱら馬場として使っていた。デロスの屋敷には馬が二十頭近くいて、戦のない時のデロスの小姓の仕事はもっぱら馬飼いと、馬の調教だった。そして、もう一つ、ヴァルミラの武術の練習の相手という仕事があったが、これが一番大変な仕事であった。
馬に乗って剣で戦う練習をしていた小姓の一人が、ヴァルミラの剣の一撃で馬から叩き落された。もちろん模擬刀だが、打撃と落馬の衝撃は大きい。
「他に相手になる者はおらんか!」
ヴァルミラの言葉に、他の小姓たちは尻込みしたが、その時、屋敷のベランダから声が掛かった。
「久し振りに私がお相手しよう。ヴァルミラ殿」
その声の方を振り向いたヴァルミラは頬を染めた。
「マルシアス様!」
にこやかな笑顔で近づいてくる栗毛の髪の武士に、ヴァルミラは胸をときめかせていた。
第八章 ダンガル潜入
アプサラスを追い払ってやっと魔力の解けたロレンゾは、方向感覚も取り戻し、夜空の星座の形や風の方向からダンガルがどの方角にあるかも判断できるようになった。
三日の歩行の後、マルス、マチルダ、ピエール、ロレンゾの四人の目の前に、目指すダンガルの町はその姿を現した。オアシスの側に出来たその町は、遠くから見ても美しい町である。石造で、アーチ状の屋根を持つ大きな宮殿と寺院が町の真ん中に並び、それを取り巻いて庶民の小さな家々が無数にある。
「賢者の書はあの寺院の中ですか?」
マルスがロレンゾに聞いた。
「多分な。だが、もしかしたら寺ではなく宮殿の方かもしれん」
ロレンゾが答える。
二人の話を聞いていたピエールが不審そうに聞いた。
「おい、その『賢者の書』ってのは何だよ」
「わしらが目指す獲物さ」
「俺が欲しいのは本じゃなくて、賢者の石だぜ」
「賢者の石か、そういうものがあれば、世の中の金という金は無意味になるな。そんなものは無いよ」
ロレンゾはぬけぬけと言った。
「おい、じゃあ俺を騙してここまで連れてきたのかよ」
「騙したわけではない。お前はわしらと同行する運命にあると、お前の顔に書いてあったのじゃ」
「また、訳のわからんことを」
「賢者の石は嘘じゃが、賢者の書はそれよりも大事なものじゃ。世界を救う鍵なのじゃよ」
「世界などどうなろうと知ったことか」
「あわてるな。ザイードの宮殿にはお前がこれまで見た事も無いような財宝が無数にあるぞ。お前の獲物はそれにすればよい」
「……まあ、ここまで来て帰るわけにもいかんから付き合うが、二度と俺を騙すんじゃないぞ」
「よしよし、まあ、機嫌を直してくれ。ところで、王宮と寺院には、お主とマルスに忍び込んで貰う事にする。マチルダには少し危険すぎる仕事じゃからな」
「あんたはどうするんだよ」
「もちろん、マチルダを守ってやる仕事がある」
「楽な仕事ばかりしやがって」
「まあ、そういうな。マチルダは、いわばマルスの守護神みたいなものでな、マルスの力を引き出すには彼女の存在が必要なのじゃ」
「ちえっ、俺の守護神はいねえのかよ」
「大丈夫じゃ。この旅の終わりには、お前にも素晴らしい女神が現れるとわしの卦に出ておる」
「……信じられねえな。いつ、そんな卦を立てた」
「なに、お前の顔にお前の運命は現れとる。人、いずくんぞ隠さんや、じゃ」
「どうも一々うさんくさいな。まあいい、ここで揉めててもしょうがねえ、とにかく町に入ろう」
四人は、顔を塗料で褐色に塗っていたので、町に入ってもそれほど目立つことはなかった。町の人間の半分は褐色の肌の南部グリセリード人で、残る半分は黒人である。男は大体ゆったりとした上着にパンタルーン、頭にはターバンという姿で、グリセリード人の多くは顎髭を長く伸ばしており、女は黒い帽子に、顔の下半分はヴェールで覆っている。
「あんたはもともとグリセリード人みたいだから、変装が楽でいいやな」
ピエールが周りを見ながら、ロレンゾに言った。
町は多くの人々が歩いて賑やかである。男の多くは家の戸口で水パイプを手に煙草を吸い、女たちは頭の上に壷や何かを載せて歩いている。通りは白昼の光が眩く、影も濃い。
とりあえず四人は町の酒場で、飯と酒を注文した。砂漠を越える間の粗食でご馳走に飢えていた四人は、出てきた食事を貪り食った。
「ああ、人心地ついたぜ。ジャンの奴にもこいつを食わせてやりたかったな」
ピエールの言葉で、他の者はジャンの死を思い出してしゅんとなってしまった。
「おっと、お前らを責める気はないんだ。どうせこういう商売だから、お互いいつ死んでも文句は言わねえことにしている。ただ、ちょっと懐かしく思っただけだ」
「ジャンの事はまったくわしの過ちじゃった。わしがあのアプサラスに騙されさえしなければ、ジャンを死なす事も無かったのじゃが……」
ロレンゾが力無く言った。
「まあ、いいさ。嘆いたところであいつが生き返るわけでもないし」
ピエールの言葉に、マルスは思いついて、ロレンゾに聞いてみた。
「ジャンを魔法で生き返らすことは出来ないのですか」
ロレンゾは難しい顔でしばらく考え、答えた。
「まあ、無理じゃな。死体が残っていればともかく、あのように溶けてしまったんでは、たとえ霊魂を呼び戻しても、帰る体が無い。それに、死者を甦らす魔法は、魔法の中でももっとも困難なものじゃ。仮死状態から息を吹き返すという事なら、魔法でなくても無数に起こっているが、本物の死人を生き返らすことが出来るのは神か悪魔だけじゃろう」
