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ゲーム・スポーツなどについての感想と妄想の作文集です 管理者名(記事筆者名)は「O-ZONE」「老幼児」「都虎」など。
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第四十一章 誕生と死



 



 春が終わり、爽やかな初夏の風が吹き始める頃、ミルドレッドは子供を産んだ。赤銅色の髪をした可愛い男の子である。



 ライオネルに約束した通り、フリードはその子にライオネルという名を付けた。



 ライオネルはすくすくと成長し、丈夫な子供に育っていった。



 ライオネルが五歳になった時、フリードとミルドレッドの良き友人であり、ライオネルにとっては優しい祖父の役割をしていたジグムントが死んだ。彼は自分の一生に満足し、穏やかに、眠るように死んでいったのである。その晩年を「家族」と一緒に過ごせたのは、彼にとってはもっとも嬉しい事だっただろう。



 フリードは、自分にとって大きな道しるべとなり、生きる手助けを与えてくれたこの恩人を、家に近い日当たりのいい丘に埋め、墓標を立てた。十字架ではなく、名前を彫った石の墓標である。ミルドレッドが簡単な字の読み書きができたので、字は彼女が書いた。



 家族三人だけの暮らしは静かで平和に過ぎていった。 



フリードはライオネルに弓を教え、獲物を取る事を教えた。



 ミルドレッドは、読み書きと剣を教えた。



 そして、ライオネルが十歳になった時、この地方を襲った流行り病に感染して、ミルドレッドは死んだ。彼女は、村に買出しに行った時にこの病気にかかり、それはフリードとライオネルにも伝染したが、この二人は辛くも生き延びたのである。



 彼女を葬った後、フリードはしばらくは悲嘆にくれ、何も手につかない状態だったが、やがて、この思い出多い山小屋で暮らす事に耐え切れず、ライオネルとともにこの山を出ることにした。



 フリードは今では三十歳になっており、当時としてはけっして若くはなかったが、そのがっしりと逞しい体にはいささかの衰えも無かった。



 そして、ライオネルの方は、しなやかな体の中に、野山の活動で鍛えられた頑健さを潜ませ、輝く瞳を持った美しい少年に成長していた。



 顔の下半分を黒々とした髭に覆われ、肩幅広く鋭い眼差しのフリードと、細身でしなやかな体つきのライオネルの二人は、弓を肩に掛け、剣を腰に下げて、山を下りていった。 



 



第四十二章 再び風の中へ



 



 その頃ローラン国は、フリードの弟ヴァジルを殺して王位を簒奪したエドモンがずっと治めていたが、最初の頃の、人気取りのための寛大な施策は一年で終わり、後はいつも通りの過酷な政治が行われていた。



 エルマニア国でもフランシア国でも事情は同じであり、庶民の苦しい生活の上に王侯貴族の贅沢で放恣な生活が行なわれていたのである。そして、庶民の大半は、その事に何の疑いも持たず、したがって、改善の夢も希望も持たなかった。精神的には、彼らの多くは動物レベルにあったと言ってよい。ルソーという偉人が出て、この不平等の状態に気づかせるのは、まだ八百年も後の話である。驚くべき事は、その八百年もの間、人々の暮らしがほとんど変わらなかった事ではないだろうか。つまり、現在の状態から利益を得ている人間が権力の座にあるかぎり、世の中の進歩や改善はない。保守主義とは常に「所有に伴う心的傾向」であり、既存秩序の保護、すなわち既存上位階級の利益擁護でしかないのである。



長い目で見れば、庶民生活全体の底上げが行なわれることで、社会全体の生活水準は上昇するのだが、大抵の場合、上の者は下の者から物を取り上げる事で自分たちの生活の向上を図ろうとする。抑圧された人間が、自分たちの地位や待遇の向上を求めるのは、当然であるばかりでなく、未来の人間のためでもある。現在の不平等や不公平、不正義に対する不満申し立てが圧殺されることは、実は世の中全体の進歩が圧殺されることでもあるのだ。もっとも、だからといって完全に平等な社会が共産主義などによって実現可能かどうかは、別問題である。完全平等社会そのものも、それが理想的状態かどうかは分からない。ただ、生まれや身分などによる機会の不平等などの、理不尽な不平等や不公正は、あってはならないのである。現在の日本や欧米諸国が身分社会でないなどと、誰に言えるだろう。



ともあれ、社会を変えるのは、庶民の意識であり、その点では、思想家の役割は大きい。ただし、庶民には手の届かない、学術的な高級な哲学などはまた、一部の物好きのためのものでしかない。むしろ、大衆音楽や小説や漫画など庶民に密着したメディアの中の思想のほうが、現実を変える力になりうるのではないだろうか。



 フリードとライオネルは、ローラン国とフランシア国の境い目にある平坦な山脈からローラン国の側に出たのであるが、山を下りてすぐにある、フリードが以前に見たあの死滅した村には、人々が住みつき、ほそぼそと生活していた。だが、その貧しい汚い身なりや、沈鬱な顔を見れば、その生活の苦しさは一目で分かる。



 この村をフリードたちはすぐに通り過ぎ、次の村に向かったが、ここもまた同じような貧しい村であった。



 こうして、フリード達は、一月ほど旅を続けた。その間に見た光景は、悲惨と貧しさだけであった。



「お父さん、どうして皆こんなに貧しいの」



 ライオネルは、フリードに尋ねた。



 フリードは、この問いに、すぐには答えられなかった。その一部の理由は分かっている。百姓の収穫の半分近くが、領主に取り上げられているからだ。だが、それだけではない。そもそも、収穫そのものが、あまりに少ないのだ。



 フリードは、考え考え、息子にそう言った。



「じゃあ、どうして収穫を増やせないの」



「畑が少ないからだ」



「だって、土地はこんなにあるよ。手を付けていない土地がたくさんあるじゃないか」



「あれは、畑にはならない土地なのだ。木の根が広がり、石ころだらけで、地味も痩せている。あれを畑にするには大変な手間が必要なのだ」



「でも、やれば畑にできるんでしょう?」



「そうだな。だが、人々は、自分の畑を耕すのに精一杯で、そんな余裕などないのだ」



「手が空いてる人はいないの?」



「たくさんいる。だが、そういう人々は貴族といって、自分たちは働かない人たちなんだ」



「そんなのおかしいよ」



「そうだな。だが、この世の中はそんなものなのだ。貴族は剣を持っていて、人々はそれに逆らう事はできない。逆らえば殺されるからな」



「ぼくたちも剣は持っているよ。でも、貴族じゃないんだろう?」



「まあな」



 フリードは、自分の過去をライオネルに話した事はなかった。話せば、本当なら国王の息子として栄耀栄華を極めた人生を送れたはずが、只の猟師の息子になっている事をおそらく不満に思い、父親を恨むだろうと考えたからである。



「ぼくが国王なら、人々がみんな幸福に暮らせるような政治を行なうのになあ」



 無邪気に言う息子の言葉に、フリードは過去の自分を振り返り、恥ずかしく思った。



「お前は、本当にそう思うか?」



 フリードは真面目な顔で息子を見下ろした。



「勿論です」



「そうか。なら、国王になるがいい」



「まさか。そんなこと、できるわけありません」



「なぜできないと分かる。それなら、お前の言葉は本気ではないことになる。お前が本当に人々の事を考えるなら、そのために努力するがいい。国王になれるかどうか、やってみなくては分かるまい」



 フリードは、実は自分も一度はローラン国とエルマニア国の国王だったのだと言いたい気持ちを抑えた。



「人間はな、自分が何者になろうと思うかで、何者になるかは決まるんだ。だが、その人間だけがいくら偉くなっても、周りの人々を幸福にしないのなら、そんな人間は偉くならないほうがいい」



 フリードは、言いながら、果たして自分は周囲の人間を幸福にしただろうかと考えた。その時、脳裏に浮かび上がってきたのは、死んだジャンヌと、行方知れずのアリーの面影だった。



(俺は、あの女たちを幸福にできなかった。国王でいた間、俺はあいつらに目もくれず、他の女たちを次から次へと漁っていただけだった。まして、国の人々の事など考えたこともなかった)



 フリードは心の中で、ジャンヌとアリーに謝った。



 そして、この時、フリードの心には、ある決心が生まれた。ローラン国の国王エドモンを倒して、再びローラン国の国王になろうという決心である。ただし、それは自分のためではなく、人々を不幸から救うためだ。前には、敵を倒す口実として言った事を、今度は本気で実行するのだ。



 かつては、偶然の歯車が噛みあって、幸運にもローラン国とエルマニア国を手に入れることができた。二度も同じような偶然に恵まれることは難しいだろう。しかし、今度は、人々全体の幸福のために戦うのである。そのためなら、自分が死んでも悔いはない。



 自分のためなら、山の中で猟師としてひっそりと生きていく事に不満はない。しかし、この世の不平等と人々の不幸にはっきりと気づいた以上は、それを無視することはできない。フリードはそういう人間であった。



 エドモンは弟ヴァジルの仇ではあるが、フリードはその敵討ちをしようという気は無かった。ヴァジルが殺された一因は、彼の悪政にあり、自業自得である。しかし、そのエドモンもまたこのように悪政を行なっているなら、それを倒すべきだ。



 フリードは、そのように考えた。



 ライオネルは、何かを考えながら、彼の傍を歩いている。フリードはその息子に優しく語りかけた。



「昔、東洋のある国で、一人の奴隷が、国王の御幸を見て、『ああ、男に生まれた以上は、あのような身分になってみたいものだ』と言ったそうだ。すると、周りの奴隷たちは、『ただの奴隷が、何を夢のような事を言っている』、と馬鹿にした。すると、その男は『小さな鳥どもには、大きな鳥の考えなど分からないのだ』、と言ったという」



 ライオネルは、興味深そうな顔で、それを聞いて、尋ねた。



「それで、その男はどうなったの?」



「さあな。そこまでは知らない。だが、お前がもしも大きな鳥なら、風に乗ってどこまでも飛んで行くがいい。人間は、志が大事なのだ。何かをやろうというその意思があれば、きっとどこまでも飛んで行けるだろう」



 ライオネルは、父親の逞しい体を見上げて、頷いた。



 フリードは、青空を見上げた。そこには、風の中を飛んで行く一羽の鳥の姿があった。



 



 



                「風の中の鳥」完 



 




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第三十九章 イマジン



 



