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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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第14章 追跡1

捕鯨船が、鯨の群れに遭遇することは滅多にない。だから、それ以外の日常は、ごく平穏無事に過ぎていくのである。水夫たちはそうした日々を、船や小舟を磨きたて、道具の手入れをし、暇な時間には、愛用のナイフで木彫り細工をしたり煙草を吸って無駄話をしたりして暢気に過ごすのだが、それは見張り番の鯨発見の叫びでいっぺんに吹っ飛ぶ。
その時マストに上っていたのはゲイ岬人のタシュテゴであった。彼のインディアン特有の奇怪な叫びが、水夫全員を午後のまどろみの気分から叩き起こし、飛び上がらせた。
「鯨じゃ、鯨じゃ! あそこ、あそこ、潮吹いとる!」
船長室から飛び出してきたエイハブが、マストの上を見上げて怒鳴る。
「どっちじゃあ!」
「風下側じゃ。2マイル先、大群じゃあ!」
たちまち、甲板上は大騒ぎである。
舷側に吊り下げられた三隻の短艇がすぐに下ろされ、その中には、血気にはやる水夫たちが早くも怒号を上げている。
その時、私は不思議な一団を見た。
どこから出てきたのか、五人のマレー人らしい薄黒い顔色の男たちが、エイハブの周りに集まっていたのである。彼らは、この長い航海の間見たこともない顔ぶれであった。その時、私は、乗船の朝、港の霧の中に見た怪しい影のことを思い出し、奴らがこの五人に違いないと確信した。
「用意できたか、フェデラー」
エイハブは、その五人の頭目らしいマレー人に言った。
「おう」
低いかすれ声で、男は答える。
「短艇下ろせ!」
エイハブと五人の悪魔を載せた短艇は、するすると舷側を下り、海面に達した。
私はクィークェグと共にスターバックの舟に乗っていたが、スターバックもこの五人の事は知らなかったらしく、驚いたようにエイハブ船長の舟を眺めていた。
「何をぼんやりしとる! さっさと鯨めを追わんか!」
エイハブに怒鳴られて、スターバックもその他の舟も、気を取り直して鯨の追跡にかかった。
先頭に立って進むエイハブの舟の速さを見れば、この五人の悪魔どもの漕ぎ手としての技量が大したものであることはわかる。
やがて四隻の舟はそれぞれの鯨を追って分かれ、互いを見失った。


第15章 追跡2


鯨は、海面下に潜ったらしく、見えなかった。
やがて暗い緑色の海面に白い泡が立ち、蒸気のようなものが見えた。
「そこだ! 漕げ、漕げ!」
スターバックの叫びに、漕ぎ手たちはここを先途とばかり、必死で漕ぐ。背骨が折れても不思議ではない。
実際のところ、我々漕ぎ手は、進行方向に背を向けて漕いでいるのであり、前方の様子はほとんど見られない。頼りにするのは、船尾で舵を操っている短艇長の指示だけであり、彼が我々をどこに導いているやらさっぱり分かりはしないのである。彼が我々を死神の口に向かって漕ぎ進ませていようとも、我々にはそれは分からないのだ。
「さあ、頑張った。疾風が来るぞ。だが、風が来る前に、あの鯨めにがつんと一発食らわせるんだ。漕げ、漕げ、死ぬ気で漕げ!」
スターバックの、静かだが熱気に溢れた声が、我々を駆り立て、力を奮い起させる。
「あそこだ、クィークェグ、立て!」
舳先にいて、必死に舟を漕いでいたクィークェグが、その声ですっくと立ち上がる。
「今だ、打て、一発ぶちこめ!」
その瞬間、大きな衝撃を受け、小舟は何かの大きな力で持ち上げられた。
我々は、今や舟を漕ぐどころではなく、舟にしがみついているだけである。
疾風であった。風は我々の舟を持ち上げ、海に叩きつけた。小舟は転覆し、乗組員は海の上に投げ出された。私はしたたか海水を飲んだが、他のみんなも同じだろう。
クィークェグの銛は、空しく鯨をかすっただけで、鯨は悠々と逃れ去った。そして我々は転覆した小舟の周りを泳ぎながら、それにしがみついていた。
もしも、ピークォド号が運良く我々を見つけてくれなければ、この広い海原で孤児となった我々は、そのままそこで命を終えていただろう。そして、ゴタムの賢人の童謡よろしく、この話もここでお終いになったわけである。
だが、我々は救われた。そして、水浸しの体をみじめに震わせながら本船に収容された後、この壮大な追跡で、たった一頭の獲物もなかったことを知らされたのであった。