「そうですか……」
マルスは力無くうなずいた。
宮殿潜入の事は明日考えようということで、その夜は四人は旅の疲れのため、宿屋で死んだように眠ったのであった。
第七章 アプサラス
一方マルスたちは砂漠で迷い、渇きで死にかかっていた。
ロレンゾは何とかして精神を集中させて、地下の水脈を探す呪文を唱えようとしたが、いつからかかっていたのか、魔物の力によって、絶えずロレンゾの思念は掻き乱されているようであった。
ロレンゾは精神を集中するために、仲間から一人離れて、ある岩陰に座った。
「おい、アンジー、そっちへ行っちゃあ駄目だぜ。ロレンゾが来るなと言っていたからな」
なぜかアンジーがロレンゾの後を追って行こうとしたので、ピエールがそれを呼び止めた。
その声が岩陰にいるロレンゾにも聞こえた。
ロレンゾは、はっと気が付いた。砂漠に入る前、アンジーが自分たちに付いて行きたいと言った時、自分はアンジーの人柄を確かめるため、アンジーの目を覗き込んだ。魔に捕らえられた機会はその時しかない。自分が相手の心を覗き込んだ瞬間、その隙につけこまれて妖魔に心を支配されたのだ。
「ほほほ、ばれてしまったようね」
ロレンゾの前に来ていたアンジーは、一瞬に姿が変わり、妖魔の実体を現した。
その姿は、ペルシャ風の美女であるが、口元には恐ろしい牙が生えている。
「私はこの通りの魔物さ。おまえ達を砂漠で迷わし、日干しにして殺すため、お前たちの仲間になったのさ。正体がばれたんでは仕方が無い。ロレンゾ、まずお前から殺してやろう」
「愚か者め。相手の姿さえ分かれば、戦いようはある。わしがお前の真の姿に気づく前にわしを殺すべきであったぞ」
ロレンゾの精神の集中力は急激に高まっていた。
「お前の名は、魔女アプサラスであろう! 善神アロエギムの名によって汝アプサラス、および汝が主ガンダルヴァに命ずる。汚れたる黄泉の世界の者よ、速やかに自らの不浄の地に戻り、黄泉の縛めを受けよ。エリ、デヴィリア、ゾンマ、アロエギマ!」
アプサラスは、ぎゃっと異様な悲鳴を上げると、硫黄の匂いのする煙と共に、その姿を消した。
争闘の気配にロレンゾの所に駆けつけたマルスたちは、目の前でアンジーの姿が妖魔に変わり、それがロレンゾの呪文で消えてしまったことに呆然とした。
「なんてこった、あのアンジーが化け物だったなんて」
ピエールはあきれたように言った。
「そう言えば、あの子、マルスの側には近づかなかったわ。きっとマルスのペンダントで正体が分かるのを恐れたのね」
「いや、何度か近づいたことはあったが、別に光らなかったよ」
マチルダの言葉に、マルスが答えた。
「おそらく、マルスに近づいた時には、あの女は邪気を発していなかったのだろう。アプサラスという魔物は、妖魔ではあるが、男好きなのだよ。おそらく、マルスが気に入っていたのだろう」
ロレンゾの言葉に、マチルダの目がきらっと光り、マルスを睨んだ。
「へえ、いいわね、マルス、化け物とはいえ、あんな可愛い子に好かれて嬉しいでしょう」
「何を馬鹿なことを」
「さっき、アンジーに何度か近づいたって言ってたわね。どのくらい近づいたの。私の見てないところで何してたのよ」
「近づいたって、普通に話しただけだよ。それに、今はそんな暢気な話をしている場合じゃないだろう」
「あら、マルスにとってはこんなのは大した話じゃないんだ。成る程、よーく分かったわ」
二人の痴話喧嘩の間に、ロレンゾは再び精神を集中し、地下の水脈を探った。
「ここだ、この真下に水はある。ここを掘るんだ」
マルスとピエールは歓声を上げて、ロレンゾの示した岩陰の砂を掘り始めた。
だが、掘っても掘っても水は出てこない。
「おい、爺さん、どこまで掘りゃあいいんだよ。水なんて出てこねえぜ」
「まあ、気長に掘ることじゃ。老人と女は、こういう力仕事は苦手じゃから、わしとマチルダは少し休ませてもらおう。その代わり、疲れたら、疲労回復の呪文を唱えてやるからな」
マルスは不平も言わずにせっせと掘るが、ピエールの方はぶつぶつ文句を言っている。
「あの爺さんの呪文って奴はあてになるのかよ。だいたい、魔法使いなら、こんな面倒な事をしないで、魔法で地面に穴を開けるか、天から雨を降らせりゃあいいじゃねえか。大体、自分の都合のいい時だけ、自分は老人だとかなんだとか言いやがって。俺よりよっぽど頑丈な体をしているくせに」
だが、二人の苦労は報われた。
地表から五メートルほど掘った辺りから砂に湿り気が出てきて、さらに二メートル掘ると、砂から水が滲み出してきたのである。
水は見る見るうちに穴の底に溜まり、数センチの深さになった。最初は細かい砂粒で濁ったような水だったが、やがて泥は沈殿し、上澄みはきれいな水になった。
マルスとピエールは水を皮袋に入れ、穴の上で待ち兼ねているマチルダとロレンゾに渡した。この穴掘り作業で少しも働かなかった二人が、最初に水を飲む栄誉を担ったわけである。
「よし、大丈夫じゃ。飲めるぞ。大いに飲むがいい」
ロレンゾの言葉でマルスとピエールも溜まり水に口を付けて飲んだが、あまり慌てすぎて底を掻き乱し、砂粒も多少飲み込む事になった。だが、命が救われた事に比べれば、砂粒混じりの水くらい、どうという事はない。一同大満足で渇きを癒したのであった。