 作者の願望充足的な、能天気そのもののこの物語に、前章のような場面が出てきたことに違和感を感じておられる方もおありだろうが、中世というのはそういう時代だったのである。最近の学者(御用学者ではないかと私は疑っているが)の中には、それに異論を唱える者もいるようだが、生産力の低い時代には、上位の階級が、下の人間の生産した物を奪い取って生活していたというのは、確固とした事実である。そして、その事は不正極まりない出来事であり、いつまでもそれを忘れるべきではない。なぜなら、権力の不正は、常に形を変えて繰り返され、これからも繰り返され続けるからである。プロローグに書いた内容からも想像できるように、作者の心には、幼児的な願望や動物的欲望ばかりではなく、権力の不正に対する怒りが常にあるのであり、それは多分、この物語を書いた一つの原動力でもあるのだ。その事とこの物語の内容が部分的に矛盾するように見えるかもしれない。しかし、確かに主人公は権力を得るが、それはその方が話が面白いからにすぎないのである。権力自体は正義でも悪でもなく、その正しい使用と不正な使用があるだけだ。



民衆の歴史は苦役と悲惨そのものであり、人類の大半が安楽な暮らしができるようになったのは、やっと前世紀後半くらいからのことにすぎない。それは、基本的には科学の発達と、それによる生産力の向上のためであり、政治や宗教のためではない。政治や宗教がちゃんとしていたら、人類はとっくにユートピアを実現していただろう。真の偉人は、生産力の向上に尽くした無数の無名の科学者や技術者であり、ナポレオンやアレクサンダーやシーザーではないのである。もちろん、政治の変革が民衆の生活向上を促したというのも正しいのであり、それはただ一つ、「民主主義」という思想によってである。つまり、科学や技術の発達は、生産力を向上させ、民主主義は、その正しい配分を促した。したがって、現在の人間は、ルソーをこそ自分たちの恩人と思わなければならないのだ。マルクスの誤りは、パイの配分にのみ目を引かれ、パイの総量を増やすことに目が行かなかったことにある。



政治の歴史や現代政治を冷静に眺めれば分かるように、政治は常に、政治によって利益を得ている一部の人間たち(「政治によって生きる人間」だ)、つまり、国王、貴族、政治家、官僚、ブルジョワジー(現代なら、企業経営者や重役)やその一族の利益に奉仕する事を第一義としており、一般民衆はそのおこぼれに与っているにすぎない。したがって、民衆にとって正しい政治のあり方は民主主義しかない、ということも分かるだろう。一部の保守思想家のように民主主義を批判し、愚弄する人々は、自分をエリートや貴族的人間だと勘違いしているか、食卓の傍の犬のように、権力におもねって食べ残しの骨を得ようとしている汚らしい連中であるが、その言説に迷わされる庶民も多い。民衆自身が民主主義を否定することほど、滑稽なことがあるだろうか。



ただし、どのような政治的手続きが民主主義かは大きな問題であって、選挙によって為政者を選び、それに自分たちを支配させる「代議制」は、選ばれた人間が公約を守らず、勝手に自分たちの判断で政治を決定していくならば、それは少しも国民の意思を反映していないわけで、真の民主主義からは遠いものである。「代議制」はどうしても、代議士の利益のための政治にしかならないのだから、真の民主主義は、すべての議題を民衆の投票で決定する直接民主制しかない。現在の代議制は、そこに至る過渡的段階と考えるべきだろう。直接民主制が実現するためには、もちろん、民衆の政治的判断力が高度に発達しなければならないわけで、現在の日本のように国民が政治的に無知な状況ではそれは不可能な話だが、国民に真の批判精神が根付けば、いつかは可能になるだろう。



ついでに言っておけば、日本の教育は、為政者(あるいは、政治的寄生虫ども)に都合がいいように、政治に無知な国民を作るのに大いに役立っているのであり、十二年から十六年もあの無意味な知識の詰め込み教育(特に、あの無味乾燥な「政治社会」や「日本史」!)を受けたら、現実への批判精神など、消えてしまうのは確実である。おそらく、日本の若者の中で、新聞を読む習慣のある人間は、一割か二割くらいのものだろう。まして、政治欄を読む人間など、一割もおるまい。まったく見事な公教育の成果である。



また。宗教は、確かにその存在によって人々に幻想的な慰安を与え、この世の苦しみを忘れさせるものではあるが、それによって現実への不満を忘れさせ、改革への意欲を失わせるものであり、マルクスの言うように、一種の阿片であることは確かだ。それに、歴史上、戦争に反対した宗教家がほとんどいないことからも分かるように、これも第一義的には為政者に奉仕するためのものか、あるいは宗教家たちの生計手段でしかない。スタンダールのジュリアン・ソレルが、「赤」か「黒」か、つまり、軍服を選ぼうか僧服をえらぼうかと迷ったのは、それがこの世での立身出世の手段だったからであった。



 では、政治や宗教に代わる物が何かあるか、と言われれば、それは無い。と言うより、必要ないと言っておこう。ジョン・レノンの「イマジン」ではないが、遠い未来には宗教も国もなくなり、人間の自然な倫理(これは、おそらく、過度の欲望は幸福には結びつかないということが全人類の共通の理解となることから生まれる倫理である)が法律よりも上位に来て、人々が完全に自律的に行動して誤らない世界が来るだろう。これは確かに夢想だが、人類のすべての偉業は、たとえばライト兄弟の飛行機のように、最初はみな御伽話の類としか思われなかったのである。多くの人間が同じ夢を見るようになれば、この夢想も、やがて予見であったとされる日が来るかもしれない。



 



第四十章 物語論



 



 さて、物語もお終いに近くなってきたので、このあたりで物語そのものについての筆者の考えをまとめておこう。これは、この物語がなぜ、あちこちに政治や倫理や人間性についてのお喋りがはさまるのかということについての言い訳でもある。



小説や物語を書く面白さは、基本的には、書くに従って、新しい世界が形成されていくことである。しかし、その世界は無から生じるものではなく、作者の世界観や社会認識の反映であり、フリードたちのこの物語も、自分の力一つで、つまり腕力で世の中を生きていく男たちの物語を書いてみたいという漠然とした考えで書き出したものだが、その中に社会批判めいたものが含まれてしまうのは、それはやはり作者がどうしても現実社会に対して無関心ではいられない人間だからである。それに、後で述べるように、物語の書き方には決まりは無く、小説は、作者の思想を述べる場でもあるからだ。



しかし、思想とか世界観と言っても実は大した物ではない。作者の興味の対象となるものが自ずと作品中に出てくるのであり、この作品なら、たとえば武器や女性などである。作者の中には幼児的な願望や好みがあり、それが剣やピストルなどの武器への偏愛である。筆者は、金物屋へ行くとナイフ売り場につい立ち止まってしまう人間である。いや、包丁でも金槌でもバールでも、武器になるものならなんでも好きだ。これは男の原始的本能だろう。だからといってそういう物を無闇に振り回したりはしないが。



 本当なら、現実の人生で出会う厭な人間どもを剣で斬り、ピストルで撃ってみたいのだが、それをすると刑務所行きであるから、現実の生活ではストレスが溜まる。そこで、剣で斬ることの快感を、たとえ紙の上、空想の上だけでも味わいたいから、こうした物語を書くのであり、その事自体は幼稚だとも恥ずかしい事だとも筆者は思わない。「千一夜物語」などに見られるような、こうした願望充足こそが物語の原点だろう。興味のあり方が違うと言えばそれまでだが、その点、純文学の作品など、書く事に何の意味があるのやら、さっぱりわからない。多くの純文学の作品は、上手くてケチのつけようは無いとは思うが、読んでいてちっとも楽しくも面白くもないのだから、書いている本人も本当は楽しくはないだろう。物語は、書いている本人が楽しいというのが一番の書く目的ではないのだろうか。そして、書く楽しさは、内容が願望充足的であるということと、書くに連れて世界が作られていく事による、というのは先に書いた通りだ。そのためには、綿密な構想に従って書いてはいけないのではないか。フイールディングの「トム・ジョウンズ」は、私のもっとも好きな作品の一つだが、作者のフイールディングは、あの作品を綿密な構想のもとに書いていったとは思わない。大体の筋だけ決めて、後は出たとこ任せで書いていったのだろうと思っている。その方が楽しいに決まっているのだから。



 もっとも、ポオのように、物語は後ろから書くべきだと主張する者もいる。つまり、全体の構想を綿密に立ててからでないと、書くべきではない、ということだ。彼の見事な作品は確かにそうした考えの結果だろうが、そのために作品に一種の息苦しさがあるのも否定できないのではないだろうか。一部のファルスや「黄金虫」だけは、開放感があるが、それはポオ自身が、「前から」書いていったからだと思われる。ポオに限らず、多くの推理小説にはこの種の息苦しさがあり、筆者などには、読む気を起こさせないのである。筆者がこの物語を書いたもう一つの動機は、そうした世上の「完璧な」小説やら文学やらへの批判もある。筆者自身はスターンの「トリストラム・シャンデー」は読み通してはいないが、その物語思想には大いに共鳴する。小説は、そのように気楽で楽しいものであるべきだと思っている。



 さて、脇道が二章も続いて、フリードたちの物語の方が、いつのまにやらどこかへ行ってしまった。もともと、筋など考えてもいない物語ではあるが、これではエッセイなのか物語なのか分からない。まあ、そのどっちでもあると思って貰いたい。もともと小説の書き方には決まりなどない、作者が思うように書けばいいのだ、とフイールディングも宣言しているのである。物語にすら規範を求める、お堅い人間の目からは、このような物語は、小説とも言えない下らぬ作品としか見られないだろうが、小説は、作者とのお喋りである、というのが、筆者の基本的な考えである。そして、それならば、小説においては、細部に面白さがあれば十分であって、ストーリーというものは、実はそう思われているほど大きな意味は持たないのではないか、と考えてもいるのである。いや、そうではない、キャラクターの造形、背景描写、心理描写、堅牢なストーリー展開、といったものがなければ小説ではない、という人間がいても勿論いいが、いや、それがおそらく小説読みの大半だろうが、そうではない人間もいるはずだ。作者の私自身が読みたいのも、夏目漱石の「猫」や、フイールディングの「トム・ジョウンズ」のような小説である。あの、気楽な、自由な、作者とお喋りする雰囲気こそ、小説を読む楽しさであると筆者には思われる。だから、そういう作品を筆者も書きたいのである。それに、ストーリーは、読めばそれで終わりだが、作者の思想は、もしも読者がそれに共鳴するならば、読者の心に長く続く影響を残す。それも小説の大きな意義ではないだろうか。



 物語も終盤近くなって、このような駄弁もどうかとは思うが、これが多分最後の駄弁なので、お許し願いたい。



 

