たとえば、あなたの嫌いな俳優の出演する映画が大傑作だと評判になったとして、あなたは見に行くだろうか。映画によほどのめりこんでいる人、映画を「勉強しよう」としている人でないかぎり、行かないだろう。2時間も嫌いな顔と対面しているのは実人生だけで十分だし、それも仕事の都合くらいのものだ。
で、「君の名は。」を見るのにやぶさかでない理由は、主人公ふたりの顔が好感が持てる顔だからだ。この顔となら、2時間対面しても不快ではないだろう、ということである。
要するにジブリ系の顔なのだが、ジブリ映画が常に多くの人を惹きつける理由のひとつはここにある。キャラクターデザインはアニメの顔なのである。
アニメ業界ウォッチング第33回:吉田健一が語る「キャラクターデザイン」に求められる能力
「君の名は。」の大ヒットで、誰もが忘れていること
── いま、ゲームも含めて「キャラクター」が日本にあふれていますよね。キャラクターデザイナーに憧れる若い人たちも多いと思うのですが……。
吉田 たとえば、ファミコンの黎明期に、誰かが鳥山明さんに白羽の矢を立てて「ドラゴンクエスト」のキャラクターを依頼した。鳥山さんもゲームが好きだったので、うまくキャラクターデザインにフィードバックできた。そういう順序を追ったロジックがゲーム文化では機能しているわけですよね。マンガやアニメも同様で、その点、日本のキャラクター文化は互いに影響を与えながら、長い時間をかけて健全に発達、爛熟してきたと思います。僕の場合、まだキャラクター文化が若い時期にマンガやアニメに触れてこられたので、ラッキーではありますね。半面、いまの若い人たちが常識としているキャラクター文化に、違和感もおぼえます。それは当たり前です。僕も年寄りですから(笑)。「Gのレコンギスタ」では若い人と古い人、双方から親しんでもらえるキャラクター造形が目標でした。自分なら、離れた世代の橋渡しができるんじゃないかとも思います。
その時代の絵というものがあって、服のシワひとつ、シルエットのとり方ひとつとっても、若い方は自分の知らない時代の記号を“今風の絵”に落とし込もうとしてしまう。特に、モブシーンの作画を見ると「ああ、これが今の描き方なのか」と、とまどってしまいます。そんな彼らに「僕らの描き方に合わせろ」と強制するのも、健全ではありませんよね。デザインも含めて、難しい時期に来ているとは思います。
── 「君の名は。」のキャラクターデザインは田中将賀さんでしたが、どう思いますか?
吉田 「君の名は。」は、田中くんと作画監督の安藤雅司さんのハイブリッドだと思うんです。安藤さんはキャラクターデザインに興味の強い人だし、田中くんのデザインのよさをそしゃくしたうえで精度の高い作画のできる方なので、とてもうまくいったと思います。だけど、「君の名は。」の評価やヒットの要因を読んでみると、誰もが絵の力を軽視していると思いました。「新海誠作品としてどうすぐれているのか?」という一方向の分析では、ヒット要因のすべては理解できないはずです。「絵も重要だった」という考察は、普通の映画評論家にはできないでしょうね。なぜ絵が重要かというと、「君の名は。」の作画は、2時間見ていても疲れないからです。1,900万人もの観客がストレスを感じずに見られたのは、安藤さんを中心にした、動画もふくめた全作画スタッフの力が大きいはずなんです。アニメーション映画が大ヒットする場合、色や動画のクオリティを抜きに考えられない。良質な技術の積み重ねは、お客さんをドラマに集中させることができます。キャラクターデザインは、その第一手です。
── キャッチーな絵柄のほうがよい、という意味ですか?
吉田 「この絵だったら、映画館に行ってもいいな」と思わせるのは、絵から受ける印象じゃないですか。“キャラクターデザイン”というと専門的に聞こえますが、シンプルに「絵がいいな」「絵が好きだな」と感じさせる方向へ進んだほうが、アニメーションの未来にとって幸福な気がするんです。そして、どんな絵柄が出てきてもカバーできるような業界にしていったほうが、見てくれるお客さんの感性も上がるんじゃないでしょうか。
(取材・文/廣田恵介)