第六章 デロス
マルスたちが砂漠をさ迷っている頃、グリセリードの大将軍デロスは、アスカルファン侵攻の計画を幕僚たちと練っていた。
計画は、大船団によって五万のグリセリード主力軍が南の海上からアスカルファンに上陸すると同時に、北のアルカードから一万のアルカード駐留グリセリード軍が山脈を越えて南進し、アスカルファン・レント連合軍を壊滅させるというものである。
問題は、これだけの大船団の航海どころか、二百人規模の大船の就航自体が初めてであり、南西の大陸を回っていく大航海にこれらの船が耐えうるかどうかであった。
「船の設計をした者の名は何と言う」
デロスの問いに、幕僚の一人が答える。
「キョン・ジュアンという東部グリセリードの男です」
「その男も今度の航海に連れて行くぞ。船の工事の責任者の役人もだ。その二人を船の舳先に縛り付けておくことにする。そうすれば、命がけで船を作るだろう」
デロスの大声の笑いに、幕僚たちも仕方なく調子を合わせて笑う。いい加減な仕事をした者に対するデロスの厳しさは良く知っているからである。
ある参謀の案で、船には水夫とは別に、兵士の半分だけを乗せ、残る半分は南回りの陸路を取ってボワロンに向かうことになった。これは、難船の可能性を考え、危険を分散するための案であった。大きく南西の大陸を迂回してきた船団と、南西大陸の北部砂漠を回ってきた陸上軍は、ボワロンの海岸で落ち合って、そこで船に乗ってアスカルファンへピストン輸送されるわけである。
「それはいい考えだ。わしは陸上軍を率いることにする。海上軍は、誰に指揮を任せようか」
デロスは、不慣れな船に乗らずに済むと満悦して言った。
「さしずめ、ロドリーゴなど、適任ではないかな?」
デロスの言葉に、幕僚たちはその真意を測りかねて顔を見合わせた。
「今度のアスカルファン侵攻は、奴の考えではないか。なら、自分でその尻拭いをして貰うのは当然だろう。ついでに、奴が海に沈めば、この国にとってはこの上ない幸いだわ」
この国の事実上の最高権力者に対する歯に衣着せぬ批判に、幕僚たちは真っ青になってうつむいた。
「はは、それは冗談だが、ロドリーゴ殿は魔力の持ち主だ、気象すらも支配できると言うではないか。なら、そういうお方に乗っていて貰えば、船が嵐に遭っても安心というものだろう」
幕僚たちは、安心した顔になってめいめいうなずいたが、もちろんこの案は、ロドリーゴに身も心も支配されている女王シルヴィアナに後で拒否されたのである。
その代わりに、というわけか、船団の指揮は、ロドリーゴの腹心の侍従武官エスカミーリオが将軍として執ることになった。
「エスカミーリオか。あいつ、戦場に出たことも無いのではないか」
デロスの問いに、参謀の一人が答える。
「いえ、デロス様が北部の十年戦争に出ておられた際に、南方の反乱を二度も鎮圧しておられます。その際、船に乗られ、海戦の指揮もなさってられます」
「なら、最適任というわけだな。まあ、お手並みを見せてもらおうか」
娘のヴァルミラをどの軍に帯同するか迷ったが、デロスはやはり自分の軍に入れる事にした。いくら男勝りの武術の達人とはいえ、若い娘を野獣のような兵士たちの中に一人で置く気にはなれなかったからである。
「早くアスカルファンが見てみたいわ。美しい国ですってね」
ヴァルミラは家に戻ったデロスに言った。
「アスカルファンを征服したら、わしはシルヴィアナ様にそこを頂いて自分の領地とするつもりだ。もういい加減戦も飽きたでの。そうすれば、そこの次の領主は、ヴァルミラ、お前じゃよ」
「まあ、本当に?」
ヴァルミラは、まだ見た事もない異国の姿に思いを馳せた。
「ところで、お前はアスカルファンまではわしと同じ軍で行かせる事にしたぞ」
「船で行くのでは?」
デロスは、軍を二手に分けて行く事になったのを説明した。
「それは良うございましたわ。お父様と一緒なら心強いし、わたくし、エスカミーリオ殿はあまり好きでないのです」
「ほう、それはどうして」
「あの方、何やら私に気があるらしく、事あるごとに話し掛けてきますの」
「ほう、お前に言い寄る物好きもいたとはな。はっはっ、鬼姫ヴァルミラをも恐れず近づくとは、なかなか見所のある男ではないか。どうだ、買い手のあるうちに結婚してしまうか?」
「御免です。それに、私には心に決めた方がおられます」
ヴァルミラの思いがけない言葉に、デロスはわが耳を疑い、娘の顔を見た。
第五章 妖魔の谷
一同はダンガルに向かって歩き始めた。
だが、行けども行けども町は近づいて来ない。
ロレンゾは足を止めて考え込んだ。
「しまった! わしともあろうものが、妖魔の目くらましにかかるとは」
ロレンゾは小声で叫んだ。
「皆の者、あれは本物の町ではない。町の影にすぎん」
「蜃気楼、なの?」
ロレンゾ以外では唯一教養のあるマチルダが聞いた。
「いや、普通の蜃気楼とも違う。あの影には揺らぎがない。妖魔の目くらましにかかっておるのじゃ」
ロレンゾは何やら大声で呪文を唱えた。
すると、彼方に見えていた町は急に姿を消したのであった。
「わしらは砂漠で迷ったようだ。この魔物の力は、大きい」
「すると、あんたでもこれからどこに行けばいいか分からんのかい?」
ピエールが聞いた。