 

風の中の鳥 (37)(38) 2016/08/07 (Sun)




第三十七章 冬の夜



 冬が来た。雪の降り積もった山はひっそりと静かだったが、フリードとミルドレッドの山の家には大きな石造りの暖炉があり、秋の間に蓄えた豊富な薪と食糧で、長い冬も安楽に過ごせそうであった。

 さすがのジグムントも、人恋しさのためにフリードの家に来て過ごす事が多くなり、今では彼の家に泊まる事の方が多かった。

 周りが雪に閉ざされた冬の間は、する事もほとんど無い。フリードは、木を削って弓矢を作ったり、家の内部の様々な調度を作ったりする事で日々を過ごしていた。そして、ミルドレッドは、やがて生まれる子の肌着を縫い、着物を作る。

 単調だが、退屈ではない。人間の暮らしとは、もともとそういうものだ。

 昼の間はまだ、屋根の雪下ろしなどのために外に出ることもあるが、夜には炉辺で話をしたり、居眠りなどをしたりするだけだ。

ジグムントは、暖炉の前で手足をあぶりながら、フリードたちと別れてからの話をした。

 フリードから、エルマニアの郡の一つの領主となるように言われて、それを断ったジグムントは、一人でふらりと旅に出た。いや、一人ではなく、従者を一人連れていた。例の、人参小僧ティモシーである。

 最初は、物珍しさから、未知のエルマニア国のあちこちを旅して回ったが、やがて故郷が懐かしくなり、彼はフランシアに戻った。

 そこで聞いた話は、思いがけないものだった。

 あの、皇太子妃のマリアが王妃になったという話である。国王のマルタンが死んで皇太子が即位したわけではない。息子の嫁に欲情した国王マルタンが、マリアを奪って自分の物にしたのである。例によって人にノーと言えない性格のマリアは、それに素直に従ったのだろうが、皇太子は、いい面の皮である。前の王妃は、離婚こそされないものの、遠くの離宮にほとんど幽閉状態にある、ということで、まったく美貌というものは罪作りなものである。

 国王の義父となったアキムは、大変な権力者となり、今では財務大臣となってフランシアの国家財政のすべてを管理していた。

 ジグムントと久し振りに再会したアキムは、大喜びをして、彼にフランシア宮廷の廷臣となる事を勧めたが、彼はそれを断った。陰謀だらけで、油断も隙もならない宮廷で生きることなど真っ平だったからだ。

 彼は里心のついたティモシーをパーリャに残し、一人で再び放浪の旅に出た。その間、様々な冒険もあったが、やがて体の衰えを感じ、人生最後の日々をひっそりと暮らそうと、この住み慣れた山小屋に戻ってきた、というのがジグムントの話であった。

「そうそう、そう言えば、アキムには妾がいたぞ。今では、正妻のサラよりよほど威張っておった」

 ジグムントの言葉に、フリードは答えた。

「まあ、大臣ともなれば珍しい事ではないでしょうな」

「それが、あのシモーヌじゃ」

「シモーヌ?」

「ほれ、わしとお前が最初にアキムの家に行った時、美人の女中がいたじゃろう。あの女中のシモーヌじゃよ」

「ああ、思い出しました」

 フリードの心に、あの、つんと澄ました、きれいな顔をしたシモーヌの顔が思い浮かんだ。実は、彼女を見た時、フリードの心には、彼女の体を得たいという欲望が生じていたのだが、家の主人への遠慮と、田舎者の気後れのために何も出来なかったのであった。今の自分なら、さっさと手に入れていたものを。

 そうしたフリードの心を見透かしたように、ミルドレッドが口を挟んだ。

「あんた、そのシモーヌって子に惚れていたんでしょう」

 妻の勘の良さに、フリードはびくっとした。こいつ、魔女ではないだろうな。

「ま、まさか」

「ふん、どうだか。男なんて、みんな同じよ。少しきれいな子を見るとすぐに鼻の下を伸ばすんだから」

「はっはっはっ。まあ、許してやれ。あの頃はこいつも純情で、あの美人の女中に手は出さなかったのじゃから。もっとも、あの女は澄ました顔に似ず、好き者で、わしとは寝ておるのじゃよ。だから、アキムの前で、妾になったあの女と顔を合わせるのは、何とも面映いものじゃったわい」 

 フリードはあきれて、この、手の早い老人の顔を見つめた。

長い冬の夜はしんしんと更けていく。

 暖炉の灰の中で焼き栗のはぜる音がする。

 窓の外では時折ごうっと強い風の音がするが、室内は火に照らされ、平和で暖かだ。

こうして、時間はゆっくりと過ぎていくのであった。



第三十八章 春と死体



 やがて春になった。

 雪解け水が、割れた雪の間を流れ、黒い湿った土があちこちに姿を現し、草や木の緑の芽生えが伸び始めた。

 太陽の光も輝きを増し、風に春の匂いが漂いだしている。つまり、草木と土の匂いである。太陽の匂いさえもするようだ。

 ミルドレッドのお腹はずいぶんと大きくなっていたが、出産にはまだ間がありそうである。

 フリードは、ミルドレッドが欲しがっている台所の品物を手に入れるために、山を下りて近くの村へ行ってみることにした。

 ある村の近くまで来た時、フリードは異様な気配を感じた。この季節の村は、春の農耕の準備で活気に溢れているはずだのに、村の近辺がひっそりと静まり返っているのである。

 村に入ったフリードは、そこである物を目撃して、思わず顔をそむけた。

 道端の、露出した黒土の間に転がっているのは、腐乱した人間の死体であった。

 よく見ると、あちこちに人間の白骨が転がっている。しかし、そのほとんどは、手足や頭部がばらばらになった物である。肉がついて腐乱したものは、最初に見た一体だけだ。

 フリードは、事情を理解した。つまり、この村は、飢饉のために同じ村の人間同士が食い合ったのである。

 フリードは幾つかの家に入って、どこにも食糧がひとかけらも無い事を確認し、自分の想像が誤っていない事を確信した。家の中にも、白骨死体があちこちにあった。その多くは子供や幼児の白骨である。まず子供や幼児が食われ、最後に大人たちが食い合ったのだろう。

 フリードは、小さな子供の白骨を見下ろして眉根を曇らせた。

 この子供たちは、何のためにこの世に生まれてきたのだろうか。この世に生まれることに何の意味があったというのだろうか。彼らがこんな目に遭わねばならないどんな理由があるというのか。神は、こういうことをお許しになるのだろうか。

 フリードはもともとあまり信心深い人間でもなかったが、この当時の人間の常として、神の存在自体は疑った事はなかった。

 しかし、目の前の光景は、もしも神がこの世界を作ったのなら、その神は人間の理解する善や悪とは無縁の、非人格的な存在でしかないだろうと思わせるものだった。

 このような事をフリードは概念的に思考したわけではなく、ただ漠然と考えただけであったが、神への疑いの気持ちが生じたことは確かであった。また、神の宣伝者である、僧侶たちへの疑いも彼の中に生じた。確かに、僧侶たちの中には善人も多く、人々への施しをすることもある。しかし、彼らに十分の一税を納めるために人々が苦しんでいる事を考えれば、雀の涙ほどの施しなど、何の意味も持たないだろう。彼らは貴族と同じ特権階級であり、この世の寄生者である。

 彼自身、国王として人々を苦しめていたのではないかと考えると、フリードは目の前の子供の白骨が、自分のせいであるような気持ちになった。

 この世は、神が作った世界かもしれない。それは確かめようのないことだ。しかし、この世はこのような悪と悲惨に満ちている。それを変えられるのは、神ではなく、人間である自分たちだけだ。神はこの世のことに関与しないのだ。

 フリードは、重苦しい気持ちを抱いて山の家に戻って行った。










 



第三十五章 街道



 



 フリードは、次の日、引き連れてきた軍隊を部下の一人に預け、自分はミルドレッドとともに馬でライオネルの屋敷を離れた。



 軍隊と一緒でさえなければ、現国王ケスタの追跡をかわすのは難しいことではない。フリードはまず、南東のローラン国の方に向かった。国境を越えれば、ケスタの追っ手に捕まることはないだろう。



 フリードの心は軽かった。まるで、これまでの国王としての生活が、籠の中の鳥の生活ででもあったかのようである。あの、無為の日々の安楽と退屈は、もはや彼方にある。



 フリードは、傍らで馬を走らせるミルドレッドを見やって微笑んだ。ミルドレッドも笑顔を返す。



 青空の下を、そして星空の下を二人は走った。



 爽やかな風の吹く夏である。



「これで、元通り。まったくの素寒貧から出直しだ」



 フリードが言うと、ミルドレッドは答えた。



「それは違うよ、フリード。あんたが旅に出たときには一人だった。今は私がいる。それがあんたの財産さ」



「そうだな。素晴らしい財産だ。俺はそういう財産をずっと忘れていた。馬鹿だったよ」



 宿屋など滅多に出会うこともないから、夜には野宿をする。寝る前には、もちろん心行くまで交合する。男と女の体が一つになる時の、この安らぎは、快感以上に貴重に思われる。近くで野獣がうろついていようが、剣の達人の二人には、怖くもなんともない。



 これこそ、自分の求めていた生活だったのだ、と今ではフリードは考えていた。



 だが、ローラン国を放浪して二月ほど過ぎた頃、ミルドレッドは体の変調を来し始めた。



妊娠である。



 彼女の腹に子供が出来た事を知ったフリードは、馬を走らせる事をやめ、歩ませるだけにするようにした。



 どこかに定住して、彼女に無事に子供を産ませようと考えた時、フリードが思い出したのは、ジグムントの山小屋であった。



 ちょうど、今いる所からその山小屋までは、そう遠くはない。彼はそこに向かうことにした。



 道々、強盗や追い剥ぎに何度か出会ったが、相手が何人いようが、フリードとミルドレッドの敵ではない。なるべく、ミルドレッドに負担をかけないように、フリードは、ほとんど一人で戦ったが、危なくなるとミルドレッドが手助けしたのはもちろんである。



 そうした追い剥ぎや盗賊から逆に奪い取った金や武器が二人の旅の資金になった。なにしろ、街道や野山で出遭う人間の二人に一人は盗賊であるという時代である。獲物の山賊盗賊には事欠かない。彼らが歩いた道の後は、山賊盗賊がきれいに掃除されてしまったわけであった。



 やがて、二人は山に入り、フリードがジグムントと出会ったあの山小屋に辿り着いた。



 



第三十六章 山小屋



 