第16章 遺言

「クィークェグよ」
私はつとめて平静な口調で言った。
「こんな事はしょっちゅう起こるもんかい。つまり、小舟が海の上でひっくり返って、乗っていた人間はあわやお陀仏になるなんてことがさ」
クィークェグは何の感情を表すでもなく、まあ、しょっちゅう起こるなあ、と言った。
私は降り出した雨の中で悠然とパイプを吸っている二等運転士に言った。
「スタッブさん、ぼくはあんたが、うちのスターバックくらい慎重な男はおらんと言ったのを覚えておるんですがね。風やら疾風やらの中で、鯨めがけて突進していくのを慎重な人間と言うんですかい」
スタッブは嘲笑うように煙をひとつ吐き出した。
「あたりきよ。じゃあ、お前、鯨が尻尾を振ってさよならするのを黙ってお見送りしろとでも言うんか」
私は近くに立っていたフラスクにも聞いてみた。
「フラスクさん、ぼくはこの道には新米だから、ひとつ、折り入ってお伺いしたいんですがね、この世界じゃあ、死神が口を開けて待ってるところへ、後ろ向きになって背骨が折れるくらいぐいぐい漕いでいくってのが、どうしても規則になってるんですかい?」
「もっとあっさり言ったらどうだい」とフラスク。
「そうさ、それが決まりだ。もっとも、漕ぎ手が前を向いたまま、鯨にぶつかっていったなら面白かろうとは思うぜ。そしたら、互いに見交わす顔と顔、とならあ。はっは」
私は、これらの証言を得て、得心し、クィークェグを呼んで言った。
「クィークェグ、来てくれ。お前を俺の顧問弁護士、兼、遺言執行人、兼、遺言引受人にしよう。下に行って遺言書を作るから、つき合ってくれ」
こうして私は、捕鯨船の乗組員となるということがどのようなものであるかということを学び、後顧の憂いなく、この儚い稼業に命を賭ける決意をしたのであった。



第17章 大烏賊


船は、アフリカ大陸最南端の喜望峰を越えて、北東に進み、インド洋に向かう。喜望峰は、その輝かしい名前とはうらはらに、嵐の海であり、かつての呼び名であった苦難峰そのものの難所であった。ピークォド号は、この嵐にも幸い船体をぶっ壊すこともなく、穏やかな海域に歩を進めた。途中、捕鯨を終えて帰途に就く船の数々を我々は羨ましい思いで眺めたが、船倉の樽の一つとして油の入っていない状態では、我々の帰れる日はずいぶん先の事になるだろうと、覚悟したものである。
ある透明な朝、超自然的な静寂があたりを支配する中で、マストに上って見張りをしていたダグーが、大声を上げた。
「出たぞ、白鯨じゃ! 真っ白な化け物じゃあ!」
水夫たちは名高い怪物を見ようと、甲板に飛び出した。私も、その中の一人となって、ダグーが指さす方向を見た。確かに、はるか前方に、この世の物とも思われない、輝くばかりに真っ白で巨大な生物がゆるゆると海上を浮きつ沈みつしている。
しかし、エイハブは、甲板上に凝然と立っている。あれほど、白鯨への復讐に執念を燃やしていた男が、この時になっていったいどうしたのか。
「スターバックさん、どうしたのです? 白鯨が出たんですよ。どうして短艇を下ろさないのです?」
「あれは白鯨ではない」
スターバックの顔は青ざめていた。
「あいつに出逢うくらいなら、モゥビィ・ディックの口の中に飛び込んだ方がましだわい!」
「あれはいったい何なんです?」
「大烏賊だよ。あいつに出逢って、生きて港に戻った船は、まず無いという話だ」
我がピークォド号は、この生きた海の幽霊を遠くに眺めながら、触らぬ神に祟り無しとばかりに船足を速めて立ち去った。だが、この出来事は、ピークォド号の前途について、乗組員全体の気分に一抹の影を残したのであった。