ダンガルへ行った事のある唯一の人間が道が分からないのでは、砂漠の中で日干しになって死ぬしかない。
「夜になれば、分かるよ」
アンジーが言った。
「どうしてだ?」
「星を見ればいいね」
なるほど、とマルス、ロレンゾはうなずくが、他の者は分からない。
「どうして星で分かるんだ」
とジャンが聞くと、
「星は並び方が決まっているね。それを見れば、ダンガルがどこかは分かるよ」
一同はアンジーに救われた思いだった。
思いがけず、ダンガルから遠く離れてしまった一行は、夜の間に方向を見定めて、ダンガルのあると思われる方向へと進んでいった。
やがて一行の前方に、巨大な深い谷間が現れた。上から見下ろすと、底の方には小川が流れている。
一同は歓声を上げた。もう二日前から、僅かの水しか口にしていなかったからだ。
気をつけながら急な崖を下り、底に下りる。川の水量は少ないが、これで命は助かる。
しかし、その時、マルスの首に掛けていた瑪瑙のペンダントが、赤く輝き出しているのをマチルダは見た。
「マルス、そのペンダント……」
言われてマルスは自分の胸元を見た。確か、このペンダントをくれたカルーソーは、これは妖魔の接近を知らせるものだと言っていた。
「待て、その水を飲むな!」
マルスは先に小川の前まで来ていたジャンに向かって叫んだ。
「馬鹿言え! 喉が渇いて死にそうなのに、これが飲まずにいられるか」
ジャンはそう言い返して、川に飛び込んだ。
「見ろ、何ともねえぜ」
川の中で水を跳ね返してはしゃぎながら、水を手ですくって飲む。
目を閉じて精神を集中させていたロレンゾの顔色が変わった。
「まずい、そ、その水は……!」
その瞬間、あっという間に川の水は血の色に変わり、気体を発して沸騰し始めた。硫黄と酸の匂いがあたりに立ち込め、ジャンは悲鳴を上げたが、その顔も体もすでに無残に溶けただれていた。
「ジャン!」
マルスとピエールは叫んだが、もはやどうする事もできない。彼らの見ている前で、ジャンの顔は頭蓋骨を露わにし、沸騰する赤い川の中にゆっくりと沈んでいった。
「済まない。わしがついていながらこんな事になるとは……」
ロレンゾはがっくりと地面に座り込んだ。
ピエールは涙のにじんだ目をきっと見開いて言った。
「爺さん、そんな事を言ってる暇はねえぜ。ほら、化け物のお出ましだ」
ピエールの見ている方角には宵闇の中に漂う無数の不気味な影があった。
その影は、ぼんやりとした人の顔をしているが、眼窩は黒い穴でしかなく、死人の顔である。そして、体は無く、顔だけが無数に浮遊しているのであった。
浮遊する顔の一つが先頭のマルスに飛びかかってきた。マルスは剣を抜いて、それを切り払う。すぐに次の顔が飛びかかる。
ピエールも剣を抜いて、辺りを飛び回りながら隙を見て飛びかかる顔に切りかかった。
ロレンゾは呪文を唱えて結界を作り、女たちを守る。
影との戦いは永遠に続くかのように思われたが、やっとマルスが最後の一つを切り落として終わった。
妖魔の谷を出て再び砂漠を歩き出した時には、ピエールとマルスは疲労困憊し、駱駝に乗せてもらうしかなかった。
しかも、女たちが自分の分を譲ってピエールとマルスに最後の水を飲ませた後には、もはや水は一滴も残されていなかったのである。
夕日に照らされながら一行はとぼとぼと歩み続けた。もはや、歩ける限り歩いて、水のある所へ出ない限り、死ぬしかない。夜も歩き続けるしかないのである。
第四章 砂漠への旅
船から下りたマルスたちは、久し振りの固い地面にほっとするものを感じた。
交易所で一休みしていると、黒人娘が、サービスなのか、マルスたちに椰子の果汁の入ったゴブレットを持ってきてくれた。
何かマルスに向かって話し掛けるが、マルスには分からない。
「他に何か食べるか聞いておるのじゃよ」
ロレンゾが言って、娘にこの国の言葉で何か言うと、娘はうなずいて向こうへ行った。
「へえ、旦那、ボワロン語が話せるんだ」
ジャンが感心して言う。
「昔、来た事がある。もっとも、わしは言葉なぞ使う必要も本当はないがの」
ロレンゾは、ピエールたちには意味不明の事を言って、椰子のジュースをごくりと飲む。
先ほどの娘が、今度は何やら料理を持ってきた。肉と野菜をトマトで煮込んだものらしいが、美味そうな匂いである。
久し振りの陸の食事を堪能した一行は、支払いを済ませた後、内陸部への旅に出発することにした。
「なかなか可愛い子だったな。色は黒いが、中味はアスカルファンの娘と同じみてえだ」
ジャンが、交易所を振り向いて、名残惜しそうに言った。
「飯も美味かった。ボワロンってとこも悪くねえ」
ピエールも言う。そして、ロレンゾに向かって言った。
「さて、爺さん、ロレンゾさんよ。俺たちはこれからどこに行くんだ」
「ボワロンでもっとも大きな町、ダンガルだ。ここからはおよそ五日くらいの距離だ」
「五日と言われても、歩きようによるだろうが」
「普通に歩いてだ。一日の昼間のほとんどを歩いて、五日ということだ」
「おいおい、もう少しのんびりいこうぜ。歩くのはせめて昼間の半分くらいでどうだ」
「大丈夫だ。いい乗り物がある」
ロレンゾは一行の先頭に立って、村の長老らしい老人の家に入った。何やら話していたが、やがて交渉がまとまったらしく、村の長老は下僕に何かを指示した。