 フリードたちが山小屋に着いた時は、夕方になっていた。なだらかではあるが、木が鬱蒼と茂り、馬に乗っては歩きにくい山道を徒歩で歩いてきて、フリードとミルドレッドはかなり疲れていた。



 山の谷間の、谷川に面した岸辺に山小屋が見えた時、フリードは不思議な感覚を感じた。まるで、四年前に戻ったみたいである。



 小屋には、明かりがついていたのであった。



 もしかしたら、この四年間の事はすべて夢で、今の自分は、役人を殺してムルドの村から逃げてきたばかりではないだろうか、とフリードはふと思ったが、後ろを振り返ると、そこにはちゃんとミルドレッドと二頭の馬がいた。



「誰かいるらしい」



「ジグムントかしら」



「まさか!」



 フリードは小屋の戸を叩いた。



「どなたじゃな」



 中からしわがれた老人臭い声が聞こえた。



 フリードとミルドレッドは、顔を見合わせた。まさか、本当にジグムントではないだろうか。



「旅の者です。一晩泊めていただきたいのですが」



「旅の者だと? 盗賊ではないだろうな。ならば、ここには何も取る物はないぞ」



 フリードは、中の人間がジグムントである事を確信した。



「ジグムント! 僕です。フリードです。ミルドレッドもここにいます」



「フリードじゃと? まさか……」



 戸が開いた。



 中から顔を出したのは、紛れも無くジグムントだった。しかし、この三年の間に髪はすっかり真っ白になり、体も一回り小さくなったようである。



「おやおや、これは本当にフリードじゃわい。それに、ミルドレッド、相変わらず美しいのう。さあ、中に入るがよい」



 ジグムントは二人を室内に招き入れた。



「一体、どういう風の吹き回しじゃ。エルマニア国の国王や、領主様が、こんな山小屋を訪れるとは」



 ジグムントは懐かしそうに二人を見ながら言った。



 フリードは、自分がエルマニア国を追われた事、ライオネルが死んだ事を話した。



「では、お前さんは振り出しに戻ったわけじゃな。いやはや、世の中というものは面白いものじゃ。いや、面白いと言っては、ミルドレッドには済まないな。何しろ、亭主が死んだばかりじゃからな。しかし、どうやら、お前さんたち、只の仲じゃないな」



 二人は顔を赤らめた。



「実は……」



 フリードは、ライオネルからミルドレッドを託された事を話した。



「何とまあ、亭主直々の譲渡とはな。もともとお主たちが好き合っていたのは誰もが皆分かっていた事じゃから、ライオネルもお主に女房を譲ったんじゃろう。……しかし、あのミルドレッドが母になるとはな。いいじゃろう。ここでゆっくり過ごすがいい。しかし、わしの目の前で乳繰り合われるのはかなわんから、まぐわいたいときは、そのへんの野原に隠れてやってくれ」



 フリードは、ジグムントに感謝の言葉を述べた。



 翌日から、フリードはジグムントの小屋の側に、新しい山小屋を作る作業を始めた。なにしろ、ジグムントの小屋は三人で暮らすには狭かったからである。



 近くの林の木を切り倒し、枝を払って木材を作る。ジグムントやミルドレッドの手はわずらわせず、ほとんどフリードはそれらの作業を一人でやった。もともと狩人のフリードには、山小屋作りは慣れた作業である。



 こうして体を動かして物を作っていると、フリードの体の中には不思議な喜びが沸き起こってきた。それは、一つには、この作業が、やがて生まれる自分たちの子供のための作業でもあったからだろう。



 木を切り倒すのにはジグムントの斧を借りたが、枝を払ったり、木の表面を削ったりするのには、剣を使う。あの、アキムに貰った高価な剣である。人を殺す為に作られた名剣も、自分がこのような平和な利用のされ方をする日が来るとは夢にも思わなかっただろう。



 ミルドレッドは、嬉々として主婦の仕事をやっていた。放っておくといつまでも同じ物を着ている不潔な男たちの衣類を強引に脱がせ、川で洗濯する。破れた衣服は糸で繕う。



 ジグムントには、まるで只働きの使用人が二人もできたようなものである。孤独を慰める話し相手もでき、彼はまったく幸福な老人となった。



 秋になると、三人は冬籠りの支度を始めた。



 木の実や草の実で、食用になり、保存の利く物を集め、フリードは得意の弓で、冬眠前の肥え太った動物たちを射る。狩った獲物は、皮を剥ぎ、肉は燻製にして地下の貯蔵室に格納する。



 そして、秋が終わる頃、フリードとミルドレッドの家が完成した。



 木造二階建て、5LDKという豪華な家である。ただし、そのうち二部屋は馬小屋と鳥小屋だったが、いずれにしても、一生働いても安っぽいマンション一つ買えない現代日本のサラリーマンから見れば、羨ましい話である。なにしろ、いつでも好きな場所に、好きな家を勝手に建てていいのだから。そう考えると、現代は昔より進歩しているのか、退歩しているのかよく分からない。



 ミルドレッドは、もちろん、完成した自分の家に大喜びである。二人が新居に移った後、ジグムントも新しい家に同居するように勧められたが、この頑固な老人は意固地に古い小さな自分の山小屋に住み続けたのであった。 





風の中の鳥 (33)(34) 2016/08/04 (Thu)





第三十三章 ライオネルの遺した物



 ビンデン郡に入ったフリードは、領主の館を訪ねた。ライオネルとミルドレッドの住んでいる館である。二千人の軍隊を見たビンデン郡の兵士たちは慌てふためいたが、国王の巡幸であると思って、フリードを恭しく迎えた。ここには、まだケスタの謀反の噂は届いていないらしい。

 久し振りに見る赤毛のミルドレッドは、以前と変わらず逞しく美しかったが、ライオネルの方は病床に臥せっているということであった。

「病気の具合はどうだ?」

 尋ねるフリードに、ミルドレッドは首を横に振った。

「いけないのか?」

「医者の話では、あと数日の命だとか」

「わしが会っていいものだろうか」

「是非、会ってやってください。きっと喜ぶでしょう」

 フリードは寝室に入って、寝台に寝ているライオネルを見た。

 室内は暗かったが、窓から入る光に照らし出されたライオネルの寝姿は、どことなく神々しい雰囲気がある。

 彼は目を開けて、フリードを見た。そして、にっこり微笑んだ。

「国王陛下! わざわざ見舞いに来てくださったのですか?」

 フリードは心に恥ずかしく思った。

「いや、済まぬ。お前が病気だということさえ知らなかったのだ。こんなことなら、もっと早く来るのであった。いい医者に見せたものを」

「いやいや、最後にお目にかかれてよかったです。あなたと出会ったおかげで、楽しい日々を送ることができました。もう、思い残すことはありません。ただ一つ、ミルドレッドとの間に子供ができなかった事を除いては。あいつも子供は欲しがっていたのですが。……そうだ!」

 ライオネルは、何かを思いついたように、目を輝かせた。

「陛下、恐れ多い事ですが、どうかミルドレッドとの間に子供を作っていただけないでしょうか」

「な、何を馬鹿な事を!」

「陛下がお厭でなければ、私が死んだ後、ミルドレッドの事を頼みたいのです。どうせ、私が死ねば、心細い女の身、誰か他の男の物となって、この領地も財産もすべて失ってしまうでしょう。どうか、陛下があいつを引き受けてください」

 フリードは、彼の言葉が、実は以前からミルドレッドに気があった自分の事を見抜いてのことだと分かった。

「お前がそう言うのなら、引き受けよう。もしも男が生まれたらライオネルと名づけよう」

 フリードの言葉に、ライオネルは、頷いて、目を閉じた。

「どうか、ミルドレッドを呼んでください。この話をしておきましょう」

 寝室から出たフリードは、ミルドレッドに、中に入るように告げた。

 しばらくして部屋から出てきたミルドレッドは、何ともいいようのない泣き笑いのような顔をしていた。

「何て馬鹿な、何て優しい男だろう! 自分が今にも死のうとしている時に、他人の事しか考えていないなんて」

 フリードは、彼女にどういう顔を向ければいいのか分からなかった。

「私があんたに惚れていた事を、あの人はずっと知っていたんだよ。でも、本当に馬鹿だよねえ」

 ミルドレッドは、涙のにじんだ顔をまっすぐにフリードに向けた。

「で、あんた、……陛下なんて言わないよ。女にとっては男はみんなただの男だからね……あんたは私の事をどう思ってるのさ。ライオネルの言う通りにしてもいいのかい?」

「ああ、そうしたい。ずっとあんたが好きだったんだ」

「ならば、もっと早く言えばよかったのに!」

 ミルドレッドは、顔をフリードの胸に埋めた。

 その顔を持ち上げて、フリードは彼女に接吻した。その接吻は、甘く、官能的であり、彼女の唇や舌は思ったより小さく可憐で、柔らかであった。



第三十四章 死者のベッドも楽し



 その晩、ライオネルは静かに息を引き取った。

 翌日、葬儀の後で、フリードは、ミルドレッドに、今の自分は国王の座を追われた身であることを打ち明けた。

「で、あんたはどうしたいのさ。ケスタの軍と戦って国王の座に返り咲きたいのかい。それとも、何かやりたい事でもあるのかい」

 ミルドレッドにそう言われて、フリードは考え込んだ。果たして、自分は国王の座に戻りたいのだろうか。

「もしも、国王の座に返り咲きたいのなら、昔の仲間に連絡すれば、一緒に立ち上がってくれると思うよ。でも、本当にそうしたいのかい?」

「いや、そうでもない」

 フリードは煮え切らない答えをした。

「ケスタが私を追討する軍を出している以上、それに追いつかれたら戦わざるを得ないが、あまり戦いたくはない。無駄な犠牲を出したくないのだ。それに、国王の座にも大して未練はない」

 ミルドレッドは微笑んで頷いた。

「そうさ。国王なんて、国王になりたい奴がやればいいんだ。あんたや私のような人間は、宮廷の中に収まっているより、自由に生きているほうが、よっぽど楽しいはずさ。ライオネルには悪いけど、私はこの領地も財産も捨ててもいいんだ。さあ、あんたと私の新しい生活を祝って、ひとつやろうじゃないか」

「何をだ?」

「決まってるよ」

 ミルドレッドは、フリードに接吻し、彼の股間の物をぎゅっと握って言った。

「もう私の物は濡れっぱなしだよ」

 昨日までライオネルが寝ていた寝台に、二人は縺れて倒れこみ、素っ裸になった。

 裸になったミルドレッドの体は思ったより細身で締まっており、美しかった。

フリードはそのミルドレッドと心行くまで交わり、この数日の心労を忘れたのであった。







第三十一章 有為転変



 