第18章 最初の獲物

大烏賊を見た翌日、クィークェグは、愛用の銛を砥石で研ぐのに余念がなかった。
「イカの野郎が見えたらな、とたんにマッコウの野郎が出てくるんじゃ」
そう、彼は私に教えた。
我々が今航海しているインド洋は、鯨の漁場としては有名ではない。だから、私はクィークェグの言葉を話半分に聞いていたのだが、その日のうちに彼の言葉の真実が証明された。
真昼のインド洋は、凪いで蒸し暑く、マストの上の見張り台に立っていた私と他の二人の水夫は、ほとんど居眠り状態だったが、睡魔に襲われてあやうくマストから転げ落ちそうになった刹那、私が海面に見たのは、まさしく鯨の姿だった。
風下の、およそ四十尋ほどの距離に、のんびりと潮を噴いているそいつの黒い姿は、平和そのものを絵に描いたようなものだったが、私は自分の発見に動顛し、他の二人を揺すぶり起こした。
我々の叫び声に、船の乗員たちはたちまち船室から飛び出してきた。
海面に下ろされた四つの短艇は、相手を驚かせぬように、こっそりと鯨めに近づいていった。だが、やがて鯨は、歓迎すべからざる客たちに気づいて、水面下に潜り込んだ。
我々は、鯨がどこに現れるか、海面を注視して待った。
やがて、鯨は再びその巨大な姿を海上に現し、本格的な逃走に取り掛かった。
「追え、追え、稲妻みたいに追っかけろ!」
鯨にもっとも近かったスタッブは、わめいて乗員を励ました。
「ウッ、フゥ! ワッ、ヒィ!」
タシュテゴがインディアン特有の掛け声をわめく。
「キィ、ヒィ! キィ、ヒィ!」
フラスクの舟のダグーもそれに劣らぬ野蛮な声を上げている。
「カ、ラ! クゥ、ルゥ!」
クィークェグがうなり声を上げる。
もっとも早く銛の投擲距離に達したのは、やはりスタッブの舟だった。
「立て、タシュテゴ! やっつけろ!」
スタッブの怒鳴り声で、ゲイ岬のインディアンは弾かれたように立ち上がり、ほとんど鯨を見るまでもなく銛を投じた。
銛は見事に刺さり、鯨とスタッブの短艇との間は一条の縄でつながれた。次の瞬間、苦痛から鯨は速度をいっそう速め、スタッブの舟は鯨に引っ張られて猛烈な速さで海の上を走りだした。鯨に縄を切られないために、捕鯨索には十分な長さが準備してあるが、鯨に引っ張られて轆轤から恐ろしい勢いで繰り出されるその縄は煙を上げている。
「索を濡らせ、索を濡らせ!」
轆轤の側の水夫が、自分の帽子で海水を汲んで縄にかける。じゅっと水蒸気が立ち上る。
やがて鯨は、大きな荷物を引っ張って泳ぐのに疲れて力を失い、速度をゆるめた。
「たぐり込め、たぐり込め!」
スタッブは、そう命令して、タシュテゴと位置を代えて舳先に立った。
舟が鯨と平行する位置に来ると、スタッブは投げ槍を手にして、一擲、また一擲と鯨に槍をぶつけていった。
今や、鯨の体のあちこちからは血が噴き出し、鯨は急速に力を失っていっていた。
頃は良し、と見たスタッブは舟を鯨に横付けにさせ、一際長い槍を鯨に刺した。そして、鯨の生命の最後の一滴を搾り取ったのである。
鯨は断末魔の一暴れをして水夫たちを慌てさせたが、やがて完全に力尽きて海上に静かにその体を横たえた。
(もちろん、私は別の舟に乗っていたのだから、この一部始終を見ていたわけではないが、断片的見聞を総合すれば、詩人的想像力によって他の細部は明瞭に想像できるのである。そのあたりは、読者の諸君にも了解しておいてもらいたい。すべて、飛躍やご都合主義の無い文学とは、詩的精神の欠如した無味乾燥の別名でもあるのだから、あまり固いことは言わないで欲しいのである。)