外に出て待っていた一行の前にその下僕が連れてきたのは、なんとも奇妙な生き物だった。馬にも似ているが、馬よりずっと大きく、膨れた胴体は背中に瘤があって、足は胴体の割には細い。その生き物はマルスたちを小馬鹿にしたような目で眺めている。
「駱駝じゃよ。砂漠の舟じゃ」
ロレンゾが一行に教えた。
「へえ、舟にしちゃあみっともねえな」
ジャンが言って、その下僕の手を借りて早速乗ってみる。
駱駝は迷惑な荷物を乗せられたとばかりに立ち上がると、体を一揺すりしてあっという間にジャンを振り落とし、とっとと向こうの方へ掛けて行った。落ちた痛みでうなっているジャン以外は一同大笑いである。
なんとか駱駝に乗るコツを覚え、食料を買い込むと、もう夕暮れが近づいていたので、出発は明日ということになった。
粗末な旅籠に泊まることにしたマルスたちを戸口から物珍しげに覗き込む土地の住民を呼び込んで、ピエールとジャンは彼らにサイコロ博打を手真似で教えている。その中に、あの交易所の娘もいて、ジャンに盛んに片言で話し掛けられて、恥ずかしそうに笑っている。
驚いたことに、翌日マルスたちが出発する時に、その黒人の娘も付いて来たのである。
「おい、ジャン。これはどう言う事だ」
マルスが聞くと、ジャンは当惑したように答えた。
「いや、俺にもよく分からねえ。勝手に向こうが付いて来たんだ」
ロレンゾが娘に話し掛けて、どういうことか聞いてみた。
「どうやら、ジャンが自分に求婚したと思い込んでいるようだが、違うと言っても、それでも付いて行きたいと言っておる。まあ、土地の者が仲間にいると便利だし、この娘は別に身寄りもいないという事だから、一緒に連れて行ってやろう。どうやら、あの交易所で客を取って生活していた売笑婦らしいが、心はきれいな子だ」
娘の名前はマルスたちには発音しにくいものだったので、適当にそれに近い名で、アンジーと呼ぶことにした。
大金を出して買った駱駝三頭に荷物を分けて載せ、人間六人は交互に駱駝に乗って休みながら行くことにする。グレイは砂漠の歩行には向いていないので、空馬のまま歩かせる。
海岸の側の村から南に出ると、すぐにそこから広大な砂漠が広がっている。
見渡す限り砂、また砂である。そしてその上は雲一つない青空だ。この分では、雨はしばらく期待できそうにない。
アンジーはすぐにマルスたちに打ち解けた。中でもマチルダとは、やはり女同士気が合うのか、片言でお喋りし、マチルダはボワロンの言葉に急速に上達した。
ロレンゾの言ったとおり、五日後に砂漠の向こうに町が見えてきた。
その町はオアシスの側にあるらしく、はるか彼方からでも緑に囲まれている事が分かる。
ほぼ水も尽き掛けていた一行は、目的地を目の前にして一安心した。
「ダンガルの領主ザイードは、もともとグリセリードの者で、非常に残忍な男だ。町に入ったら、よくよく行動には注意するのだぞ」
ロレンゾは、そう言いながら荷物の袋から小さな壷を取り出し、マルスを呼び寄せた。そして、壷の中から何かの塗料を指で掬い、それをマルスの顔に塗りつけた。たちまちマルスは褐色の顔に変わる。マチルダも含め、他の者も同じように塗料を塗って、南部グリセリード人風の褐色の肌色に変わったのであった。
第三章 ボワロン
命より大事な剣を酒の飲み比べに賭けるような人物に、少々頼りなさも感じたが、マルスは、ともかくロレンゾに従って旅に出る事にした。
ケインに後の事を頼み、ジーナや、ケインの妻のマリアに別れを告げて、バルミアを出る。
知人たちとの別れの寂しさよりも、今は久し振りの旅に、なぜか胸が踊るようだ。それは勿論マチルダも一緒だからである。マチルダを後に残していたら、どんなに不安で、孤独だろう。
バルミアの町を南に下りていくと、港に出る。ここから船でボワロンに向かうのである。
船が出るのは明日の朝だという事なので、三人はここの船宿で一泊することにした。
翌日、三人が船に乗り込み、船が引き綱を解いて桟橋を離れようとした時、港の北の通りから、何頭かの馬が駆け下りてきた。よく見ると、前の二頭に乗っている二人が、後ろの数頭の騎士に追われているらしい。
「おーい、その船待った! 俺たちも乗せてくれ」
追われている二人が、船に向かって声を掛けた。その後ろから二人に向かって、どんどん矢が射掛けられている。
船と桟橋の間は既に三十メートルほど離れている。追われていた二人は、馬に乗ったまま、海に飛び込んだ。
馬を泳がせて船に近づき、上がってきた男を見ると、ピエールである。
「おやおや、また出会ったな。どうもお前さんとは縁があるらしい。ブルルッ。とにかく、何か着る物を貸してくれ。このままじゃあ、凍え死ぬ」
ピエールは愛嬌のある顔に笑顔を浮かべ、マルスにそう言って、頼み込んだ。もう一人の若者はもちろん、ジャンである。
「あんたがた、役人に追われていたようだが、この船に盗賊や人殺しを乗せるわけにはいかん。下りてくれ」
船長がピエールとジャンに向かって無愛想に言った。
「今さら、また海に飛び込めってのかよ」
港との間は既に百メートルほど離れており、ピエールらの乗ってきた馬がちょうど泳いで海岸にたどり着いたところである。役人たちは為す術も無く、こちらに向かって何か叫んでいるが、風に流されて、その声は聞こえない。