 それから三年が経った。今では、エルマニア国の政治の実権はローラン国から連れてきた宰相のケスタが一手に握っていた。最初の王妃であったジャンヌは、第二夫人のマリカの策謀で毒殺され、今はマリカが第一王妃となっていた。



 年を取って容色の衰えたカーミラはフリードの寵を失い、アリーは存在を忘れられた。何しろ、フリードの後宮には、前国王の時代に国中から集められた選りすぐりの美女が百人近くいたからである。フリードの仕事は毎日毎晩違う女と寝ることだけであり、これはケスタの思う壺だった。



 そして、エルマニア国の人々は重税と苦役にあえいでいた。



 かつて自分たちが苦しめられた事を、今は自分が原因となってしていることに、フリードは気づいていなかった。それほどに国王の暮らしは安逸に満ちていたからである。



 ある日、宰相のケスタが報告をした。



「フリード様の弟御のヴァジル様が殺されました」



 フリードは顔色を変えた。



 ヴァジルはフリードの後のローラン国王となっていたのである。



 フリードは気持ちを落ち着けて、強いて冷静に聞いた。



「どういう事情だ?」



「お后の密通相手の大臣に殺されたようです」



「そいつの名は?」



「エドモンとかいう男です」



「よし、すぐにそのエドモンを討伐に行くぞ」



「それはおやめになったほうが」



「何故だ?」



「ヴァジル様の悪政のために、国民はヴァジル様を恨んでおりました。エドモンはまるでシーザーを殺したプルータスのように、ヴァジル様の悪政を殺害の理由とし、国民の人気と支持を得ています。しかし、どうしても討伐に行かれるなら、軍勢は二千人までに願います。なにしろ、国家財政が不如意なもので」



「そうなのか?」



「はい。今年は不作のため、税収が少のうございます」



「そうか。なら、二千人の軍勢で行こう」



 三年間の殿様暮らしですっかり頭の鈍ったフリードは、ケスタの言う通り、僅か二千の軍勢だけを引き連れて出陣した。



 彼がローラン国との国境近くまで来た時、ケスタが即位し、新国王となったという噂が流れて来た。



 フリードは呆然となった。



 しかも、ケスタはフリードを追討するために二万の軍勢を差し向けたということである。



 ケスタが自分に二千の軍隊しか与えなかったのはこのためか、とフリードは地団駄を踏んで悔しがったが、後の祭りである。



 フリードはローラン国との戦争をあきらめ、古馴染みのライオネルの治めるビンデン郡に向かった。



 



第三十二章 二つの愛



 



 どうも言い訳ばかり多くて申し訳ないが、前章で作者がジャンヌを殺してしまったことについて一言言っておこう。



 「王冠を戴く頭に眠りなし」とかいう意味の言葉をシェークスピアが言っているが、国王と同様に、王妃の座も危険極まりないものなのである。いや、王妃の権力は自分の力ではなく、国王に依存した力であるから、その危険性はいっそう大きい。国王の寵愛が冷めれば王妃の座を追放され、あるいは殺されてしまうことは珍しくない。



 それよりも危険なのは、他の国王夫人、側室らの策謀、暗殺である。特に皇太子継承問題が絡むと、血で血を洗う抗争になることも珍しくない。国王夫人というものは、我が子を次期国王にするためなら、現国王、つまり自分の夫を暗殺することも厭わないのが普通である。なぜなら、女にも権力欲はあるが、国王を支配するのは難しい。しかし、我が子を通してなら自在に権力を行使できるからだ。ライバルである他の夫人たちやその子供の命を奪うことなど、ありふれすぎていて歴史の本に書く価値さえないくらいである。もちろん、正夫人が側室への寵を妬んで側室を殺した話も珍しくない。中国では、嫉妬のあまり、前国王の愛妾の手足を斬り、便所の汚物槽に住まわせて「人豚」と呼んで笑い物にしたというすさまじい話もある。(頭でしか物事を考えない現代の人間には、そのすさまじさをイメージすることも難しいだろうが、たまには、自分をその状態に置いて想像してみるが良い)



 ジャンヌの死について、フリードもマリカの手によるものではないかと疑わないでもなかったが、その頃にはフリードのジャンヌへの愛も冷め、無関心になっていたので、深い追求はしなかったのであった。人間の恋愛感情など、そんなものである。強い恋愛感情というものも、相手との肉体関係が出来るまでの話であり、もしも恋愛感情を永続させたいなら、恋愛が成就したその瞬間に死ぬしかない。いや、成就する直前で死ぬのがベストだろう。多くの結婚生活では、結婚とともに、恋愛感情は無くなり、もっと穏やかな夫婦愛に移行していくのが普通である。特に女性の中には、それを不満に思い、もっとドラマチックで刺激的な不倫に走る向きも多いようだが、性愛などというものの刺激は、短期間しか続かないものであり、次から次へと相手を変える以外には、刺激を維持する手段はない。それによって傷つけられる人間関係の被害の大きさを考えれば、不倫は「やむなく」するものであり、自分から求めてするものではない。(旧約聖書の雅歌に曰く、「愛の自ずから起こるまでは、呼び、かつ覚ますことなかれ」と。)



夫婦の愛は、肉体関係とは別の愛情であり、子供への愛と同じような家族愛である。家族への愛は、しばしば、自分自身への愛以上に強いものであり、多くの家庭の父親のように、家族のためにはどのような自己犠牲も厭わない人間も多い。しかも、恋愛は相手への幻想の上に成り立つものであるのに対し、家族愛は、相手の長所も欠点もありのままに見た上で愛する愛である。恋愛がロマン主義的、幻想的愛なら、これは自然主義、リアリズムの愛だ。もっとも、幻想は現実以上に力強いもので、美的観点からは価値がある場合も無いではない。



 こんなお喋りばかりしていると、話の方がおろそかになるが、フリードの栄達は行き着くところまで行き着いており、普通なら、後は没落を語るしかない。話がそのように進みそうなので、作者としてもこの後は、実はあまり書くのに気乗りはしないのだ。



 だが、人間の上昇は、物質的、社会的なものばかりとは限らない。ジャン・ヴァルジャンのように、悲惨の中に死にながらも、精神的な栄光に包まれるというエンディングも考えられるし、マルキ・ド・サドの「呪縛の塔」の主人公ロドリグのように、神との壮大な対決をする、という手もある。まあ、多分、そのどちらにもなりそうもないが、フリードが風に乗ってこのままどこまでも飛んで行くのか、それとも風に吹き落とされるのか、もう少し見守っていただきたい。



 





風の中の鳥 (29)(30) 2016/08/02 (Tue)


第二十九章 冗談のような成り行き



 さて、雪の降り出した中をフリードの軍隊は出発した。

 国境の山脈の間道を通って大急ぎで進軍した結果、五日後に彼らはパーリャ郊外に到着したが、ちょうどその日の夕方にエルマニア国とフランシア国の大決戦は終わっていた。

 結果は、共倒れであった。

 エルマニアの五万の兵と、フランシアの三万の兵は互角に戦い、消耗し尽くしたのである。どちらも、自分の軍が有利に戦いを進めていると思って戦況を見ていたため、戦をやめるきっかけが掴めず、気が付くと、お互いに数百名の近衛隊だけを残すだけとなっていた。

 やがて夕暮れになり、戦闘は自然に一段落した。この時にはどちらも、自分の軍が負けたと思い込んでいたのである。

 エルマニア国王は夕闇に紛れて逃亡しようとしたが、その時、降りしきる雪の中を背後から近づく大軍隊があった。フリードの軍である。大軍隊どころではなく、たった二千名の小部隊であったが、その時のエルマニア国王にはフリード軍はまったく大軍隊に見えたのである。

 一方、こちらも自軍が負けたと信じ込んでいたフランシア国王も王宮に戻って逃亡の支度をしていた。

 そこへ、味方の兵士からの伝令が来て、次のように言った。

「国王、救援軍が来ました! ローラン国のフリード王です。ジャンヌ様の婿殿です。ローラン軍はエルマニア軍をさんざんに打ち破って、我が軍を勝利に導きました!」

 マルタン国王は飛び上がって歓喜の声を上げた。

 やがて王城に入城してきたフリードを、フランシア国王は腰を低くして丁重に迎えた。

「あなた方の御蔭で、我が国は救われました! この御恩は何と言っても言い足りないほどです」

「いやいや。何とか間に合ったようです。これで義父上への義理が果たせました」

 フリードは鷹揚に、感謝に答えた。



第三十章 功績と褒賞



 前章を読んで、「何だ、『漁夫の利』そのままじゃねえか」とお思いになった方は鋭い。

 しかし、現実というものはこのようなものであり、もっとも働いた人間が報われるとは限らない。戦で死んだ人間には何も報いはなく、生き残った卑怯者たち(生き残った事自体、彼らが卑怯者であったことを示している。あるいは、幸運なだけ、かもしれないが、卑怯者であった可能性は高いだろう。特に先の戦争で、自分は戦にも出ないで若い兵士たちが死んでいくのを平気で眺めていた老人連中は、極悪人の、人間のクズどもである)が戦争の利得は分け合うものなのである。死んだ人間には、メダルか何かを贈ればそれで済む。要するに、死んだ人間は働き損ということだ。死人に口無し、である。

 仕事の功績というものは、その現場が多くの人の目で目撃されていない場合には、実際に働いた人間よりも、後で自分の働きを積極的に言いふらす、口のうまい人間の物とされることが多い。だから、昔の武士たちでも、自分の功績をいかにアピールするかに腐心したものである。「男は黙って……」などというのは、確かに美的行為かもしれないが、それでは本人の自己満足しか得られはしない。

 ともあれ、ほとんど何もしなかったフリードは、エルマニア国との戦いの武勲第一とされ、フランシア宮廷で、皇太子をもしのぐ実力者となったのであった。

 フランシア国はこの勝利でエルマニア国を手に入れたが、残念ながらエルマニア国を統治するための兵力はほとんど残っていなかった。成り行きとして、フランシア国王マルタンの娘婿のフリードが手持ちの軍を引き連れて、エルマニア国を統治することになったのである。つまり、彼はエルマニア国の国王ということになった。