第19章 スタッブの晩餐

倒された鯨を見たエイハブは、そっけなく、鯨を船につないでおけ、と簡単な命令を下して自分の船室に引っ込んだ。義務として他の鯨も捕るが、彼の頭には憎っくき白鯨を倒すことしか無いのである。
既に夜になっていたので、鯨の解体は翌日ということになり、鯨の巨体は船に横付けにされてつながれたという次第だ。
自分の手で鯨を倒したスタッブは、有頂天になり、はしゃぎながらダグーに言った。
「おい、ダグー、船から下りて鯨の尻尾のところをちょっと切ってきな。寝る前にステーキをひとつやっつけるからな」
スタッブは、甲板の上の絞盤を食卓代わりに、豪勢な夜食に舌鼓を打ったのだが、同じ時に船の下の海面では鮫どもが思わぬ鯨のご馳走に舌鼓を打っていたのであった。
「料理人、料理人、おい、羊毛親爺、こっちへ来い!」
スタッブの喚き声に、老黒人の料理人は、暖かなベッドのまどろみから叩き起こされ、よろめきながら仏頂面で甲板に現れた。
「何ですかな、スタッブさん」
「うん、お前にひとつ言いたいことがあるんだが、その前に下の方ではしゃいでいる鮫どもを少し黙らせてくれ。うるさくて自分の声も聞こえやせん」
羊毛親爺はランタンを手に、しぶしぶ舷側に近づいた。
「なあ、あんた方、スタッブさんが話ができんちゅうとるんで、お願いだから、少し静かにしてくれんかな。これ、静かにせい、ちゅうとるんじゃ、この悪魔どもめ!」
「こらこら、罰当たりな事を言うな。罪人を悔い改めさせるにはな、穏やかに話すもんだぞ。教会の説教を聞いたことがないのか」
「なら、あんたが説教すりゃあええ」
「まあいい。で、お前に話というのはだな、このステーキの焼き具合のことだ。お前、こいつをどう思う」
フォークに刺して目の前に突き出された鯨の尾のステーキの一片を羊毛親爺は頬張って、しなびた口をもぐもぐさせた。
「どう思うって、こんなうめえステイクは、おら今まで食ったことがねえだよ」
「この大嘘つきの老いぼれの悪魔め! こいつがうまいだと? いいか、こんな焼きすぎの、消し炭みてえなステーキを食ったのは、俺は生まれて初めてだ。今晩は許してやるが、もう一度こんな焼肉を俺に出してみろ、お前をあの鮫どもの晩飯に海に放り込んでやるからな。覚えておけ。いいか、ステーキは絶対に焼きすぎちゃあいけねえんだ」
「分かっただ」
口の中で文句を言いながら去ろうとした老黒人を、スタッブはもう一度呼び止めた。
「待て、明日、俺たちが鯨をばらす時にはだな、お前は忘れんで、鯨の鰭のところを取って置くんだ。それで塩漬けを作るんだぞ」
うなり声で返事して船室に潜りこもうとする後ろから、また声が飛ぶ。
「まだ話は終わっとらん。明日の朝飯には、鯨団子、晩飯には鯨のカツレツだ。それから、行く前に敬礼だ!」
階段を下りながら、羊毛親爺はぶつぶつ言う。
「神様、あいつが鯨食うより、鯨があいつ食った方がようがす。あいつの方が、下の鮫どもよりまるで鮫みてえだよ」
こうしてやっと、哀れな老黒人は再び寝床に潜り込むことができたのであった。



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