ピエールが船長に渡した金が利いて、ピエールらもこの船の乗客ということになった。もともと、この頃の庶民の目には、役人と盗賊にそれほど違いはない。役人の方がかえって始末が悪いくらいである。盗賊は叩き殺しても、それだけで済むが、役人に歯向かうと、暮らしていけなくなる。軍隊を背後にもっているだけ、役人のほうが怖いのである。
「あんたたち、何でまた物好きにボワロンなんか行くんだい?」
乾いた服に着替えて人心地ついたピエールがマルスに聞いた。
「泥棒しに行くんじゃよ」
マルスに代わって、ロレンゾがあっさり言った。
「面白い爺さんだな。ボワロンにどんな宝があるっていうんだよ」
「いろいろあるさ。まず、宝石だけでも、山ほどあるし、黄金もどっさりある。しかし、重たい思いをしてそんなのを持ち帰るまでもない。ボワロンの神殿には、賢者の石がある。この石を使えば、鉄でも銅でも鉛でも、金や銀に変えられるのじゃ。一生金には不自由しないぞ」
「……そいつは眉唾だな。そんなのがありゃあ、こっちにも評判が伝わってるはずだ」
「賢者の石の価値や使い方を知っている者がボワロンにはいないのじゃよ。だから、千年もの間、無駄に眠っておるわけじゃ」
「あんたは何で知ってるんだ?」
「わしも賢者だからな。何でも知っておる」
「賢者が泥棒するってのかよ」
「賢者とは、人の知識を盗み、自然の秘密を盗むものじゃ。泥棒ごとき、何ということはない」
「ははは、気に入ったぜ。おい、おいらたちもあんたたちの仕事を手伝ってやろう。なんてったって、こっちは本職だ。役に立つぜ」
「まあ、人手は足りとるが、仲間は何人いてもかまわんさ。獲物はいくらでもある」
マルスはロレンゾの気持ちを測りかねた。しかし、仲間が多いにこしたことはない。
まだ凍えるような海風の中を船は進む。乗客はほとんど毛布にくるまったきりである。しかし、幸い波もなく、三日の船旅の後、船はボワロンの港に着いた。
港といっても、ただの海岸である。そこには土地の住民が交易の為に建てた小屋があり、船が着くと、どこからともなく数十人の人間が集まってきた。
「ボワロンは初めてだが、みんな真っ黒だな。日焼けにしては黒すぎらあ」
ジャンが言った。
「そういう肌なのさ。世の中には白いの、黄色いの、黒いの、いろいろあるんだぜ」
ピエールが教える。
「あまり女房にゃしたくねえな。闇の中じゃあ、白目と歯しか見えねえんじゃねえか」
「そこがオツかもしれんぞ。おかちめんこを女房にしたらな」
第二章 ダイモンの指輪
ジョンが部屋に入ってきて、マルスに客だと言った。
マルスは不思議に思いながら、玄関の大広間に出て行った。
そこにマルスを待っていたのは、ロレンゾであった。前に会った時と変わらず、逞しい体に、鋭い眼光をしている。彼は微笑んでマルスを見た。
「久し振りだな、マルス。わしを覚えているか」
「ロレンゾ、ですね」
「うむ。お前に頼みたいことがある」
「何でしょう」
「実はな、お前にある敵を倒してもらいたいのじゃ」
「敵ですって?」
「魔物じゃよ。やがてアスカルファンに大きな災いが起こる。その前に、お前に魔物を倒して貰いたいのじゃ」
「私に魔物を倒す力があるでしょうか」
「お前はダイモンの指輪を持っておるではないか」
「えっ」
マルスは驚いて自分の手にはめていた指輪を見た。
王妃から貰った宝石の中で、もっとも地味で無価値そうに見え、宝石商も安い値しかつけなかったので、王妃の志の記念として一つだけ自分のために残した指輪である。
よく見ると、その金属は銅でも真鍮でもなく、貴金属でもない。表面には不思議な記号と、見た事もない文字が彫られている。
「その指輪はな、それを持った人間の潜在力を引き出す力があるのじゃ。それだけではない。言い伝えが本当なら、その指輪は悪魔をも従わせる力があるという。しかし、それには呪文を唱えねばならぬが、その呪文は誰も分からぬのじゃ」
「その呪文を知る方法はないのでしょうか」
「そのためにお前に旅をして貰いたいのじゃ。わしも一緒に行く。魔物はきっと我々を襲うはずだ。お前一人では、人間ならともかく、魔物は相手に出来ないからな」
「どこへ、いつ?」
「行く先は、南の砂漠じゃ。賢者アロンゾが書き残した書物が南の国ボワロンの神殿にあるはずだ。それを盗み出す。出発は早いほどいい。ぼやぼやしておると、魔物ばかりか、グリセリードも再度この国を襲ってくるぞ。まあ、わしには国の存亡などより、世界が悪魔に支配されるほうが、ずっと恐ろしいがな」
マルスはすぐさま二階に上がっていって、これからすぐ旅に出る事を告げた。マチルダは立ち上がって、
「私も一緒に行くわ。いいえ、止めても無駄よ。マルス一人では行かさないわ」
と言った。
困ったマルスがロレンゾにその事を告げると、ロレンゾは意外にもうなずいて言った。
「いいじゃろう。愛する者を後に残して、それが気に掛かっていては、精神は集中できないものじゃ。それに、愛の力は精神を高めるものじゃからな」
オズモンドは宮中の仕事は抜けられず、トリスターナは、かえって足手まといになりそうだと、今回の旅は遠慮する事になった。
「マチルダ、マルスたちの足を引っ張るなよ」
オズモンドがマチルダに注意したが、マチルダは、
「あら、私だって役に立つわよ。第一、男ばかりだったら、誰が料理や洗濯をするのよ」