 わずか一年前には素寒貧の猟師だった若者が、ヨーロッパ最大の国の国王となったわけで、いくらお話とはいえ都合が良すぎるが、成り行きというものはこんなものである。ナポレオンだろうが、シーザーだろうが、偶然に恵まれなければあれほどの存在にはならなかったはずで、我々が個人の能力を過大評価するのは、その栄光のはなばなしさに目が眩まされるからである。世の中の出来事の多くは偶然に支配されており、人間の能力と結果とは、半分くらいしか結びつかないものである。また、栄光なるものは、大体は誇大宣伝によるもので、半分は眉唾物と思っていい。

人間は、事が終わった後では、必ず自分や関係者を美化するものであり、その結果、世の中には自称他称の嘘っぱちの偉人伝が満ち溢れることになる。トルストイの「戦争と平和」に描かれたナポレオンとクツーゾフの姿は、現実に近いと思われるが、世の中の人間の大半は、ナポレオンを偉大な英雄とし、クツーゾフなど覚えている人もいない。ナポレオンには、彼を美化する崇拝者が多かったが、クツーゾフにはトルストイ以外に弁護者がいなかったからだ。だから、昔から権力者たちは、自分の宣伝者を周到に手配したものである。

偉大な結果が、その当人たちの能力や判断とは無関係な場合もある。たとえば、日本海海戦の大勝利で、東郷平八郎は名将とされ、作戦参謀の秋山真之は名参謀とされたが、秋山による敵の行動予測は大外れしており、戦の間、彼は何一つしていない。また、東郷の判断による敵前大回頭など愚劣極まる作戦であり、自軍の被害を大きくしただけである。もちろん、そうしなければ敵を逃していたわけだから、止むを得ない行動だったわけだが、それが名将の理由にはならない。結果的には、長い航海で疲弊し、訓練不足の敵を打ち破って名を高めたわけだが、この勝利の「神話」が、その後の日本の軍隊を誇大妄想狂にし、将軍よりも参謀が大きい顔をするような、馬鹿げた参謀信仰を高めたのである。

日本の近代の「偉大な」軍人の戦績を詳しく見れば、その大半は失敗の連続であり、その栄光はたった一度の偶然の大当たりによるものであることが分かるだろう。いかに優れたリーダーでも、その場の状況では味方を全滅させることもあり、いかに無能なリーダーでも、(たとえば弱敵に遭遇するといった)偶然に恵まれて素晴らしい戦績を挙げることもある。それが戦争というものだが、日本の官僚や上級軍人たちは、自分たちの能力こそが勝利の鍵を握っていると信じていた。太平洋戦争における日本の敗北は、日露戦争以降に「システム化された」愚劣さによるものなのである。

さて、フリードは自分の腹心の部下たちをエルマニア国のそれぞれの郡の領主とし、自分はそれらの封建領主の上に立って国を統治した。

 仲間たちは皆喜んでそれぞれの郡の領主となったが、ジグムントだけはそれを断った。領主の仕事で頭を悩ますより、気楽に生きていきたいというわけである。そして、彼は何処へとも無く去っていった。

 







 



第二十七章 感動的場面とバックステージ



 



 フリードの考えには、しかし、弟のヴァジルが反対した。もともとフランシアに縁もゆかりもないヴァジルにとって、大国エルマニアとフランシアの戦いに首を突っ込むのは、せっかく手に入れたローラン国を自ら捨てるような行為と思われたのである。



 ヴァジルは、国王の側室の一人であった美女を情婦にし、その女に魂まで蕩かされていた。なにしろ、これまで山の中で贅沢らしい贅沢を何一つせずに育った人間が、短い間とはいえ、今では国王の弟として贅沢三昧の暮らしをしているのだから、この暮らしを捨てたくないと思うのも無理はない。



 フリードは仕方なく、エルマニアとの戦いの間の城の留守番をヴァジルに任せ、他の仲間とフランシアに向かうことにした。



 その頃、エルマニアの軍隊はパーリャから四、五日の距離の所まで迫っており、フリードたちが近道を通って大急ぎで救援に向かっても間に合うかどうか際どい瀬戸際であった。



 前のルドルフ王に仕えていた兵士たちは、フリードの軍に降伏した後、フリードに仕えていたが、その人数に新規に採用した兵士を入れても兵力はおよそ二千人でしかない。



 フランシア軍に味方する近隣諸国の軍を入れてもフランシア軍は三万、それに対し、エルマニア軍は五万と、数の上では圧倒している。しかし、前回のローヌの戦いと違うのは、フランシアと縁戚関係にあるバイエル公国がフランシアと同盟を結んでいることで、バイエル公国は精妙な弓部隊を持っていることで知られていた。このため、パーリャを最後の決戦場と決めて待っているフランシア軍に対して、エルマニア軍も慎重に歩を進めていたのであった。しかも、季節は冬に入っており、遠征軍にとっては食糧の調達が次第に難しくなってきていた。フランシア国内の穀物倉はフランシア軍によって焼き払われ、残りはパーリャに集められた物だけである。エルマニア国から食糧を運ぼうにも、雪が降り出したため、それも思うに任せない。ナポレオンのロシア侵攻ほどではないが、敵地で戦う困難にエルマニア軍は苦しんでいたわけである。



 エルマニア国王ヘンリックは、兵士の間に次第に厭戦気分が広がりかかっているのを見て、ある案を実行することにした。



 彼は、全兵士を整列させ、次のように演説した。



「お前たちを長い間待たせたが、いよいよ明日、フランシアとの決戦を行なうことにした。お前たちは、明日の戦いに勝って、この国を手に入れ、故郷に戻るのだ。この戦いが終われば、もはや戦争はない。ここまでの戦いで死んだ者も多いが、わしはお前たちだけに犠牲を払わせたりはしない。わしのこの戦いに対する決意を見せるために、わしは何よりも大きな犠牲を払おう。わしの息子のミロシュは、明日の戦いで、先頭に立って突進する。おそらく、彼は勇敢に戦って死ぬだろう。それだけではない。皆、見るがよい。ここにわしはわしの后を同行させてきた、何よりもわしの愛する妻だ。しかし、その妻に対する愛よりも、お前たち兵士への愛の方が大きい事をわしは見せよう」



 彼は傍に立って無心に微笑んでいた妻の腕を掴んだ。王妃は、驚いたような顔で、夫の顔を見上げた。



「見よ、わしはこの戦の勝利のための犠牲として、わしの妻の命を神に捧げる!」



 ヘンリックは、剣を抜いて、妻の胸に突き刺した。



 悲鳴を上げて王妃は倒れ、やがて息絶えた。



 全軍は凍りつくような沈黙に包まれ、やがて誰かが



「王様万歳!」



と叫ぶと、次々にそれに唱和する声が広がり、爆発的な叫びとなった。兵士たちの中には、興奮のあまり泣き出す者さえいる始末である。



 ヘンリック王は、満足げに頷くと、片手を上げて、王を称える歓呼に答えながら天幕の中に姿を消した。



 天幕の中に戻ると、国王はしなだれかかってきた側女の一人を抱いて接吻した。



「これで、私が王妃になれるわけね」



 女は、嬉しそうに言った。



「ああ、カソリックは離婚を許さんのでな。こうでもしなけりゃあ、王妃の始末がつかん。これで兵士の士気が上がれば、一石二鳥というものさ」



「それに、もちろん、皇太子も私の子のマックスになるのでしょうね」



「ああ、明日の戦いでミロシュがうまい具合に死んでくれればな」



 



第二十八章 男という動物について



 



 どうも、この話ではやたらと女性がひどい扱いを受けるので、作者の事を残忍冷酷な人間だと思う人がいるかもしれないが、それは時代のせいであって、実際に昔は女性がひどい扱いを受けていたのだから仕方がない。なにしろ、暴力が支配する時代では、女性や弱者の人権など、無きに等しいのである。もちろん、作者の私自身、強姦願望や殺人願望が心の底にあるからこそ、このような話を書いているのだと言われればその通りではあるのだが、現実人生では作者の私は虫も殺せぬ善人であることは、私自身が保証する。(そんな保証には一文の値打ちも無いかもしれないが。)願望と実行はまったく別の話であり、サマセット・モームも、普通の人間が心の底で考える妄想をそのまま書いたら、他人はその人をとんでもない人非人だと思うだろうと書いている。大事な事は、現実世界では妄想を妄想のままに止めておく理性と自制心なのである。しかし、小説の世界は、妄想こそがまさに現実である世界なのだ。



 ところで、男で、ピストルや剣が嫌いな人間は滅多にいないと思うが、フロイトを待つまでもなく、ピストルや剣は男根の隠喩である。つまり、刺すとか発射するという事自体、男には性的快感のイメージがあるのであり、だから男はこうした武器の出てくる話を好むのである。それを下劣と言おうが、幼稚と言おうが、それが男の本性なのだから仕方がない。



 性欲によってだけ人間の深層心理をはかるのは誤りかもしれないが、男なら女を、女なら男を得ることがもっとも一般的な欲望であることは確かである。異性を手に入れるために人はいろいろと面倒くさい手続きを取る。その手続き部分に比重を置いて書けば恋愛小説になるのだが、筆者は恋愛小説が大嫌いなのである。その理由は、筆者は人間の愛憎のごちゃごちゃが大嫌いで、単純そのものの人間だからである。



女性の場合には、男とは違って意味もなく性的衝動に駆られることは少ないため、恋愛や色事のその手続き自体を楽しむ人間が多いようだが、男の場合は、よほど異常な(これは生物としては異常ということで、別の言い方をすれば女性的、文化的ということだ)人間でもない限り、恋愛や色事のプロセス自体を楽しむ人間は少ないはずである。それは男の性欲の在り方に原因がある。美しい女を見る若い男の頭の中にはただ一つ、その女を犯し、女の体の中に射精したいという事しか無い。強姦魔と聖人君子は、女性を見る際の頭の中身、性的衝動の面では同じであり、ただそれを実行するかしないかが違うだけなのだ。だからこそ、そういう自分の心を隠して女と話をしている自分に、まともな男なら、恥ずかしさを感じて、平気では話せないはずなのである。したがって、性欲の減退した老人ならいざ知らず、性欲に衝き動かされる年齢の若い男には恋愛は不可能なはずだ、というのが恋愛経験の無い筆者の断定である。その不可能なはずの恋愛が、さも可能であるかのように描いているのが、多くの恋愛漫画や恋愛小説などのフィクションなのである。それを現実と混同して泣きをみる女は後を絶たない。若い男など、みんな性欲の塊で、強姦魔のケダモノだと思っておけば間違いはない。もっとも、これは、ある精神科医の言うように、人間は皆精神異常で、その程度の違いがあるだけだ、というのと同じ意味で言っているのだが。



とにかく、世の中の、恋愛を扱った甘ったるいフィクションは、若い男女に道を誤らせるもとである、というのが作者の考えだ。もっとも、幸福な結婚生活の秘訣は両性の「誤解」である、と言った作家もいることだし、同じことが恋愛についても言えるかもしれないが。


風の中の鳥 (25)(26) 2016/07/31 (Sun)



第二十五章 戦後処理など



 昔の戦争にはいい所がいくつかあるが、その一つは、戦争は貴族や騎士(武士)階級の仕事であり、庶民生活とはほとんど関係が無かったことである。もちろん、戦に駆り出される庶民も一部にはいたのであるが。

 ルドルフ王の軍を倒したフリードの軍隊が、ルドルフ王の城に向かうために行進するその様子を、道に沿った畑で働く農民たちは眺めていたが、その大半は、まだ、何が起こったのかも分かっていなかった。

 城の中では、逃亡したルドルフ王に取り残された家族や貴族たちが右往左往していた。まもなく、野獣のような敵の兵士がやってきて、女たちは皆強姦され、男たちの大半は処刑されることはほぼ確実だと、誰もが考えていた。

 ルドルフ王には王妃との間に二人の子供がいた。上は男で、すでに成人していたが、今度の戦で戦死しており、下の女の子は、まだ十四歳であった。母親が中々の美人だったためか、この子もちょっと可愛い顔をしており、母親は、我が身を犠牲にしてもこの可愛い娘を野獣どもの手から何としても守ろうと悲壮な決意をしていた。

 フリードたちが入城してきたとき、敵の大将のあまりの若さに人々は驚いた。まだ、髭すら生えていない若者である。

 宰相のケスタは、敵の大将フリードを恭しく迎えた。商人上がりの彼は、頭を下げる事と世辞を言う事は大の得意である。頭を下げながら、心の中では相手を馬鹿にしていたが。

「今やこのローラン国は、あなた様のものです。当然のことですが、我々の財産もすべてあなた様に差し出しますので、どうか命だけはお助け下さいますようお願い申し上げます。あなた様の御仁慈のお噂はかねてから聞いておりますので、我々の期待が裏切られる事はないと信じております。さすれば、臣下たちも臣民たちも皆、あなた様に感謝し、崇拝するでありましょう」

 フリードとしても、無駄に人殺しをする気はないので、城内の人々の命の安全だけは保証してやった。

 やがて、貴族たちそれぞれの城や住居に兵士たちが向かい、目ぼしい財産を没収して回った。その間に女たちの何人かが強姦されたり、私的な略奪が行なわれたりしたのは言うまでもない。いくらフリードがそれを禁じていても、末端の兵士の中には、それだけが楽しみの連中が多いのだから、完全に禁止できるものではないのである。その一つひとつが悲劇ではあるが、いちいちその描写を読むのは読者も不快だろう。ここはただ、戦とはそういうものだ、と思ってもらえばいい。

 フリードの方も、決して道徳的にふるまっていたわけではない。そもそも、道徳などというものは庶民生活の秩序維持のためにあるものであり、権力者には道徳など関係のない話なのである。このことは、旧約聖書や歴史の本などを少し読めばすぐに分かることだ。

 フリードは、ルドルフ国王の王妃が、すでに四十を越しているにも関わらず美しいことに驚き、早速手を出した。このあたり、まるで源義経と建礼門院の猥談である。昔から、男というものは、高貴な女性が無力な状況にあるのを思いのままにするというシチュエーションに、性的な興奮を感じるものらしい。まあ、高貴な女性といったところで、裸にすれば、普通の女性と何も変わるわけでもないが。

 酒飲みのルドルフ王は、ここ数年は不能の状態だったので、王妃は、若く逞しいフリードに攻め立てられて歓喜した。この世にこんな喜びがあったかと思うと、ルドルフ王が戦に負けてくれたことを神に感謝したい気持ちにさえなったくらいである。

 王妃の心配は、フリードが娘に手を出さないかということだったが、その心配は杞憂のようであった。王の後宮には多くの美女がいて、何も子供に手を出す必要はなかったからだ。

 ケスタにも娘が一人いて、二十四歳と少し年増だが、こちらも中々の美人だった。ケスタの方は、この娘マリカをフリードの后にしようと画策していた。

 ケスタは当然、宰相の座を追われていたが、そのうちどうせ自分は返り咲くことになる、と読んでいた。その読みはやがて実現するのだが、要するに、一般に敗戦後の処理には、その国の事情に通じていない戦勝国の人間より、敗戦国の官僚の方が使いやすいということから、結局、戦争責任は棚上げにしても用いることになるのである。敗戦後の日本で、日本を戦争に導いた官僚の大半が、一時は公職追放されながら、やがて米国の都合によって政治に復帰し、戦前そのままの政治を結局は継続するのに成功しているのは、そのいい例だ。日本の場合は、戦争責任者の一人である岸伸介が戦後の日本の総理大臣になり、日本を破滅に導いた大本営参謀の辻正信が国会議員になるという滅茶苦茶がまかり通る、あまりにも不思議な国ではあるが。まあ、これは生き残った人間はいくらでも自分たちの都合がいいように自己宣伝をし、無知な大衆を引きずり回せるからである。

 フリードの方は、フランシアとエルマニアの戦の方に関心は向いており、行政面でなにやかやとケスタに相談するうちに、彼の明晰な頭脳や判断の的確さに感心し、次第にケスタに政治の一部を任せるようになっていった。まさしくケスタの読みどおりであった。

 一方、フランシアに侵攻したエルマニア軍は、最初のローヌの戦いでフランシア軍を打ち破った後、一月以上もかけて、首都パーリャに向かってゆっくりと進んでいた。それには事情があったのであり、物語の進行の都合上、フリードたちがローラン国を破るのを待っていたわけではない。

 フリードは、字の書けるケスタに頼んで、フランシア王への親書を書かせた。その親書には、フランシアと同盟を結ぶ代わり、王女ジャンヌとの婚姻を許して欲しいと書いてあった。

自分の娘とフリードとの結婚を望んでいたケスタは渋い顔をしたが、この若僧の新国王がこの先どうなるかを見てから娘との結婚は考えてもいいだろうと思い直したのであった。



第二十六章 フランシアとの同盟



 ローラン国の新国王フリードからの親書を得たフランシア国王マルタンは、王女ジャンヌとの婚姻に同意する旨の返事をすぐさまフリードに書き送った。なにしろ、エルマニア軍との戦いを前に、少しでも援軍が欲しかったからである。のみならず、この手紙が嘘でない証拠に、王女ジャンヌをローラン国に送り届けた。

 なんというお手軽さだ、と非難する向きもあるだろうが、国王や貴族の子女は、どの国でもこうした場合の同盟のための手駒であり、今こそがその機会だったのだから、マルタンのこの決断は決して軽率と責められる行為ではない。もっとも、話の展開の強引さで作者を責めるなら別だが。

 ともあれ、フリードは久し振りにジャンヌとの再開を果たし、ジャンヌの方は、自分が突然結婚することになった相手がまだ若くハンサムな青年であったことを喜んだ。しかも、その相手が、いつか自分が夜這いされて処女を失ったその相手であった事を聞かされては、運命の不思議さを思わずにはいられなかった。

 ジャンヌにとって不本意だったのは、自分の結婚した相手には、ほかにも数人の女がいた事であった。しかし、国王たるもの、側室の十数名はいるのが当然という時代であったから、この事にも表立って不満は述べなかった。

 アリーの方は最初から自分の分際は弁えており、また、フリードの新しい情婦である、前国王の王妃カーミラは、まだ少女のような新王妃よりも、自分の方が国王を操縦できるはずだという自信を持っていたから、あえてジャンヌと表立って張り合う気はなかった。女には女なりの政治があるものだ。

 夢であったジャンヌとの結婚を果たしたフリードは、美しいお人形のようなジャンヌを手に入れた事に有頂天になり、戦の方はどうでも良くなったが、フランシアへの援軍をそのままにしておくわけにもいかない。

 フリードは、ジグムントやライオネルらとともに、これから先の行動について相談した。

「フランシアからの要求を無視するのも一つの手ではありますが、この戦いは、このままではおそらくエルマニア国の勝ちになるでしょう。そうすれば、いずれエルマニア国はこのローラン国を攻めることになると思われます。ならば、やはりフランシアに味方して、フランシアを勝利に導くことが、良い方策かと思われます」

 ライオネルが言った。フリードは顔をジグムントの方に向けて意見を求める表情をした。

「わしは反対じゃな。我々が援助しても、エルマニア国に勝てる保証はない。フランシアには、援軍を出す振りだけして、エルマニア国に親書を送り、恭順の意を示しておく方が安全確実な道じゃろう」

 ジグムントは現実的な意見を述べた。

「軍事的な面ではどうだ、ライオネル。我々の軍勢で、エルマニア国と戦うことはできるか」

 ライオネルは首を捻った。

「まず、難しいでしょうな。なにしろ、エルマニア国の軍勢は、五万人、我々ローラン国は、どんなに掻き集めても二千人がせいぜいです。フランシア国でも二万人くらいの軍勢ですから、我々が援助してもエルマニア国に勝つのは難しいというのは、確かにジグムント殿のおっしゃる通りです。しかし、我々はもともとエルマニア国との戦いに備えてアキム殿の資金で作られた傭兵隊です。やはり、フランシアに味方するのが筋ではないでしょうか」

 真面目なライオネルの発言に、ジグムントは首を横に振った。

「寡兵は衆兵に勝てんとは、お主が言った事ではないか。むざむざ死ぬ戦をすることはあるまい。アキムの事は、何もフランシア全体を救わずとも、彼の家族だけを救えば済む事だ」

 フリードが口を挟んだ。

「だが、マリアはどうする。王家は放っておいて皇太子妃だけを救い出す事はできんだろう。それでは、アキムの一家を守るという約束に反することになる」

「そうか。マリアの事があったな」

 ジグムントも少し困ったような顔になった。

「マリアは仕方ないじゃろう。皇太子妃ともなれば、周りの者が守ってくれるだろうし、国が滅びれば国とともに滅びるのが王家の人間の定めじゃろうからな」

 フリードは、この言葉には承服できなかった。女にだらしない人間ではあるが、もともと義を重んじ、優しい人間だったからである。

「やはり、フランシアに味方することにしよう。どうせ、最初から無かったような命だ。人を裏切って不愉快な気持ちのままで生きていくよりは、たとえ戦で死のうが、正しい行為をしたほうがせいせいする」