と、意気盛んである。
オズモンドは側のジョンに、
「あいつ、料理や洗濯ができたっけ?」
と小声で聞いたが、ジョンは
「お嬢様がやったのは見たことがないですなあ。そんな仕事なら、メラニーかジョアンナでも連れて行けばいいのですが、お嬢様はやきもち焼きですからな」
と答え、少し弁護の必要を感じたのか
「お嬢様育ちの割に、足が達者ですから、それほど足手まといにはならんでしょう」
と、付け加えた。
オズモンドは、マルスに、前に山中の隠者から貰った剣を渡した。
「これを持っていけよ。僕よりもマルスにこの剣はふさわしい」
マルスは有難くその贈り物を貰った。
マルスとマチルダが階下に下りていくと、ロレンゾは不思議そうにマルスを見た。
「その剣は?」
「以前にアルカードの山中で、ある隠者から貰った剣です」
ロレンゾは、その剣を手にとって懐かしそうに言った。
「ガーディアンではないか。この剣と再び遇えるとはな」
「この剣を御存知ですか?」
「勿論じゃ。命より大事な剣だったが、わしが賭けに負けてシモンズにやったものじゃよ」
「何の賭けです?」
「なに、酒の飲み比べじゃよ」
予告どおり、今日から「軍神マルス」(「少年マルス」を第一部としたら、「軍神マルス第二部」)を転載する。全50回だから、来年1月上旬くらいまでの連載になると思う。
(以下自己引用)
第二部 第一章 平和な日々
年が明けてマルスは十七歳になった。
体も一回り大きくなり、胸や腰も分厚くなって、今や一人前の大人、いや、堂々たる勇者の体つきである。しかし、顔つきにはまだ幼い無邪気さが残っている。
彼は相変わらず、ケインの店で弓作りをしていた。石弓はほとんど作らず、昔ながらの普通の弓ばかりである。
今では、国王軍の弓部隊の四分の三は石弓部隊となり、普通の弓を持つ兵士は二百名しかいない。それも、王の道楽の狩のために残してあるだけである。その他の諸侯も、弓部隊を石弓部隊に変えつつあるから、普通の弓の需要は少ない。しかし、マルスの弓は別で、名のある騎士や有名な射手は争ってマルスの弓を求めた。マルスの弓と矢と言えば、今や、弓には二百リム、矢でも十リムの値がついていた。だから、ケインの店は大儲けをして、今ではマルスの弓作りの下作業に五人の戦争未亡人を雇っていた。これは、マルスの希望でそうしたのである。先のグリセリードとの戦いで、一般人の被害は少なかったものの、兵士の死亡者は千人近く出ている。その遺族の中で、一家に働き手のいない者を優先的に雇い入れたのである。その他の遺族には、王妃から頂いた宝石を売った残りの金を一人五十リムずつ配分したが、それで彼らがどの程度命をつなげるか、心許ないものがあった。しかし、その程度の善行でも、彼らはまるで神の奇跡ででもあるかのように感激した。中には彼を「聖人マルス様」と呼んで、崇める者さえいたのである。
「こんな矢が一本で十リムもするなんてねえ」
女の一人が言う。
「それはマルス様の矢だからだよ。他の店の矢は一本一リムくらいのものさ。マルス様は弓の神様なんだから、当然さね」
「その神様が私たちと一緒に働いているなんて変なもんだね。私は、神様というと、お高くとまって威張っているものかと思った」
「マルス様は別さ。私たちにも優しくしてくれて、ちっとも威張らない。だからといって、お前達、マルス様を馬鹿にするんじゃないよ。あれこそ本当の聖人なのだからね」
と、一番年かさで、女たちのリーダーをもって任じているマルタという中年女が言った。
「見たところはほんの子供なのにねえ」
「しっ、誰か来たよ」
入ってきたのはジョーイであった。彼はレントから帰国し、今はアンドレから貰った一万リムを元手に武具屋を開いて繁盛していた。マルスの所からは矢尻を注文されていて、時々品物の納入に来るのである。
「おばさんたち、マルスがいないと思って、またお喋りしていたな」
「なにがおばさんだよ、自分はまだ子供のくせに」
「これでもジョーイ商店の主人だぞ。マルスのところを首になったら雇ってやるから、いつでも来な。でも、だめだな。マルスのところにはブスしかいねえや。俺はブスは嫌いだからな」
「何言ってんだい。まだチンチンに毛もはえてないくせに」
マルタの下品な言葉に、一座はどっと笑い崩れる。
「ちえっ、下品だな。それより、マルスはどこに行ったんだよ」
「さあね。きっとオズモンド様のお屋敷だろうよ」
「というより、マチルダ様の所さ」
それからひとしきり、マルスとマチルダがどうのこうのという話題で一座は賑わったのであった。
女たちが言ったとおり、マルスはオズモンドの屋敷にいた。一日に一度はここに来て、マチルダやトリスターナの顔を見、オズモンドと話をするのが、マルスの一番の楽しみなのである。
「結局、ポラーノ郡の新領主には、ロックモンド殿がなられるようだ」
オズモンドが宮廷の情報を話した。マルスにはあまり興味のない話題だが、宮廷の重臣を友人に持つと情報面で便利なのは確かだ。オズモンドは、新年から王室の侍従武官となっており、以前ほど自由には行動できないことを嘆いているのだが。
「ロックモンドというと?」
「アルプのジルベルト公爵の弟で、ポラーノの側のアンガルの領主だ。前からジルベルトと一緒に、もっと大きな領地をくれと運動していたのだよ。この前の戦ではろくな働きもしてないんだがな」