 フリードのこの言葉を聞いて、ジグムントは、改めて彼を見直す気持ちになった。この男は、いろいろと欠点もあり、馬鹿な所もあるが、人間の器は自分などよりは大きい。

 この会議のあと、すぐにフリードはフランシア救援のための軍隊を出す命令を下した。






風の中の鳥 (23)(24) 2016/07/30 (Sat)





第二十三章 開戦の演説



 思えば、故郷を出てから今まで、まだ半年もたっていないのである。その間に思いがけぬ偶然から今はフランシアの皇太子妃となっているマリアを山賊の手から救い、その父のアキムの支援で小さいとはいえ一つの軍隊の隊長となった。その軍隊が今では五百人を超える人数に成長したのである。

 フリードは、ローラン国に向かって出発する前に王宮に忍び込んで抱いた王女ジャンヌの事を思い返していた。一国の王女を抱くというのは夢のような事であったが、それも不可能ではなかった。

 世の中には美しい女たちがおり、それを次々に物にする男もいれば、それに一生縁の無い男たちもいる。おそらくあのまま故郷にいたら、自分はその後者だっただろう。村の醜い娘と結婚し、何の魅力もないその体しか知らず、一生を終えたはずである。マリアやジャンヌ、そしてこのアリーのような美女を我が物とできただけでも、生きた甲斐はあった。

 翌日、ライオネル、ジグムントと共にフリードは全軍の前に立ち、最後の指示を与えた。

 国王軍の人数はおよそ千数百人、こちらは六百人にわずかに欠ける半分の戦力である。しかも、その大半は武器など手にしたこともない農民や町人の若者だ。しかし、ここまで征服してきた村や町の軍隊から武器は奪っており、一応それぞれに武器は持ってはいる。実際の戦闘の経験が無いという点では、国王軍も似たり寄ったりである。

 フリードは、その事を自分の兵士たちに言った。国王軍兵士は案山子に過ぎない。お互いに武器を持ちさえしたら、百姓と変わる事はないのだ。逆に、こちらには歴戦の勇者が何人もいる。アルフォンス、ローダン、ミルドレッドの名前はフランシアに鳴り響いている。それに参謀ライオネルは有名な騎士長だった男で、知恵の塊だ。ジグムントは老人だが、これも他国にまで知られた剣豪だ。これだけの勇士、猛将に率いられたこの戦が負けるわけはない。

 フリードは、だいぶ前から弟のヴァジルを弓隊の隊長に任命していた。この事に異存のある者はいない。ヴァジルは若いが、弓は名人であり、勘もいい。度胸があって喧嘩も強いから、部下を統率することはできるだろう。アルフォンスとローダンが歩兵隊の隊長、ジグムントとミルドレッドが騎兵を指揮している。ジラルダンは、今は将軍と名乗っているフリードの副官として戦の命令を各部署に伝える役目である。ラッパや太鼓で全軍の行動を指示する事も考えたが、戦場の騒ぎの中ではかえって誤りやすいとして、ジラルダンを伝令にしたのである。

 「お前達は、全軍の状況は知らなくても、とにかく自分の直接の指揮官の指示に従いさえすればよい。戦闘が始まったら勝手に戦えばよいのだ。中には怖くなって逃げ出す者もいるだろうが、それは問わない。お前たちは、この国を暴君の手から救うために立ち上がったのだが、それは自分自身のためでもあるはずだ。だから、命を捨ててまで戦えとは私は言わない。ただ、誰が勇敢に戦い、誰が逃げたかを覚えておくがよい。もっとも勇敢だと皆が認めた者には最大の褒賞をしよう。臆病者は勝手に逃げるがよい」

 フリードが言うと、兵士たちは怒ったように、

「俺は決して逃げない。死んでも戦ってみせる」

「そうだ、俺は死ぬ事など怖くない!」

と叫んだ。

 フリードは満足げに頷いた。

「お前達は立派な兵士だ。私はお前達を誇りに思う。では、今日がこの国の新しい夜明けになることを信じて戦おう」

 フリードはそう語って演説を終えた。

 ジグムントは感心したようにフリードに囁いた。

「お主、なかなかの役者だな。お主の演説で、兵士たちは死ぬ気で戦うぞ」

 アルギアの野の一方には国王軍が既に布陣を終えていた。小国の軍隊とはいえ、ローマ式の密集陣形を整然と整えた様はさすがに威圧感がある。大楯で前面を固く守り、投げ槍を構えているその様は、まるで甲羅の中の亀である。

「あれをどう打ち破る?」

 フリードはライオネルに聞いた。

「歩兵隊をまず進軍させましょう。彼らの投げ槍は一度使えばそれきりです。しかし、馬を倒されてはまずいから騎兵では分が悪い。また、弓も楯に防がれるでしょうから駄目です。騎兵と弓隊を後詰めにして、盾で投槍を防ぎながら、歩兵隊に切り込ませます。それも長槍部隊を前面にしてまずファランクスの前面を突き崩し、重装歩兵の肉弾戦に持ち込みます。その横から騎兵隊に切り込ませ、防御の薄くなったところや大将級の騎士に対しては集中して矢を射込ませましょう」

「分かった。良い考えだと思う」

 フリードはライオネルの案に従って各隊長に指示を伝えた。まず歩兵部隊が先陣を切ると聞いて、アルフォンスとローダンは満足げに「よしっ」と頷き、ジグムントとミルドレッドは不満そうな顔をした。しかし、国王軍を打ち破るにはこの手順が良いのだと言われて、二人はこの脇役に甘んじることにしたのであった。



第二十四章 戦闘



 肥大漢のアルフォンスは特別誂えのプレートメイルを着て、通常の剣の三倍ほどもあるなぎなたを手にし、歩兵団の先頭に立った。同じくローダンも完全武装の姿で矛槍を担ぎ、もう一つの歩兵団を率いる。

「いいか、敵が投げ槍を投げ終わるまでは、無理に近づくなよ。その後は、槍部隊が先に立って進むのだ。その間を縫って入り込む敵は、俺がみんな片づけてやる。俺の手から逃れた敵に対しては、お前らは、二人三人がかりで立ち向かうのだ。危ない時は逃げてよいぞ」

 フリードに指示された通りに二人は部下たちに命令する。普通、戦で自軍兵士に「逃げてよい」などと言うことは無い。むしろ、自軍兵士の逃走をいかに防ぐかが常に問題とされるのである。だから、自軍の後ろで剣を構え、前線から逃走する者を斬り殺すという事がよく行われる。しかし、大半が素人である兵士たちに逃亡を禁じても無駄だとフリードたちは判断していた。むしろ、逃げてもよいという自由の中で、彼らを戦わせた方が、楽な動きができ、勝機も見つけやすいだろう。それに、もともと自由に戦に参加した連中を無理に死地に追いやる気はフリードたちには無かったのである。甘いと言えば甘いかもしれないが、そういう戦い方も可能だとライオネルもフリードも考えていた。

 空は真っ青に晴れ上がった初冬の日であった。風が穏やかにアルギアの野を吹いていく。

 野の一方に陣取った国王軍から鯨波(鬨の声)が上がり、軍がゆっくりとこちらに向かって動き出した。いよいよ開戦である。

 敵は両翼に騎兵を置いて左右を守らせ、背後に回られるのを防ぐ形である。フリード軍も右後方にジグムント、左後方にミルドレッドの騎兵隊が守っている。

 フリードは片手を上げ、一呼吸置いて大声で

「進め!」

と命じた。

 両軍ともゆっくりとした歩調で進んでいく。戦いの間合いに入るまでそのまま進んでいくのである。

 やがて国王軍の後方から矢が放たれた。矢はフリード軍の最前列に届き、楯で防ぐものの、何人かが矢に倒れた。同じようにフリード軍の歩兵隊の後方に位置していた弓部隊が矢を放つ。

 国王軍の騎馬隊が轟くような蹄の音を立てて、前面に出てきた。

 これこそライオネルが待ち望んでいた事だった。騎馬隊は確かに通常の歩兵部隊に対しては圧倒的な破壊力を持っている。しかし、槍ぶすまを作った歩兵隊に対しては、まったく無力である。騎馬隊の一部は、フリード軍に達する前に矢で射られて落馬し、あるいは馬を傷つけられて転落して怪我を負っている。そして、フリード軍に達した残りは、一面に構えられた槍の前に、為す術もなく立ち往生しているだけだ。馬の多くは棒立ちになって、乗り手を振り落とすものもいる。

 この様子を見た敵将は、ラッパを吹かせて騎兵隊を後方に下げようとした。その間にも弓で数頭の騎馬兵が射られて落ちている。

 フリードは手を上げて、騎馬隊に進撃を命じた。

 じりじりしながら出番を待っていたジグムントとミルドレッドは、鬨の声を上げて馬の腹を蹴った。二人に率いられ、騎馬隊が敵軍に向かって疾走する。この騎馬隊こそがフリード軍の精鋭の兵士たちである。しかも、この騎馬隊には秘策があった。彼らの乗っている馬は上から下まで鉄の網に覆われて体を保護されている上に、その網には長く突き出た鋭い刃が無数に付いていて、触れれば人の体を切る仕組みになっていた。アキムの別荘で兵たちを訓練している間にライオネルが数十人の鍛冶屋を使って作らせた秘密兵器である。しかも、彼らは二人ごとに組になって長さが五メートルほどもある鉄鎖を引っ張っていた。この鉄鎖にも鋭い棘が出ていて、それに触れた者に大怪我を与える。二頭の馬の間に入った者は鉄鎖に撥ね飛ばされ、鉄の棘で大怪我をすることになる。

 この異様な騎馬隊が敵陣に入ると、敵は大混乱して逃げまどった。なにしろ、馬に近づくことはできないし、離れて逃げようとしても鉄鎖に撥ね飛ばされてしまうのだから、まるで生身の人間が戦車にぶつかるようなものである。

 おそらく、この武器の噂が広がると、国王軍は警戒して対策を講じるだろうと思ったので、フリードたちはここまでこの武器を使わなかったのだが、その威力は絶大だった。

 敵のファランクスは今では滅茶苦茶だった。その間に、アルフォンスとローダンがその怪力で目の前の敵をばったばったと切り倒していく。二人を中心に、他の歩兵たちも奮戦している。

 戦闘はおよそ三時間ほどであっけなく終わった。

 形勢が圧倒的に不利になったことを悟った国王ルドルフは、数人の取り巻きだけを連れて逃亡し、その逃亡を知った国王軍はフリード軍に降伏したのであった。



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