「それより、アンドレから消息はないのか」
「ないよ。きっと、トリスターナさんのことも忘れて、レントの女にでも夢中になってるんじゃないか」
オズモンドが、トリスターナに聞こえるように言う。トリスターナは笑って言った。
「あら、アンドレさんはそんな人じゃありませんわ。いえ、もちろん、あの人が他の女の人を好きになったって構いませんし、年上の私を選ぶより、その方がずっと自然ですけど」
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃないのです」
オズモンドは慌てて弁解した。
(以下自己引用)
第二部 第一章 平和な日々
年が明けてマルスは十七歳になった。
体も一回り大きくなり、胸や腰も分厚くなって、今や一人前の大人、いや、堂々たる勇者の体つきである。しかし、顔つきにはまだ幼い無邪気さが残っている。
彼は相変わらず、ケインの店で弓作りをしていた。石弓はほとんど作らず、昔ながらの普通の弓ばかりである。
今では、国王軍の弓部隊の四分の三は石弓部隊となり、普通の弓を持つ兵士は二百名しかいない。それも、王の道楽の狩のために残してあるだけである。その他の諸侯も、弓部隊を石弓部隊に変えつつあるから、普通の弓の需要は少ない。しかし、マルスの弓は別で、名のある騎士や有名な射手は争ってマルスの弓を求めた。マルスの弓と矢と言えば、今や、弓には二百リム、矢でも十リムの値がついていた。だから、ケインの店は大儲けをして、今ではマルスの弓作りの下作業に五人の戦争未亡人を雇っていた。これは、マルスの希望でそうしたのである。先のグリセリードとの戦いで、一般人の被害は少なかったものの、兵士の死亡者は千人近く出ている。その遺族の中で、一家に働き手のいない者を優先的に雇い入れたのである。その他の遺族には、王妃から頂いた宝石を売った残りの金を一人五十リムずつ配分したが、それで彼らがどの程度命をつなげるか、心許ないものがあった。しかし、その程度の善行でも、彼らはまるで神の奇跡ででもあるかのように感激した。中には彼を「聖人マルス様」と呼んで、崇める者さえいたのである。
「こんな矢が一本で十リムもするなんてねえ」
女の一人が言う。
「それはマルス様の矢だからだよ。他の店の矢は一本一リムくらいのものさ。マルス様は弓の神様なんだから、当然さね」
「その神様が私たちと一緒に働いているなんて変なもんだね。私は、神様というと、お高くとまって威張っているものかと思った」
「マルス様は別さ。私たちにも優しくしてくれて、ちっとも威張らない。だからといって、お前達、マルス様を馬鹿にするんじゃないよ。あれこそ本当の聖人なのだからね」
と、一番年かさで、女たちのリーダーをもって任じているマルタという中年女が言った。
「見たところはほんの子供なのにねえ」
「しっ、誰か来たよ」
入ってきたのはジョーイであった。彼はレントから帰国し、今はアンドレから貰った一万リムを元手に武具屋を開いて繁盛していた。マルスの所からは矢尻を注文されていて、時々品物の納入に来るのである。
「おばさんたち、マルスがいないと思って、またお喋りしていたな」
「なにがおばさんだよ、自分はまだ子供のくせに」
「これでもジョーイ商店の主人だぞ。マルスのところを首になったら雇ってやるから、いつでも来な。でも、だめだな。マルスのところにはブスしかいねえや。俺はブスは嫌いだからな」
「何言ってんだい。まだチンチンに毛もはえてないくせに」
マルタの下品な言葉に、一座はどっと笑い崩れる。
「ちえっ、下品だな。それより、マルスはどこに行ったんだよ」
「さあね。きっとオズモンド様のお屋敷だろうよ」
「というより、マチルダ様の所さ」
それからひとしきり、マルスとマチルダがどうのこうのという話題で一座は賑わったのであった。
女たちが言ったとおり、マルスはオズモンドの屋敷にいた。一日に一度はここに来て、マチルダやトリスターナの顔を見、オズモンドと話をするのが、マルスの一番の楽しみなのである。
「結局、ポラーノ郡の新領主には、ロックモンド殿がなられるようだ」
オズモンドが宮廷の情報を話した。マルスにはあまり興味のない話題だが、宮廷の重臣を友人に持つと情報面で便利なのは確かだ。オズモンドは、新年から王室の侍従武官となっており、以前ほど自由には行動できないことを嘆いているのだが。
「ロックモンドというと?」
「アルプのジルベルト公爵の弟で、ポラーノの側のアンガルの領主だ。前からジルベルトと一緒に、もっと大きな領地をくれと運動していたのだよ。この前の戦ではろくな働きもしてないんだがな」
「それより、アンドレから消息はないのか」
「ないよ。きっと、トリスターナさんのことも忘れて、レントの女にでも夢中になってるんじゃないか」
オズモンドが、トリスターナに聞こえるように言う。トリスターナは笑って言った。
「あら、アンドレさんはそんな人じゃありませんわ。いえ、もちろん、あの人が他の女の人を好きになったって構いませんし、年上の私を選ぶより、その方がずっと自然ですけど」
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃないのです」
オズモンドは慌てて弁解した。